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パラミタ自由研究

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パラミタ自由研究

リアクション

 
    ★    ★    ★
 
「わあっ、見てみて、蕾に色がついてきたよー」
 キャンパスの端っこにある花壇で、朝顔を見ながら九条 レオン(くじょう・れおん)九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)に言った。
 九条レオンの自由研究は、定番中の定番、朝顔の観察日記である。
 九条ジェライザ・ローズが、九条レオンには一番あっているだろうと考えて与えた課題で、ちゃんと教材セット一式も用意してあげたものだ。
 花壇をシャベルで耕して肥料を混ぜるところから始まり、ちゃんと表面に傷をつけて水につけた種をまいている。
 このへんは、指導だけを九条ジェライザ・ローズがやり、実際の作業はすべて九条レオンがやったものだ。
 実にほほえましい光景なので、九条ジェライザ・ローズはニコニコしながらその様子を自分の観察ノートに記録していた。彼女としては、九条レオンの自由研究をこなしていく姿の記録こそが自由研究の課題である。
 絵日記ふうの観察日記には双葉が出てくるとこから、立てた支柱(浅いので、こっそりと九条ジェライザ・ローズがグッと地面に押し込んでおいた)に蔓が巻きつく様子などが、クレヨンで描かれている。
「蕾って、赤と青と紫と、なんだかいろいろくっついてるんだね」
 微かに綻びかけてきている蕾を見て、九条レオンが言った。
「話しかけてやると、早く開くかもしれないよ」
「うん。朝顔さん、何がほしいの……? えっ?」
 話しかけた後、耳に手をあててそばだてながら九条レオンが聞いた。
「何か言っていたのかな?」
「お水がほしいって」
「じゃあ、さっそくあげないと」
「うん」
 持ってきていた象さんじょうろから、九条レオンが朝顔に水をかけ始める。だが、たいして水が入っていなかったので、すぐになくなってしまった。
「足りないや」
「じゃあ、汲みに行くんだもん」
「うん」
 そう言うと、九条レオンが走りだした。
 
    ★    ★    ★
 
「はあーっ。ごしごしごしと。うん、綺麗になりました」
 イコンの外装パーツを丁寧に磨きあげてサクラコ・カーディ(さくらこ・かーでぃ)はとても満足そうだ。
「司君、まだこれ取りつけちゃいけないんですかぁ」
 急かすように、イコンの組み立てに汗だくになっている白砂 司(しらすな・つかさ)に声をかける。
「急かすなって。ほとんど一から作ってるのに等しいんだぞ」
「そんなことないです。御先祖様が、古墳の中の奥深くに密かに隠していた超絶装甲なんですから、きっと凄い力を秘めているんです」
 思いっきり自信を込めてサクラコ・カーディが言い返した。
 空京大学のイコン整備場で二人で……いや、ほとんどは白砂司がやっているわけだが、とにかく、イコンの組み立てをもう何日も行っている。
 このイコンは、『桜獣説話集』の記述を信じて、サクラコ・カーディの祖先の物とされる古墳を調べてみたときに出てきた物なのだ。まるで墳墓に埋葬されてでもいたかのように、最下層に横たえられていた。ただ、その段階で、すでにイコンの心臓部と思われる物はほとんど盗掘にあっており、残っていたのは外装の装甲部分だけだった。それも、結構痛みが各所に見受けられる。
 サクラコ・カーディとしては、説話集に則って、これはかつての御先祖様で英雄の人が使っていたスーパーイコンなのだと信じて疑わない。役目を終えたイコンが、その過ぎたる力を封印するために墳墓の中に埋められていたのだ。きっと、やがて来る目覚めの日を静かに待ちつつ……。だからこそ、きちんと修復してやりたいのだった。
 もっとも、白砂司の方はそこまでロマンチストではない。
 一応墳墓ということになっているが、はっきりしたことは分かっていないのだ。イコンに関しても、どう見ても盗掘にあったとしか思えない有様だ。なにしろ、肝心の機構部分がないのだから。もし、本当に封印されていたのだとしたら、内部を取り外す明確な理由があるはずなのだが、それは現時点ではまったく不明だった。もしかしたら、最初から中身などなくて、活躍したイコンをまねた御神像か何かだったのかもしれない。それが何かの祭事で擬似的に人間のように埋葬されたというのはない話ではないだろう。
 それはそれとして、イコンの復元は大学の研究レポートとしても充分通用するし、それを大義名分としてアグニのパーツを分けてもらうことにも成功したのだ。
 とはいえ、基本的に、発掘イコンにアグニの内部機構を取りつけるというよりは、アグニの外装を外して、発掘イコンの外装を取りつけるといった方が正しい組み立て作業だった。
「ようし、そろそろいいぞ。そのパーツを取りつけるぞ」
「わーい」
 白砂司に言われて、サクラコ・カーディが、最後のパーツとなるイコンのフェイスアーマーをメンテナンス用のロボットアームで運んできた。
 溶接しておいたジョイント部を合わせて、大型のマシンドライバーでナットを締めて固定する。
ふふーん、これでとりあえず、一丁あがりですよね
「ああ、だいたい完成だ。それで、このイコンの名前はなんてつけるんだ?」
 顔についたオイルをツナギの腕の部分で拭いながら、白砂司がサクラコ・カーディに訊ねた。
「もちろん、決まってます。御先祖様に倣ったんですよ」
 そう言うと、サクラコ・カーディが大きく息を吸い込んでイコンの名を告げた。
アウークァ!」
 
    ★    ★    ★
 
「お水ー♪」
 パタパタと、象さんじょうろを持った九条レオンが眼前を走っていく。
「なんだかあわただしいですねえ、夏休みだっていうのに……」
 空京大学キャンパス内を走り回る学生たちがいつもより多いのに気づいて、芝生で寝っ転がっていた志方 綾乃(しかた・あやの)がつぶやいた。
「呑気だね。そっちは宿題はないのかい?」
 九条レオンの後を足早に追いかけていた九条ジェライザ・ローズが、ゴロゴロしている志方綾乃を見て、ちょっとだけ声をかけて通りすぎていった。
「宿題? 宿題……宿題……宿題!! いっけない、忘れてた……まっ、いっか。よいしょっと」
 一瞬はっとしたものの、たいしてあわてもせずに志方綾乃は歩き出した。
 芝生の上でティーカップパンダたちと変な踊りを踊っている――いや、多分護身術か太極拳のポーズなのだろうが――騎沙良詩穂の横を通って校舎内へ入る。
「とりあえず、さっさとでっちあげて遊びましょ」
 図書館に入ると、志方綾乃はコンソールの一つの前に座った。
「レポートのテーマ内容は……『パラミタ側の宇宙とパラミタ人』でいいや」
 ちょうど壁に貼ってあったプラネタリウムのポスターを見て、さっさとテーマを決める。
「ぽっちと」
 「パラミタ 宇宙」と入力して後は検索エンジンに任せる。
 出てきた、出てきた。
 さすがは、空京大学のデータベースである。情報記録だけは半端ない。
「とりあえずコピペが基本よね」
 たいして中身を吟味することもせずに、目に留まった見出しごとに内容をワープロの編集画面に貼りつけていく。タイトルは別でも、だいたい中身は似通った物なので重複もはなはだしい。
「ふふっ、これだけ読みにくければ、教授もいちいち内容確認まではしないでしょう。後は、適当に写真とかたくさん入れて水増しをしてと……」
 あっという間に継ぎ接ぎレポートを完成させると、志方綾乃は印刷ボタンを押した。できあがったレポート(のような物)がLANで繋がったカウンター横のプリントアウトコーナーに印刷されて出てくる。順番を待ってそれを回収すると、糊で纏めて製本する。手にべたべたと糊がついて、飛び散った糊でページ同士がくっついて開きにくくなっても構わない。読みたければ努力してもらおう。
「できあがりっと。さてどれどれ……うーっんんっ」
 一応中身を確認しようとした志方綾乃であったが、自分でも読めない物が完成してしまった。ページ同士がくっついてほとんど開けないし、端っこだけめくったところから見える本文は、フォントからしてバラバラだ。しかも、内容は重複がはなはだしく、文体もまちまちときている。
 本人はこれでチェックがしにくいと考えているようであるが、こんな物、二行読めばコピペであることが丸わかりであった。
「よし、完璧です。さて、後は遊ぶぞ!」
 実に間違った方向でレポートを完成させると、志方綾乃は意気揚々と学食の方へむかっていった。
 
    ★    ★    ★
 
「お水汲んできたよー」
 象さんじょうろにたっぷりと水を汲んできた九条レオンが、花壇の朝顔たちにむかって言った。後ろからは、水を汲んだバケツを持った九条ジェライザ・ローズが少し遅れてゆっくりとやってくる。
「ねえ、見てみて!」
 朝顔を指さして、九条レオンが叫んだ。
 見れば、いつの間にか朝顔の花が開いている。その花の端では、ひとしずく残っていた水滴が、ちょうど差し込んだ光を映してキラリと輝いていた。
「きっと、お水が効いたんだよね。もっとあげなくちゃ」
 そう言うと、九条レオンは象さんじょうろで朝顔に水をやり始めた。
 
    ★    ★    ★
 
「遅い!!」
「す、すみません……」
 急いでラジオシャンバラへとやってきた日堂真宵であったが、途中で何かやり残した気がして、やめたばかりのバイト先のファミレスのカフェテラス席を陰から天のいかづちで吹っ飛ばしてきたので、大幅に遅刻してしまっていた。なぜかは知らないが、吹き飛ばすべきと電波を受信したからだ。どこかの番長が吹っ飛んでいた気もするが、そういうことは綺麗さっぱり無視できるのが日堂真宵である。
「いい、私たちの仕事は秒刻みなんですからね。これが放送だったら、もうすでに事故なのよ。放送事故。分かってる!?」
 当然のように、バイト先の上司であるシャレード・ムーン(しゃれーど・むーん)はカンカンだ。
 夏休みはバイト三昧と言ってあっちこっちのバイトにせいをだしたものの、ほとんどろくなことがない。
 やれ、獣人の村ではバイト代が木の葉だったの、キマクの食堂じゃイコン乗ってないと調理はさせないだの、薔薇の学舎では背景に薔薇吹雪を飛ばせないと失格だの、ヴァイシャリーの屋台では隣の屋台がたっゆんばかりだの、キマクではバイト代が種籾だったので店長を熨斗つけてシャンバラ大荒野に捨ててきてやった。
「とにかく、あてにしてるんだから、さっさと仕事して」
「あてにされてる……!?」
 ちょっと意外な言葉に、日堂真宵の顔がぱあっと明るくなった。一応、マスコミ関係なので、ここのバイト代は一番いい。
「じゃ、急いで、次の公開録音の案内ハガキ1000枚作ってね」
「印刷用の顧客データは……」
「そんな物ないわよ。今までのハガキ見て、全部手書きで住所書いて。急いでよ!」
「ううっ」
 シャレさん怖い……。しくしくしく……。
 いつか、バイトをこき使う身になってやると誓う日堂真宵であった。