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satisfaction! 能あるウサギは素顔を隠す

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リアクション

 
プロローグ


 空京で喫茶店を開き、幾日か経った。初夏らしい爽やかな風も湿気を含み、タシガンでは特に霧が濃くなってきたようにも感じる。
 あのとき、ジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)は何かを企んでいる様子はあったが、その真意を多く語ろうとしなかった。ルドルフ・メンデルスゾーン(るどるふ・めんでるすぞーん)が水面下で動いていることと『兎狩り』という言葉。もしかしたらと思い当たる節があるもののジェイダスの指示はゆったりとしていて、呼び出された真城 直(ましろ・すなお)は校長室へ続く廊下で足を止めてしまう。
「どうした、校長をお待たせするわけにはいかないだろう」
 ルドルフの代理として共に呼ばれたエリオ・アルファイ(えりお・あるふぁい)は、校長の期待に応えたいのか正義感溢れる闘志を燃やしている。しかし、彼はルドルフのパートナーであるものの一般学生だ。さらには、直のパートナーであり教師でもあるヴィスタ・ユド・ベルニオス(う゛ぃすた・ゆどべるにおす)の協力を仰ぐことになるとも言っていた。
 通常の任務であれば、イエニチェリ1人でも事足りる。それほど優秀であり、必要な人材をかき集めることも他愛ないからだ。なのに今回は1つの件に2人のイエニチェリ、それも教師や一般生徒へも直々に声をかけるとなると、余程猫の手も借りたい内容だということが考えられる。
「……エリオ、君はどう見る? ジェイダス校長の任務を」
 ルドルフは戦地にも赴き、校外での活躍も多い。今のところイエニチェリ内で校長のお気に入りはルドルフだろうし、直はそんな彼が安心して外部の問題に取り組めるよう学舎内部の問題を主に取り扱い補佐してきた。
 外と内。その2つのイエニチェリが同時に呼ばれている。改めて事の重さを把握したエリオは堅く口を閉ざしてしまった。
 ――バンッ!!
 同時に、校長室から飛び出してくる人影。乱れた制服を抑えながら廊下を走る生徒は、どこか様子がおかしい。いや、そもそもその格好も校長室を飛び出したという本来であれば失礼な態度をとったことも十分におかしなことだ。
 けれど、それらが些細なことだとも感じる違和感が、その人影にはあった。
「止まって! ……ここは男子校だ、女の子がそんな格好で歩くには危険すぎる」
 直がマントを取り彼女へ差し出すと、はだけた胸元を隠す様に巻き付けボロボロと泣き崩れてしまう。
 本来ならばいるはずの無い女性。しかし、パラミタ最大規模を誇る薔薇の学舎の喫茶室には、ジェイダスが集めた美青年たちが揃っており、時折こうして男装した女性が紛れ込むと聞いたことはあった。
「まさか、こうして目の前に現れるなんて思わなかったよ。エリオも噂くらいは聞いたことがある?」
「丁度、このくらいの時期になると新入生を中心にふざけた噂が出回っているのは知っていたが……」
 いざそれが現実となって目の前に現れても、自分の目を疑ってしまう。ここは男子校で、女性の立ち入りは禁止されている。教職員はもちろん、パートナーでさえも女人禁制を貫いているくらいだ。厳しい警備をかいくぐって女性が侵入していること自体、普通じゃない。
 そうこうしているうちに身なりを整えた女性は、直のマントに自分の生徒手帳を添えて手渡した。
「ご迷惑をおかけしました。もう、ここへは二度と訪れませんから……失礼します」
 偽造にしては精巧に作られた生徒手帳。それを片手に、直たちは校長室へ再び足を向けるのだった。

 校長室では、身なりを整えてはいるものの、いつもの羽根飾りをベットの脇に放置したジェイダスが出迎えた。窓の外を眺めているので表情は読み取れないが、ここへ呼んだのも彼で、時間を指定したのもそう。ならば、こんなタイミングで生徒を連れ込むのは計算としか思えない。
 それも、ここにはいないはずの女子生徒であったなら尚更だ。
「……もう、私から命じずとも今回の任はわかるな?」
「はい。しかし、制服や落として行った生徒手帳は偽造かもしれません。入手経路を――」
「手帳があるなら話は早い、その書類と照らし合わせてみろ」
 直に投げつけた書類は、入学時の顔写真もついた在学を示す書類。名前に生年月日、連絡先……一字一句違わず、それは一致した。
「ルドルフには、こういった女性たちの侵入経路を調べてもらうため、ここ暫く喫茶室へ忍び込む女性を泳がせていたが……まさか生徒に潜んでいるとはな」
 薔薇の学舎は、基本的にジェイダスの目に適った美しい少年のみが入学を許される。容姿もさることながら、名前のセンスや芸術性の高さ、もちろん勉学に取り組む姿勢や知能レベル。枠に囚われずあらゆる方面で広く評価され、何よりも入学を希望する生徒の心が美しいことを信頼して入学を許可していたのだ。
「彼女は何か口にしていたか?」
「いえ……迷惑をかけたので二度と来ないと、その一言だけでした」
「くくっ、そうか。私も聞いて呆れたよ『ただ格好良い人に囲まれていたかった』など……くだらなすぎる」
 忌々しげに窓枠を叩くジェイダスは自嘲する。美しさの欠片もない人物を入学させてしまったことを後悔するのも、自分が目利きを誤ったことを嘆くのも、今すべきことではない。過ぎてしまったことは取り返しが付かないし、上に立つ者として喚くことは出来ないからだ。
「ときに直。おまえは『異性と交流することで成長することもある』と私に言ったな」
「それと今回の件は別です。彼女は自身の欲を満たすために侵入した、それでは互いに成長は得られません」
「ならば、生徒たちにとってより良い環境を整えてみせろ。もちろん美しくだ!」
 他にも何人か兎は紛れ込んでいる――それはルドルフの調査結果も告げており、あとは尻尾を掴むだけ。
 こうしてジェイダスの命令により、男子校の女生徒探しは始まった。

 怪しいと目星をつけたところで、確たる証拠がなければ捉えることなど出来ない。手段が限られる中、どのように洗い出すのかと企画書を手に取ったラドゥ・イシュトヴァーン(らどぅ・いしゅとう゛ぁーん)は、一見無関係にも思える内容に眉を寄せた。
「マスカレード……? 顔など隠せば、余計に探しづらくなるのではないか」
「それが狙いです。隠しているという安心感は、心に隙を作ります」
 強制参加にさせず自由参加にすることで、安全のために欠席するという生徒もいることを念頭に、女性がどうして性別を偽ってまで入学したいのかを調べるのが目的だと直は言う。だからこそ他校生も招待し女性としての意見を聞くことで、どのような行動に出る女性をチェックすれば良いのか目星を付けられるのではないかということだ。
 先にルドルフがまとめたのは、立ち振る舞いに柔らかさが滲み出ている者、異性装を苦ともせず着こなしている者、宅配などの利用が多い者など、目立って怪しいと思う行動をしている生徒たちだ。中でも気品ある振る舞いと女性特有の柔らかな仕草は違うということに着眼すれば、いくらか人数が絞れるかもしれない。
「それで、ジェイダスの名を出して女装を許容したのか」
「はい。こういうイベントであれば、場を盛り上げるために異性装を着る生徒は多いでしょう。もちろん、それは女生徒も含みますが」
「……なるほど。休んで怪しまれるより、いつものように振る舞うほうが安全ではあるな」
 気を抜いて自然な格好をするのなら、手っ取り早く足がつくだろう。その点から直とルドルフとで男性参加者を中心に見て周り、女性参加者はエリオやヴィスタに任せることにした。
 ただ、怪しまれる噂は前々からあったのに、今さらになって腰を上げたジェイダスの心境がわからないエリオは、思ったままを口にする。
「女性を入学させたくないのであれば、もっと方法はあったはずだ。それをなぜ、生徒になってから炙り出すような真似を?」
「……その答えも見いだせぬようなら、そのうち貴様も放校されるだろうな」
 嫌な笑みを浮かべながらエリオへ書類を突き返すと、ラドゥはパーティの行方に興味はないとばかりに背を向ける。彼の複雑な胸中をかき回すこと無く直とエリオはその場を後にし、次の一手を考えながらパーティの準備を着々と進めていくのだった。



 パーティ当日。浮き足だった生徒が多い中でフェンリル・ランドール(ふぇんりる・らんどーる)は厳しい顔のまま校舎の隅にある多目的室で、急遽かき集めることになった仲間たちと最後の作戦会議を開いていた。妙な噂が流れてからというもの、極力ウェルチ・ダムデュラック(うぇるち・だむでゅらっく)のフォローに回れるようにと側を離れないようにしていたが、ウェルチ自身はそういう態度こそが怪しまれると自然体で過ごしていた。
 それぞれがパーティ会場での対策を披露する中で、嵯峨 奏音(さがの・かのん)が提案したのは、逃げ込む場所。
「楽しいマスカレードパーティとはいえ、中には具合が悪くなる者もいるかも知れない。何かあったら私の所まで連れてきなさい」
 ここに集まった面々は、フェンリルたちの考えに同調してくれた者たちだ。紛らわしい書き方をしたせいで、本当に女装相談で終わってしまう者も中にはいたが、色々な信念や考えを持って集まってくれたのだから、奏音が指す『具合が悪い』ことが体調だけでないことは察しがつく。
「嵯峨は会場ではなく校舎内の医務室で待機だったな。今、調理など裏方のスタッフとして会場に入ったメンバーからも連絡があった。下手に人気のない所で相談するよりも、そこを利用して現場の情報交換をするほうが学校側に怪しまれることは無いと思う」
「わかった、それでいこう。ただ、俺は噂が事実であったとしても全ての女生徒を助けるつもりは無いとだけ言っておく」
 味方であるはずの冴弥 永夜(さえわたり・とおや)は、眼鏡に手をかけて冷静な視線でメンバーを見渡した。警戒するように見返されるのも気に止めず、至極当然だろうとその本心を口にした。
「俺は危険を顧みず、薔薇の学舎に入学してまで何かを果たしたいと思う生徒の手助けをしてやれたらな、と思っている。勿論、邪な事でなければの話だけどな」
 くだらない理由に手を貸すつもりはない――そう釘を刺すようにして、永夜はもう1度メンバーを見渡す。薔薇の学舎が単なる男装女子の温床になってはいけないと、その瞳は訴えていた。

 そんな真剣な話し合いが行われているとも知らず、カールハインツ・ベッケンバウワー(かーるはいんつ・べっけんばうわー)はあくびを噛み殺して廊下を歩いていた。
「おっはよー……って、なんだよその眠そうな顔。もう会場に向かうのか?」
 背後から声をかけたアルネ・ブレプスは、時間を確認するように携帯をズボンのポケットから取り出す。それと同時に、それはけたたましく鳴り響いた。
「もしもし! だから今、そっちに向かってるってば! 校舎も寮もバカみたいに広いんだから、すぐ行けるわけないだろバカ姉貴!! 迎えに行くまで大人しく待ってろよっ!」
 2、3度声を荒げたかと思えば一方的に電話を切り、盛大なため息を吐く。朝から何度もしつこくかかってきているのだろう電話は、無視をするという選択肢が無いのか電源を落とすでもなく再びズボンのポケットへと押し込んだ。
「騒がしくてごめん、また会場で会えるといいな」
「女性をあんまり待たせるんじゃねーぞ?」
「あんなの女性だなんて言わないよっ!」
 既に走り出していたアルネを見て、姉には逆らえないのだろうが何だかんだ言って仲が良いのだろう、と苦笑してしまう。意味合いは違えども、大切な人と喧嘩の出来る彼が少し羨ましく感じながら、カールハインツは会場へと向かうのだった。



 会場では内装や広い更衣室に衣装、装飾品の数々も用意が整い来賓の到着を待っている。佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)は、パーティと聞いて合間に食べやすい物を用意出来ればと、オリジナルスパイスや衣装の入った袋を引っ提げて一足早めに訪れた。
 学生が多くなるであろうことを考慮し、多めの材料を発注しておいた。マスカレードと聞いて、調理のしやすい衣装も持って来ているし忘れていることは無いように思うのだが、どうにも会場へ向かう足は重い。
「…………ああ、こっちも何とかしておかないとねぇ」
 苦笑混じりに見つめる先には、変熊 仮面(へんくま・かめん)が枝切り鋏を振り回している姿。今日も今日とて派手なマントと仮面のみという通気性の良すぎる姿に、弥十郎は手にしている袋の1つを覗いてみた。
「やあ熊くん。今日のパーティはその格好で出席かい?」
「ハッハッハ、マスカレードに普段着で参加も味気ないだろう。ナマハゲに扮して女のアソコをちょん切ってだな……」
 色々とツッコミたい部分はあるが、彼が不穏分子になることは明らか。弥十郎は暫し考えて手持ちの衣装を差し出した。
「どっちを着ようか迷ってたんだけど、女の子に近づきたいなら熊くんは可愛い格好をするといいよ」
「そ、そうか?」
 背後では、2人のやり取りに口を出さなかった佐々木 八雲(ささき・やくも)が、応援を呼びに行っていた警備スタッフに話をつけ、何やら書類などを受け取っている。
(……これで、出来るだけ女の子の被害が減るといいんだが)
 薔薇学の顔として他校生を温かく迎える重要な任務だと煽て続けられた変熊に任された仕事――マスコットのようにウサギの着ぐるみを着て来場者数をカウントし、アンケートを配布するというとてつもなく地味な仕事だということに、任された本人は気付いてもいなかった。

 会場の中は、マスカレードということもあり誰がどの衣装に着替えて出てくるかなど知られないよう、更衣室へと続く廊下にはゲートが設置され、誰かが歩いていると開かないようになっていた。更衣室から出てくる頃には思い思いの仮装をするため、事前に待ち合わせ方法を決めていなかった参加者は、目当ての人物を探すことに一苦労しているようだ。
 宇都宮 祥子(うつのみや・さちこ)は、先日の新入生歓迎会にてアルネへの挨拶が騒動のおかげで中途半端になってしまったこともあり、今回のパーティで挨拶がしたくて訪れた。ヴァイシャリーのご息女が愛好しそうなフリルやリボンをふんだんにあしらったドレスにハット、仮面はシンプルなものを選び可愛らしい中にもクールさが漂う風貌は悪目立ちすることもない。
 この格好であれば、誰も警戒することなく人捜しに協力してくれるかと思いきや、なかなか目的のオレンジの髪の彼は見つからない。
「失礼。人を捜しているんだが、黒髪のショートヘアの少年を知らねぇか?」
「それってもしかして、金の瞳の方かしら?」
 それならば、確かアルネと一緒にいたカールハインツと同じ特徴だ。手分けして探すことが出来るのならと振り返れば、鴉を模した仮面をつけたフェイミィ・オルトリンデ(ふぇいみぃ・おるとりんで)は、困ったように頭を掻く。
「あー……そこまでは確認してこなかったな。つっても、普段から仮面を被ってるみたいだからリネンも覚えているかどうか」
「エロ鴉! こんな場所でまでナンパとは……連れが失礼したね、お嬢さん。不快にさせたなら謝るよ」
 金の長い髪と中性的な顔立ちが印象的な少年に扮したヘイリー・ウェイク(へいりー・うぇいく)は、男装の麗人としてどこまで通じるのかを試すように、祥子へ紳士的に挨拶を交わす。懐かしいヘリワード・ザ・ウェイクの名を名乗るも祥子が怪しむ素振りはなく、ちゃんと抑え込んだ胸のおかげでそれなりな格好に仕上がっているようだ。
「でも残念ね。同じ人を捜しているなら手分けして探せたのだけど……直なら、もしかしたらスタッフと話しているかもしれないわ」
 まだパーティも始まったばかりなことを考えると、すぐに楽しむより見回っているのではないか。そんなヒントをもらった二人は、一度リネン・エルフト(りねん・えるふと)と合流しようと去って行く。
 祥子も再びホールへを見渡して見るが、次のヒントになりそうなのは薔薇学の制服を来た秋月 葵(あきづき・あおい)だろうか。長い薄茶色の髪は後ろで束ね、制服には薔薇の飾りも付けてみた。一通りダンスフロアを見て回れたら、この学舎内も見学出来ればと気軽な気持ちで訪れていた。
「薔薇学の方かしら? 新入生歓迎会の時に気になった殿方がいるんだけど、オレンジの髪の子を知らない?」
「殿方と見せかけて、女の子だったりして〜?」
「え?」
「百合園にも男の娘が居るって噂があるくらいだし、薔薇学にも男装の子が居るって噂があっても良いよね〜♪」
 くすくす笑って一回りして見せるところを見ると、葵は薔薇学の生徒ではないのだろう。けれども、葵の考え方自体は納得出来る。
(もしかしたら、アルネも女の子だったりするのかしら? どちらであっても私は構わないのだけど)
 好きなように仮装が出来るこの日なら、どんな格好でいるのかもわからない。けれど、無用な物を嫌う口ぶりからは想像の範疇を超えるような仮装をするとも考えにくい。
「あ、ルドルフさんだ! じゃあまたねっ」
 仮面舞踏会であってもなくても、普段から仮面を付けているので容易く発見できたルドルフを追う葵を少し羨ましく思いながらその背を見送る。ため息を吐けば、さりげなく手元にグラスを差し出された。
「初めまして、お嬢さん。光栄なことに、あんたがオレを探してるって聞いたんだけど?」
 自分より少し高い背に飄々とした口ぶり。遠目に見ても印象的だった金色の瞳は、ファントムマスクのおかげで確認しやすかった。
「間違いでは無いんだけれどね。アルネの姿が見あたらないから、カールハインツなら知っているんじゃないかと思って」
「あれ、どこかで会ったか? こんな綺麗な声、一度聞けば忘れないと思うんだけど」
 褒め言葉に狼狽えることなく、グラスを受け取った祥子はそのまま手を差し出し握手を求める。
「新入生歓迎会のときに一緒だったんだけど……葦原明倫館の宇都宮祥子よ、よろしくね」
「こちらこそ。どうせなら、アルネがくるまで1曲どう? あいつ、姉貴を迎えに行くとか言ってたから遅れてくると思うし」
「じゃじゃーんっ! 噂のアルネのお姉ちゃんでっす☆ やーん、カールくんってば写メで見るより断然格好良い〜!」
 豊満な胸を惜しげもなく晒すドレスを来て、それを押しつけるようにカールハインツの腕に絡みつく少女。背格好も髪の色も、それはアルネとうり二つ過ぎて、祥子は暫し二人の様子を眺めることにした。

 祥子と別れたヘイリーとフェイミィは、リネンと共に壁伝いに直の姿を探す。立食パーティのスペースにオーケストラ、それから時折見かける集団で話しているスタッフの姿。
「出口のところでアンケートも配っていたし……真城さん、忙しいのかしら?」
「あたしは貰ってないわよ、何ソレ」
「オレも貰ったけど、男には興味ないって断ったな。なんか、学校のイメージを変えたいんじゃないか?」
 タシガンで義賊をしているとは言え、薔薇学の敷地内は女性の立ち入りを禁止している。こんなイベントでもなければ近づくことも無かった場所に、リネンは驚きを隠せない。
「文武両道で格好良い人の多い、エリート校だとは聞いていたけれど……こういうもの、かしら?」
 校舎は宮殿みたいだし、所狭しと植えられた薔薇の香りは室内まで飾り付けられている。校門から会場までの道筋を確認しようと案内板を見れば、大きく感じた校舎が小さく思えるような池に敷地内とは思えないくらい広大な砂漠は行き倒れになる人が出るんじゃないだろうか。
 とにかく、普通のエリート校を想像していたリネンとは少し、いや大きく違った姿で薔薇学は存在していた。
「これくらい普通じゃない? お屋敷で過ごしてた子息を預かるんだもの、とーぜんよ! そうでしょ?」
 こんなパーティだって珍しくもないと言いたげに、手近にいた人物へ声をかける。振り向いたのは、マントこそ羽織ってないものの探していた直だった。
「何が普通かは、それぞれの育ってきた環境で違うから難しいけど……僕には少し、眩しい世界かな」
 ついあげそうになった声を飲み込み、リネンは柔らかく微笑んでみる。シンプルなドレスにロングウィッグをつけて少し雰囲気は変わったけれど、派手とはいえ目元がわかりやすいデザインの仮面を選んだので直は気付いてくれるだろうか。
「新しい場所や相手にも……真心を持って接する大切さを、そのきっかけを、この学舎の人に教わったの。眩しいとも思えない、遠い世界だとばかり感じていたけど……人と関わることは、心が温かくなることだったのね」
「そうだね。流れる人を見るだけじゃなく、その場に立つことで見えてくるものもある」
「もし、私が手伝えることがあったら声をかけてね。ありがとうって、なんだか沢山伝えたいの」
 大きく自分を変えることになったのは別の人だけれど、それでも些細なきっかけを作ってくれたのは確かだ。リネンは親愛の意味をこめて直と握手を交わし、仕事へ戻る直を見送った。
(……生徒の意識調査だなんて、エリート校はやっぱり自分磨きに積極的……なのかしら?)
 言葉を濁されたような来もするけれど、他校生に言いづらい話題もあるのかもしれない。リネンはその言葉で納得するように自分を言い聞かせ、残りの時間をパートナーと楽しむことにした。

 ルドルフの姿を見つけて駆け出した葵は、知り合いを見つけた嬉しさで大きく腕を振って声をかけた。
「ルドルフさーん、久し振りだねっ! 薔薇学って本当に薔薇多いんだね〜」
「……なんだか、その格好でどうどうといられると、妙な気持ちになるものだね」
 振る舞いから薔薇学生でないことがわかっても、明らかに女性が男子校の制服を着ているというのは不思議な気分だ。とはいえ、このような人物を探さなければならないのだから、頭を抱えている暇は無い。
「薔薇学にはこんな子いないんですか? 漫画とかなら、曲がり角から走ってきた人とぶつかって、偶然にもその子が………とか」
「いや、僕はないね。誰かがそんなことを?」
「百合園に同じような噂があるんだよっ! 今日の探検で会えたら、理由を聞いてみたいんだぁ」
「なら僕は、君がその服を選んだことに興味があるかな」
 他の生徒が紛れ込む中、薔薇学に潜む女生徒を洗い出すのは難しいはず。それも、ジェイダスの希望通り美しくことを済ますなら、手荒な真似は出来ないはずで。
 慎重に情報を集め続けるルドルフらの企みは、まだフェンリルたちの元へは届くことは無かった。