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第5章 男には、戦うべき時があるもんなんだよッ!

 そんな喧騒をよそに、サポートとしてついてきていた武尊、ゲドー、シメオン、邦彦、ネルとはぐれてしまった要は、アレックスと共にいまだ進軍を続けていた。
「どりゃ〜、ぷろぺらきーっく!」
「ぶぉごぉ!」
「あんぎゃあ!」
 飛びかかる不良2人を、空中での回転キックで退けると、要はその場で立ち止まる。
「……あれ、今のキックで方向がわかんなくなっちゃった」
「たった数回転で方向音痴になるアホがどこにいる!?」
 片足を軸としてその場でジャンプし、もう片方の足を伸ばしてプロペラのように体を回転させながら蹴りを繰り出した結果、自分が見ている風景が前なのか後ろなのかわからなくなったのだ。何せ見渡す限りの不毛地帯、しかも大勢の学ランが群れを成す無法地帯であるため、前後左右の区別がつきにくいのだ。基本的に何も考えない要には、迷子になる要素があまりにも多すぎた。
「ねえアレックス、どうしよう。私はこの後どっちに行ったらいいの?」
「……俺が立ってた場所と向きから考えて、そこから回れ右すればいいと思うぞ」
「あ、なるほど〜。アレックスってホント頭いいよね〜」
「…………」
 自分の頭がいいのではなく、要の頭が悪すぎるのだ。アレックスはそう言いたかったが、言ったところで要が反省するとは思えず何も言わなかった。
 だがどちらにせよアレックスの説教は口から飛び出る運命には無かった。その場でのんびりしている間に別の学ランが数人現れたからである。
「あ〜も〜、ホントに数が多いなぁ! どっせ〜い!」
 学ランの1人に回し蹴りを叩き込み、次の1人には懐に飛び込んでの肘打ちを食らわせる。
 そしてさらに1人に拳を叩き込もうとするが、それは横合いから飛んできた何かによって邪魔される。
「うひゃあ!?」
「っ、何だ!?」
 要の攻撃を阻んだものは、長いワイヤーの先に鉤爪を取り付けたもの――俗称ワイヤークローだった。
 邪魔はまだ続く。クローが飛んできた方向から何者かが刀で斬りつけてきたのである。
「刀!?」
「要、使え!」
 相手が不良たちよりも強い存在であるのを感じ取ったアレックスはすぐさま光条兵器を取り出し、要に渡す。巨大剣を受け取った彼女は、襲ってくる刀をそれで受け止めた。
 ワイヤークローと雅刀の持ち主は八神 誠一(やがみ・せいいち)だった。
「……高島要、さん、だっけ? 少しばかり灸を据えに来たよ」
 一言発すると、誠一は数歩分間合いを開けた。
 彼のそれは明らかに相手を殺傷するかのような動きだったが、もちろん何の理由も無くワイヤーと刀で攻撃したわけではない。
 要が不良を相手にケンカしに行くという話を聞いた誠一は、その瞬間少々頭に血が上った。
「暇潰しにケンカを売りに行く? そこいらの山賊よりも性質が悪いじゃないかねぇ」
 実際は「暇潰し」どころか、それ以上に性質が悪い理由である。
「山賊は一応生活かかってる場合があるけど、今回のは遊びで殴ると言ってるようなもんだしねぇ」
「言ってるようなもの」どころか、実際に彼女は遊びで殴ると公言している。
 これらの事情を正確に把握したら、誠一は完全に怒りが頂点に達するだろう。彼は――現在では追放されているが、代々暗殺者の一族「八神家」の分家の養子として育ったという経歴がある。暗殺者の家計で育った以上、人の命を奪うという行為に対し非常に敏感なのである。
 ただのケンカであれ、戦争であれ、戦うと決めた時点で相手に倒される覚悟の1つくらい決めるのが当たり前。それが誠一の信条だった。だからこそ要のように何も考えずに適当に剣を振り回すような輩は、彼にとって憎むべき存在なのだ。
 そこで彼のとった行動は、「剣を抜く」というその意味をその身に叩き込むものだった。戦場に身を置くという事の意味を教えてやる。そしてそこに手加減などという甘い言葉は存在しない。
 距離をとった誠一は要に向かって煙幕ファンデーションを振りまいた。自分の身を隠すのに使うのが普通だが、煙幕の張り方によっては相手の視界を奪うことが可能なのだ。後は要から発せられる殺気を読み取り、そこに攻撃するだけなのだが、
「けほっ、けほっ……。あう〜、何も見えない〜」
 要から発せられたのは殺気どころか、情けない涙声だった。それもそのはず、要は不良を相手に「戦闘」をしに来たのではなく、あくまでも「ケンカ」をしに来たのである。そのため、初めから殺気をまとって攻撃してきた誠一は彼女にとっては「ターゲット対象外」なのだ。
 その上彼女には「不良は拳とか木刀とかで攻撃するのが普通だ」という固定観念が備わっており、ワイヤーと刀を装備した人間は不良ではないため、ケンカする理由が存在しないのである。
(あれ、全然動きが無い……? まあいいか。動きが無いということは、さっきの位置にワイヤーを飛ばせばいいだけだしねぇ)
 もちろん口に出さずに、誠一は地面に「落とした」ワイヤーに念を込める。最初のワイヤー攻撃は回避されることが前提だった。その本質は、地面に落ちたワイヤーを操作して、相手の体を拘束することにあった。
「要、とりあえずこの場から離れるぞ!」
「う〜」
 ワイヤーの存在に気がついたわけではないが、アレックスは要の腕をとりその場から離れようとする。この場にいてはいつ誰がどのような攻撃をしてくるかわからないからだ。
 もちろんそれを見逃すような誠一ではない。サイコキネシスでワイヤーを操作し、要の足らしきポイントに向け、蛇のように巻きつかせる。
(まずは、これで動きを……!?)
 巻きつかせたワイヤーで要に轟雷閃を仕掛ける予定だったが、今度は誠一の攻撃が別のものに阻まれた。ワイヤーに遠距離から何かが撃ち込まれ、要の足に巻きつく前にまた地面に落ちたのである。
「なっ……!?」
「おっと、そこまで。それじゃ戦闘どころか単なる殺しになっちゃうよ?」
 誠一のワイヤー攻撃を妨害したのは、月谷 要(つきたに・かなめ)――この場に「要」が2人登場することになるため、ここからしばらくの間はフルネームで表記させていただきたい――の左腕、侵蝕弓ゼアバーツから発射された「矢」だった。
 そうして次第に煙幕が晴れていき、その場にいる者の姿が顕になる。高島要、アレックス、誠一と、機関銃を構えたシャロン・クレイン(しゃろん・くれいん)、月谷要と、ついてきたパートナーの霧島 悠美香(きりしま・ゆみか)アカシア・クルウィーエル(あかしあ・くるうぃーえる)の7人が互いに対峙していた。
「妙に人間離れした装備だねぇ。そんなので僕の邪魔して、どういうつもり?」
 左手にワイヤー、右手に刀を構え誠一が全体を睨みつける。
「いやまあ、特にこれといって深い意味は無いんだけどねぇ。強いて言うなら、同じ『要』つながりで縁があると思ったから、かな?」
 左腕はゼアバーツ、右のガントレットは無光剣の一種である義腕部仕込み剣をそれぞれ構え、月谷要がのんびりと返す。
 月谷要の言うことは間違いではない。彼がパラミタにやって来た当時、初めて介入した事件こそ、キマクにて起きた新入生騒動だったのだ。自身の名前と同じ「要」、最近契約者となり、それがシャンバラ大荒野でひと騒動起こす。しかも同じくパワー馬鹿とくれば、手伝わないわけにはいかない。
「急に大荒野に行くなんて言うから、また巨獣狩りかと思ったけど、まさかこういうことだったなんてね」
 月谷要の付き添いのつもりでやって来た悠美香が、少々離れた所で立っているアレックスに目をやる。互いにパートナーの行動で苦労するという点に親近感を覚えたのだろうか、アレックスも肩をすくめて返した。
「やれやれ、高島と1対1の状況なら手出しするつもりは無かったけど、これだけ乱入者がいるなら遠慮なく撃たせてもらうぜ?」
「撃ちたければいくらでも撃てばいい。こっちとしても丁度いい。対集団戦闘の実験として参加するつもりだったからな」
 銃身から脚を伸ばして地面に固定させた機関銃を見せ付けるシャロン、そして近くで拾った鉄パイプを構える、頭に自身の名前と同じアカシアの花を乗せた花妖精が睨み合う。
 そしてその状況を見逃すようなアレックスではなかった。
「要、今の内に逃げるぞ!」
「あいあいさー!」
 誠一たちと月谷要たちの間で一触即発の空気が展開される中、高島要とアレックスはその場から全力で走り去った。
「あっ!?」
「おっと、要さん、行ってらっしゃ〜い!」
 あっけに取られる誠一と、送り出す形となった月谷要。
 そしてそれを好機と見たのか、アカシアとシャロンが同時に仕掛けた。
「では修行開始だ! 花妖精を甘く見るなよ!」
「喧嘩上等、かかってきな! イテー目に遭ってもらうぜ!」
 こうして残り5人による乱闘が始まった。

「まったく荒くれ連中に喧嘩売って暇潰ししようとか、あの高島って奴、どう考えてもアホだろ……」
 ぼやきながらシャロンは機関銃を乱射する。命中させるのが目的ではなく、援護射撃の形を取って足止めを図るのが目的だ。本来なら高島要と誠一の勝負に水を差そうとする手合いを威嚇するための攻撃だったのだが、肝心の高島要がいなくなってしまった以上、完全に命中させてもよかった。
 その機関銃によるスプレーショットは、正面から立ち向かおうとするアカシアだけでなく、今回は傍観を決め込む予定だった悠美香までも巻き込む。
「って、なんで私まで攻撃されなきゃならないのよ!」
 飛んでくる弾丸を、「月光」と銘のついた白漆の太刀と、深紅のカトラス「クルースナヤ」で防御しながら、悠美香もまた戦いに参戦した。少なくともあの機関銃を止めなければおちおち傍観していられない。
「おいおい、これはあくまでも『喧嘩』であって『戦い』ではないだろう?」
 本来扱う自分の武器は鞘にしまっておき、鉄パイプを持ってアカシアは飛んでくる弾丸を薙ぎ払い、そのままシャロンに向けて突撃する。
「喧嘩、ねぇ……」
 撃ち続けながらシャロンは苦い顔を禁じえない。
「うちの馬鹿もチットばかしやりすぎたぁ思うが、あの要ってのは自分勝手に喧嘩売ろうとしてるよーな奴だ。どれだけボコられよーが文句一つ言う権利はねーだろ」
「その喧嘩に対して『戦闘』で応えられたら、さすがに文句の1つでも言いたくなるだろうよ」
「はん、どーだかね。最初は光条兵器を持ち出して暴れようとしてたって言うじゃないか。それは喧嘩じゃなくて戦闘じゃないのかい?」
「その光条兵器は最初の時点でしまっていたみたいだぞ。本当にただ暴れるだけならしまっておく理由が無いではないか」
「そんなことはどうでもいいのよ! 私まで巻き込んだ分、ツケは払ってもらうからね!」
「誰が払うか!」
 接近してきた2人に対し、シャロンは持ってきておいた漬物石をサイコキネシスをもって振り回す。近づかれ、銃による攻撃が難しくなった際の切り札だったが、まさかこれを使わされるとは。

 そうしてシャロンとアカシア、悠美香による2対1の戦闘が繰り広げられている一方で、誠一と月谷要の戦闘もヒートアップしていた。
「ま、たまには体術の修行もしないと鈍っちゃうからねぇ」
 左側頭部から黒と白の角を生やし、要は鬼の力を解放する。足に履いたダッシュローラーで一気に誠一に肉薄すると、その流れで拳と蹴りを連発した。
「修行? そんな程度の根性でここを乗り切るつもりかい?」
「なに、ケンカなんてのはちょっと危ないだけの乱取りだよ。地面に畳は無いけどね!」
 だがもちろん誠一とてむざむざやられるほどお人よしではない。要の右腕から伸びるカタールの刃のような無光剣は右の刀による一刀流奥義「夢想剣」で対処し、時々左のワイヤーを操作して体に巻きつけようとする。
「おっと、結構ワンパターンだねぇ。そんな作戦で大丈夫か?」
 ダッシュローラーでステップを踏みながら、要が挑発するようにおどけてみせる。
「ここは戦場だ。戦場に身を置くというのがどういうことか、それをしっかりと叩き込ませてもらうよ……」
 そしてついにワイヤーが要の片脚に巻きつく。巻きついたのがわかった瞬間、誠一はワイヤー越しに轟雷閃を流し込んだ。
「おわっ!?」
 足から電撃を流され全身が痙攣を起こす。
 それだけでは終わらず、誠一はすぐさまワイヤーを引くと先端のクロー部分で要の足を傷つけ、引き終えると同時に刀を逆手に持ち、疾風突きの要領で拳を突き出して要を弾き飛ばした。
 本来は高島要を捕らえるための戦法だった。轟雷閃で体をしびれさせ、サイコキネシスでさらにワイヤーを体に巻きつけ、轟雷閃、爆炎波、アルティマ・トゥーレを連続で叩き込み、拳で疾風突きを入れた後に、ワイヤーを引き戻し全身に裂傷を負わせる。それを月谷要に行わなかったのは、単に相手が高島の方よりも熟練した相手だからだ。
「いてててて……、両腕が義腕じゃなかったらちょっと危なかったかねぇ……」
「へぇ、アレをかわすのか……」
 急所を狙い突きを繰り出すサムライの技だが、要はすんでのところでそれを受け止めたらしく、地面に叩きつけられてすぐに起き上がった。
「まったく、単なる乱痴気騒ぎで終わるはずだったのに……」
 再び構えを取りながら、要はその皮膚を龍の鱗に変えていく。
「これじゃああんたを倒さない限り、まともなケンカはできそうにないねぇ」
「……そもそもこっちはケンカなんてする気は無いんだけどね」
 誠一の方もまたワイヤーを手元に戻し、投擲のチャンスを窺う。刀もしっかりと順手で握り直した。
「いいさ。そっちがそう来るなら、こっちもとことんまで付き合うだけだ。その後であっちの要さんにお灸を据えに行く」
「同じ要つながりとしてそれはさせたくないねぇ」
「言ってなよ」
 そしてまた2人の戦闘が始まった……。