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リアクション
「真っ白な想いを胸に 君に会いに行くよ
舞い降りた妖精 旅立ちの時
誰にも眠る 心のメロディー
いつか出会う恋の歌 探しにでかけよう
胸の鼓動が高鳴る はにかむ笑顔が赤く染まる
星に願いを託して 眠れない夜を過ごす
僕のキモチ 恋の始まり?
真っ直ぐな想いを 君に受け止めてよ
翼を広げ奏でる歌 七色に輝く
一筋の欠片 紡ぎ合う絆
共に歩き始める未来 僕らのラブ・ストーリー♪」
修練場の端で、赤城 花音(あかぎ・かのん)が自作の『僕らのラブ・ストーリー』を歌っていた。
その歌声は、カレン・クレスティアや神代明日香の耳にも届いている。
魔法を使う彼女たちの呪文が、赤城花音の歌に影響されて変化していった。
「ふう、少しはボクの歌が人の心に響いたのかな」
ちょっと謙遜気味に赤城花音がつぶやいた。
はっきりとは分からないが、修練場にいる魔法の使い手たちの呼吸がちょっとだけ変わったような気がする。それに伴って、魔法にも変化が現れたのだろうか。
赤城花音自身は、歌そのものは空気の振動でしかないと思っている。物理的な音とは、そういうものだ。
けれども、その音のならびに意味があるのならば、曲の持つリズムが誰かを奮わせるなら、詞のもつ言葉が誰かの心に響くなら、それはすでに音ではなくて歌なのだろう。
物理的な歌は、伝達手段でしかないと思う。
であるならば、何を伝えているのかだ。
そして、何が伝わっているのか……。
「それが知りたいな」
そう思いつつ、赤城花音は歌を口ずさみ続けた。
魔法の大半が呪文を唱えるため、実は歌との親和性は高い。ただ、それが具体的にどのように表れるのかを赤城花音は見てみたかった。それをレポートに纏めるのは難しいかもしれないけれど、歌う価値はある。
いや、この世に歌う価値のない歌などほとんどないはずだった。
「おお、歌の研究か。これは興味深いな」
赤城花音の歌声に誘われたのか、犬養 進一(いぬかい・しんいち)とトゥトゥ・アンクアメン(とぅとぅ・あんくあめん)がやってきた。
「うっ、ボクの歌が引き寄せちゃったのかなあ……」
書きかけのレポートを遠慮なくのぞき込む犬養進一たちを見て、赤城花音がちょっと困ったような顔をした。
「歌に魔法か。だが、それでは一つ足りない物があるのだよ。見ているのだ」
そう言うと、トゥトゥ・アンクアメンが鶴の首のように両手を横に広げて、首を器用に左右に動かし始めた。
「あの……、いったい何をしてるんだもん?」
恐る恐る赤城花音が訊ねた。
「もちろん、神に捧げる崇高な踊りであるのだ。さあ、そなたも一緒に……、いや、そなたは歌姫であったな。それでは、歌うのだ。思いっきりエスニックで頼むぞよ」
ド真面目な顔で、トゥトゥ・アンクアメンが赤城花音をうながしたのだった。
「小ババ様ー……、あれれれれ、ここは盆踊り会場ですか?」
小ババ様を探して世界樹内を駆け回っていたアンネリーゼ・イェーガー(あんねりーぜ・いぇーがー)が、修練場の中をのぞき込んで首をかしげた。
何やら歌とともに、怪しい踊りを踊っている人がいて、囃し立てている人がいた。景気づけなのか、ときどき火があがったり閃光が走っている。出店でもあるのか、ちょっと酸っぱい臭いもした。
「アイスクリームがありますよー。小ババ様ー」
用意しておいた寄せ餌のシャンバラ山羊のミルクアイスをひらひらさせてみるが、反応がない。どうやらここにはいないようだ。
一応、小ババ様はアーデルハイト・ワルプルギス(あーでるはいと・わるぷるぎす)をちっちゃくした謎生物とは聞いているのだが、アンネリーゼ・イェーガーはまだ見たことがなかった。そのため、ちょっと戸惑い気味に探している。本当にいるのかも、アンネリーゼ・イェーガーとしてはちょっと懐疑的だった。ここはぜひ生態調査を完成させて、自由研究にしたいところだ。
「うー、そろそろアイスも溶けてきてしまいましたわー。これでは、小ババ様を呼べません。早く購買で新しいアイスを補充しないと……」
そうつぶやくと、アンネリーゼ・イェーガーは購買にむかって走っていった。
★ ★ ★
「おばちゃん、アイスがほしいのです。シャンバラ山羊のミルクアイス、バケットで三つなのです」
購買に辿り着いたノルニル『運命の書』が、迷うことなく異様な注文を告げた。
「えっと、業務用のでいいのかい?」
「それでいいのです」
さすがに聞き返すおばちゃんに、ノルニル『運命の書』が平然と答えた。
「はいよ。まったく、パーティーでもあるのかねえ」
ちょっと怪訝そうにつぶやきながら、おばちゃんが台車に五リットルのアイスクリームを三つ載せた。それを嬉々としてノルニル『運命の書』が押していった。
「おばさまー、アイスくださいません?」
入れ替わるようにして、アンネリーゼ・イェーガーが購買に息せき切ってやってくる。
「ごめんねえ、たった今売り切れちゃったんだよ」
「がーん、そ、そんなあ……」
おばちゃんの返事に、アンネリーゼ・イェーガーががっくりと床に両手を突いた。
「今まで頑張ってきたといいますのに、こんな所でくじけてしまいますとは、よよよよよ……」
小ババ様を探しだしすために、笹野 朔夜(ささの・さくや)のベッドの下を家探しして何もなくてがっかりしたり、倉庫フロアの開かずの倉庫に突入しようとして防御魔法に弾き飛ばされたり、外の枝に開いているそれっぽい穴を無理にのぞき込もうとして落ちそうになったり、大浴場で浮かんでいる地祇をかき分けたり、ぼろぼろになりながらも奮闘してきたというのに、ここに来て肝心のアイスがなくなるとは……。
「いいえ、まだ、まだ方法はありますわ!」
ぱっと何か思いつくと、アンネリーゼ・イェーガーは走りだしていった。
★ ★ ★
「こばばー、こばばー、こばばばーこばばー♪」
音楽室で小ババ様が幸せそうに歌うかたわらで、リュート・アコーディア(りゅーと・あこーでぃあ)が真面目にノートパソコンでレポートを作成していた。
モニタには、赤城花音の芸能活動としてネット検索に引っ掛かった記事のリストが表示されている。
赤城花音の名声もあってか、件数としてはなかなかの物だ。
「一年の成果としてはなかなかだと思いますが、はたして、これを花音の功績と単純に受け取ってもいいものか……」
冷静に分析していくと、手放しで喜ぶというわけにもいかない。
赤城花音は決してソロでの活動がメインというわけでもないし、グループ内でも立ち位置はあくまでもサブボーカルである。とはいえ、ちゃんとパートボーカルはきっちりこなしているはずなので、声さえ聞いてもらえれば誰もが「ああ」とうなずいてくれるだろう。だが、それがグループ名には結びついても、赤城花音の個人名に結びつくかはまだ疑問だと考えた方がいいかもしれない。
「じょじょに知名度は上がっているとは思いますが、いろいろと微妙ですね」
個人名が有名になるのはありがたいが、グループとしてみると、あまり突出するのもメリットばかりではなくなってくる。この世界、メリットはデメリットでもあり、痛し痒しというところだ。
「それでも、花音の歌が、人々に和をもたらすことは間違いないはずです」
キーボードに打ち込んだ言葉を、リュート・アコーディアは知らず知らず口ずさんでいた。別にメロディはついてはいないが、それが彼にとっての歌なのかもしれない。
今後、大規模な戦いの場面などでは、魔法使いを始めとする味方の連動がますます重要となってくるだろう。そういう場面で、個人が思い思いの行動をとっていてはまとまりがない。これからの敵は、きっちりとそこを突いてもくるだろう。
だとすれば、それを補う物はなんであろうか。
それが歌だと、リュート・アコーディアは確信していた。
リズムが皆のタイミングを合わせ、歌詞がその意志を一つにする。その要の存在に赤城花音になってほしかった。
小ババ様の歌に合わせてだんだんと軽快にキーボードを叩いていきながら、リュート・アコーディアは知らず知らずのうちに赤城花音の持ち歌を口ずさんでいた。
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