リアクション
● 「そういえば、アムド君は何故、シャムス君を守ると決めるに至ったんだね?」 突然の質問と言えば、突然の質問だった。 シャムスを影から護衛するために、同じ『モルモンの髭』に入ったアムドと菜織は、シャムスがかろうじて見える位置の席を陣取って、自分たちも食事をしていたのである。最初はシャムスが外で食事をすることにあまり気乗りしていなかったアムドだが――『まさか守れる自信がないとでも言うのかね?』と挑発されてしまっては、それに乗らないわけにもいかなかった。 そんな折の、菜織の質問。 アムドは一瞬目を丸くしたが、しばらく宙に目をやって考えたあと、ゆっくりと口を開いた。 「そうだな……もともと、シャムス様が領主となる前。つまり前領主であるシグラッド様の代から、俺は『漆黒の翼』に所属していたんでな」 職務中に酒を飲むわけにもいかず、水だけをくいと口にするアムド。カランと、氷が鳴った。 「だけど……それ以上に俺は、あの人に惚れたんだ」 「…………女として?」 からかう菜織に対し、アムドは一笑した。 「まさか。ずっと男だと思っていたさ。だからこそ、大したことのない男の下につくのは、たとえシグラッド様のご子息だとしても納得がいかなくてな。――俺は昔、あの人に戦いを挑んだことがある」 「ほう……で、結果は?」 「――惨敗だった。与えられたのはたったの一撃。それも、がむしゃらに打ち込んだ一発が手甲を弾いただけのもんだ。俺は、精鋭騎士である『漆黒の翼』がこんなもので、きっと見下げられたと思った。最悪の場合、降格させられるんじゃないかってな」 「…………」 確かに、その話だけを聞けばそれもあり得ることだった。兵士たちの中からただ唯一数名だけが選ばれる漆黒の騎士たちは、たとえどんなことがあろうとも主を守るべき宿命と使命を担う。それが、主との戦いとはいえそのような結果に終わっては、示しもつかないというものだった。 「だけど、あの人はその一撃で俺を認めてくれた」 「一撃で……?」 「『その一撃が、オレを守る一撃になるでろう』と……そう言ってくれたんだ。もちろん、そんなものは慰めに過ぎないのかもしれないし、俺だって自分自身でそんなふがいなさを肯定するようなつもりはなかった。だけど――そのとき俺は、その一撃で、真の意味で、本当にこいつを守れるようになりたいと願ったんだ」 アムドはテーブルに立てかけてある大剣を撫でた。剣の重みは、そのときの一撃の重みを思い出させてくれる。そう、言うように。 「親父じゃないけどな……こいつのために俺の全てを捧げたいと思えた。だから俺は、こうしてふがいなくも『漆黒の翼』で騎士団長をやってるってわけだ」 「そうか。それが君の『在り方』なのだろうね」 菜織は感服したように微笑した。 「アムド君……これからも何かあれば、言って欲しい。私も出来る限りこの地の為に力を振るおう」 「ああ、頼りにしてるぜ」 互いに勇壮な笑みを浮かべる二人。と、そこで菜織はあることに気付いた。 「…………って、親父?」 今度は菜織が目を丸くする番だった。しかし、アムドもまた不思議そうに彼女を見ていた。 「あれ……? 言ってなかったか? 執事のロベルダは俺の親父だぞ」 「…………へ?」 アムドの過去もなによりも、それが一番ぽかんとする話であった。 ● 政敏とシャムスが店内で食事をとる間――カチェアと有栖川 美幸(ありすがわ・みゆき)は店の外で待機していた。当然、それは政敏には伝えていない。宿に戻るふりをして美幸と合流した後、二人は政敏が厄介なことをしないかを見張る意味でも、護衛を続けていたのであった。 まだほの暗い時間。星の瞬きを見上げる美幸の頬は、ぷくっと膨れていた。 「まったく、それにしてもあのヘタレは……菜織様を護衛にしてデートなんて、勝手が過ぎますね!」 「まあまあ、そう言わないであげてください。元々は私が提案したことなんですから」 「カチェアさんが?」 美幸は驚いたような顔で彼女を見返した。 「……どこか、悩んでいるような気もしましたから。政敏なら、少しは気を紛らわせてくれるかもと」 カチェアはそう言って、あはは、と苦笑した。 信頼か、あるいは賭けか。美幸には政敏に任せてみるという考えがどうにも無謀に思えたが、少なくとも彼女はカチェアのことは信用している。そんな彼女が言うのであれば……確かに、もしかしたら、いや、万が一の可能性であるが、それもアリなのかもしれない。 「まあ、でも、そうですね。……シャムスさんに手を出すことはないでしょうね。そこは信用しています」 そう口にすると、どこか先ほどまでの怒りが尻すぼみしたように収まっていった。 なぜかは分からず首をかしげる美幸。すると、そこにリーンがやって来た。 「あれ、早かったですね。エンヘドゥさんたちは……?」 「フレデリカさんたちが来たから、宿までは任せてきたわ」 そう言うリーンの顔は、少しだけ不安のようなものが混じっているように思えた。気になって、カチェアが聞く。 「どうか、したんですか?」 「まー……無事に終わると良いんだけどなーってね」 それがどちらのことを言っているか分からず、カチェアと美幸は頭にハテナを浮かべた。ただ、リーンは軽く空を見上げて、そろそろ帳も下りきるころかなと、そんなことを思った。 ● |
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