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狙われた少年

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狙われた少年

リアクション

   四

 あちこちの店が開き始め、人通りも多くなった頃、前を行く女二人の背を眺めながら閃崎 静麻(せんざき・しずま)は深々と息をついた。
「女ってのは、どうしてこう……」
 一泊二日のお買い物旅行に行きたい、と言い出したのは獅子神 刹那(ししがみ・せつな)だった。どこかで怪しげなチラシを貰ったそうだ。
 料金が格安で、素泊まりという点を除けばそれほど悪くない内容だったので、たまにはいいかと静麻は承知した。もっとも布団はぺちゃんこだったし、窓から見える景色は、到底美しいとは言いがたかったが。
 行き先が葦原と聞いて服部 保長(はっとり・やすなが)も名乗りを上げた。彼女は所謂有名な「服部半蔵」――徳川家康に仕え、嫡男・信康の守役であった武士――の父親、初代半蔵の分霊の一人である。生きた時代は江戸より前だが、少なくとも現代の地球やパラミタの他の土地より近いだろうし、懐かしかろうと静麻はこれも承知した。
 しかし以前はどうあれ、保長も今は女だった。ガサツで極道のような刹那もまた。
 女とは、買い物が好きな生き物である。
 なぜだかは分からない。何がそんなに楽しくて、夢中にさせるのかも分からない。これはもう、男脳と女脳の違いだろうと静麻は自分を無理矢理納得させた。
 そうでなくて、彼の両腕に下がる袋の重さに耐えられるものではない。
 ただ中身は少々、普通の女と違った。
 着物は分かる。忍者装束も分かる。趣味がちょっと変わっているが、女は服の購入が好きなものだ。
 だが、クナイやら手裏剣やら忍者刀やら、果ては刃と峰が逆になっている刀まで紙袋から突き出ているのを見ると、それってどうなんだとか、持ち帰っても途中で没収されるんじゃないかとか、心配になってくる。
 昨日着くなり夜にかけてこれらの品を買った後、今日も早くからお土産を物色している二人の体力は、自分より遥かに上に違いない。俺は絶対、何かあっても二人を守ったりしないぞと静麻は誓う。
 刹那が腰に下げたひょうたんを持ち上げ、口に当てた。白く握った液体を二口、三口飲むと、「くはっー!」と息を吐きながら、口元を拭った。
「朝っぱらから何やってるんだか……」
「静麻、朝飯どうする?」
「まさか俺にタカる気か!?」
「飯ってのは、男が金出すもんだぜ」
「どこが女だ、お前ら! というか、この土産も俺に買わせたくせに!」
「まあまあ、――お、あそこはどうだ? なんか他の店より人が多そうだ」
 刹那が指差す一膳飯屋に目をやった保長が、「やめた方がいいでござる」と言った。
「何でだ?」
と刹那。
「先程」
 保長は、今歩いてきた道を振り返った。「あの辺りで話をしているのを聞いたでござる。狭いから常連以外は入れないそうでござるよ」
「常連がそんなにつくってことは、美味いってことだろ? 尚更行こうぜ」
 駆け出しかけた刹那の襟首を、静麻は紙袋を持ったまま「待て」と掴んだ。保長が「駄目だ」と目配せしている。理由は分からないが、彼女がそう言うのだ。恐らく――厄介事なのだろう。金にもならず縁もないこの土地で、面倒は避けたかった。
「他にしよう、俺はゆっくりしたい」
「――しょうがねえな。財布の持ち主がそう言うならな」
「やっぱり俺が奢るのか!?――くそっ、分かったよ!」
 刹那の機嫌を損ねてあの店に拘ったら困るので、静麻は渋々折れた。
「よし、行こうぜ。しかしあれだな。ここは本当に面白えな。勘違い日本グッズも多いしな。逆輸入されてんのか?」
「お前、『成敗!』とか書かれた手拭い買ってなかったか?」
「あれはあたいが使う」
 静麻と刹那の会話を聞きながら、保長は耳にしたばかりの会話を思い出していた。

「間違いなく、あそこに母親がいるのか?」
「ターゲットを確認しました。現在、周辺にテロリストが潜んでいないか、調査中です」
「ええいっ、早いところ捕らえてしまえばよいものを!」
「関係のない者まで巻き添えにするわけに、いかんからな。正義は我ら、奴らが悪とするためには」
「まあ、いざとなればこの機晶姫に……」
「しっ。聞こえるぞ」
「任務以外は何も気にしないさ……」

 確かに機晶姫がいたようだ。テロリストがどうとか物騒な話もしていた。静麻が関わるつもりがないなら、こちらも厄介事は避けるべきだろう。我が身に降りかかる火の粉なら別だが。
 それにしても、あの機晶姫、侍たちの話が分かっていないはずもなかろうに、全く動じていなかった。まるで昔の忍びのようだと保長は親近感を覚えた。
 その機晶姫――ヒルデガルド・ブリュンヒルデ(ひるでがるど・ぶりゅんひるで)は、侍たちではなく、マスターからの命令を実行するため、ただその時を待ち続けていた。