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誰がために百合は咲く 前編

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誰がために百合は咲く 前編

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 ラズィーヤが先を意識するのと同様に、アダモフもまた、ヴァイシャリーの先、地球との交易を意識しているようだった。
「空京には地球からの技術を取り入れた高層ビルが立ち並んでいるそうですなぁ。一度行ってみたいものです」
「仰っていただければ、ご案内いたしますわ。その前にはぜひ、ヴァイシャリーにも滞在してくださいな」
「勿論ですとも。ヴァイシャリーはシャンバラへの窓口ですからな」
「美味しいワインをご用意してお待ちしておりますわ」
「おや、酔い潰してしまうおつもりですかな? ヴァイシャリー産のワインは格別だと聞いていますからなあ」
「──お酒は入っておりませんけど、同じヴァイシャリー産の葡萄を使っています」
 エリスが氷出しの烏龍茶を傾けるアダモフの前に、お手製の和菓子を置いた。夏らしく涼やかな、葡萄をはじめとした多種の果物を寒天で閉じ込めたものだ。
 手作りというところが、家庭的なエリスらしい。
「寒天は海藻でできとります。目と舌で涼んでおくれやす」
 そして今日のエリスは、すべきことが得意なおもてなしだからこそ、一味違う。迂闊でも隙だらけでもなく、堂々と自信に満ちた姿だった。
 目立つこと、派手なこと。執行部での活動や戦闘……。今まで苦手でいたこと、できなかったこと。でも、だからこそ……できることがあるんじゃないか。
(面談で決めましたん。失敗してもええ、一度でも大きい事に挑戦して見ようて)
 エリスは生徒会の副会長に立候補していた。
 最初は庶務にしようとしたのだが、パートナーのティア・イエーガー(てぃあ・いえーがー)に、「そんな思いっきりが無い事ばかりしているのだから前に進めないのでしょう?」と諭されたのだ。
 一度はいつものティアの嗜虐思考なのではと疑ったものの、「ふふん、出来ると信じているから言ったまでですわよ?」と後押しされたのだ。
 真実は、エリスの抱いた疑惑通り、ティアは、副会長になった方が困った顔が見れそうだからというすごく不純な動機だった。
 スタンスは中立。会長だけでなく生徒会全て、むしろ百合園全ての縁の下の力持ちになって支えられる存在になりたい、との思いがある。
(今世の中は、シャンバラも百合園も戦う力が無い弱い人があまり見えてないように思えるんどす。生徒会は戦ったりしまへん。私みたいな人間でも役員になって、そういう弱い人達の視点から百合園を良くしたいんどす)
 生徒会長に、清良川さんがまさか選挙に出るなんて、と言われた時、彼女ははにかみながら答えたものだった。
「家庭的言われますけど、百合園を家庭や思えば一番頑張れるんやて思いましたん」
 和菓子を配り終えたエリスは、ここと船内を行き来する来賓をそれぞれにさりげなく案内するなど、“至れり尽くせり”働いていた。
 そんな真面目に働くエリスを、ティアは何故か客側に混じって鑑賞している。困った顔が見れる瞬間を心待ちにしているのだ。
 アダモフの秘書の肩をつつき、
「どうでしょう、あの娘は……もごもご」
 ──今お買い得、安くしておきますわ。何なら只でもいいですのよ。あの娘なら好きにしてしまっても……。
 続く言葉は話せなかった。マリカの“至れり尽くせり”の鋭敏な感覚が不穏な空気を察知し、目にもとまらぬ早業で、彼女の口にお菓子を放り込んだのだ。
(申し訳ありませんティア様。……何となく、嫌な予感がしました……)
 ティアとしては、単なる悪ふざけのつもりだったのだろうけれど、もし話されてしまったら、場にそぐわない話題となっただろう。
 それに、百合園は“いかがわしい”場所ではない。変な噂でも立ったらイメージダウンは避けられない。また万が一“まちがい”があったとしたら、それがこのお茶会での出来事が発端だったら……それこそ信用が失墜してしまう。百合園の他の乙女たちをも危険に晒す可能性もあった。
 マリカが無礼なことをしてしまったかと、パートナーでありご主人様の亜璃珠を見れば、彼女は艶やかに舞い続けているところだった。ふと視線が合うと、大丈夫というように目で笑っているように思えた。
(この商談は、ただヴァイシャリーやシャンバラだけを相手取るものではありませんもの……)
 亜璃珠の推察通り、この交易はヴァイシャリーと一商人の間の話、というだけではなく。シャンバラ、ひいてはバックグラウンドにある地球と日本との交易という意味がある。それをどこまでアダモフやハーララが意識しているのか分からないが──であれば、意識させるまでのことだった。
 彼女が和装で舞を舞うのは、そのアピールだ。彼女自身生徒会に立候補するつもりはないものの、ついでに、ラズィーヤにも専攻科への進学や就職をアピールできるならなおいい。
(……それに、なにより面白そうだし?)
 と、これは亜璃珠らしい。
「これは日本の舞……あの着物や櫛は日本の工芸品ですかな?」
 アダモフがラズィーヤに話しかけているのが見える。日本の文化にも親しむラズィーヤは、着物や櫛、簪、扇といった工芸品について説明していた。
(先に秘書のバレさんに伺ったところによれば、アダモフさんはご高齢の船旅、一日三回のお薬と、おおよそ三時間ごとには休憩を適宜取られるとのことでしたけれど……)
 そろそろご休憩ですかしらね、と、彼女は扇の手を返し、足首を返して艶(あで)やかに回りながら席を見た。
 ラズィーヤもそれを把握していたのか、一旦用事があると席を外す。
 アダモフは、彼女の姿が消えたのを見届けると、代わりにもてなしに来た百合園生たちと会話を始める。
 そして三十分ほどたった頃だろうか、懐の中を探った。そして咳き込み、咳き込み、手がかき回され、空を切り──、
「アダモフ様!」
 マリカが携帯電話を取り出したのが見えた。