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あなたと私で天の河

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あなたと私で天の河
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●I Owe You Nothing

「フィリポ〜♪」
 フィリップ・ベレッタ(ふぃりっぷ・べれった)の姿を見つけて、赤城 花音(あかぎ・かのん)は駆け寄った。
「え、これ?」手に持ったものをフィリップが見たので、彼女は胸を張って答えた。「846プロお勧めの……虹色サイリウム!」
 まだ発光前だが、嬉しそうに彼に見せる。
「あとで、この明かりを使って、天の河を眺める場所を探そうと思ってるんだ!」
「そうですか。それは良いですね」
「良いですね、ってそんな他人行儀なこと言わないの。フィリポもボクと一緒に見るんだから! ね、せっかくだし今夜はデートしようよ☆」
「えっ、で、でもフレデリカさんがなんて言うか……」
 フィリップはずれかけた眼鏡を直しつつもごもごというも、花音にはまったく聞こえていなかった。
「フィリポと七夕デート嬉しいな♪ それじゃまず、短冊に願い事を書こうよ……!」
 ぐいぐいとフィリップを引っ張るようにして、花音は短冊のところへ進んだ。途中、司とアクリトとすれ違った。
 花音が選んだ短冊は紅、大きな字で書いた。
『フィリポが女性の苦手意識を克服できます様に!』
 これを見てフィリップは苦笑いした。
「ど、どうもです……」
 満面の笑顔で花音は言う。
「フィリポは何を書くのかな? 見せてよね!」
「え? えーと……みなさんの幸せを祈願しようかと……」
 言った通りのことを彼は、流暢な書体で緑の短冊に書いていた。
「つまんないなー。どうせなら、『花音さんの手料理が食べたい』とか書いたらいいのに☆」
「そ、そんな大それたことは……」
「大丈夫、いつか必ず作ってあげるからね☆ じゃあ訊くけど、フィリポの好きな料理は何かな?」
「ええと、割と何でも……」
「漠然としてるなー! そうそう、嫌いな食べ物は?」
「特に……。好き嫌いはあまりないんです。花音さんは?」
「ボクは鶏の水炊きが好きだよ。山の幸の方が好みで……キノコが好きで……山菜も平気だね。ただ、海産物に苦手な物がある……蟹ミソとか……」
 花音の元気さが、ともすると引っ込みがちになるフィリップから言葉を引き出していく。
 会話しながら二人は、短冊をならべてつるすのだった。

 そのとき、場がわずかに粛然とした。
 来客だ。それも、大物の。
「謝辞を述べねばなるまいな」
 金 鋭峰(じん・るいふぉん)、教導団団長その人である。
 普段の軍装ではなかった。夏らしく麻で織った長衣を着ており、冠もしていない。普段の彼が烈風というのなら、涼風のようにゆらりと、穏やかな物腰すらまとっての来訪であった。といっても、刃物のような眼光の鋭さに変化はないのだが。
 鋭鋒は単身ではなかった。随員として、見る者の背を寒からしめるような容貌の軍人が従っていた。
 軍人は長身にして、やや病的に痩せていた。
 年の頃も壮年であろう。黒い髪には白いものが混じっていた。
 といっても彼の腕や脚、胸部の引き締まり具合は、鍛錬を怠らぬ者のそれであった。
 軍服の上からでも、はっきりとわかるほどに硬いのだ。
 仮にその腕を殴ったところで、殴った者のほうが痛みを覚えることであろう。岩を殴ったような手応えであろう。
 だが、彼の最大の特徴はその貌(かお)だ。
 右の半面が焼けただれているのだ。
 それも、ちょっとやそっとの火傷ではない。皮は再生を拒否しており、赤みを帯びた内部の肉が露出していた。
 右眼球は存在しないのだろう。黒いアイパッチをしていた。
 軍人は名を、ユージン・リュシュトマという。階級は少佐。噂では、現場勤務を望む彼は、それ以上の昇進を断っているという。
 彼にまつわる噂はそれにとどまらない。鋭鋒の幼少時からの知人という噂もあれば、老化を遅らせる薬を使用しているだけで、本当は第二次大戦でもソ連軍の諜報部員をしていたという噂もある。そのとき妻子を喪っており、以来独身を守っているという噂も。
 しかしいずれも、推測の域を出ない。リュシュトマは必要なこと以外、滅多に口にする男ではなかった。
 リュシュトマのやや後ろを、少佐の補佐官クローラ・テレスコピウム(くろーら・てれすこぴうむ)が歩いていた。いくらか、緊張気味の表情だ。補佐官として公式の場に出るというプレッシャーがあるのは勿論、初めて直接目にする鋭鋒の迫力……言い換えれば覇気のようなものに圧倒されているのもある。だが、それらとは別に、
(「いくら『元』とはいえ塵殺寺院のメンバーだ。彼女を襲う狼藉者があってもおかしくない……」)
 クローラの隣を歩む『彼女』も、クローラを緊張させる理由の一つだった。
 切り揃えてふたたびボブカット……というよりはおかっぱ頭にした菫色の髪、切れ長の印象を与える一重瞼、緋牡丹柄の浴衣を着た女性である。麗人、そんな古風な言葉で呼びたくもなる美貌だ。
 しかしこの女性が、ただの女性でないことをクローラは知っている。
 クランジΥ(ユプシロン)、それが彼女の名前だ。
 塵殺寺院が作り上げた殺人機晶姫、それが『クランジ』と呼ばれるシリーズである。
 蒼空学園、イルミンスール魔法学校、シャンバラ教導団をはじめとする各校は、何度もクランジとの戦闘を経てきた。
 ユプシロンも例外ではない。今では既に取り外されているが、彼女は暗殺兵器を内蔵していたのだ。
 昨年は夏祭りの会場に現れ、任務に失敗した別のクランジを破壊しようとしたという。
 教導団に捕らわれ、虜囚かつ協力者となった現在、彼女はクランジΥではなく、『ユマ・ユウヅキ』の名で呼ばれていた。