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パラミタ自由研究

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「やれやれ、元気なことだ」
 ジェイス・銀霞が苦笑していると、騒ぎを耳にしたのかレポートをかかえた三船 敬一(みふね・けいいち)がやってきた。つい先ほどまで図書室でパワードスーツに関してのレポートを纏めていて、最終的な校正をしようと寮に戻ってきたところであった。
「なんの騒ぎだ?」
「ああ、みんな夏休みの自由研究の追い込みでちょっとバタバタしていただけだ。なんでもない」
「そうですか。ちょうどいい、よければ、オレのレポートの下書きもチェックしてはもらえないだろうか」
 去って行くレイヴ・リンクスのパワードスーツを目で追いながら三船敬一がジェイス・銀霞に訊ねた。
「いいだろう、まあついでだ。だが、さすがにどこかに落ち着くとしようか」
 寮のレクリエーション室に移動すると、ジェイス・銀霞はテーブルの一つに腰をおろした。
 自販機でコーヒーを買った三船敬一が、紙コップの一つを差し出す。
「ああ、すまんな」
 レポートに素早く目を通していきながら、ジェイス・銀霞が短く礼を言った。
 三船敬一が纏めたのは、新型パワードスーツに関してのレポートである。
 先ほどレイヴ・リンクスが装着していたものとは違い、当初から対イコン用に開発された重パワードスーツであった。ごく最近配備され始めたものである。
「確かに、対イコン戦においては、少尉が指摘しているように、一般兵への装備拡充は急務ではあるな。まあ、そのために、新型のパワードスーツ隊が配備されたわけでもあるが」
 イコンが量産されているとはいえ、その操縦には契約者二人と相応の訓練期間が必要となる。未だに天御柱学院がイコンに関しては一日の長があるのも、イコン戦闘に特化した訓練を行っているからだ。
 だが、運用効率を考えた場合、イコンは強力ではあるが対費用効果は驚くほど低い。
 確かにエキスパート数人がいれば戦闘では圧倒できる可能性が高い。だが、ずっと戦い続けていられるわけではない。明確に、イコンには稼働時間という物がある。エネルギーがつきてしまえばただの銅像だ。動けないイコンなど、高位の契約者であれば、素手でも簡単に破壊するであろう。
 大規模戦闘では、基本は数である。その点、パワードスーツはイコンと比べて安価であり、大量配備が可能だ。操縦も、操縦者のモーションがそのまま伝わるため、比較的訓練時間が短くてすむ。その上、装着者が契約者でなくても構わない。むしろ、契約者以外がパラミタでイコンに対抗できる唯一の手段だと思ってもいい。大量の物量による波状攻撃を受ければ、いかなイコンでも限界はやってくる。
「だから、より多くのパワードスーツの配備と、専用装備の新規開発が早急に必要だと思う」
 イコンに通用する武器は限られている。まともに戦おうとすれば、敵の障壁や装甲を貫通できる兵器でなければ話にならない。だが、たいていの場合それらは相応の大きさと重量を要する。先ほどのレイヴ・リンクスのライフルのように生身での運用は難しいというわけだ。もちろん、鬼化したマホロバ人などであれば可能だが、条件を限定するのは運用効率がいいとはとても言いがたい。
 そのため、それら兵器を使いこなすための手段がパワードスーツである。対イコン用にパワードスーツがあるのではなく、対イコン兵器用にパワードスーツがあるのだ。あたりまえの話だが、イコンとパワードスーツが殴り合ったら、パワードスーツの方がひとたまりもない。
「それに、パワードスーツは制圧戦に関してはイコン以上に有効だと思っている」
 これは、初期のコンセプトから派生したメリットと言ってもいいだろう。対イコン用の兵器であるため、対人用に転用した場合、今度はパワードスーツの方が圧倒的に強力な兵器となる。もちろん、パラミタの契約者相手では、あっけなく優劣が逆転してしまうであろうが、一般人相手であれば圧倒的ではある。
 特に、サイズが小さいため、イコンでは入ることのできない敵基地深部などに侵入できるのは大きい。イコン基地などにこっそりと侵入して施設を破壊するなどという芸当はパワードスーツにしかできない。イコンでこれをやろうとした場合、どうしても正面作戦となってしまう。
「どうだろうか?」
 三船敬一が評価を聞く。
「よく纏まっているとは思うが、斬新なものではないな。ほとんどは既知か、すぐに想像できることだ。事実、この内容のことは、すでに上層部ではちゃんと動いている」
「そうか……」
 つまりは平凡だということだ。ちょっと、三船敬一が落胆する。
「だが、それをここまでちゃんと纏めた物はほとんどない。その意味では貴重じゃないか? 誰もが、少尉と同じだけの見識を持っているとは限らない。特に新兵などはそうだ。だから誰かが、纏めて説明してやることは絶対に必要だ。その意味でも、このレポートは増産の提案書の方式ではなく、手引書の形式の方がいいと思うがどうだ?」
「対象を変えろと?」
「さあ、それは自分で考えるのだな。ぜひ、いい物を書いてくれよ。ごちそうさまだった」
 飲み干した紙コップをゴミ箱に放り込むと、ジェイス・銀霞はその場を去って行った。
 
    ★    ★    ★
 
「おい、俺のグレイゴーストは大丈夫なんだろうなあ」
 ちょっと心配そうに、佐野 和輝(さの・かずき)湊川 亮一(みなとがわ・りょういち)に訊ねた。
 彼の愛機であるグレイゴーストは、斜め45度の斜度を持った巨大なカタパルトに固定されたまま何やら後部に付属装置を接続されている。今は、各種コントロール用のデータケーブルがコックピットにむけて配線し直されているところだ。
「格好よく出撃できる装備があるんだが試してみないか?」
 そう湊川亮一に声をかけられてのこのことやってきたわけだが、なんだか予想よりももの凄く大がかりである。
「亮一様、ロケットブースター、リフトアップしてもよろしいですか?」
「ああ、やってくれ」
「アルバート様、お願いします」
 湊川亮一に確認をとったソフィア・グロリア(そふぃあ・ぐろりあ)が、アルバート・ハウゼン(あるばーと・はうぜん)に告げた。
「お任せください。上げます」
 アルバート・ハウゼンが、準備されたロケットブースターをカタパルトへと押し上げた。ガシャンという重い音とともに、グレイゴーストにブースターがぶつかるようにして接続する。
 むきだしだった配線類が見えなくなり、一応、見てくれはすっきりした。
「本当に大丈夫なんだろうなあ」
「ええ。脱出装置は特に念入りにチェックしてあります。少なくとも、アニス様は絶対安全です」
 ちょっと引きつっている佐野和輝に、ソフィア・グロリアがニッコリとした笑顔で答えた。でも、それって、佐野和輝は絶対安全ではないと言うことなのではないだろうか。
「データ接続良好ですわ。記録開始します」
 官制室で各種データの記録を開始しながら高嶋 梓(たかしま・あずさ)が告げた。
「よし、準備完了だ。和輝、後は頼んだぜ」
 いよいよだと、湊川亮一が佐野和輝に告げた。
「お、おう。いくよ、アニス」
「はーい」
 ちょっと疑心暗鬼な佐野和輝に呼ばれて、アニス・パラス(あにす・ぱらす)がのほほんとかけてくる。
「あ、アニス様、これを」
 グレイゴーストに嬉々として乗り込もうとするアニス・パラスに、ソフィア・グロリアがちっちゃな箱を手渡した。
「ありがとー」
 喜んでプレゼントをもらいながら、アニス・パラスがグレイゴーストにむかう。
「ええっと、なんじゃあこりゃあぁぁぁ!!」
 アニス・パラスとリフトでカタパルトの上にあがった佐野和輝が、初めてカタパルトに載った物の全景を見て唖然とした。下からではよく見えていなかったのだ。
 そこにはイコンであるグレイゴーストの三倍はあろうロケットブースターがガッチリと接続されていた。
「格好いいだろう。これで、格好よく飛び出すんだ。格好いいぞ」
 わざとらしく、湊川亮一が格好いいを連呼した。
「分かった分かった。発進したら、適当な位置で点火すればいいんだろ」
 水平飛行に移ったらブースターを点火するつもりでコックピットの中から佐野和輝が答えた。うっかり角度をつけて点火したら宇宙までいってしまいそうだ。
「あ、それは心配しないでいい。こちらで点火するから」
「はあっ!?」
「点火!」
「ちょ、ちょっと待……うあぁぁぁぁ」
 佐野和輝の叫びとともにロケットブースターが点火した。凄まじい勢いで白い水蒸気がたちこめ、一気にロケットブースターがグレイゴーストを先っちょにちょこんとつけたままカタパルトから飛び出した。
「おお、素晴らしい勢いで上昇していく。見事なものですなぁ」
 みるみるうちに小さくなって空へと登っていくグレイゴーストを見あげながら、アルバート・ハウゼンが言った。
「データ受信良好ですわ」
 逐一送られてくるデータをしっかりと記録しながら、高嶋梓が言った。
「うおぉぉぉぉ、契約者じゃなきゃ、今ごろブラックアウトしてるぞおぉぉぉ!」
「わーいわーい、うっぷ……」
 契約者だから一般人よりもGに耐えられるとはいえ、これはちょっときつい。
「順調に上昇中、間もなく第一宇宙速度に……、ああ、待ってください、ブースターの温度上昇。加速に耐えられず、外壁の一部が剥離し、加熱しているようです」
「そんなバカな、ちゃんと穴は補修しておいただろう」
 高嶋梓の言葉に、信じられないという顔で湊川亮一が叫んだ。
「もちろん、ちゃんとベニヤで塞いでおきました」
「えっ!?」
 アルバート・ハウゼンの言葉に、一同の顔からサーッと血の気が引いた。
「アニス様、ポチッとなしてください。ポチッとなです」
「ええっと、自爆装置押すのぉ?」
 ソフィア・グロリアからの通信に、アニス・パラスがへろへろしながら答えた。
 すでに、ロケットブースターは火につつまれている。
「待て、アニス、自爆装置じゃない。押すなー」
「ううっ、よく分かんない。けろけろけろ……。ぽちっとな」
 へろへろになったアニス・パラスが、ソフィア・グロリアからもらった箱の中にあったボタンを押した。
 ボン!
 エクスプロージブボルトが爆発し、ロケットブースターがグレイゴーストから切り離された。
「うわあぁぁぁ……」
「ひゃあぁぁぁぁ……」
 その直後に、ロケットブースターが爆発した。爆風を受けたグレイゴーストが、クルクルときりもみしながら墜落していく。
「ひゃああぁぁぁぁ……」
「落ちるかよぉ!」
 クルクルと回転しながら、佐野和輝が機体を変形させた。顕わになった手足がグルグルと振り回され、必死に機体の安定化を図る。だが、そのまま、近くの森に突っ込んでいった。派手に水飛沫のように緑の小枝が噴きあがる。
「生命反応あります。お二人とも無事ですわ」
「よかった、回収に行くぞ」
 ほっと胸をなで下ろすと、湊川亮一たちは佐野和輝たちを回収にむかった。
「くそお、亮一め、まんまと乗せやがって……。だが、これで自由研究は没だ。廊下でバケツ持って立ってろ!!」
 森の木に引っ掛かって逆さ吊りになった格好のグレイゴーストの中で、逆さまのまま佐野和輝が叫んだ。