イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

パラミタ自由研究

リアクション公開中!

パラミタ自由研究

リアクション

 
    ★    ★    ★
 
「よし、次はここだ」
「ふふふふ、腕がなるのだ」
 コキコキと首や肩の関節をならしながら、トゥトゥ・アンクアメンが犬養進一とともに研究室へずかずかと入っていった。今回、他人の自由研究に対して一言口出しをして手伝う?というのが彼らの自由研究である。
「オーなんですか、あなたターチ」
 突然のお邪魔虫に、中にいたアーサー・レイス(あーさー・れいす)がちょっと顔を顰めた。
「まだ試食会の準備はできていまセーン。気が早すぎマース」
 ずらりとならんだ無数の寸胴鍋や、数々の怪しいスパイス類を前にしてアーサー・レイスが言った。
 そこにあるペットボトルには、『ザンスカールの森の精 ざんすか(ざんすかーるのもりのせい・ざんすか)の出汁』とか『ツァンダの町の精 つぁんだ(つぁんだのまちのせい・つぁんだ)の出汁』とかのラベルが貼ってある。ちなみに、最近の世界情勢から、ざんすかの出汁は多少活きが悪くなったらしいので、新しい出汁の開発に積極的だ。
 他にも、何やら怪しい名前の出汁がたくさんある。
「ふっ、スパイスが足りぬな。余の黄金期の王宮の品揃えと比べて、なんと陳腐なことよ」
「シーット!!」
 トゥトゥ・アンクアメンにあっさりと未熟者扱いされて、アーサー・レイスが声を荒げた。
「確かに、バリエーション豊かのように見えて意外とワンパターンだな」
 犬養進一が同意する。
「そんなことはありまセーン。確かに、地祇カレーは我が輩オリジナルの特許出願中カレーデース。リン・ダージ(りん・だーじ)さんも絶賛の逸品なのデース。ですが、我が輩のカレーはそれだけではありまセーン」
 そう言うと、アーサー・レイスが研究室の壁のボタンを押した。
 バタパタパタと部屋を仕切っていたパーティションが開いていく。そこに現れた続きの間には、ずらりと火にかかったカレー鍋がならんでいた。
「これは、ヒラニプラの闇市で買った黒蓮の粉末を混ぜた暗黒カレーデース。その隣には、パラミタ内海のイカスミを混ぜたイカスミカレーがありマース」
 ぐつぐつと怪しく音をたてる鍋を、アーサー・レイスが犬養進一たちに順に紹介していった。
「これは、ドラゴンの肉を使ったドラゴンカレーデース」
「そんな珍しい物を……」
 よく手に入れたものだと犬養進一が言った。
「ふっ、キャラクエを※※回……なんでもありまセーン」
「これは、パラミタオオヒツジの肉を使ったマトンカレーデース。とりたてデース」
 次々にアーサー・レイスが他のカレーも紹介していく。
「フォンドボーを使ったイギリスカレー、日本の海軍カレー、タンドリーチキンを使ったホワイトカレー、タイのグリーンカレー、メガネカレー、日堂真宵カレー、聖書カレー、スライムカレー、ティーカップパンダカレー、フラワシカレー、アリスカレー、獣人カレー、着ぐるみカレー、雪だるまカレー、ギャザリングヘクスカレー、仮面カレー、巨大クラゲカレー、七草カレー、餅カレー、イコンの破片カレー、高分子ポリマーカレー、それからそれから……」
 もの凄く危ない物も混じっているような気もするが、アーサー・レイスの場合、たいていは出汁なので猟奇的なことにはならない……と信じたい。
「ちょっと待て、高分子ポリマーカレーなんか、すでに個体だぞ。食えるか!」
「うむ、さすがに無理ではあるな」
 だんだんと食べ物ですらなくなっていくカレーに、さすがに犬養進一とトゥトゥ・アンクアメンも絶句しだした。
「無理なことはありまセーン。さあ、食べていただきマース」
 紹介は終わったので、今度は試食だと、アーサー・レイスが犬養進一たちに迫った。
「無理だと言ってるだろ」
「ですから、無理にでも食べていただきマース」
 逃げようとする犬養進一たちを見て、アーサー・レイスがなぜか天井から垂れ下がっていた紐を引っぱった。とたんに、上から落ちてきた檻が犬養進一たちを閉じ込める。
「いつの間にこんなトラップを……」
「さあ、試食デース」
 唖然とする犬養進一たちに、カレー皿を持ったアーサー・レイスが迫った。
 
    ★    ★    ★
 
「こばー」
「あらあら、小ババ様、いらっしゃいませ」
 一通りお歌を楽しんでお腹が空いた小ババ様を、宿り樹に果実で ミリア・フォレスト(みりあ・ふぉれすと)が出迎えた。
「おや、小ババ様じゃないですか。ちょうどよかった。ミリアさん、小ババ様にアイスを一つお願いします」
 笹野朔夜が、小ババ様を自分のテーブルに招いた。
「こばー♪」
 アイスという言葉に躊躇なく反応した小ババ様が、笹野朔夜のテーブルの上に乗っかった。
「はい、御注文のアイスです」
 ほどなくして、ミリア・フォレストが小ババ様専用のスプーンとアイスを持ってくる。
「こばばばこーば」
 いただきまーすと、小ババ様が遠慮なくアイスを食べ始めた。
「ビデオ撮ってもいいですか? アンネリーゼさんに頼まれているんです」
 一応断ってから、笹野朔夜が銃型ハンドヘルドコンピュータのCCDカメラを小ババ様にむけた。もちろん、アイスに夢中な小ババ様は、だめと返事する暇もない。
 そのとき、バンと宿り樹に果実のドアが勢いよく開き、アンネリーゼ・イェーガーが現れた。
「見つけましたわ。やっとですわ……」
 どこをどうしたのか、結構ぼろぼろで肩で息をしている。どうやら、ここへ来るまでに、偶然イルミンスールの通路変化に巻き込まれてあちこち彷徨ったらしい。
「きゃー、ほんとに、そっくり、ほんとにちっちゃーい!」
「こ、こばばば!?」
 だきしめ潰しかねない勢いで迫ってくるアンネリーゼ・イェーガーに、思わず小ババ様が逃げだそうとした。
「あ、大丈夫ですから。アンネリーゼさん、どうどうどう」
 腕を突っ張ってアンネリーゼ・イェーガーの突進を阻止しながら、笹野朔夜が小ババ様に呼びかけた。すかさず、食べかけのシャンバラ山羊のミルクアイスを小ババ様の方に寄せる。効果は絶大で、小ババ様は再びアイスに夢中になった。
「メモとか、カメラとかならもう用意してありますから、落ち着いて観察してくださいね」
「はーいですわ」
 笹野朔夜に釘を刺されて、落ち着きを取り戻したアンネリーゼ・イェーガーはキラキラした目で小ババ様を観察し始めた。
 
    ★    ★    ★
 
「そして、ブロンズ魔鎧だった主人公たちは、シルバー魔鎧を倒し、十二星華のゴールド魔鎧と戦い、あるいは手を取り合って、ついにはゴッド魔鎧の高みに達したのでした。めでたし、めでたし。終わり……。ああ、なんて素晴らしい物語なんですの。うっとりですの」
 読み終わった本をパタンと閉じて、エイム・ブラッドベリーがうっとりとした顔をした。
 いったい、なんの本を読んでいたのだろうか。どうも、マジケットで売られていた薄い本のようではあるが……。
「とにかく、これでやっと読書感想文が書けますの。ええと、出だしは、そうですの……『面白かったですの』と……」
 いや、出だしから終わってしまっているのだが、大丈夫であろうか、
 犬養進一たちから逃げだしてきた赤城花音が、魔法と音楽の資料を探してエイム・ブラッドベリーの後ろを通りすぎていった。
「あら、あなた魔鎧よね、よかったらお話聞かせてほしいんだもん」
 ちまちまと感想文を書き進めているエイム・ブラッドベリーの前に、朝野 未沙(あさの・みさ)が現れた。
「なんですの?」
 ちょっときょとんとしたように、エイム・ブラッドベリーが聞き返した。
「よいしょっと」
 自分のノートを広げて、朝野未沙がエイム・ブラッドベリーの前に陣どる。
「今、魔鎧のことを調べてるんだよ」
「まあ」
 どんなことを調べているのだろうと、ちょっとエイム・ブラッドベリーが興味を持つ。
「単刀直入に聞くよ。赤ちゃんってどうやって作るの?」
「あ……う……」
 いきなり予想もしていなかったことをドストレートに聞かれて、エイム・ブラッドベリーが口をパクパクさせて真っ赤になった。
「い、言えるわけないですのぉ!!」
 思わず大声を出してしまってから、エイム・ブラッドベリーは周囲の目を気にして縮こまった。
 朝野未沙の方は、そんな反応も楽しんでいるようで少しも動じていない。これはあくまでも学術的な調査なのだ。決して趣味丸出しではない。多分……。
「機晶姫だってちゃんと赤ちゃんができるんだから、魔鎧だって子供を作れると思っているんだもん。それはそれで大した問題じゃないんだけど、問題はお腹の中の子供なんだよ。だって、あなたたちって、人間の姿から、鎧に変身できるわけでしょ。だとしたら、そのとき、赤ちゃんはどうなっちゃうの? それとも、妊娠中は変身できなくなるとか……。今日は、そのへんをきっちりと聞きたいんだもん。あっ、もちろん、ちゃんとレポートとして提出するんだもん」
 ちなみに、朝野未沙の提出先は薔薇の学舎である。なんだか、いろいろと突っ込みたいところだが、エイム・ブラッドベリーの頭の中はとてもそれどころではなかった。
「妊娠したことなんかないから分かりませんの!」
「じゃ、その前の話をいろいろと……」
 逃げだそうとするエイム・ブラッドベリーの手をがっしりとつかんで朝野未沙が聞いた。
「私たちは、この身体が変化するのではなくて、この魂が鎧になるんですの。多分、赤ちゃんがいても一緒にいったん魂に還ってから一緒に鎧の一部になると思うですの」
 それだけ言うと、エイム・ブラッドベリーが朝野未沙の手を振りほどいて逃げて行った。
「ああ、逃げられちゃったんだもん。まあいいかあ、面白い話も聞けたし、ちょっと面白かったしぃ……」
 小指を下唇にそっと押しあてながら、朝野未沙はふっと微笑んだ。