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パラミタ自由研究

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そのころ、ツァンダでは……

 
 
「お待たせ」
 樹月 刀真(きづき・とうま)が、持ってきたチョコレートパフェとケーキとわらび餅を漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)たち女の子三人の前に一つずつおいていった。
 今日は、普段漆髪月夜と封印の巫女 白花(ふういんのみこ・びゃっか)がバイトをしているツァンダにある喫茶店「とまり木」でささやかなお茶会を開いている。ちょうどお店が定休日だったので、ちょっとした貸し切りだ。
 大義名分は、漆髪月夜の自由研究で、テーマは「お茶とお菓子の組み合わせ」らしい。なんとも趣味と実益を兼ねたテーマだろうか。ただ単に、漆髪月夜が甘えてお茶を飲みたいと言い出しただけなのではあるが、しっかりとお茶の支度とその過程をレポートに纏めるのは樹月刀真の仕事と決められてしまっている。これではまるで宿題のゴーストライターなわけだが、漆髪月夜はまったく気にしていないようであった。
 わけあって蒼空学園を去った樹月刀真であったが、たまには初心に立ち返ってレポートを書いてみるというのも気分転換になっていいだろう。
「コーヒーが熱い……」
 出してもらったコーヒーがホットだったので、漆髪月夜がなんでという目を樹月刀真にむけた。
「冷たい物同士だと、味が分からなくなるだろう。温度差がいいのさ。ほら、アフォガードなんか、アイスの上に、熱いエスプレッソコーヒーをかけるんだぞ。後で作ってやろうか?」
「うん、それいいかも……」
 漆髪月夜が、ちょっと興味を持つ。
 それを見た樹月刀真が、「アフォに興味を持つ……」と、後でばれたら蜂の巣にされかねない言葉をノートに書き込んでいった。
「お子様の飲み物だな。どうせかけるのであれば、コーヒーリキュールであろう。コーヒーの苦みと、アルコールの苦み、これらが相まってこそ大人の味というものなのだよ」
 玉藻 前(たまもの・まえ)が、餡の入ったわらび餅を竹楊枝でつつきながら言った。市販品なので、ちょっと不満顔だが、本物のわらび餅を作るのは材料の段階からして難しい。
「はい、白夜、あーん♪」
「えっと、は、はい。あーん」
 おすそ分けと称していきなり漆髪月夜にスプーンを突きつけられた封印の巫女白花が、ちょっと照れながら口を開けた。薄紅色の薄い唇の間に、チョコレートシロップがたっぷりかかったアイスクリームが差し入れられていく。
「んっ、美味しいです」
 軽く唇についたチョコレートを舌でなめとりながら、封印の巫女白花が言った。
「じゃ、今度は私♪」
 子供っぽく言うと、漆髪月夜がパールピンクのリップクリームを艶やかに輝かせながら、大きな口を開けた。
「あーん」
「あーん」
「うーんっ♪」
 封印の巫女白花にアイスクリームの絡まったバナナを食べさせてもらって、漆髪月夜が切れ長の目を思いっきり細めて満面の笑みを浮かべる。
「うふっ♪ 玉ちゃんのわらび餅も美味しそう」
 ちらんと漆髪月夜が、物欲しそうな目を玉藻前のわらび餅にむけた。やれやれ、甘味魔王の食欲つきることなしである。
「お前たち……太るぞ」
 えんえん食べさせっこを続ける二人に、ポソリと玉藻前が言った。
「太らないもん。ちゃんと運動……するもん」
 反論する漆髪月夜だが、ちょっと言葉に力がない。
「だいたい、玉ちゃんだって……」
「我は、ほれ、栄養はここに集まるからな。巫女よお前もそうであろうが」
 豊かな胸をこれ見よがしに突き出して玉藻前が答えた。
「ううっ……」
 物欲しそうに、漆髪月夜が封印の巫女白花のたっゆんに潤んだ視線をむける。
「ち、違います。集中したりしませんから……」
 あわてて胸を腕で隠しながら、封印の巫女白花が答えた。
「まったく。そうだ、刀真、今度は我と酒をつきあえ。そろそろお前もいける口であろうが」
 玉藻前が話題を変えた。確かに、漆髪月夜以外はもう成人している。
「酒? 晩酌?」
 ガールズトークについていけず、半分眠りこけていたような樹月刀真が、はっと目を覚まして聞き返した。
「そうだなあ。今度の九月九日が月夜と玉藻の誕生日だから、そのときでいいかな。ちょうど、月夜も二十歳になることだし」
「よし、約束したぞ」
 玉藻前が念を押す。
「楽しみです。いろいろと準備しておきますね」
 そう言って、封印の巫女白花が微笑んだ。
 
    ★    ★    ★
 
「ごーり、ごーり、ごーり」
 静かだった神社の境内に、謎の呪文が響き渡る。
「なんの音だ?」
 寝ていた柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)が、むくりと上半身を起こした。どうにも、まだ身体が本調子ではない。まあ、劇的変化を二度も通過したことになるのだから、仕方ないのかもしれないが。
「ごめん、起こしちゃった?」
 乳鉢をかかえた真田 大助(さなだ・たいすけ)が、すまなそうに柳玄氷藍に答えた。
「何をしているんだい?」
「夏休みの自由研究ー」
 なんでも、漢方薬作りのレポートらしい。
「俺の息子ながらなんと渋い……。父親の影響か?」
 真田 幸村(さなだ・ゆきむら)のことを思いながら、柳玄氷藍がちょっと苦笑する。
「どれ、俺が手伝ってやろう。確か、奧の書斎に薬草の本があったはずだ……」
 ちょっとふらふらしながら、柳玄氷藍が立ちあがろうとする。そこへ、真田大助を追ってきた真田幸村が現れた。
「大助、材料を持ってきてやった……って、氷藍殿、無茶をなされるな。いったいどうしたのだ。御不浄か?」
 よろよろと立ちあがっている柳玄氷藍を見て、真田幸村がちょっとあわてる。
「いや、ちょっと書斎に資料を取りに行こうと思っただけだ。大助の手伝いになると思って……」
「ならば、拙者が……」
 代わりに取ってこようと真田幸村が言う。
「いや、俺でないと場所が……」
「であれば……。ごめん」
 言うなり、真田幸村がひょいと柳玄氷藍をだきあげた。
「うおっ!?」
「いいなあ……」
 お姫様だっこされた柳玄氷藍を見て、真田大助がちょっとうらやましそうにつぶやいた。
「ふっ、幸村、とうとう俺の伴侶としての自覚が芽生え始めたか。大義大義」
「おからかいめされるな。それで、こちらでよろしいのですな」
 体力は落ちているのに口だけは達者だと、ちょっと真田幸村が苦笑する。
「助かった。おっ、あったあった、これだ。大助、これが参考になるだろう。精進しろよ」
「うん、ありがとー」
 柳玄氷藍から和綴じの本を受け取ると、真田大助が自由研究の続きをしに庭へと駆けだしていった。
 広げたむしろの上には、真田幸村が集めてくれた生薬がいろいろとならべられている。
「うーん、生き肝とかないよね。どうしようかなあ」
 柳玄氷藍に渡された本を読みながら、真田大助がそこに書いてあった材料を乳鉢に入れてゴリゴリとすり潰していく。いったい、柳玄氷藍はなんの本を手渡したのだろうか。
「あ、地竜を入れるといいって書いてある」
 本の中にそんな記述を見つけると、真田大助が庭の土を掘り始めた。
 さすがに、神社の敷地内である、すぐに生きのいい地竜がたくさん捕れた。地竜、すなわち、ミミズである。
「わーい、こんなにたくさん」
 うねうねするミミズを両手ですくうようにして持ちながら真田大助が勝ち誇った。だが、あふれたミミズが手から零れて胸元から服の中に入ってしまった。
「ひゃっ、ははは、くすぐったいよ」
 あわてて服を脱いでつまみ出すというハプニングはあった物の、ちゃんと捕まえてごーりごーりと乳鉢の中で他の生薬とともにすり潰す。
「母上、できあがりました。ぜひこれをお飲みください」
「おお、大助、頑張ったな」
 真田幸村が褒める中、真田大助が柳玄氷藍にできあがったばかりの薬を差し出した。
「早く元気になってください」
 そう真田大助に言われて、ちょっと柳玄氷藍が感極まる。
「この俺のために薬を研究していたのか。すまないねえ」
「何をおっしゃるのです、母上。それは言わない約束でしょう?」
 なんだか、変なやりとりをした後で、柳玄氷藍にぷにぷにとした凄まじい臭いの小さな肉団子のような物が手渡された。山椒か何かがまぶしてあるようなので、なんとか臭いに耐えられるが、いったい、原材料はなんなのだろうか。まあ、手渡した本の通りであれば大丈夫だろうが。
「これで早く元気になるからな。そうしたら、家族でどこかへ遊びに行こう」
 そう言うと、柳玄氷藍がためらわずにその丸薬を飲み込んだ。
あ?…やべぇかもちょっと、休むぞ。きゅう……」
 そのまま、ばったりと倒れる。
「お母さん!?」
「氷藍殿! 救急車を、早く!」