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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

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乙女の聖域 ―ラナロック・サンクチュアリ―

リアクション

 1.プリンセス・オブ・フレンジー

     ◆

 それはまさしく――命の削ぎ合いだった。
互いが互いに後一歩踏み込めば、即座にその生命活動が停止し、命の糸は真紅と共に途絶える。辺りに響くのはそういう類の場、特有の雰囲気と、火薬の匂い、凶悪な風を切る音。そして、大凡日常のそれでは聞く事などのない金属音。
「ほう、やるじゃあねぇかよ。ねーちゃん」
「けっひひひっ!おっっっもしろぉいっ!」
 手にするティグリスの鱗、ユーフラテスの鱗を振り抜いた彼は、しかしそれが空を切った事を確認するや、一足で背後に飛び退き、そう呟いた。
アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)は対峙しているラナロック・ランドロックを睨みつけながら、なんとも邪悪な笑みを浮かべ続けている。
「何ででしょうねぇ、くふ、くっふふ。私はなぁんにもしてないのに。困りますわねぇ……あっはははは!」
 ラナロックも彼女で、壊れてしまった様な笑顔を浮かべ、手にする銃で手遊びしている。
「ぬかしてろよ。それよりいつまで続かな、その余裕。ねーちゃん、試してみようぜ」
「まぁ! それは名案っ! きっひひひ」
 言い終るや、そのまま二人は互いの中間地点まで、文字通り目にも止まらぬ速さで持って駆け抜け、互いの武器を交差させる。
「よく切れる刃物――みたいですからねぇ…そんなもの、銃で受け止める馬鹿はいないんですわよぉ!」
「ふん! 知ってらぁ…」
 ガリガリと硬い物通しが擦れ合う音は、ラナロックがアキュートの持つ武器の柄の部分に銃を当て、器用にその動きを止めているからこそ発生する音。そこで再び、乾いた音が響き渡る。二発、三発。標的など何もない空への射撃。
射撃時の反動を利用し、ラナはアキュートの腕諸共、武器をずらし強引に攻撃する為の射線を開けた。
「それで隙ぃ作ったつもりかい! ねーちゃん!」
 反動で落ちていた自分の腕を即座に上にあげて彼女の追撃を、彼は器用に上半身だけをずらして避ける。完全に左へ体を傾けた彼は、その体制、反動を利用して手にする獲物を真横に払った。
「あぁら残念…きひっ」
 その場で開脚をし、完全に地面へと腰を下ろしてアキュートの攻撃を避けたラナロックはブレイクダンスよろしく体を回転させて武器を握る彼の腕へと蹴りを放ち、流れる動きで彼はそれを往なす。
 一進一退、連綿と続く無駄のない両者の攻防を前に、雅羅・サンダース三世(まさら・さんだーすざさーど)はただただ呆然とその様子を見ているしかない。

     ◆

 彼の場面から遡る事、数分前――。
「まぁまぁ、先輩。とりあえず落ち着きましょうよ……」
 大きくため息をつき、雅羅は頭を抱えながらに呟いた。
「わたっ、わ、私は落ち着いているわよ、ま、ままっ、雅羅ちゃん、くふふっ!」
 今にも眼球が零れ落ちそうな程に目を見開き、カタカタと震えながら不気味な笑みを浮かべて、雅羅へと返事を返したラナロック。その様子はまるで、獲物を探す猛獣と言って遜色はない。
「全然落ち着いてないじゃない……まったく」
 一人そんな事をゴチながら、雅羅は暫く考えた後ラナロックに質問をする。
「そう言えば先輩、ウォウル先輩がどこに攫われたか分かるんですか?」
「アテなんかないわよ! 片っ端から脳天の風通し良くしてやるだけ。きっひひっ」
 此処に来て、漸くラナロックの発言がおかしい事に気付いた彼女は、ラナロックを一度落ち着かせようとする。一度この場から離れ、どこか人通りのない所へ行き、暫く彼女が冷静になるのを待とう、と言う訳だ。が、どうやら彼女、今すぐにでも犯人を見つけ出したいのかその提案を拒んだ。
「と、とりあえず場所を変えませんか?もっと詳しい話を伺いたいですし……」
「そんな暇はないのよ。仲良くお茶でもしながら優雅に午後のひと時を? はんっ! そいつは名案ねぇ……」
「少なくとも当て所なく歩き回るより、賢明だと思いますけど?」
「………ちっ」
 露骨に嫌そうな顔をしながら、しかしどうやら自分が冷静ではない事は認めたらしい。
「こっちは急いでんのよ。早くなさいな」
「………」
 大きく二度目のため息をつき、雅羅は首を縦に振ってから踵を返す。ラナロックに背を向ける。が、それがアダとなった。
どうにも嫌な音が、雅羅の両耳に突如として飛び込んできたのは、それから数秒後の事。小規模な爆発音の後に響く、軽い、何か――金属製の物が地面に落下する音。

 「ギョッ!!!」

 謎の断末魔が聞こえ、ラナロックの方へと振り返る雅羅。
そして彼女の前に広がった光景は――手にする銃の銃口から煙を燻らせながら、笑みとも怒りとも、将又疑問を抱いている表情とも取れない顔で自らが今打ち抜いた“それ”を、見下ろしているラナロックと、地面に不自然に落下している一匹のマンボウの姿だった。
「……マン……ボウ…?」
 思わず何が起こったのか、状況が把握できていない雅羅はそんな事を呟き、しかしすぐさま自分に突っ込みを入れる。
「って……そうじゃなくて! そこじゃなくてっ! 確かに『何でマンボウっ!?』って思ったけどそこじゃなくて! 先輩!」
「うん?何よ」
「何でマンボウ撃ってるんですかっ!」
「飛んでたから」
 淡々と、必要最低限の返答を返すラナロックと、その返答で思わず言葉を失った雅羅。
聞かれた事に返事を返し、今自分が撃ち落したマンボウに目を落としていたラナロックはしかし、すぐさまその身を翻す。突如としてとったその行動は、雅羅から見れば歪なそれでしかなく、故に彼女は何を言うでもなく、ラナロックを見つめていた。
「おんやぁ? いきなり切りつけてくるなんて、どうかしてるんじゃないかしら、貴方」
「ふん! 人のパートナーを何の躊躇いもなく撃ち落としてるねーちゃんの方が、どうかしてると思うんだが? あ?」
 ラナロックが今まで立っていたその場所に、突然一人の男――アキュートの姿が現れる。
両の腕には、それはそれは凶悪な武器が握られ、地面すれすれでぴったりと止められたそれは、ひとたび触れれば切り裂かれてしまわんばかりに鋭い輝きを放っていた。
「俺の相棒に何しやがるんだい?」
「このマンボウが? 貴方のパートナー? それは新手の冗談かしら」
 二人が二人でそんな事を言いながら、ラナロックは突如現れたアキュートから距離を離して体制を立て直す。
「せ、先輩!」
「煩いわねぇ、さっきからぴよぴよと。も少し黙ってらっしゃいな」
 心配そうに声を掛けた雅羅は、しかしラナロックの言葉にむっとした表情を浮かべる。
「なんだってこんな事しやがるんだよ」
「なんか目に入ったから。たったそれだけ。ただのそれだけ。理由なんて、後からどうにかなるものじゃないかしら? ハンサムさん」
「けっ!」
 そして――……先程のシーンにつながる。