イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

葦原明倫館の休日~ティファニー・ジーン篇

リアクション公開中!

葦原明倫館の休日~ティファニー・ジーン篇

リアクション


第1章  その頃、家庭科室では!?

 校庭では、参加者達によって着々と準備が進んでいる。
 合戦フィールドを白線で囲ったり、救護班用のテントを張ったり。
 なんだろう、無駄に派手な看板とか立ったり。
 うん、きっと、というか絶対、校長の趣味だな。。。

「はぁ〜結局、俺達がつくることになるんだよな」
「そう悪く言うな、匡壱。これも修行だと思えばこそ」

 ちょうどその頃、家庭科室でも着々とチョコレートの加工が進んでいたわけで。

「って、あれは匡壱とゲイル?
 ……なるほど、代わりにこそっとチョコをつくるのか?」

 そんな朝の時間帯に、廊下をとおりかかった如月 正悟(きさらぎ・しょうご)
 扉のガラスから、室内を覗ってみると。

「さっすがゲイルだな、その思考回路は尊敬するぜ!」
「ふむ、光栄ですな」

 2人とも、なにかすごい勢いで包丁を動かしているではないか!
 それもそのはず。
 ゲイルと匡壱、実は料理もお菓子づくりも比較的得意だったのだ。
 んで、その腕前はというと?

「おまえ、最近は料理とかしてるのか?」
「あぁ、誘われて外で食べないかぎりは自炊してるかな。
 そういう匡壱はどうなんだ?」
「うん……俺の場合はほら、ティファニーにせがまれるから。
 俺が料亭で働いてたっての知ってからさ、毎食の献立希望が枕元に届くようになったんだ」
「はは、お気の毒だ」

 らしい。
 ゲイルは自炊歴が長く、ふっつぅ〜の料理がふっつぅ〜につくれる。
 佐保がつくるより、味も技術も格段にうまいと正直に言っておこう。
 匡壱はその上をいっていて、修行のために料亭で働いていた経験をお持ちなのだ。
 ティファニー曰く、板前さんになれるとかとか。

「しっかしあれだな、ティファニーも。
 このあいだの勝負で負けたのが地雷だったとは」
「まぁもともと自信家だし、実際ある程度の実力を誇っているからだろうな。
 あのあと……みんなと別れてからたいへんだったんだぞ」

 だが、正悟にとって重要なのはそこではなく。

(以前の試合で俺が勝ったこと、ティファニーにとってはトラウマ気味なのかー。
 よし、コソコソとしておこう)

 今日はあまりティファニーを刺激しないように行動しようと、心に誓う。

(でも事実どっちが勝ってもおかしくなかったからね、フォローはしておかないと。
 「また機会があったら手合わせお願いするよ。
  前回はまぐれで勝ったけど……最近いろいろなところでいろんな経験をしたから、前回とは違う戦い方ができそうだし」
 って感じでいいかな)

 そして雪合戦後に、温かいお茶と激励を届けることにしたのだった。

「匡壱にゲイル、なにやってんだ〜?」
「噂をすれば、正悟殿。
 雪合戦の景品をつくっているところなのだ」
「うちの姫さん方は、みんな料理下手みたいでな」
「そうなのか……しかし、2人でとは大変だな。
 そういやエミリアが一緒に来てるから呼んで手伝ってもらおうか?」
「エミリア……って?」
「2人は会ったことないんだっけ、俺のパートナー。
 空京でパティシェの店長やってるから邪魔にはならないと思うよ」
「へぇ〜そりゃ心強い!」
「あぁ、そうしてもらえると助かるな。
 つくること自体は苦でないのだが、いかんせん量が半端ないのだ」
「りょーかいっ!
 連れてくっからちょっと待っててな〜!」

 ここまでのくだりは知らないことにして、扉を開く。
 とてつもなくなにげない顔で会話に参加して、協力を申し出て……っと。
 そうしていまは一緒にいないパートナーを探して、正悟は廊下へ飛びだしていった。

「葦原島まで来たのは久しぶりです」

 中央階段を最上階までのぼった突き当たりに、ベランダへとつながる大窓がある。
 できあがっていく会場を見下ろし、エミリア・パージカル(えみりあ・ぱーじかる)は楽しそうにつぶやいた。

「雪合戦かぁ……みんな楽しそうね……」
「いたっ、エミリア〜っ!」
「え、正悟どうしたの?」
「うぉ寒っ!
 ってそれがさっ……」

 えらく急いだ様子で走ってくる正悟にびっくりしつつ、校内へと戻る。
 静かに説明を聴いてから、こくんとひとつうなずいたエミリア。

「っつーことでさ、ゲイルと匡壱の手伝いを頼みたいんだ」
「フム、確かにたくさんチョコレートをつくるのは大変よね……分かりました。
 では早速、家庭科室へ行きましょう!」

 正悟の案内で、匡壱とゲイルの待つ現場へ急行した。

「ただいま〜連れてきたよ!」
「こんにちは〜☆」
「おや、そちらは?」
「エクス・シュペルティアと申す。
 パートナーの頼みで、2人の手助けをすることになったのだ」
「まぁ、私と同じですね」

 エミリアと正悟に、エクス・シュペルティア(えくす・しゅぺるてぃあ)が軽く頭をさげる。
 同じ境遇に笑みをこぼしつつ、エミリアも自己紹介。
 しばし、女性同士のご歓談をば。。。
 ちなみに、エクスが手伝うことになったのにはこんないきさつがあった。

 〜回想はじまり〜

「ふむ、面白そうなことやるなぁ。
 しかし匡壱とゲイル、相変わらず苦労が絶えないな」
「ハイナも相変わらず唐突だな」

 雪合戦大会の発表がなされた、金曜日の放課後。
 例によって教室に残っていた紫月 唯斗(しづき・ゆいと)とエクスが、ぽつりともらす。

『ぴんぽんぱんぽ〜ん!』
「ん?
 また放送か?」
『紫月唯斗っ!
 ちょっくら面を貸すでありんす!」
「おいおい、なんで俺まで呼び出されてるんだ?」
「唯斗、なにかしたのか?」
「そんな覚えはないんだが……ま、ちょっと行ってくる」

 エクスほかパートナー達に荷物番を頼むと、唯斗は教室をあとにする。
 校長からの呼び出し、悠長にかまえているとあとが怖いから。
 戻ってきたのは、十数分後のことだった。

「どうしたのだ?」
「ハイナに審判やれって言われました」
「ああ、そういうことか。
 しかしなんで唯斗なのだ?」
「匡壱が言ってました……『お前もつきあえ、仲間だろ?』と。
 ま、断れんわな」
「災難なやつだ」
「とか言ってエクス、顔が笑ってますから。
 みんなも、すまないが明日は各自で楽しんでください」

 パートナー達がぶ〜ぶ〜抗議をしてくるも、こればっかりはどうしようもない。
 じきじきの要請とか、断ったら葦原島にいられなくなりそうだから。

「あの2人が料理できるのは知ってるけど、このままだと可哀そうだな……仕方ない。
 エクス、ちょっと手伝ってやってくれないか?」
「わかった、放っておくわけにもゆくまい。
 『房姫手作りチョコレート』は任せろ!」

 というわけで、エクスは調理補助をすることになったのでした。

 〜回想おわり〜

「盛り上がっているところ悪いのだが……」
「できればこれさ、第1試合開始までに固める工程へ入りたいんだ。
 2人とも、よろしく頼むぜ!」
「お任せくださいっ!」
「わらわが手伝うからには半端な物は許さぬ!
 やるからには最高の物にしあげるぞ!」
「じゃ、俺は洗いものでもしますかね」
(さすがに雪合戦をするのは寒いしな、無理して出ないでのんびりするか)

 ゲイルと匡壱に呼ばれ、我に返るエミリアとエクス。
 寒さに負けた正悟もともに、チョコレート作成にとりかかる。

「さて、せっかく平和的に雪合戦とかやってるんだ。
 どうせなら勝利者にも敗者にもチョコレートを配ってやればいいんじゃないか?」
「そうだな、幸い材料は無駄に用意されておるようだし」
「参加者数を見るかぎり、勝利チームだけにつくっても材料は余ると思いますよ」
「2人とも、どうだろうか?
 雪合戦が終わったあとなら配るのは手伝うし」
「俺は構わない、ゲイルは?」
「私も異論はないな」

 正悟の提案に、エクスとエミリア、それに匡壱とゲイルものってきた。

「勝者の人達には普通のハート型、敗者の人達にはチョコケーキ1切れとかでどうかしら?」
「確かに、差をつけるってのはありだな!」
「あと、一応お題目は房姫様からってことでいいのよね?」
「うむ……みなをだますようで悪いのだが、そのようにお願いする」
「じゃあ、チョコには『房姫より』って名前を書いておきますね。
 負けた方にはお手伝いのしたからうちの店の宣伝を書いちゃってもいいわよね?
 勝った方には房姫様からばれないように配ってもらって、負けた方には私から配ろうかしら」

 エミリアも積極的に案を出して、いろいろと新しいことが決まっていく。
 美味しいお菓子をつくるためには、つくり手が楽しまなきゃね。

「匡壱、粉を300グラム計って、ふるいながらこれに入れてくれぬか。
 そのあいだに、ゲイルはこれを泡立てて欲しい」

 頭のなかで効率的な手順を構築したエクスは、みなへ的確に指示を出していく。
 もちろん、自身もてきぱき動きながら。
 さすが、だてに紫月家の台所を任されてはいない。

「すごいな〜」

 4人の手際のよさは、正悟が感嘆をもらすほどだった。
 エミリアはプロ、匡壱はプロのもとで修行をした身。
 家庭料理とはいえ、ゲイルとエクスはどちらもプロ並みの腕前である。
 当然のことながらみな、舌も肥えているわけで。。。
 房姫の料理のハードルが上がりまくっていることに、みなは気づいていなかった。

「あのぅ〜」
「すみませ〜ん」

 ハート型チョコレートを冷蔵庫へ、チョコケーキをオーブンへと、放り込んだときだった。
 扉の方から、遠慮がちな女性の声が。

「わらわたちにも料理をさせてもらえまいかのう?」
「隅っこの調理台を1つ使えればよいのじゃが」

 ひょこっと顔を覗かせるのは、アストレイア・ロストチャイルド(あすとれいあ・ろすとちゃいるど)アルス・ノトリア(あるす・のとりあ)だ。
 料理のできる場所を探して、どうやらここへたどり着いたらしい。

「別にいいんじゃないかな、ただし」
「うむ……ここで視たことを秘密にできるなら、だがな」
「はい」
「了解じゃ」
「分かった、誰にも言わなけりゃいいんだな」

 匡壱とゲイルの注文に、アルスとアストレイアはぶんぶんと首を縦に振る。
 2人の背後から現れた御剣 紫音(みつるぎ・しおん)も、しかと了承した。

「しお〜ん!
 テント2張りと長机4基に椅子16脚の調達、完了どす!」

 そして、叫びながら走ってきた綾小路 風花(あやのこうじ・ふうか)
 【根回し】の能力を最大限発揮して、会場の端に飲食用のスペースを確保したらしい。

「うん、ありがとうな」
「我らも、いましがた調理場所を確保したところじゃ」
「でもでも、ここで視たことは一切もらしちゃいけないのじゃよ!」
「なんやえらい厳しいんどすなぁ……けど、紫音のためでしたら守ってみせましょう」

 ぐっと拳を握る風花を、みな微笑ましく思う。
 好きな人のために一所懸命なのが、ひとめで分かるから。
 ということで家庭科室へと入室した4人が、最奥の調理台に材料と調理器具を拡げる。
 すでに、材料の下ごしらえまでは終わっているみたいだ。

「なにをつくるんだ?」
「えっとな……昼食として、うどん、そば、たこ焼きの3種類」
「ぜんざい、あんまん、スイートポテト、スフレと、甘い物もあるのじゃよ」
「あと飲み物は、ホットレモネード、コーヒー、紅茶、抹茶、甘酒を準備しとります」
「観戦者や選手のためにあったかい料理をつくるのじゃよ〜!」
「ほう、それはみな喜ぶでしょうな」

 匡壱の問いに、紫音、アストレイア、風花が次々と答える。
 アルスの言葉には、ゲイルの表情もちょっとほころんだ。

「はいはい、ってことで始めるけど準備はいいなー?
 ちなみに反則は見つけたら即退場してもらいます。
 黒子部隊のみなさん、よろしくお願いしますね。
 んじゃ、合戦、開始!」

 そのとき、窓の外から第1試合開戦の合図が聴こえてくる。
 3人の協力のおかげで、チョコは予定よりも速くできあがっていた。

「そうであった!
 これ、2人へ預かっておったのだ!」

 おもむろにとりだした紙片を、匡壱へと手渡すエクス。
 唯斗の声を耳にして、想い出したそうな。

「ありがとう、エクス。
 なになに……ほれ、ゲイル」
「え、あぁ」

 匡壱からゲイルへとまわされた、唯斗からの手紙。
 内容はというと。。。
 『匡壱、ゲイル……終わったら男だけでゆっくり茶でも飲もう。
  それくらいしても許されると思うんだ、今回は特に』

「ふふ、そうですな……っくしゅん!」
「ゲイルさん、風邪ですか?」
「うつすなよな〜?」
「いやそんなはずはない」

 珍しくくしゃみなんぞ発したゲイルを、エミリアと正悟がからかった。
 ゲイルったら、そんな真顔で否定しなくてもいいのに。

「そういえば……ゲイルさん、元気ですかねえ?」

 さてさて、こちらは建物の入り口でございます。
 なんと、ゲイルのくしゃみの原因が家庭科室へと近づいていたのです!
 がらっと扉が開いたわっ!

「おやおや……ゲイルさん お久しぶりですね」
「なっ、貴殿は!?」

 思わず身構えるゲイルに、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が不敵な笑みを浮かべる。
 実はエッツェル、昨年末あたりにゲイルを襲撃していたのだ。

「ふふふ、別に争う気はありませんよ?
 単なる挨拶です」
「どうだか……」

 にっこり笑顔で両手を挙げると、敵意のないことをアピール。
 だがしかし、ゲイルも簡単に警戒を解きはしない。
 というか、前回の勝負であまりにもこてんぱんにされたため、できなかった。
 もしかしたら、こちらさんもちょっとトラウマ?

「信用されてませんね〜私。
 ただ……あれから少しでも上達したと思うならば、お相手くらいはしてあげますがねぇ。
 忍者とやらの真骨頂が、あの程度なわけがないですからね」

 知って知らずか、わざとゲイルを挑発するエッツェル。
 沈黙と緊張が、似つかわぬ場所に流れる。

「ぐっ……悔しいが、いまの私では貴殿に勝てぬだろう。
 また、次の機会にお相手願う」
「そうですか、残念です。
 が、よい判断でもありますね。
 私はアンデッドなので、痛覚も急所もありません。
 弱点と言われている火炎すら克服し、筋肉は硬質化しています。
 状態異常にも非常に強く、受けた傷は自己再生できます。
 さぁ、そんな私を倒す術など、あるのでしょうかね?」

 くすくす笑いながら、エッツェルはきびすを返した。
 みずからのことをぺらぺらと喋ったのは、ゲイルとの再戦を望むがゆえ。

「いつか、ゲイルさんの成長が視られるのを楽しみにしていますよ?」
「待っていろ……待っていろ、エッツェル・アザトースっ!」

 嵐の過ぎ去ったあとには、爽やかな風が吹くもの。
 チョコのかんばしいにおいとオーブンの音で、空気も緩んだのであった。