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「どれ、夜魅に集めてきてもらった追加の資料をここにおくぞ。参考にしてほしいのだ」
 ルオシン・アルカナロード(るおしん・あるかなろーど)が、蒼天の巫女夜魅に集めてもらったパラミタの伝承などをコトノハ・リナファ(ことのは・りなふぁ)の横に積みあげた。
 蒼天の巫女夜魅は、言われた仕事が終わったので、そばでおとなしく絵本を読んでいる。
「ありがとう」
 ルオシン・アルカナロードに礼を言うと、コトノハ・リナファは新たな本のページをめくった。
 現在のコトノハ・リナファは、放校処分となって実質パラ実所属扱いである。
 マホロバの世界樹扶桑に蒼天の巫女夜魅が火を放ったことに対する責任を追及されてのことであったが、それにはもろもろの事情もあるし、一方的な処分は納得がいかないというので、パラミタの法律を調べ直しているというわけだ。
「うーん、結局、パワーバランスということなのかしら……」
 いくつもの資料をあたりながら、コトノハ・リナファがつぶやいた。
 基本的に、シャンバラ王国ではまともな法律という物が正確には完成していないともいえる。
 建国以前は、日本の法律に準拠して各種法律が定められていた。
 独立してからは、独自の憲法発布、各種法律制度の整備が急務のはずであるのだが、エリュシオンとの戦争などで大幅に遅れている。現実としては、現在でも日本の法律に準拠した各種法律を執行して形を整えているという状況だ。
 国内整備が整っていないと、自ずと外圧も強くなってくる。
 現在、表向きには良好関係となっているエリュシオン、カナン、マホロバ、コンロンなども、相手が必ずとも一枚岩とは言えず、また地球各国の勢力も各学校を窓口としてかなり強力に干渉してくる。
 これらは表面化することは少なく、その前段階で様々な手段が執られて隠蔽されるため、一般人の目にこれらのパワーゲームの実体が触れることは少ない。
「パラミタの各国に対しては、価値基準が地球とは違うために、地球の感覚で物を考えると思考の迷路に落ち込むこともあるだろう」
「勘違いが起きやすいと言うこと? だとしたら、パラミタの人たちの価値基準ってなんなのかしら」
 ルオシン・アルカナロードの言葉に、コトノハ・リナファが聞き返した。
 もちろん、パラミタ人個人の思惑は様々であるが、全体の傾向という物は意外とはっきりしている。
 基本的に、パラミタの各国は王国制である。実際には政府官僚が実務を担当しているとはいえ、制度としては絶対君主制なのだ。
 地球の感覚であれば、神を名乗る独裁者はよくあるパターンの一つであるが、パラミタにおいては正真正銘の神が王ということになる。
 これら王が不在となると、大地のバランスが狂って国は荒廃する。長らく王が不在であったシャンバラがいい例だ。
 王、あるいは女王の力が、旧シャンバラ宮殿を異空間から出現させたり、異変をある程度押さえ込んだりできることから、それはコントロールする力であるとも推測できる。あくまでも推測ではあるが、世界樹との関係を考えると、そう考えた方がすっきりするだろう。
 コントロールという概念であれば、国民の支持を得るというのも一種のコントロール能力の結果なのではないだろうか。マインドコントロールのような強制するものではなく、自然と人望が集まっていくような形ではあるが。それらのように国から個人までもの力の集中分散を女王は管理している感がある。それが加護という言葉に置き換えられているのだろう。
 さて、シャンバラで国を国たらしめる要素としては、もう一つ世界樹がある。
 女王が、人に対しての象徴であり、制御装置であるとすれば、世界樹は自然に対しての象徴であり、ジェネレーターであると推測できる。これもまた、明文化された文章という物は存在しないので、各種資料からの推測でしかないが。
 世界樹は、明確にテリトリーという物を持っており、それが国の版図にほぼ匹敵する。また、各世界樹はコーラルネットワークと呼ぶ繋がりをもっており、このコーラルネットワークの範囲内の世界がパラミタだということもできるかもしれない。
 本来のコーラルネットワークは、地下深層部における世界樹の根同士の物理的接触において構成されるべき物と従来は考えられていたが、イルミンスールが浮遊したこともあり、それ以外の接続方法があるのではないかと研究が開始されている。実際、ユグドラシルのイルミンスール侵攻時に、根による物理的接触を新規に起こしているが、これがまったくの新規なのか、以前からの物の発展型であるのかは専門家の意見も分かれる部分である。また、コーラルネットワーク研究において、イルミンスールの浮上は大問題であった。大地との物理的接触が断たれた状態で、国をささえる世界樹としての機能を維持したわけであるのだから。パラミタを研究してきた地球の常識では、その瞬間にシャンバラが滅亡してもおかしくない状況である。それゆえ、世界樹と大地との接続は新たな研究テーマとして研究者たちを悩ませている。
 さて、世界樹の効果としては、土地の活性化があげられる。カナンの例をとれば明確なように、世界樹の衰退はその国土の生命活動の衰退を意味する。
 そのエネルギーの流れは不明ではあるが、わずかな事例では、マホロバの扶桑が停滞する生命エネルギーの流れを強制的に増大させる機構を有していたのではないかという噂があり、多くの者が研究中でもある。膨大な検証が必要な事項ではあるが、簡単に検証できる問題ではないため、本当はどうなのかはほとんどまだ研究が進んでいない状態でもある。
 コトノハ・リナファの場合は、この世界樹を傷つけてしまったわけで、その損傷の程度は扶桑の枯死を誘発するほどのものであった。これは、言葉を換えればマホロバという国その物を滅ぼす結果を招く行為であったため、マホロバ政府としては国家危機の事態を招かれたと言える。カナンの場合は、世界樹の衰弱によって人為的な砂漠化に拍車がかかり、国内だけで対応ができずに、外国であるシャンバラの軍事介入を依頼するという状況に陥っている。世界樹が傷つくということは、それだけの大問題でもあるのだ。その結果、外交でどのような取引がマホロバとシャンバラの間で取り交わされたのかについては、政治の闇の中である。
 付随して、政府のやりとりを無視しての世界樹同士の交渉によってイルミンスールから扶桑への生命エネルギーの供給という事態を招いているが、これに関してはあまりに突然であったため、外交は完全に後手に回った感は否めない。もちろん、確認するための物証はまったくないのだが……。
 これらは、まさに国家間の都合のもとに調整が行われているため、ほとんど個人の領域を超えている。
 シャンバラ国内だけに関しても、建国前と後では、散逸したデータもかなり多い。特に、鏖殺寺院はその正確な正体が判明すると同時に、実体は無数の組織の集合体であることもあり、シャンバラ政府としてもその対応は時期によってまちまちとなっている。
 また、洗脳関係の技術が、これらの問題を複雑化させているとも言えるだろう。
 ダーク・ヴァルキリーを始め、十二星華の多数など、単に利用されていた者も多い。現在クリフトに現れたアーデルハイト・ワルプルギスに関しても、容姿が激変しているため本人かどうかは未だに論議中という状況だ。妹君であるイナンナ・ワルプルギス(いなんな・わるぷるぎす)によれば、あれこそが本当の姿だと言うことなのだが……。
「結局、最大の処分は、各学校の保護を失う放校ということなのかしら」
 これが、どれだけのデメリットであるのかは、まさに人によって違うだろう。
 一匹狼のアウトローにとっては、それは大したデメリットではないかもしれない。
 指名手配に関しても、政府が積極的に広報活動をしているわけでもない。だいたいにして、指名手配犯の名前をすべて挙げられる者や、名前と顔を一致させられる者が何人存在するだろうか。多くの者は、その者が指名手配されていることにすら気づいてはいないだろう。
 また指名手配犯を見つけて報告しても、政府や警察が動かない場合もある。地方によっては、報告する窓口さえないことも少なくない。当然、裏に何らかの思惑が働いているわけだが、その正当性は関係なく、一般人にその詳細が明かされることはまれだ。
「結局、全体としての不確かさは、個人としての確かさを持って対応するしかないということなのかな」
 ちょっと溜め息混じりにコトノハ・リナファはつぶやいた。