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リアクション
源 鉄心は教会だった場所に解放した人質を運び込み、拠点としていた。
「神様の加護……ってわけじゃないが、石壁ならそうそうやつらの銃でも撃ち抜けないだろう」
という判断だ。入り口に立って周囲を警戒する鉄心の隣には、ティー・ティー(てぃー・てぃー)が立ち、彼と同様に周囲に気を配っている。
「今のところ、近づいてくる気配はありません」
ティーの殺気看破は鉄心のお墨付きだ。鉄心は教会の中に声をかける。
「大丈夫だ。連中は陽動と表での戦いに集中してる。こっちは治療に専念してくれ」
そう告げる。人質として捉えられていた村人の中には、衰弱しているものや、蛮族による虐待を受けて傷を受けている者も居る。
「す、すぐに仲間たちが蛮族を一掃して、ちゃんとした場所で診てもらえるようになりますわ」
小さなイコナ・ユア・クックブック(いこな・ゆあくっくぶっく)が必死で励まそうとしている。彼女が普通の人間ではない、というのは、ここに乗り込んでいる時点で確かなのだが、外見が外見だ。村人たちも思わず和んでしまうようで、
「無理して元気づけんでも、わしらも信じとるよ」
と笑顔を見せてくれている。
「気持ちは分かるけど、安静にしてください。ほら、傷を見せて」
教会の中で、治療の中心になっているのはキリエ・エレイソン(きりえ・えれいそん)。魔法による回復と手当を織り交ぜて、村人たちの傷を癒している。
「セラータさん、こっちです」
入り口でティーが手を振る。彼女に導かれて教会の中に入ってきたのはセラータ・エルシディオン(せらーた・えるしでぃおん)だ。新しいけが人を連れている。
「申し訳ありません、もう少し早く救助できていれば……」
セラータが悲しげに目を伏せる。運ばれてきた村人は、蛮族の人質にされたのである。何とか助けることはできたが、痛めつけられて傷だらけだ。
「いや、助かっただけで、十分、でさぁ……」
息も絶え絶えな様子の村人の傷を、キリエが確かめる。
「キリエ」
「分かってるよ」
キリエがその村人の傷口に手をかざし、素早く傷を塞いでいく。幸い、出血はひどくないようだ。
「助かるよ。治療に専念してもらえると、他のみんなも人質を助けるのに集中できる」
鉄心が振り返り、キリエを励ます。
「ほ、褒めてさしあげますわ」
自分に出来ないことをしている彼への羨望の裏返しだろうか、突っ張るイコナにも、キリエは笑みを向ける。
「いやぁ、自分にできることをしているだけで……」
そのとき。
「殺気が!?」
「まずい、どこからだ!?」
周囲に気を張っていたティーとセラータが同時に声を上げる。直後、
パリィンっ!
教会の小さな窓ガラスを割り、一直線に銃弾が飛来する。それはまさに今、キリエが診ていた患者の太ももに突き刺さった。
「ぐうっ!?」
苦悶の声を上げる患者。赤い血が、腿から滴る。
「まずい、止血を!」
キリエが叫ぶ。セラータが患者の体を石壁のそばへやり、銃撃から守れる位置へ移動させた。
「どこから撃った!?」
鉄心の叫び。
「わ、分かりません。引き金を引く直前まで私が気づくことができないような距離から……!?」
自分自身も壁際に身を隠しながら、ティーが答える。
そうしている間も、次々に教会のまどを割り、銃弾が降り注ぐ。
「ど、どこから……!?」
ティーがうなるように言う。射撃のペースからして相手はひとりだと知れたが、しかし銃撃がやむことはなかった。
村の中にある、一軒の家の屋根の上。ハンス・ベルンハルトは愛銃を手に教会を狙っていた。
「……やっかいな連中が来たな」
もともと無口なハンスだが、思わずそんな言葉が口を突いて出る。
ハンスはもともと、金のために蛮族に加担し、略奪に加わっていたのだ。しかし、当然ながらこんな村を襲って大した金になるはずがない。引き際か、と思っていたところに、襲撃である。
冷静に考えて、蛮族の戦力では契約者たちには敵わないだろう。ハンスは引き際を心得ている。
心得てはいるが、
「……一度でも共に略奪した仲だ。義理は果たさないとな」
そうして、考えた。契約者を撃って撃退することは、現実的には難しいだろう。そこでハンスが選んだのは、契約者たちの足止めをすることだった。
「……この方法が、一番楽で効果的だ」
そう。人質から解放された村人の手足を撃ち、契約者たちの「お荷物」を増やすことにしたのだ。こうして治療や、狙撃手の捜索に契約者の手を患わせて蛮族たちの助けにするつもりなのだ。
教会以外にも、他の人質の手足を撃ったり、与するのが楽そうな契約者に威嚇するような射撃もしていた。
が。
「おい」
声がかけられた。ハンスは体を起こして振り返る。
「今回は人質助ける優しい役を野郎と思ったんだけどな。……どうやら、お前が一番邪魔になってるみたいだな?」
高崎 悠司(たかさき・ゆうじ)だ。村の中の様子を確かめるために高台に登っていたため、影に潜んだ狙撃手の存在にいち早く感づいたのである。
「お前を片付けて、人質を助ける。どうなるかわかってんだろうな・」
無言を貫くハンスに対して、悠司は苛立った様子で身をかき上げる。
「狙撃手がここまで近づかれて、助かると思ってるのか?」
「……お前は、十分に強そうだな」
コンバットアーマーの隙間から漏れるような声。同時、ハンスの銃が悠司に向けられる!
ライフルから放たれる銃弾を悠司は身を沈めてかわし、屋根を蹴って跳ぶ……左右へ。左右へ、というのは、悠司がふたりに別れたかのように、そっくり同じ姿のものが別々の方向へ跳んだからだ。
「幻術か」
ハンスが呟く。
「その銃じゃ、狙えるのは一度にひとりまでだろう。どっちが本物か分かるか?」
ふたりの悠司が刀を構える。ハンスは一瞬の判断で、右に向けて銃を構えた。
「……幻には、影はない」
引き金を引く。放たれた銃弾は、悠司の腹の中心に突き刺さり……そして、ふっとその悠司の姿がかき消えた。
「何っ!?」
「決めつけってこえーよなあ。幻術使いが、一個しか嘘をつかないと思ったか?」
左の悠司が……影すらも術により消した男が、ハンスのコンバットアーマーに横薙ぎに斬りつけた。
火花が散り、ハンスの体は衝撃に浮き上がる。
「やはり……強いな。まともにやっては、俺に勝ち目はない」
勢い止まらず、屋根から飛び出しながらハンスが呟く。本心だった。
「義理立てを終える理由としては十分だ。もう手出しはしない」
そのコンバットアーマーの隙間から、黒煙が上がる。それは一気に広がり、悠司の視界を埋め尽くした。
「煙幕! 逃げる気か!?」
果たして悠司の言葉通り、煙幕が晴れる頃には狙撃手の姿はどこにも見えなくなっていた。
「……逃がしたか。でも、これで人質を助けるのは楽になるな」
悠司は呟き、自らの屋根から飛び降りた。
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