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リアクション
五
「フフフフフ……まんまと成功したでござる」
暗闇の中、ナーシュ・フォレスター(なーしゅ・ふぉれすたー)はほくそ笑んだ。
忍者になったばかりのイルミンスール魔法学校生である彼は、しょっちゅう葦原明倫館の授業に忍び込んでは放り出されている。昨日も同じ目に合って、それでもくじけずウロウロしていたら、当麻の話を漏れ聞いた。
とは言っても途切れ途切れの内容で、取り敢えず諏訪家がいけない、ということしか分からなかったので、こうして屋根裏に忍び込んだわけであるが、これがいかにも忍者っぽいのでナーシュはご満悦だ。
「ニンニンでござる」
と言った瞬間、足元が抜けた。
「イ!?」
辛うじて叩きつけられる醜態はさらさなかったものの、ナーシュは両手両足をついたまま、猫のような体勢のまま着地した。
人の気配を感じて顔を上げると、グロリアーナ・ライザ・ブーリン・テューダーと上杉菊が見下ろしている。
「……かくなる上は、武士のTAMASHIIで!」
がばっと起き上がったナーシュであるが、
「そなたは忍者であろう」
と、ライザに頭を叩かれて今度は潰れた。更に背中を踏みつけられ、身動きが取れない。
「ほう、確かに大した腕だな」
野太い声がする。顔だけ上げて見れば、大柄な五十過ぎの男が立っていた。
「こんなものが潜んでいたとはな。気づかなかった」
気配を殺すこともなく潜んでいたのでバレバレなのだが、この家の人間は誰も気づかなかったのかしらと菊は逆に心配になった。
「うん? それで貴様はどこの回し者だ?」
男はしゃがみ込んで、ナーシュの顔を覗き込んだ。
「せ、拙者は正義の味方……ぐえっ」
最後の呻き声は、ライザが力を込めたからだ。
「諏訪のお殿様」
と、菊は諏訪 帯刀(すわ・たてわき)の前に膝を折って座った。
「この者はおそらく、甲斐家との騒動を聞きつけて参った者でございましょう」
「何? 甲斐家は敵ではないぞ」
「そうではありませぬ」
菊はかぶりを振った。
「騒ぎが少々、大きくなっております。他の何者か――諏訪家か甲斐家に恨みを持つ何者かが、事の真偽を確かめるため放った忍びと推察いたします」
「何ゆえ、当麻を狙うでござるか! ムギュッ」
また踏まれた。
「当麻……? 誰だ、それは」
ライザが眉を寄せた。
「甲斐家の忍びが襲わせたと聞いておりますぞ。その忍びと、こちらの方々が話をしていたとも」
「確かに那美江には当家の者を貸してある。だが、当麻という男のことは知らん」
「しらばっくれるでござるか! ギュウ」
どうやら本当に知らないらしい――と菊は判断した。なぜなら当麻の名を聞いて「子供」ではなく「男」と言ったからだ。
「主膳も悪い男ではないが、何分にも体が弱い。わしらが手を貸してやらねばな」
ぐわっははっはと高笑いをする帯刀に、ライザは尋ねた。
「それでこの忍者はどうされますか?」
「殺せ」
「えっ!!??」
ナーシュはその命令に絶句した。だが、ここでへこたれては真の忍者にはなれない。火遁の術で派手に逃げてやるでござる! と決意したところへ、菊が言った。
「逃がしましょう。そして諏訪家も甲斐家も問題なしと報告させればよいのです。――そこな忍び、良いですね、雇い主にそう伝えるのですよ」
「拙者は雇われては――グゲゲッ」
「良いですね?」
「は、はい」
素直に返事をしたので、ようやくライザが足を離してくれた。それから簀巻きにされて、小船に乗せられ流された。ナーシュが戻ってきたのは、それから丸一日経ってからだった。
ナーシュがライザと菊に捕まった頃、樹龍院 白姫(きりゅうりん・しろひめ)に命ぜられて同じように忍び込んでいた土雲 葉莉(つちくも・はり)は、屋敷の奥にいた。質素で日当たりの悪い部屋だが、不思議と暗い感じはしない。
よくは分からないが、一番偉い人の部屋ではなさそうだと葉莉は思った。もう一度屋根裏に上がろうとしたとき、からりと障子が開いて、少年が入ってきた。目が合った。
「……」
「……」
二人はしばらく見つめあった。どうしよう、と葉莉の頭の中でいくつかの行動パターンが浮かぶが、どれがベストな選択か分からない。
やがて少年が口を開いた。
「可愛いね」
葉莉はびっくりして、真ん丸になった目を少年に向けた。
「もしかして、盗賊?」
「ち、違います! あたしは――」
忍者と言ったらまずい気がした。で、「土雲 葉莉です!」と名乗った。言ってから、本名名乗ってどうするんだ、と青くなった。しかし少年は、不審にも思わなかったようで、
「そう。私は諏訪 小七郎(すわ・こしちろう)だ」
「諏訪……この家の人ですか?」
「うん。父が当主だ。私は七番目の息子。つまり、冷や飯食いってやつだね」
小七郎は笑った。長男は跡継ぎとして大事にされ、次男も何かあった時のため、それなりに大事にされる。しかし、その後生まれた子供、取り分け男はその家にとってお荷物でしかない。
諏訪家は長男が二歳のとき他界した。今は次男が嫡男だ。三男から六男までは他家へ養子に出ている。残る小七郎は十四歳。今以て、冷や飯食いの居候である。
と、当の小七郎は説明した。
「大変なんですね」
「うん。でも、私もようやく養子に行く先が決まったんだ」
「それはおめでとうございます」
「これで父上や兄上に迷惑かえずにすむよ。しかも、他の兄上は商家だったりしたのに、私は列記とした武家に行くんだからね。こんな嬉しいことはない」
「どちらへ行かれるんですか?」
「叔母上の養子になるんだ。甲斐家だよ。知っているかい?」
「……聞いたことがあるような」
「亡くなった嫡男の隼人殿は、叔母上の子だから、私の従兄に当たる。本当は喜んでいたらいけないんだけどね……」
「そんなことはありませんよ!」
小七郎の口調があまりに悲しげだったので、咄嗟に葉莉はそう言った。
「だって小七郎様が跡を継がなかったら、そのお家は断絶してしまうでしょう!? そうなったら、亡くなった方も浮かばれません! 小七郎様は良いことをされるんです!」
葉莉の懸命な物言いに、小七郎の口元も綻んだ。
「いい子だね」
と、小七郎は言って、葉莉の頭を撫でた。葉莉はちょっと照れる。
「まあ、そんなわけで、今、当家は色々と騒がしいんだ。よくは分からないが、邪魔する者もいるようでね」
「それはお気の毒に……」
「だから、他の者に見つかったら斬られてしまうかもしれない。裏口まで案内するから、すぐに逃げるんだ。いいね?」
もしそんなことになれば、必殺ズンドコ斬りで倒してやるつもりだが、この優しい小七郎に言えるわけもなく、葉莉は素直に頷いた。
裏口から出るとき、小七郎が幾許かの金を渡してくれたので、どうやら最後まで泥棒だと思い込んでいたのだと葉莉は気づいた。
そして。
「……あれ? あたし、何しに来たんだっけ?」
葉莉はそう呟いて、首を傾げた。
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