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あなたと私で天の河

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あなたと私で天の河
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●ジェイダス校長と風流を

 七夕祭りに沸く会場に視座を戻そう。
 祭の会場には様々な香りがあった。
 青々とした笹の香り、屋台から漂ってくるのは甘いソースの香りに、空腹を刺激する焼き鳥の香り、アルコールの香りもほんのりとするようであり、ラムネ飲料の清涼な香りもした。女性のつけている香水も、会場を彩るものの一つであった。
 さて彼の香りをなんと表現すべきだろう。
 その名はジェイダス・観世院(じぇいだす・かんぜいん)、薔薇の香りと一言で表現するには、彼の香りは複雑すぎた。抽象的ながら『高貴な香り』としか言いようがないだろう。彼が近づいてくるだけで、有無を言わせぬカリスマ性が道行く人を振り返らせ、その華やかな容姿は、良い意味でも悪い意味でも、一度でも目にすれば忘れられない。
 その彼をエスコートする栄誉は、本日エメ・シェンノート(えめ・しぇんのーと)が獲得していた。エメは校長の護衛を自任し、しかも本日は、ジェイダスに衣装を提供するという滅多にない光栄に浴していたのである。
「ジェイダス様、浴衣の具合はいかがですか?」
「悪くないな。この肌触り……とっておきのものを選んでくれたようだな」
 ジェイダスは、大理石のように白い歯を見せた。彼の厚い胸板は今、黒地に金の昇り竜柄の派手目な浴衣に包まれていた。「これどうですか?」とエメが恐縮しつつ差し出したものだった。
「猛りて天を目指す龍か、気に入った」
 威風堂々としたジェイダスには、確かにこの柄がよく似合っている。
「短冊、つるしに参りませんか?」
 かく言うエメも、本日は普段の白スーツ姿ではなかった。白地に紺と金銀の流水紋の浴衣に紺角帯、白に藍の千鳥格子和柄のサンダルを履き、藍色の地に蛍と露草がかかれた扇子を手にしているのだった。
 難色を示すかも……と、やや心配したエメだがそれは杞憂に終わった。
「それは風流だな」
 ふふ、と笑みすら浮かべジェイダスは大きく頷いたのだった。案内して欲しい、と、ごく自然に、ジェイダスはエメの肩に手を置いた。ジェイダスにとってはなんでもない仕草であり他意はないのだと思うのだけど、ほんの少し、エメの胸の鼓動は高鳴ったのだった。

 黄色い短冊を取り出す。取り出して精神集中、筆先を墨に浸すと、浴衣姿の榧守 志保(かやもり・しほ)は一気に書き上げた。
 一筆入魂、彼のしたためた願いは、これだ。
『早く「若いね」っていわれる年齢になりますように』
 黄色い短冊は大願の色――人よ、これは大願じゃないのでは、などという野暮な問いをするなかれ。
 志保にとっては割と重大な問題なのだ。実際の年齢より、十歳近く上に見られるというのは。
 彼の短冊を見て目を丸くし、お供の骨骨 骨右衛門(こつこつ・ほねえもん)は言った。
「七夕祭り、浪漫でござるな。しかしその願い、あまり浪漫でないような気がするでござる」
 なお、先の文の『目を丸くし』というのは比喩以外のなにものでもないことをここで申し添えておきたい。なぜって骨右衛門には目玉がないから。
 骨右衛門はその名の如く骸骨なのである。ぼろぼろの鎧をまとった骸骨武者、といっても落ち武者の亡霊などではなく、そういう設定の愛すべきゆる族なのである。大抵の場合は光学迷彩を発動して姿を消している骨右衛門なのだが、今日は「いきなり何もない空間から骸骨出現の方がインパクト強すぎるだろ」という至極もっともな志保の主張により、姿をあらわしていた。
「浪漫なんだよ。まあ聞いてくれ骨骨」
 ふぅ、と息を吐いて志保は語った。
「先日誕生日を迎えたんだが、それでもまだまだ年相応に見られなくてな。学内でもいまだに教師と間違えられたりするし……あまり得することもないんだよなあ。だから将来に淡い期待をしてしまうわけだ。ほら老け顔って、逆に年取ると若く見られて得するっていうじゃないか」
「なんの、誰であれ皮と肉を取り去ってみれば拙者の同類でござるよ」
「それ、慰めてくれてる……んだよな?」
 ふっ、と寂しげに笑って、志保は骨右衛門に、短冊そばのライトを浴びせてみた。
「ひ、光ってしまうでござる!」
 するとたちまち恥ずかしげに、骨武者は身体を丸めたのだった。蛍光処理された骨部分が光ってしまうのだ。
 などと遊んでいた主従だが、唐突に志保は足を揃えお辞儀をした。
「ジェイダス校長、おいででしたか。良い夜ですね」
 エメにエスコートされ、高貴な香りのジェイダス校長がやってきたのだった。
「うん、たしか榧守志保くん……だったな? 楽しんでいるか?」
「お陰様で。校長、今夜は浴衣なのですね。よくお似合いです」
「礼を言うよ。榧守くんも渋いね。スレンダーな体型もあってよく似合う」
 スレンダーとは意外な褒め言葉だ。いささか志保は照れ気味に「それはどうも」と述べた。
「せっかくの機会です。俺のパートナーを紹介させて下さい。骨骨……? あれ、骨骨?」
 ところが骨右衛門、なにを思ってか、
「ちょ、ちょっと待つでござる!」
 踵を返して屋台の並ぶ場所まで駆けていったのだった。
「はて……?」
 エメも戸惑い気味だったが、程なく骨右衛門は帰ってきた。
「お、お近づきのしるしに手土産をば……いかがでござろう、校長殿」
 と、文字通り骨張った手にりんご飴を持ち、赤い実を差し出したのだった。
「ほう、これは?」
「せ、拙者はこれを『美しい』と思ったので……」
 おずおずと見上げた骨右衛門の手を、校長は握って棒を受け取った。
「ありがとう。甘い光沢に包まれた赤い実か。その美意識、素敵だ」
「す、素敵でござるか」
 カタカタっと骨を慣らして骨右衛門は紅潮した。人よ、骨がどうやって紅潮できるのか、などという野暮な問いをするなかれ。
「さて、私も一筆、白い短冊に感謝の念を書かせてもらうとしよう」
 飴をひと舐めし、ジェイダスは短冊を取った。そして耽美な書体で書き上げたのだった。
『美しさをありがとう』
 と。
「ジェイダス様、それはどなたへの……」
 ここまで訊きかけて、愚問であったかとエメは思った。ジェイダスが美を感謝する相手、それは訊くまでもないではないか。
 他ならぬ自分自身に感謝しているのだ。 
 エメは口元を綻ばせ、自らは紅の短冊に、そっと記した。
『大切な方が、望みを叶えて心から笑えますように』
 エメは願ったのだった。
(「私にとは言いません……何かあったら周りに相談してくださいね。
 貴方を殺すためではなく、
 貴方と共に叶えるために、
 勿論、私は喜んで力になります」)
 この想い、天の河に届いて輝く星となり、あの人へと降りそそいでほしい。
 一方で骨右衛門も、志保には秘密で、白い短冊に彼への謝意をしたためた。
『何時も拙者を連れ出して呉れて有難う』
 彼がいてくれたからこそ、楽しいこの日々なのだ。これまでも、そしてきっとこれからも。