イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

荒野の大乱闘!

リアクション公開中!

荒野の大乱闘!

リアクション


第3章 さあ、喧嘩の始まりだ!

「うひゃ〜、思ったよりもいるんだね〜、不良さん」
 げんだのテリトリーにやって来た要の第一声がそれだった。
 要を含め契約者たちの前には、げんだの舎弟であるE級四天王のごとうとむらかみ、そしてその舎弟200人が待ち構えていた。
「要、本当にこれ全部相手にするつもりなのか……?」
 不安というよりは「げんなり」した風にアレックスがパートナーの意思を確認する。とはいえ、その返答の内容はたやすく予想できたが。
「当然! このためにここまで来たんだよ!?」
「ほほう、言ってくれるじゃねえか」
 そしてそんな要の態度に反応するのは学ランを着た不良ども。全員が似たような格好に雰囲気を発しており――違う点があるとすれば各々が持っている武器と、髪型くらいだろうか――それら全員が要を含め集まった契約者に敵意を発していた。
 要はそんな彼らの敵意を理解しない。なぜならば、彼女はただ遊びに来ただけなのだから。
 無自覚の悪意というやつである。世の中には悪意の形は数あれど、これ以上に性質の悪いものは無いだろう。
「わざわざ俺らを探しに来てくれてご苦労さん、ってとこだな」
「だが遊び半分でここに来たのが運のつき!」
「一体どこの馬の骨かは知らないが、不良にケンカを売るということをたっぷりと後悔させてやる!」
 今時三流の悪役でも言わなさそうな歯の浮いた悪者っぽいセリフを並べ立て、不良たちは戦闘態勢に入る。素手、あるいは片手に武器を。直立不動の姿勢から、わきを締めて、拳を握り締め、ひじは90度の角度で曲げる。これが彼らの「スタイル」なのだ。げんだの指示によってこの格好を取らされているのだが、その姿は明らかに何かの影響を受けたとしか思えない……。
 そんな彼らを前にして要を含めた契約者たちもまた闘争本能を高める。自分たちはここにケンカに来たのだ。これを受けずして一体どうするというのだ!
「うん、盛り上がってきたね! んじゃ、突撃ぃ〜!」
「怪我だけはするなよ頼むから……」
 その言葉を皮切りに、荒野を舞台にしたある意味で不毛な大ゲンカが始まった。

「なるほど、これは確かに面白そうね」
 言いながら光翼型可翔機と称する背中の羽を中折れ式のバックパックから展開する冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は、その両手にはめたグローブ状のコントローラーの調子を確かめる。
「で、でも……、これ、危なく……ないのかなぁ……?」
 そんな千百合の隣でパートナーの如月 日奈々(きさらぎ・ひなな)は不安そうな表情を隠せなかった。
「『熱血硬派ごっこ』だっけ。まあ『ごっこ』ってついてるんだから遊び以上のことにはならないと思うよ」
「だと、思うけどぉ……」
「まあいざとなったら全力で逃げればいいんだし、この場は適当に遊んでいいんじゃないかな?」
「そう、ですねぇ……」
 後腐れが無いように、できるだけやり過ぎないようにする。それが2人の考えだった。
「よし、それじゃ日奈々、あたしはこのまま行くから、日奈々も気をつけてね」
「うん、千百合ちゃんも……、気をつけて、ね……」
 背中の翼を操作して千百合は低空飛行を始め、日奈々はエターナルコメットという箒型の乗り物に乗って上空を舞う。
 その姿に不良たちは一瞬対応が遅れた。
「おい、あれって、雰囲気からして百合園の……」
「だよなぁ、まさか戦いに来たのか?」
「おいおいそれだと俺ら何もできないんじゃないか?」
 彼らのトップであるげんだの薫陶よろしく、女には手を出しにくいらしく、一部から戦意が衰えていく。だが、そこで戦闘をやめるような千百合ではなかった。
「それじゃ、行くよ!」
 千百合が可翔機を操作して、そのまま不良たちに突っ込む。空を飛ぶというよりも、その動きは地面をスライドするようだった。そしてその勢いを利用して眼前の不良に荒々しくその拳を見舞った。
「ぐべぼっ!?」
 さらに近くにいた不良を翼で殴打する。
「いでえっ!」
 数人殴り倒すと、彼女はすぐさまその場を離れ、そしてまた突撃する。このままではやられっ放しだと気づいた不良たちがそれぞれの技をもって応戦するが、そこは千百合の「シーリングランス」を利用した攻撃によって阻まれる。
「えっとぉ……、こっちも攻撃、ですぅ……」
 そんな不良たちに向かって、今度は空から魔力の弾丸が打ち込まれた。日奈々が所持する「やたがらす」と名付けられたマスケット銃から発射されるものだ。狙いは正確ではなく、どちらかといえばばら撒かれるといった感じだろうか――日奈々は後天的な盲目であり対象物を視認することができない。その代わりに気配を読む力に長けており、目が見えなかろうが不良を攻撃する分には不自由はしない。
「ひー!」
「と、飛び道具は禁止ー!?」
「ていうか何、あれ、魔法少女!?」
「銃を撃つ魔法少女がいるわけ……あった、ぐふっ!」
 しかもただ撃つだけではない。日奈々は通常の射撃の合間にサンダーブラストや「シューティングスター☆彡」を織り交ぜて放っているのだ。基本的に接近戦しか戦う術を知らない学ランたちにとって、この攻撃は非常に脅威だった。
「おお〜、これはすごい! 見てよアレックス! あの銃、時々でっかくなるよ!?」
「ああ、でっかくなるな」
「すごいよね! 私もああいうのほしい! あれ使って『フィナーレ!』って叫びたい!」
 日奈々のマスケット銃は時折、攻撃の際に巨大砲身を浮かび上がらせる。「大きさはパワー」を信条とする要には非常に魅力的に映っただろう。
 要は正確には剣士ではない。たまたま持っていた武器が剣だったからフェイタルリーパーをやっているだけなのだ。それが物理的に「大きい」物であれば、彼女は鈍器だろうが銃だろうが何でも使う。つまり黄色い魔法少女になってマスケット銃の乱射を行うことも辞さないのだ。もっとも、そんなことをすれば頭を食いちぎられてしまうかもしれないが……。
「そうか大きいのがそんなに好きか要!」
 日奈々の武器に目を奪われた要の隣にやって来たのは天空寺 鬼羅(てんくうじ・きら)だった。
「うん、大きいの最高! やっぱパワフルなのを求めるなら大きさを求めるのが普通だよね!」
「……いや、大きくなくてもパワーが出るやつはあると思うぞ」
 アレックスがたしなめるがそれを聞き入れるような要ではない。
「モノが大きければその分攻撃力も大きいのが普通……。わかる……、わかるぞ要!! オレにも硬くて大きいビッグマグナムが装備されている……。然らば当然、オレ自身がめちゃくちゃつえーってことだな!!」
「おお〜、ビッグマグナムって強そう〜!」
「いや待て、多分それはお前が考えてるようなのとは違――」
「あーっはっはっはっは!! さぁ、要!! いっちょ奴らと遊んでやろうじゃねーかぁ!!」
「よし、遊ぶぞ〜!」
 もはや誰の言葉にも耳を貸す気が無いらしい要と鬼羅は、互いに素手のまま不良たちと対峙する。
「鬼羅星!」
 そして鬼羅は独特の挨拶を見舞う。
「硬派な不良ども、聞きやがれ! 天御柱の全裸派な不良! 天空寺鬼羅とはオレのことだぁ!! 不良と言えば学ラン以外にもセーラー服ってのがあるんだぜ!!」
 言葉の通り、鬼羅は何を考えているのか普段からセーラー服を着用する「男」である。ついでに変態であるため、彼は所構わず機会がありさえすればすぐに服を脱ごうとするのだ。すぐに脱ぐなら女装の意味が無いのではないのか、という指摘はこの際無視しなければならない。
 だがそんな鬼羅を見た不良たちの反応はイマイチなものだった。
「おい、あいつ、どう見ても男だよな……?」
「セーラー服着た不良、はまあスケがそうだけど……」
「でも男が着るものじゃないよな……?」
 今すぐにでも殴りかかりにいきたい不良だったが、鬼羅の奇抜な格好を前にしてただでさえ足りない思考が停止しているらしい。
「おいおい、やたら反応悪いな……。どうせ熱血ならここはもっとガンガンに熱くなるべきだろうが! というわけで……」
 言いながら鬼羅はダッシュローラーを起動させる。これで戦闘態勢は整った。
「どっからでもかかってきやがれ!!!」
 そして敵の只中に突撃する。
 すれ違い様に鬼羅はその両の拳を近くの不良に叩きつけ、ダッシュローラーを履いた足で蹴りつける。
「ぎゃー!」
「な、なんでこんな変態に……!」
 高速で縦横無尽に動き回り、近くの敵を攻撃する。その動きは千百合に似ており、たちまち不良たちはその数を減らしていった。
「ちくしょう、これじゃラチが明かねえ!」
 鬼羅や千百合の接近戦をかいくぐり、上空からの日奈々の射撃を何とかかわした不良の一部が要に殺到する。だが要とて契約者。最近なった「新人」であるとはいえ、普段から大型の剣を振り回しているため腕力はかなりのものである。
「どりゃー! 必殺のパンチすぺしゃる!」
「スペシャル」などと大層な名前がついた技だが、実際は力を入れただけのパンチを不良たちに次々と叩き込んでいった。
「うわ、こいつつよい……」
「おたすけー!」
 女と見くびっていたのか、その後も1人、また1人と要に殴り倒されていく。一方では千百合の等活地獄の技で叩き伏せられ、また一方ではいつの間にか全裸となった――本人曰く、相手を混乱させるためのメンタルアサルトの一種らしい――鬼羅のカタクリズムが炸裂し、次々と不良たちは地面と濃厚なキスをかわしていった。
「やりすぎたりはしないよ! あくまでもこれはごっこ遊びなんだからね!」
「えっと……、要さんたちも、あまり、やりすぎないでくださいね〜……」
「あーっはっはっはっは!! 楽しい、楽しいじゃねーか! この大乱闘!! さぁ! 力の限り遊ぼうじゃねーか!!」
「……途中で勘弁してやれよな、お前ら」
 全く戦意を発していないからなのか、不良がやってこないアレックスは、そんな要たちを呆然と眺めるだけしかできなかった。

 敵味方入り乱れての乱闘だった。かろうじて誰が味方でどいつが敵なのか判別できるとすれば、敵は「全員学ランを着ている」ということくらいだった。
 だがそれは逆に言えば「この場において、学ランを着ていたら不良どもの味方と勘違いされる」ということである。
 スケッチブック片手に、半ばライフワークと化した絵画。誰が呼び始めたのか【パラ実の絵師】の異名を取る白菊 珂慧(しらぎく・かけい)は呆然とその光景を眺めていた。
「何なの、これ……」
 目の前で展開されるのは学ランを着た不良らしき男たちと、それと戦っている契約者らしき集団による殴り合い。何がどうしてこうなったのか、事情を全く知らない珂慧が理解できるはずがなく、この場においてどのような行動を起こせばいいのか判断に苦しんだ。
 そこで彼の動きを後押しするかのように学ランが2人ほどやってきた。
「おい、そこのお前。何そんなとこで突っ立ってんだよ」
「はい?」
「お前だよお前、そこの学ラン。何か見ない顔だが、名前は?」
「え、えっと……、白菊珂慧」
「ほう、しらぎくっていうのか。ちょうどいい。ちょっと手助けしてくれ」
「えっ……」
 突然やって来て、突然名前を聞かれ、しかも突然手助けを求められた。当然珂慧がそれに対応しきれるわけがない。
 それでも何とか事情を聞きだすと、曰く、自分たちにケンカを売ってきたのを叩きのめすためにこのような騒動になっているのだという。
「……なるほど、硬派な連中によるケンカ、と」
「ま、そういうことだ。で、俺たちの狙いはあそこの女。ほら、あそこだ、わかるかしらぎく?」
「いや、しらぎくじゃなくて白菊なんだけど……」
 学ランの1人が指差す方には、似たような学ランの不良を相手に殴る蹴るの大暴れを展開させている、一見男か女かわからない、それでもよく見れば女とわかる服装をした高島要がいた。
「あの子が……」
「そうだ。このパラミタに来て日が浅いみたいなんだが、これがやけに強い。お前も契約者なんだろう? だったらアレに勝てるはずだ。だからほら、さっさと行くぞ、しらぎく!」
「いや、だから……」
 なぜにこの不良は自分のことを「ひらがな」で呼ぶのか。いやそれ以前に、どうして自分をこのケンカに巻き込もうとするのか。それに何よりも、なぜこの男は人の話を聞かないのか。
 だがそれを聞く前に不良はさっさと乱闘の真っ只中に突撃していった。後に残された珂慧に与えられたのは、理不尽なストレスだけだった。
 そして彼は決断した。この乱闘に参加すると。なぜならば、
「……ちょっと、イラッときた」
「おお〜、まさか珂慧が硬派なケンカに参加するとは。うん、その心意気やよし!」
 野球のバットを片手に乱闘に参加しようとする珂慧に歓声をあげたのは、パートナーのヴィアス・グラハ・タルカ(う゛ぃあす・ぐらはたるか)である。
「学ランで決闘なんて女の子の憧れよねぇ。で、珂慧はどっちにつくの? やっぱりさっきの学ランの方?」
「いや、むしろあっちの女の人」
「えっと、カナメンとか言ってたっけ。え、そっちなの?」
「学ランの方は上に四天王がいるからね」
 パラ実生だからといって特定の四天王の舎弟にならなければならない、というルールは無い。珂慧は現時点ではまだ四天王につく予定は無く、それならば要に味方した方が都合がよかったのだ。
「でもでもケンカして遊ぶなら、手順を踏まないとだめよぅ。果たし状はちゃんと書いたのかしら? それと番長だけは生かしておくのよ。ケンカのあとに芽生えた友情物語は鉄則なのよぅ」
「そんなこと言ってられる状況じゃないでしょ……」
「ま、いいわ。それじゃ我は後ろで応援してるね!」
「……一応、気をつけておいてよ」
 そして珂慧は騒乱の中心に飛び込んだ。たまったイライラをぶつけるために、手に持ったバットを、近くのリーゼントに叩きつける。
「おうっ!?」
「な、何だ、新手か!?」
 不良たちの言葉は無視して、珂慧は次の相手を狙う。と、そこへあらぬ方向から学ランの男が飛ばされてきた。意外と近くで戦っている要が殴り飛ばした不良だ。
 そして珂慧はその不良を空中で迎撃し、地面に落とした。
「ぶっ!」
「な、お、お前、学ラン着てるのにやつらの味方か!?」
「……別にどっちでもいいでしょ」
 そして珂慧はそのまま近くの不良を殴り飛ばし、奥へ奥へと進んでいく。
 一方、彼の後ろにいたヴィアスは、自らの宣言通り、珂慧の応援を行っていた。
「や〜ん、ケンカとか怖いですぅ。だから手は出さないでください〜。んでもって守ってて〜」
 本人曰く、後ろで守られる女の子役とのことだが、かすかに窺える笑みは腹黒いように思えた。
 ケンカの真っ只中で「か弱い女の子」を演じるというのは、普通に考えれば非常に危険極まりない行為だが、この場においては特に危険ではなかった。
「なあ、あれ、何?」
「女の子? ……あの学ランのパートナー、だろうなぁ」
「どうする? 人質にでも取るか?」
「やめとけ。俺たちは硬派だぜ? 人質なんかとってたまるかよ」
「だな。それに、何もしてこないみたいだし。アレに関しては何もしないでいいだろ」
 こうしてヴィアスは全くの無傷で珂慧の後ろを歩くこととなった。

 珂慧とヴィアスが進む先にいたのは、E級の1人「ごとう」だった。ちなみにこれは珂慧が狙った結果ではなく、単なる偶然である。
 そのごとうは自らの舎弟が次々と倒されていくその光景に、苛立ちを禁じえなかった。
「ちっ、少なくとも俺の舎弟だけで100人はいるんだぞ。それがどうしてあんな小娘1人に苦戦するんだ。いくら回りに熟練っぽい契約者がいるからって」
 ある意味では彼らは要を侮っていたのかもしれない。契約者なのだから、一般人と比べれば圧倒的に強いのは当然ではあったが、それにしても要1人で10数人を殴り倒すというのは異常ではないか。しかも相手は素手である上、パートナーの助力を得ていないという。
「ここは今すぐにでも俺が出るべきか……?」
「ぐげっ!」
 そうしてごとうが参戦しようとしたその時だった。突然彼の近くにいた舎弟が、背後から何者かに殴り倒されたのである。
「な、なんだ、どうした!?」
 振り返ると、珂慧が振り上げたバットを今にも振り下ろさんとしている瞬間が目に入った。
 突然の状況に今度はごとうが追いつけない。だが現実とは非情なものであった。
「えっと、恨みは無いんだけど、何と言うか……ごめんなさい?」
「おぶうっ!!」
 振り下ろされた重い木の棒がごとうの顔面にめり込み、そしてそのまま彼は鼻血を噴き出して仰向けに倒れていった。
「お、俺、今回何にもやってないのに。つーか、扱い悪すぎぃ〜……」
 それが彼の断末魔だった……。