イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

盗まれた機晶爆弾

リアクション公開中!

盗まれた機晶爆弾

リアクション

   2

「考えてみたら、私に出来ることなんて、そうはないのよね」
 蒼空歌劇団俳優会の用事で空京に来ていたリカインは、ほんのついでで寄った空大でこの事件に遭遇した。
 校舎の中を歩いていると、すれ違う生徒がちらちら振り返り、何事か話しては笑っている。悪口の類でないことは分かっているし、慣れてはいるが、やはり気分のいいものではない。
 狐樹廊は扇子を取り出し、広げた。やたら大仰な仕草で、その拍子に袂が大きく翻ってリカインの顔が学生らからは見えなくなった。クスリ、とリカインは微笑んだ。
「脅迫状の内容が気になりますな」
 狐樹廊は済ました顔で言った。
「爆弾はどれも、この学校で開発されたものではないのでしょう?」
「そう言ってたわね」
「なれば『己の刃が己へ向けられる』というのは明らかに不自然な物言い。物があるのは知っているけれどその出所までは知らない、となると内部犯としてはお粗末にもほどがあります。これは全く別の件が偶然被ったのだと手前は思います」
「なるほど?」
「無論、爆弾の発見処理は大事ですが……それとは別に、行動を起こしている不審者がいないか警戒すべきかと」
「じゃあ取り敢えず、屋上に行く?」
 リカインは空を指差した。
「?」
「馬鹿となんとかは高いところが好きらしいし。爆弾魔でもそうでなくても、高みの見物していれば、それが可能性高いでしょ?」
「承知」
 リカインは狐樹廊の腕に自分のそれを回した。狐樹廊は眉を寄せた。
「いいじゃない。他の連中からの盾になってよ」
 ふむ、と狐樹廊は納得したのかどうか小さく唸った。いつもは憎たらしい狐のちょっと戸惑った顔を見るのは、割合楽しかった。


「そこのあんた、待ってくれ」
 エヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)は声をかけられて、振り返った。
 怪力の籠手とレガースを装備したラルク・クローディス(らるく・くろーでぃす)が王 大鋸と立っていた。
「何だ、マルトリッツじゃないか。そんな格好をしているから、誰かと思ったぞ」
「普通のブラックコートだが?」
 エヴァルトはラルクの装備を見て、やや身構えた。ラルクにとってエヴァルトは知り合いだが、エヴァルトにとってはライバルの一人だ。
 ラルクは傍らの大鋸に請け負った。
「この男なら問題ない」
「この暑いのに、コートか?」
 大鋸はそれでも胡散臭げに見ている。が、途中で気づいた。コートの袖口から覗く腕が、人間のそれでないことに。
「義手か?」
「いいえ、サイボーグです」
「そりゃ悪かった!」
 大鋸は頭をかいた。その腕を隠すためだと合点したらしい。エヴァルトは気にするなと言うようにかぶりを振った――その瞬間、
「お前が犯人かあ!!」
 上空からミニスカートを跳ね、足を大きく振り上げた小鳥遊 美羽が落ちてきた。
 そのまま踵をエヴァルトに叩きつける。
 ガツッ!
「やるなっ!」
 手甲に遮られ、跳ね飛ばされるようにして地面に着地した美羽は、すかさず「聖杭ブチコンダル」を構えた。ちなみに右のローファーは脱げ、ソックスだけだ。
「な、何やってるんだ、てめえは!?」
「さすがダーくん! 犯人をとっとと捕まえるなんて!」
「犯人?」
 ラルクとエヴァルトは顔を見合わせた。
「爆弾を盗んだ男は、黒いコートを着ていたんだ」
 コハク・ソーロッドが言った。左右で異なる翼を動かしながら、ふわりと着地する。
「さあっ、成敗してやるから大人しく――あれ? エヴァルトじゃない? 何してるの?」
「あ、本当だ」
 エヴァルトは手甲についた泥を軽く払らった。
「おまえか」
「何やってるの、こんなところで」
「身体を慣らしに来た」
「ふぅん。そんな格好してるから、犯人と間違えちゃったじゃない」
 自分の勘違いは棚に上げ、美羽はあっさりと言った。悪気がないのは分かっているので、エヴァルトも何も言わなかったが、代わりに大鋸が頭を下げた。
「すまなかったな。何度も疑って」
 するとエヴァルトは考え込むような表情を浮かべ、一言、
「嫌だ」
と答えた。これにはラルクも驚いたようで、目を丸くする。
「ちょっと! 大人げないでしょ!」
 美羽が睨みつける。「ダーくんがせっかく謝ってるのに!」
「てめえも謝れ」
と、大鋸は美羽の頭を押さえつけた。
「どうすりゃいい?」
「簡単だ。二度も疑われて、間違いでしたハイそうですかと言えるほど、俺も人間が出来ていないんだ。だからその犯人をとっちめないと気がすまない。何か分かったら、部外者で申し訳ないがこちらにも連絡をくれるか?」
 大鋸はにやりとした。
「なかなかの【根回し】だな。いいぜ、てめえにも協力してもらおう」
「よし、話が纏まったところでだ。犯人がブラックコートを着ていたとしても、もう脱いでいるだろう。俺はもう少し、聞き込みを続けるぜ。そのブラックコートがどこで消えたかを、な」
 ラルクに促されたエヴァルトは、美羽に顔を向けて言った。
「というわけだ。次はちゃんと犯人かどうか確かめてから、襲ってくれ」
 美羽はスカートをちょっとだけ上げ、その見事に引き締まって美しい足を見せた。
「任せて! ダーくんと一緒に成敗するから!」
「……美羽、肝心なところ聞いてた?」
 ラルクとエヴァルトにご機嫌で手を振る美羽に、コハクは尋ねた。
「もっちろん! さあコハク、とっとと犯人を見つけて、捕まえに行くからね!」
「……だからすぐは無理なんだってば」
 やる気満々の小鳥遊 美羽を止めることもやはり無理であると、コハク・ソーロッドはしみじみ実感したのだった。