イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

少女の思い出を取り戻せ!

リアクション公開中!

少女の思い出を取り戻せ!

リアクション

 機転の利く蛮族が、人質を取りに村に戻ることを思いついたのである。バイクの向きを変えて、陽動部隊に導かれてきた道を逆走し始めた。
「俺が、それを許すと思うか」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は、怒りに燃えていた。
 もとより人相のいい方ではないが、今はさらに怒りによって火を吐かんばかりだ。そして、火を吐く代わりに、彼の狙撃銃が弾丸を放っていた。
 走り出したバイクのにタイヤに、容赦なく弾が突き刺さる。パンっ! と音を立てて強化ゴムタイヤが弾け、バイクが激しく横転する。
 投げ出された蛮族は地面を転がし、岩に頭を打った。苦悶の表情で転げ回るその蛮族に、思わず別の蛮族が駆け寄った。
「極悪非道の輩め。痛みと恐怖を味わわせてやる……!」
 再び、エヴァルトが引き金を引く。それは仲間に駆け寄った蛮族の腿をうがち、転がり回る蛮族をふたりに増やした。
 別の蛮族に狙いを定めようとしたとき……
「やはり。隠れてこそこそ戦う者も居ると思いました」
 背後から声。驚いて振り向こうとしたエヴァルトの手を、レガースを着けた、戦闘用……にしてはヒールの高すぎる脚が踏みつけた。
「がっ……!?」
「おうおう、いびせえのお。でかい玩具、振り回しおって」
 シルヴェスター・ウィッカー(しるう゛ぇすたー・うぃっかー)。楽しむ様子はなく、そのままエヴァルトの手を踏みつけ、狙撃銃を奪おうとする。
「おまえたちは……蛮族の味方か!?」
「自由と無法の味方です。それに、正義の名の下に暴力を振るわれるのは不愉快なんですよ」
 ガートルードが答えた。エヴァルトは憎々しげな目を向ける。
「暴力を振るったのは蛮族たちのほうだろう! だから、相応の報いを受けさせているだけだ!」
「じゃけぇ、わしらもあんたらの暴力に抵抗しちょるだけじゃ!」
 ガートルードが激しくエヴァルトを蹴り上げる。弾かれたエヴァルトは素早く起き上がったが、すでに武器を持ったふたりに追い詰められていた。
 が……
 突如、横手から炎が噴き上がる。
「誰っ!?」
 急な狙撃にガートルードは身を反らし、素早いステップでかわす。振り返った先には、三つ編みに
 ガートルードらの背中から、新しい声が掛かった。髪を三つ編みにした少女。
「あら、せっかくパラ実らしく不意打ちをしてみたのに、避けられちゃったわ」
 砂塵から伏見 明子(ふしみ・めいこ)が姿を現し、目を細めていた。
「……あなたも、アウトロー狩りに加担するというわけですか?」
 ガートルードの問い。明子は銃を両手に構え、向かい合った。
「バカ言わないで。私は気に入らないやつをぶちのめすだけ。何もしてない村を襲って、女の子の命まで奪って、それを楽しんでるような連中、反吐がでるのよ!」
 ふつふつと怒りがあらわになっていくように、明子の声も沸き立っていく。
「にしちゃあ、姿を消して奇襲たぁ、ずいぶん卑怯な手を使うのぅ」
「そりゃ結構。あなたもパラ実生でしょ? 同じ卑怯でも、弱いやつから奪う為に使うのと、強いやつを倒すために使うんじゃ、全然違うと思うけど」
 明子は声こそ平静だが、内心はエヴァルトと同じく怒りに震えていた。すぐにでも撃ってやりたい気分だったが……
「パラ実生だというなら、学友に銃を向けるのはやめて頂けませんか?」
 ガートルードが言う。明子は首を振った。
「あなた、まだ気づいてないの? 連中、パラ実の生徒じゃないわよ」
「なっ……!?」
 驚きの声を上げるガートルード。それはエヴァルトも同じだった。
「あの格好と言動で、そのふりをしてるだけ。正真正銘の蛮族よ。こうして姿を消して、奴らがそう話しているのを聞いたのだもの、間違いないわ。演技指導までしてたわよ」
 ガートルードとシルヴェスターが顔を見合わせる。
「だとしたら……クソッ、なんて連中だ!」
 エヴァルトはさらに怒りの声を上げた。
「……無法を盾にして、私たちのような連中を味方につけようとしてたわけね」
 ガートルードが小さく漏らす。言われてみれば、思い当たる節がないでもない。
「どうする? わたしたちと一緒に奴らと戦う?」
 明子の問いに、ガートルードはしかし首を振る。
「私たちを騙そうとしていたのは気に入らないけど、無法者には変わりないわ。だから……ここは、成り行きに任せるってところね」
「そうじゃのう……しゃーない、わしらは今後、手出しせん。好きにせぇ」
 シルヴェスターがエヴァルトの銃を放る。あまりに無造作に投げられた銃を。エヴァルトは両手で受け止めた。
「……いいのか?」
「無法者には無法の掟があるのですよ。私たちは、私たちがしたいようにする」
 ガートルードが答え、ふたりは去っていった。
「……妙な連中だ」
「まあ、パラ実にもいろいろあるのよ」
 思わず呟くエヴァルトに、明子が肩をすくめて答えた。



 陽動によっておびき出された蛮族たちとの戦いは、今や追撃戦へと移っていた。
 人質とリーダーがいる村の法へ逃げる蛮族たちを、契約者たちが追う格好だ。
「俺から逃げようなんて、なんて、まだ百千億年早いぜ!」
 枸橘 茨(からたち・いばら)から受け取った光条兵器を振り回し、健闘 勇刃(けんとう・ゆうじん)が叫ぶ。散り散りになった蛮族はひとり、またひとりと背を襲われ、荒野に倒れていく。
「お仕置きが必要なようだから、どんどんやってやりなさい!」
 茨は負傷者の傷を癒しながら、さらに勇刃をはやし立てる。そして、
「私は治療に当たるから! セレアさん、勇刃のフォローをおねがい!」
 そう、声をかける。
「は、はい!」
 セレア・ファリンクス(せれあ・ふぁりんくす)が答え、武器から炎を噴いて蛮族を狙う。
「いいぞ、その調子だ!」
 彼女を守るように立った勇刃がさらに剣を振りかぶろうとしたとき……
「……危ない!」
 勇刃が突如、剣を振り下ろす。その刃は、セレアの背中を狙って飛来したダガーを弾き落とした。
 ダガーは空中に孤を描いて跳び、砂塵の中に消えた。何者かの手がダガーを掴むのを、勇刃は砂塵の中に確かに診た。
「誰だ!? 卑怯な真似を……」
「悪く思うなよ。こちらも仕事なのでな……」
 女の声が響く。辿楼院 刹那だ。周りを見れば、姿を隠した彼女によって傷つけられた者も少なくない。それは味方の戦線を混乱させていた。気づけば、追撃していたはずの部隊が脚を止めて皆、周りを警戒していた。
 刹那が足音も立てず、いずこかへと移動する。勇刃に撮っても、いつ跳んでくるか分からない刃が相手では、自分の身を守るのが精一杯だ。
「見切ったッ!」
 声が上がる。神野 永太(じんの・えいた)だ。燦式鎮護機 ザイエンデ(さんしきちんごき・ざいえんで)に向けて放たれたダガーを盾で弾くと同時、そのダガーの後を追って駆け出す。
「見えないと思うから見つからないんだ! リターニングダガーが戻る場所に居るはずだ!」
「くっ……!?」
 永太の極めて単純な発想は、しかし単純だからこそ始末が悪い。刹那はリターニングダガーを手放そうとしたが、永太の剣撃をかわすので精一杯だ。
「ザイン!」
「セレア!」
 ふたりの男が叫び、
「はい」
「は、はいっ!」
 ふたりの相棒が答える。永太の剣撃をかわしたはずの刹那へ向け、右にはザイエンデの歌が、左にはセレアの炎が飛ぶ。
「う、あっ!?」
 爆炎に押しやられ、刹那の体が吹き飛ぶ。ダメージ自体は大したことはないが、隠れ身が暴かれたことで、周りを囲まれてしまった。
「これは……お手上げ、かのう」
 報酬ぶんの仕事はしただろう……刹那はそう判断して、両手を挙げた。
「やりましたわ、健闘様! わたくし、役に立ちました!」
「あ……ああ、きょ、協力の勝利だな!」
 笑顔で振り向くセレアに、勇刃はまぶしいものを見るように目を背け、こくこくと頷いた。
「ありゃ。……まだ時間が掛かりそうね」
 刹那によって傷つけられた仲間をいやしながら、茨はふたりの様子を眺めて思わず呟いていた。
 こうして脅威は取り除かれ、部隊は追撃を再開した。



 戦いはやがて村の中へともつれ込んでいた。障害物の多い村の中なら身を隠せるからと、蛮族たちが引き返したのだ。
 本来、バイクを使っての機動力を利用した戦い方を得意とする蛮族たちにしてみれば、それは危険な戦い方だ。しかし、そのせいで契約者たちが戦いにくくなったことも事実である。
 家々の影に隠れ、ばらばらに散った蛮族たちは、村に入ってきた契約者を影から襲う手に出たのだ。教会に立てこもった者たちは人質を守るのに精一杯で、さすがに他を助けに回る余裕はない。
 そんな中、不意に村の中心に影が落ちた。魔鎧ネームレス・ミスト(ねーむれす・みすと)……漆黒の鎧に全身を覆われたエッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)が、異形の左腕を振りかざした。
「幼き命は世界の未来だ……」
 エッツェルはくぐもった声で呟いた。全身からおぞましい気配を発散していた。
「……ここまでの怒りを覚えたのは、久しぶりだ」
 エッツェルがさらに呟く。ミストは何も言わず、ただ彼の導きに答えて力を与え、自らの機能に従って精神を蝕んでいく。
「死でもぬるすぎる。より辛い苦痛と絶望を与えてやる……!」
 異様の魔人としか見えぬそれを見て、味方だと思うものは誰も居なかった。契約者たちにとって禍々しすぎたし、それは蛮族たちにとっても同じだった。
 だが、次の瞬間、鎧の隙間から無数の蠱が這いだし、蛮族たちめがけて飛ぶ!
「いいいいい、いてぇよおおおおっ!?」
 蠱が皮膚の中に入り込み、神経を刻むように這い回る感触に、蛮族たちがのたうち回る。それが歓喜の歌であるかのように、エッツェルの魔力はさらに勢いを増し、村中に広がっていく。