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リアクション
第3章
「シャンバラ〜の海は〜ぼ〜く〜の海〜♪」
水路に調子外れな歌声を響かせ、パラミタイルカに跨がったフィーア・四条が進んでいく。スライムが群生している地点よりもさらに奥、かなり水が深くなっている一角である。
「ここは海ではなかろうが」
同じくイルカに乗った戸次 道雪(べつき・どうせつ)が、ジト目を向けて言う。だが、フィーアは素知らぬ表情で周りを見回した。
「このあたりかな?」
かなり深い水場だ。ダイビングだってできるだろう。フィーアも道雪もダイビング用の装備に身を包んでいるが、もちろん潜水を楽しむためではない。
「イルカを連れて行くと襲われるだけじゃ。ここで待たせよう」
と、道雪。フィーアが頷き、二人は水中に身を沈めた。
ボンベの様子を確かめ、周囲に光を向ける。光から逃れるように、大きな影が視界を横切った。
「そこだっ!」
フィーアの手の中で水中銃が一閃し、細い弾丸を放つ。巨大な影……鮫に似た魔獣は水中で旋回し、それをかわした。
「速い……!」
と、フィーアが思う間に、魚影はさらに転身。巨大なアゴを開き、フィーアに向けて迫る!
「このっ!」
道雪が手にした銛を、魔獣の鼻先に向けて突き出す。魔獣は水中では考えられないような軌道を描いて、再び大回りに距離を取る。
「なんという奴じゃ。これでは仕留めきれん」
道雪が思わずうめく。何度繰り返しても同じ結果になりそうだった。
「これは、単なる鮫の動きじゃあないですなあ」
二人の背後で、誰かがぽつりと呟いた。
「俺が動きを引きつけましょう。危なくなったら頼みます」
海豹村 海豹仮面(あざらしむら・あざらしかめん)は、言うなり水の中に潜り込む。勢いをつけ、手に握った剣で水をかくようにして機敏に方向を変えていく。
「わたくしよりも前に出るなんて、生意気ですわ!」
今度は女の声。ビキニ水着に人魚の尻尾、神皇 魅華星(しんおう・みかほ)だ。魚のものになったか半身が優雅に踊り、水の中をくるくると旋回する。
「って……こっちは何も言ってないのに」
「とにかく、合わせるしかなかろう」
あっけにとられそうになるのを押さえて、ふたりがそれぞれ、武器を構え直す。
海豹仮面と魅華星が鮫に追いすがる。さすがに魔獣よりも早く泳げると言うことはないが、魔獣にとっても、これだけの大きさの生き物が自分に劣らぬ速度で泳ぎ回っていることに戸惑いを覚えているようだ。
それでも、捕食者の意地か、すぐに獲物に狙いをつける。アゴを開き、一気に海豹仮面へ向けて突っ込んだ。
「来るか!」
海豹仮面がふたつの武器を構える。ぎらりと光る剣で鮫を迎え撃ち、その鼻先を引き裂こうとする。が、魔獣はさすがに人を襲うために作られたものである。その刃の間をすり抜けて、海豹仮面の下半身を狙う。
「なんてこと! わたくしのほうがどう見てもおいしそうなのに!」
嫉妬じみた叫びを上げて、魅華星が怒りの声を上げる。わなわなと震える掌を貌にかざした。
「神皇……ビームっ!」
この間、わずか1秒にも満たない。魅華星の目から……正確には、その目に装着されたレンズから放たれた光が、鮫の鱗を焼く。
「危ないところでした……な!」
まるで人ごとのように言いながら、海豹仮面が武器を振るう。その剣がひれを狙い、断つ。堅い手応え。
「今じゃ!」
「もちろん!」
魅華星の攻撃でただでさえ怯んでいるところに、ひれを裂かれて動きが鈍った鮫に向け、フィーアが銃を放つ。針を突き刺したように細かな傷が、鮫の表皮に穿たれた。
「これでとどめじゃ……!」
道雪が銛をまっすぐに構え、鮫の腹に向けて突き刺す。魔獣の体から黒い血が噴き上がり、痙攣してから動かなくなった。
「危ないところでしたな。水中での動きになれていないなら、無理をしない方がいいかもしれないねえ」
フィーアと道雪に向け、海豹仮面が言う。
「このわたくしに任せた方がよろしいのではなくて?」
口元に手を当て、人魚の姿をした魅華星が告げる。
「ご心配いただかなくても、自分の身ぐらいは自分で守れるよ」
フィーアが答える。海豹仮面が軽く肩をすくめた。
「そうあって欲しいところですな」
まだ、武器を構えたままだ。魔獣の血のにおいを嗅ぎつけ、すぐに別の鮫が来るに違いないからである。
「せいぜい、わたくしの足を引っ張らないことですわね」
「……まあ、これが終わるまでは頼らせてもらうかの」
魅華星に道雪が答える。ライトの光の中をを、ふっと魚影が横切った。
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は壁に背をつけるようにして、ゆっくりと水の中を進んでいる。死角を少なくなるために、後ろにはパートナーのセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)がぴたりと寄り添っている。
「精神に来るわね」
いつもならば軽口を叩いているセレンフィリティが口を開かないので、セレアナは小さく声をかけた。それでも、セレアナは答えない。
「鮫がどこから出てくるか分からないから……少しでも姿が見えたら、すぐに対処しないと」
「……光が見えるわ」
水中銃を手に構え、前方を示す。セレンフィリティが着ているのはわずかな装備だけだ。脅威を肌で感じているのだろう。
セレアナが前方を見ると、そこには確かに光が見えた。水中に浮かぶ閃崎 静麻(せんざき・しずま)が指輪から呼び出した光の精霊があたりを照らしているのだ。
「おや。お嬢さん方、縁があるな」
静麻が振り返り、二人に声をかける。セレンフィリティはわずかに眉をしかめ、
「何をしているの? 鮫に襲ってくださいと言っているようなものじゃない?」
「人任せだよ。俺は照明係だ」
静麻が先を示す。
魔獣の周囲を、それと大きさの変わらないものがすさまじい速度で飛び交っている。クァイトス・サンダーボルト(くぁいとす・さんだーぼると)だ。加速ブースターを起動させ、鮫よりも高速で……とはいえ、さすがに小回りはきかないようで、離れては近づき、近づいては離れる戦法で攪乱している。
クァイトスの手に握られた水中銃が鮫を狙う。さすがに大雑把な狙いで鮫にあたることはまれだが、それでも鮫が静麻を狙おうと背を向ければ、そこを狙うぞと言う脅しには成っている。
さらに。
「逃げることは許しません」
クリュティ・ハードロック(くりゅてぃ・はーどろっく)が胸に槍を抱えるようにして、ブースターを噴かせる。その穂先を鮫は逃れる。何度か、そう言ったことが繰り返された。
「二人とも、観客が退屈してるぜ。決めてやれ」
静麻が言う。
「了解、マスター」
クリュティの返答。クァイトスはポッドに仕込まれたミサイル……魚雷に換装したそれを撃ち出す。大きな音を立てて壁や水底に着弾。逃げ惑う鮫を、気泡と爆炎が包み、視界を奪う。
クリュティが影から飛び出す。鮫は我慢の限界だというように、鼻先から突っ込んでいく。 がっきと鮫の歯が閃いた。クリュティが掲げた盾で受ける。
「仕留めます」
盾を砕こうと鮫がアゴを開く前に、クリュティの足が伸びる。靴底が鮫の表皮に触れたとき。
がんっ、と衝撃が走った。その足に装着されたスパイクが突き立ったのである。
「なるほど、見てるだけでいいってわけね」
「そういうこと」
セレアナに静麻が肩をすくめて答える。
「セレアナ」
「こっちも、同じくらいの見物になればいいのだけど」
セレンフィリティが示す先から、別の魚影が近づいてくる。セレアナが頷いて返し、二人が泳ぎ出す。
「こっちにはあの二人みたいな機動力はない。だったら、確実に仕留める」
セレンフィリティは魔獣が近づいてくるのに、ぴたりと銃を向ける。横ではセレアナが槍を構え、飛び出すための準備をしている。
水中銃が発砲する小さな音が水の中に広がる。セレンフィリティの精密な射撃は鮫の表皮に小さな穴を穿つ。とはいえ、大きな体はそれだけで失速はしない。
「引き受けたわ!」
セレアナが前に飛び出す。一気に近づく鮫に向けて、槍が閃く。
鮫は大きく軌道を変えた。セレアナの槍は、横腹をわずかに穿っただけだ。鮫は怒りに目を滾らせ、自分を撃ったセレンフィリティに迫る。
「……っ!」
鮫のアゴが近づく。セレンは集中力と身体能力を乱暴に解放し、体をひねった。ざく、と生々しい痛みが腕に走る。噛まれることはなんとか回避できたが、鮫のノコギリのような歯がセレンの二の腕を削っていた。
「セレン!」
心配げにセレアナが声をあげる。
「いや……かえって、研ぎ澄まされてきたわ」
ぐ、っと歯を食いしばる。体を乱暴にひねる。教導団で教えられる射撃訓練では愚策もいいところな体勢だ。だが、セレンフィリティは引き金を引いた。至近距離から放たれた銃弾は、彼女に追撃を加えようとしていた鮫の心臓へ突き刺さった。
「やった!」
セレアナがガッツポーズを取る。
「……でも、ないわ。さすがに、この傷で続ける訳にはいかないわね」
セレンフィリティは苦笑を浮かべている。水の中での止血は難しい。その上、鮫を引きつける一方だ。
「エスコートは?」
静麻が問う。
「必要無いわ」
二人は声を揃えて返した。
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