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リアクション
第2章
「……ちゃんといるな」
水路の段差に陣取り、下をのぞき込んだ柳玄 氷藍が歓声を漏らした。
「うむ。この数を相手にするのは骨が折れそうだな」
隣に並び、曹丕 子桓(そうひ・しかん)が呟く。彼らの眼下では、何匹ものスライム……に似た魔獣がうごめいている。
「どうやら、純粋なスライムとは微妙な差異があるようだな」
と、曹丕。氷藍はそのとなりで頬を押さえている。
「珍味中の珍味の予感がしてきたぞ。ああ、スライム団子。待っていてくれ」
「そんなことのために来たのか? いや、しかし、柳玄を守るのが今の俺の務め……」
「そのためには……ひーの協力が必要なんだ」
「まかせろ。こんな雑魚ども、ふたりでかかれば……」
どんっ。
曹丕が最後まで言うよりも早く、氷藍がその背中を突き飛ばしていた。
「き、貴様! 何のつもりだ!?」
落下した曹丕が、スライムのただ中から頭上の氷藍に叫ぶ。
「スライムをたくさん集めて欲しいんだ。派手に戦ってれば集まってくると思うから、がんばってね」
ひらひらと手を振る氷藍。
「お、おい!? ちょっと!」
叫ぶ曹丕の前後左右から、小型のスライム達が一斉に飛びかかる。曹丕は拳を振り上げ、足を突きだして撃退していくが、いかんせん四方を同時に攻撃できるわけではない。
「うわゃあ!? 冷たい!」
背中にべたっと張り付いたスライムの感触に悲鳴があがる。
「悲鳴……大丈夫ですか!?」
その声を聞きつけ、細い水路から飛び出してきた影。レリウス・アイゼンヴォルフ(れりうす・あいぜんう゛ぉるふ)が刀と剣を手に、曹丕を囲むスライムを薙ぎ払う。
「レリウス、あんまり突っ込むんじゃねえ!」
ハイラル・ヘイル(はいらる・へいる)がレリウスの背後から、光を放ってスライムを一掃する。
「おっ、派手なのが来た」
安全地帯から悠々と眺める氷藍が呟く。ますますスライムが集まりそうだ。
「女性が襲われてるんです、放っておくわけにもいかないでしょう」
レリウスがハイラルを振り返って言う。
「誰が女だ! 俺は男だ!」
だが、反応したのは意外にも曹丕である。反射的に、回し蹴りをレリウスに向けてはなっていた。
「な、なに? でも、どう見ても……」
すんでのところで、レリウスは上体をスウェーさせてかわした。
「いいか、二度と……うおっ!?」
曹丕が軸足を入れ替えようとしたときには、すでにその足がスライムに捕らえられていた。バランスを崩した曹丕が、レリウスに向かって倒れ込む。
「うわっ……!?」
こんどは避けるわけにもいかず、レリウスが巻き込まれる。二人して水とスライムの中へ倒れ込んだ。
「うおっ!? 畜生、何やってんだ!」
光条兵器を手に、ハイラルがふたりのフォローのために突っ込んでいく。が、次から次に飛びかかるスライムが、ふたりを包み込む勢いで重なっていく。
ハイラルが光条兵器を振り回すも、追いつかない。
「氷ら……がぼ……」
曹丕が助けを求めようとするも、水路である。倒れ込めば、水たまりに半身を取られて顔を上げて息継ぎをするのがやっとの状態だ。
と、そのとき。
「やれやれ。ちょっとは勉強になったわね。こういう相手に突っ込むのは、危険だってこと。分かった?」
声。ばしゃ、と水を跳ね上げて、セーラー服の伏見 明子(ふしみ・めいこ)が水際に表れた。
「あなた、ちょっと下がって。少し派手になるわよ」
「お、おまえは?」
「いいから、下がってろ! けがしても知らねェぞ!」
そのセーラー服……もとい、レヴィ・アガリアレプト(れう゛ぃ・あがりあれぷと)がハイラルに向けて叫ぶ。と、同時、明子の背後から燃えさかるフラワシが現れ、火炎放射さながらの熱波を吐き出した。
「うおっ!?」
「大丈夫、表面だけかりっと焼いてあげるから」
レリウスと曹丕を包むスライムが炎に焼かれ、どろりと溶け出す。じわりと形を失っていく。
「……いまだ!」
叫んだのは氷藍である。びしりと霜が降りたかと思うと、スライムだったものが一斉に凍り付く。
「だあっ、燃やしたり凍らせたり、何なんだー!」
思いっきり業を煮やしたように、氷藍が立ち上がる。ばりばりと音を立てて、凍り付いたスライムが砕けた。
「破壊力があって広範囲を攻撃できる術を身につけておいたほうが良いわよ。こういうのの相手をする機会、多いでしょうし」
と、明子。
「ずいぶん面倒見が良いことで。なンだ、新入生が心配でこのあたりをうろついてたンじゃねェのか?」
「私は泳げないからよ!」
「あいてててて! スカーフ引っ張ンな! 照れ隠しにもなってねェって!」
「助けられてしまいました。感謝します」
床に伏せたままのレリウスが言う。
「ったく、心配させるな」
ハイラルが駆け寄り、彼の傷を治療しながら告げる。そこに、ばしゃ、と水音を立てて氷覽が飛び降りた。
「……ありがとう」
「別に、あなたのパートナーを助けたわけじゃないわ。スライムを掃討するついでよ」
自分の着ているセーラー服(レヴィ)をいじめるのをやめて、明子が言う。
「そうじゃなくて……スライム団子の原料集めに協力してくれて……」
氷付けになったスライムの破片を集めながら、氷藍。
「だから、そんなことのために……」
ぷるぷると拳を振るわせて、曹丕が文句をつける。
「それより、そろそろ俺の上からどいてくれませんか」
曹丕の下敷きになったままのレリウスが告げる。スライムが凍り付いているせいで身動きが取れないのだ。
「あ、す、すまない! 俺もうまく動けなくて……」
「やれやれね。ま、ここはもう大丈夫でしょ」
大きく息を吐きつつ、明子が歩き去っていく。
「おい柳玄、何か申し開きはないのか!?」
「だあ、レリウスの上で暴れるなって!」
しばらく、その喧噪はやまなさそうだった。
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