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第1章 硬派じゃないよ、それは!

「経験というのは基本的に実戦でどうにかするものではあります。今回の場合、相手になるのも、まあそれなりの連中でしょうから、心配はしませんけど……。ただ実力を見誤る、というのは感心できません」
「はぁ……」
 先日、剣の花嫁アレックス・レイフィールド(あれっくす・れいふぃーるど)と契約を結び、晴れて契約者となったパラ実生高島 要(たかしま・かなめ)を相手に、安芸宮 和輝(あきみや・かずき)はその温和そうな表情を引き締めていた。
「それにしても、修行ですか……。荒野の真ん中で、しかも同じ荒野の人間を相手にケンカを売りに行く人間を相手に、うまくいくのでしょうか?」
「というか、あの要さんと打ち込みがしたいだけのような気がしますわ……」
 そんな和輝から離れて呆れ顔を見せるのは、彼のパートナーである安芸宮 稔(あきみや・みのる)クレア・シルフィアミッド(くれあ・しるふぃあみっど)である。
 和輝がこのように要に接するのは、ひとえに彼女――170cmと少々高身長で、どちらかといえば中性的な風体だが、胸元の2つのふくらみ、丸みを帯びた体、声の高さ等、様々なところで女性らしさが見えるため「よく見れば女性とわかる」外見だったりする。今日はたまたまパンツルックだが、別に男装の麗人というわけではなく、女性らしいおしゃれも日常的に行う――を心配してのことだった。
 由緒ある神社の宮司、その末裔である彼は、その生い立ちゆえに生来の武人だった。だからこそなのだろうか、両手に持った刃渡り3メートルはあろうかという光の剣――光条兵器を適当に振り回しながら歩く要の姿が気になって仕方が無かった。見るからに、ただ振り回す以外の戦い方をしなさそうで、明確な剣術を知らないのではないだろうかと読んだのである。
 果たして和輝の予想は当たっていた。アレックスから抜き出した光条兵器が、要の性格を反映したのか巨大剣だったというだけで、要自身は細かい剣術など持ち合わせていなかったのである。それを知った和輝はこの際と言わんばかりに要をつかまえ、その場で剣術指南を行おうとしていたのだ。
「大型剣なら大型剣なりの戦い方というものがあります。まあその辺はわかりますよね?」
「そりゃまあもちろん」
「では、どのようにして戦えばいいのか、そこはどうですか?」
「え、大きい剣なんだから、遠心力を利用して振り回すのが普通じゃないの?」
「……まあ当たらずも遠からず、でしょうか」
 どうも要は巨大剣を扱うに際してのイメージが固まってしまっているらしい。ここから剣術を仕込むとなれば、間違いなく重労働であろう。和輝は内心で自らの行為を後悔し始めていた。
「まあとりあえず実物を見てもらった方がいいでしょう。シルフィー、お願いしますね」
「はい、和輝さん」
 和輝はクレアを呼びつけると、彼女の胸元に手を当てて、2人で同時に何事か詠唱したかと思うと、そこから光条兵器を抜き出した。数多叶尽世(アマタカナウツクセ)――刀身3メートル、柄が1メートル、さらに腕に巻いて固定するための固定用索が1メートルという要の持っている物とほぼ同系統の巨大剣である。
「おお〜! おっきい〜!」
 走りながら引き抜かれたその剣の「大きさ」に、要は目を輝かせる。
「何度見ても、えぐい見た目をしていますね……」
「それでも、決して1人では使えない、時と空間を飛び越えた……絆の魔法であることには変わりはありませんから」
 神社の祭神の英霊である稔にしてみれば、光条兵器というものは完全に専門外である。まして成人男性以上の大きさを持つ剣となればなおさらだ。
 逆に剣の花嫁であるクレアに言わせれば、光条兵器とはパートナーとの絆を結びつけるための大切な存在だった。互いに1つの武器を共有し、互いに扱い合う。これを絆の体言と言わずして何をそう呼ぶのか。
「……そこまでご大層な物じゃないと思うけどな」
 同じ剣の花嫁であるはずのアレックスにしてみれば、あの巨大剣はどこまで行っても「単なる武器」にしかならないらしいが……。
「まあ私の場合はですね、まず『何を斬るのか』というイメージを組み立てて、『それ以外』を対象から外すことで、より高速に、かつ正確に斬る。そしてそれだけでなく、突いたり叩いたり払ったりしています。これができるのも、この光条兵器というものが言わば『武器の形をした魔法』とも言うべき存在であるわけで、なおかつそれなりの戦い方が求められるから、という理由なのですが――って要さん?」
 数多叶尽世を片手に講釈をたれていた和輝だったが、ふと要の様子がおかしいことに気がついた。目を見開いた状態で、表情が完全に固まっていたのである。
「あれ、要さん。どうかしたんですか?」
「……まあ、要のことだからそうなるわな」
 訳知り顔といった表情を見せ、彼女のパートナーであるアレックスがこめかみに手をやる。
「どうしたんですか、彼女?」
「いや、単純な話だ。要は長く細かい解説が聞けないんだよ」
 ため息を1つつき、アレックスは荒っぽい口調ながら丁寧な説明を行う。
「こいつ、地球の学校に通ってた癖してやたら頭が悪くてな。通えそうな学校といえばパラ実くらいしかなかったんだよ。そんなわけだから、お前さんのような講釈を聞くとな、頭がフリーズしちまうんだよ」
「ええっ!?」
 それで先ほどから凍りついていたのか。和輝は納得したが、それはそれで問題だった。
「えっと、それじゃ要さんにものを教えるなら……」
「超アバウトで感覚的なやつじゃなきゃダメだ。……おいコラ、要、起きやがれ」
 フリーズした要の肩を揺すり、アレックスは彼女を覚醒させる。
「ほぇ……、もうお話終わったの?」
「参考までに聞くが、どこまで聞いてた?」
「えっとねぇ、何とかっていうイメージがどうこうって――」
「最初から全部聞いてなかったのかよ!」
 むしろ最初の部分すら理解しているかどうか非常に怪しかった。
「……これは、最初から手合わせでどうにかするしかなさそうですね。まあいいでしょう。やるつもりではいましたし」
 感覚的に剣術を学んでもらおうと和輝は準備を始めるが、そこに人間が2人割り込んできた。片方は筋骨隆々といったいかにも格闘家といった雰囲気を漂わせる男。もう片方は対照的に非常に細身で、肉体労働などできるとは到底思えない、サングラスをかけた見た目性別不明のどことなく歌姫っぽい人間。前者はラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)、後者はテスラ・マグメル(てすら・まぐめる)といった。
「あー、なんだ。お前がパラ実に喧嘩売りに行こうとしてる奴か?」
 ラルクの方が見慣れない女性――要に射抜くような目を向ける。
「……あ、ケンカを売りにって私のこと?」
「この場でお前以外にそれっぽいのがいるか?」
 身長2メートル以上あるラルクが、要の上から目線を向け続け、その両肩にごつい手を置く。力を入れずただ乗せるだけなのは、物事を穏便に済ませたいという意思の現れである。
「あのな、まずはそういう遊びはやめておけ。人の神経を逆撫でする遊びなんざ遊びじゃねぇだろ? 喧嘩なんざやらないにこしたことはねぇ」
「え、遊びに行っちゃダメなの?」
「そうじゃなくて、『喧嘩して遊ぶ』という時点でおかしいんだよ。なぁ、あんたもそう思うだろ?」
「そりゃもう……」
 ラルクが同意を求めるようにアレックスに顔を向ける。求められたアレックスにその意見を否定する理由は無かった。
「彼の言う通りです」
 要の右側から顔を近づけてテスラが迫る。
「いいですか。パラ実生は、まあ『自称』の存在もいますが基本的には貴方と同じ契約者の集団です。一般人よりも強い人間が100万もいるんですよ。そんな所へ遊びに行くなど、それこそ普通ではありません!」
「え〜、マジで?」
 正面からは筋肉質の巨漢、右からはサングラスに迫られ、非常に不満そうな表情を要は見せた。
「当たり前でしょう! 要さん、貴方、地球人ですよね。その貴方が、貴方の常識で行動すること。貴方の常識を皆に押し付けること。それを非常識と呼ぶんです。貴方の故郷でそれが常識だとしても、郷に入れば郷に従う。それが常識です。従えないなら地球に帰るべき――ってこら要さん、話を聞きなさい!」
「ほにゃ?」
 どうやらまたしても頭がショートしてしまったらしく、テスラに怒鳴られることで要は再び目を覚ました。
「あのですね、契約者だって痛みを感じるし、斬られれば血が出るし、出血が多ければ、傷が深ければ当然死にます。貴方のその巨大剣はまさにそのための武器です」
「え〜、でもさ、こういう時はコメディ補正が働いて誰も死なないようになってるのが普通――」
「そのような言葉はこの世には存在しません」
 要の反論を遮り、テスラはさらに顔を近づけた。テスラのその発言自体、十分なコメディでしかなかったが……。
「まあ少なくともその武器を使うのはいただけないよね」
 そこに別の声が割り込んできた。その方向に目を向けてみると、全身を黒めのロリータ服で包み、乗り方の練習をしていたフレアライダーを小脇に抱えた桐生 円(きりゅう・まどか)と、そのパートナーであるアリウム・ウィスタリア(ありうむ・うぃすたりあ)、そして鬼龍 貴仁(きりゅう・たかひと)の3人がそこにいた。
「話は聞かせてもらったよ。確か、要くんだっけ。ああボクは桐生円、よろしく」
「あ、どうもよろしく〜」
 肩を掴まれ顔を近づけられているというのに、要は全く気にすることなく円に会釈する。
「『熱血硬派ごっこ』って言うけどさ、さすがにそのでっかい剣を振り回すのはダメだと思うんだよね」
「そうですよ、まさにその通り!」
 どうやら同じ思いでいたらしい貴仁が声を荒げる。
「『熱血硬派ごっこ』をやりたいのなら、武器は使っちゃいけません。高島さん、その巨大剣を使おうとしている時点でキミの『硬派』は紛い物だ!」
「え、でも不良さんはきっと棒とかメリケンとかバケツとか持ってくると思うんだけど?」
「それはあくまでもオマケみたいなものです。硬派な漢なら、それでも素手でやるものです! そう、本当の熱血硬派ごっこは素手でやるものなんですよ!」
 そう主張する貴仁の装備に武器の類は無い。それなりの攻撃技の心得はあるものの、現在持っている物といえば8冊の「教科書」だけである。世の中には鈍器になる書物が存在したりするが、貴仁のそれはどう見ても武器になりそうにない物だった。
「ほう、素手で」
 そして彼の言葉に要が見事に食いついた。
「そう、素手です。漢なら拳1つ、蹴り1つで全力で戦うもの。連打は構いませんけど基本的には武器なんて使っちゃいけないんです。そんなのは専用の必殺技を持っている時だけでいいんです」
「『すぺしゃる』とか?」
「まさにそう! 後は『たたき』ですね!」
「なるほど〜!」
「……いやちょっと待て。まず論点はそこじゃねえだろ」
 要の肩を掴んだままのラルクが貴仁を睨みつける。
「そもそも喧嘩しに行くってことが大問題だ。ただでさえ血の気の多いパラ実生なんだぜ? それが650人。相手が全員無双できる程度のザコだとか、契約者だからそう簡単には死なないとかそんなのはどうでもいいんだ。その数を相手に喧嘩を売りに行ったらどうなることか」
「その辺はそんなに問題にならないと思いますよ」
 あくまでも穏便に事を済ませようとするラルクに対し、貴仁はあっけらかんと答える。
「相手は不良とはいえ硬派を売りにしている人たちです。そういう手合いなら、例えば一緒に戦かったり、拳を交えれば、気持ちは通じると思います」
「思いますってお前それ……」
「いいじゃないですか熱血硬派ごっこ! すごく青春ですよ〜」
 緊迫した空気をものともせず、アリウムが要にかけられたラルクの手を勝手に解く。
「漢同士が全力で拳を振るい合い、共にボロボロになった上で築かれる友情。まさに青春の王道。それを邪魔するのは逆に無粋というものですよ」
「いや無粋とかそういう問題じゃなくてだな――」
「まあ別にいいんじゃない?」
 言いながら円も要からラルクとテスラを引き離そうとする。
「これはそう、ケンカと言うよりはケンカの形をした『遊び』なんだよ。そりゃあ形が形だから真剣勝負にならざるを得ないだろうけど、多分彼女は殺すつもりは無いんだよ。ただ遊びたいだけ。それが伝わるなら、いくら相手がD級ったってそれなりに何とかなるもんだよ」
「そういうことですよ〜。あ、要様、そんなことよりあたしとお友達になりませんか?」
「いいよ〜」
「あ、おいコラ、お前らそんな勝手に――!」
 近くで筋肉質と歌姫が口々に何事か文句をたれているようだが、円たちは気にせずに要をその場から引き離す。
「まあ何にせよ、その巨大剣はやめときなよ。舎弟レベルになるとさ、非契約者達もいるし殺しちゃうと熱血になんなくない?」
 後腐れが無いようにするなら、マンガやドラマのように熱血を体験したいのなら拳でやるべきだ。さすがに光条兵器による攻撃だと相手を殺しかねない。
 そんな円や貴仁の説得の甲斐あって、要は巨大剣をしまうことにした。考えてみれば、彼女が思う「熱血硬派ごっこ」とは、あくまでも基本は素手。3メートルの得物を使うなど、それではむしろ巨大怪物狩りである。
「って、ちょっと待て! まだ話は終わってねえぞ!」
「そうですよ! とにかく650人を相手にケンカはいけません! その辺りを思い直してもらわないことにはどうにも――」
「こんにちはー。こんなところで何してるんですか?」
 そんな要を引き止め、さらに説教を続けようとしたラルクとテスラに対する邪魔は後を絶たない。次なる刺客の名は鏡 氷雨(かがみ・ひさめ)という。葦原明倫館所属のこの氷雨がこんな荒野で何をしていたのか。
 答えは「何もしていない」
(確かボクは森の中を歩いてたはずなのに……)
 相変わらずと言うか何と言うか、氷雨は迷子だった。
「うん、ちょっとばかし『熱血硬派ごっこ』をやりに行こうと思ってね」
 疑問に答えたのは今回の首謀者たる要である。
「ふぇ? それなに?」
「えっとね……」
 要が氷雨に自らの目的を語る。
 その間に円は近くにいたアレックスに――要に聞こえない程度の声で話しかけていた。
「なんだかんだ言ってパラ実生ってさ、結束力が固いというか、意外と正義感溢れた奴らが多かったりするんだ」
「え、ヒャッハーな不良の集まりなのに?」
 返すアレックスも要に聞こえない程度の声を発する。
「それはまあ一般的っていうか表向きの顔だね。でも実際は違う。例えば自称悪人の善人だとか……。それこそさっきの筋肉さん、あれは確か前はパラ実生だったんじゃないかな……、噂で聞いたことがあるよ」
「でもかなり冷静だよな……」
「そうなんだよ。モヒカンでヒャッハーで略奪暴行の限りを尽くす世紀末の体現者、って思われがちで、いやまあ大半はそうだけど、契約者の中にはそうじゃないのが結構多いんだ」
 だからこちらが想定している以上の「大物」が出てくるかもしれない。円としてはそこが心配だった。唐突に荒野に現れた高島要という女、円はそんな彼女に興味を抱いていた。いざとなればアリウムに魔鎧になってもらい、それを装着して「大物」を相手取るつもりでいるのだ。
(正直、アウトロー気取りながら正義だぜって言うのは馬鹿みたいだと思うんだけどね。普通にやってりゃ説得力あるのにさ)
 とはいえ、久しぶりに運動したかったというのも本心の1つだったりするのだが……。
「にしても、要くんはいつもどの程度で満足するの?」
「どの程度って?」
「今回の場合だと、どれだけ暴れたら気が済むのかってとこかな」
「……少なくとも、死屍累々の状況を見ないことには気が済まないと思うぞ。もちろん本当に屍にするんじゃなくて、叩きのめすだけだがな」
 自分が殴り倒した不良たちが折り重なって横たわる光景。アレックスの脳裏には、その中心に立って朗らかな笑顔を見せ、
「あー、スッキリした!」
 などとすがすがしい一言を発する要の姿がはっきりと浮かんでいた。
「じゃあ、しばらく暴れさせないと駄目か……。面倒な……」
「ホント、面倒な奴だ……」
 だがそう言うアレックスは要のパートナーである。一度契約を結んでしまった以上、それを解除する方法は無い。だから互いに死ぬまで付き合わなければならない。
「そんな面倒な奴に付き合う俺も、結構面倒な奴なのかもな……」
 誰にも聞こえないようにひとりごちる。
 そのような会話の最中に、要と氷雨の話もまとまったようだ。
「へぇー。面白そうだね! ボクも一緒に行っていいかな? 前に読んだ本でね、殴り合いで友情が生まれてたの! ボクも殴り合いでお友達作りたいの! だから、ボクも一緒に行っていいかな?」
「もちろん! 一緒に行こ!」
 能天気な要と、同じく能天気な氷雨の会話である。2人が意気投合して「遊びに」行くようになるのは必然と言えた。
「あのな、さすがにそろそろ退いちゃくれねえか? こっちだってあんま無益な暴力は振るいたくねぇんだ。いい加減、少し痛い目にあわせなきゃいけなくなるんだから――」
「まあまあその辺にしときなよ」
 言いながらいつの間にか藤色のゴシックロリータ服――鎧化したアリウムを装着した円がラルクの前に進み出た。
「あの態度からして、これは子供のケンカだよ。そこに親が出てくるのは感心しないなぁ」
「……ガキの喧嘩で不良どもの大乱闘が起きてたまるかってんだよ」
「そんなこと言ったらボクたち全員がそうなっちゃうね。契約者って、基本的に子供が多いんだからさぁ」
「…………」
 一触即発の雰囲気を発しながら、ラルクと円が睨み合う。だがこの両者の戦いが始まることは無かった。
 この場にまたしても別の人物が姿を見せたからである。