リアクション
● 宿は『カナン診療所』の者がすでに手配してくれていた。なんでも、この宿の名物は温泉だそうで、しばらく自室で休んだシャムスとエンヘドゥは、早速その温泉へと足を運んでいた。 そこではちあったのは、ユベール トゥーナ(ゆべーる・とぅーな)も含めた真口 悠希たちだ。もちろん、それだけなら何の問題もない。同じ女の子同士、仲良く入れば良いことだ。 が――しかし、シャムスが驚いたのは彼女たちがいることではなく、悠希の身体を見てのことだった。 「…………御免なさい、ボク……」 「言わなくても分かってる」 悠希の平坦な胸にちらりと目をやって、シャムスは言った。 そう――平坦だ。そこに、いわゆる乳房という女性特有のものは存在しない。下は見てないが、恐らくはそこも、男性特有のものがきっと付いているのであろう。ずっと女性だとばかり思っていた悠希の正体を知って、どこか彼女たちは気まずそうだった。昼間ははしゃいでいた莉緒も、さすがに黙って経過を見守るばかりだ。 そんなシャムスに、カレイジャスが声を挟んだ。 「ごめんね。悠希が女装してたり、女子校にいるのは……別に変な理由じゃなくて……なんていうか、過去の虐めで男性が苦手だったから……」 歯切れが悪いのは、それでもシャムスがどう思うかが不安だったからだろう。 シャムスはカレイジャスを見て、莉緒を見て、最後に悠希を見つめた。悠希は気まずさで縮こまり、彼女に背を向けたままだ。 シャムスはため息をついて、言った。 「別に女装なんかを許すだの許さないだのの話じゃないがな、悠希。少なくともオレは、お前を知っているつもりだぞ」 「ボクを……?」 「お前はヘタレで、悩んで、苦しんで、いちいちいちいちウジウジとその場でうずくまって、本当にどうしようもない奴だ」 さしもの二人のパートナーも止めようかと思うほどのストレートな物言い。だがシャムスは、優しげにほほ笑んで続けた。 「だけど、お前が前向きに生きようとしていることも、オレは知っている。お前が誰かを思い、お前が自分を振り返り、そして一歩ずつでも成長していこうとしていることを、少なくともオレは、このしばらくの間で見てきたつもりだ」 「シャムスさま……」 「大切なのは誠意だと、オレは思っている。立ち止まることも、壁にぶち当たることもあるだろうが、誰かのせいにするのではなく、誠意を持って生きていればきっと何かが変わる。良い者にも、巡り合えるかもしれない」 悠希は振り返った。シャムスがそれを見て、くすっと笑う。 「それに、オレも男装してきた身だからな。人のことは言えないさ」 「そうですわ、悠希さん。むしろ生まれたときからずっと男装のお姉さまに比べれば、大した問題ではありません」 二人のその言葉で、悠希もようやく一緒に笑った。 「あの……こんなボクがおこがましいですが、シャムスさま……ロベルダさま……皆お世話になった素敵な家族で。ボクも……その一員の様になれたらいいなって……」 宙に目をやって、思いの限りを口にする。 「時々……来ていいですか? 将来に備え領主の事を学ぶのも役立ちそうですし」 「ああ、もちろん」 ほほ笑みあう二人。 ようやく空気が溶けてきたところで、ニヤケ顔の莉緒が言った。 「家族になりたいとか将来に備えてとか……女の子が聞くとプロポーズに聞こえる訳だが! その辺はいかにっ?」 「えっ、あああっ!? ち、違いますー!」 「言葉足りないよ、悠希」 カレイジャスがくすっと笑った。 「家族っていうのは今、天涯孤独で憧れがある様で。後は……悠希は性別が本来と違っても領主のシャムスみたいに立派に、百合園や皆を導ける様学んでいきたい……って、そう思ったんだよね?」 「……うん」 恥ずかしそうに、雪はぷくぷくと湯の中に顔半分を埋めた。 とはいうものの、莉緒たちにとってそんなことは問題でないようで。トゥーナまでもが莉緒に流されて盛り上がっていた。 「えっ、えっ、なになになに? 悠希さんってシャムスのことが……!?」 「ふむ……男装麗人と女装美少年の組合わせ……さらにお互い初々しいではないか。エンヘドゥさんや? こいつをどう思う?」 「こらっ、勝手にくっ付けようとしないの!」 キャーキャーと騒ぐ莉緒たちを注意するカレイジャス。 そう。別に、悠希がシャムスのことをどうこう思うことはないのだ。悠希の心には今も あの人がいるだから。ただ、彼は……今の自分では、誰も幸せに出来ないと思ってるのだが。 (やっぱり、人の心って……難しいね) カレイジャスはそう思った。 ふと、そんなときトゥーナはきょろきょろとあたりを見回した。 「あっれー、ところで、月夜 鴉子ちゃん……だっけ? あの娘は温泉入らないのかな?」 「いや、だってアレは……」 シャムスはなにを言ってるのかと言わんばかりだったが、トゥーナはそんな彼女にキョトンとして小首をかしげていた。そう言えば、昼間も彼女はまるで初対面のように鴉と話していたか……? 「あのな、トゥーナ、あれは……」 「さーさー、お姉さま、こちらでお背中をお流しいたしますわ」 「お、おい」 トゥーナに近づいていこうとしたシャムスを、エンヘドゥが引っ張っていった。こそっと、彼女が耳打ちする。 (こんな面白いこと、伝えるなんていけません。自然とバレるときを待っていましょう) 「……あのなぁ」 悪戯に事を大きくするのは問題かと思うのだが、仕方なくシャムスは嘆息の息をついてそれに従った。そんな二人を見て、余計にはてな状態になるトゥーナ。 彼女が鴉=鴉子だと知るのは、それこそ相当後の話だった。 |
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