校長室
【空京万博】海の家ライフ
リアクション公開中!
その頃、浜辺には南大路 カイ(みなみおおじ・かい)と伊藤 若冲(いとう・じゃくちゅう)の姿があった。 傍から見ると、水着をつけた若冲と、その横におすわりする麦わら帽子を被った白い北海道県のカイは、海辺に散歩にきた少年とその犬。にしか見えない。 「未散さんのお手伝いもラクじゃないですねー。カイさん? あれ? 何か疲れています?」 朱里に「コレとか似合うんじゃない?」と被らされた麦わら帽子を潮風に揺らすカイが若冲を見て、犬らしからぬ溜息をつく。 「私はどっと疲れた。獣化したためかどうかは知らぬが、体を触られ過ぎたのだよ」 「……で、でも、そのお陰でほら、コンテストは大賑わいですし、参加者も結構集まったみたいですよ?」 「私のお陰というか、キミの画力ではないのか?」 画家の腕を生かし、事前にコンテストのポスターや宣伝用のHPを作製した若冲の力だとカイは言う。 衿栖にコンテストの勧誘と集客及び宣伝を頼まれた時、カイは難色を示した。 「私はそういうのは苦手でな……。なに? とりあえずついて行けばいいのか?」 そこで、ペアを組んだのが騒々しくも陽気な若冲であった。 そんな少し昔を思い出しながらカイが若冲に礼を述べる。 「キミの話術や交渉術があってのコンテスト成功だろう?」 「フッ……しかし、オレの真なる目的は果たせないままでしたね」 「ん? 真なる目的とは?」 「あ!? いえ……何でもないです」 若冲は、自作のコンテスト開催のポスターを掲げつつ、カイと一緒に朝から飛び入り参加者を勧誘(という名のナンパ)していた。 興味を持ってくれそうな女の子を見つけると。 「君! かわいいねー!? ミスコンとか興味ないですかー!? ついでに個人的にオレの絵のモデルなんかもしてくれると嬉しいな〜。え? そんな、いきなりヌードなんてやらないよ!!」 と、いうノリでナンパしまくっていたのだ。 最も、女性が嫌がる素振りを見せても尚しつこく食い下がるナンパ師は、ライフセーバーや掃除屋といった、若冲にとっては忌むべき者達により撃退されている様子も知っていたので、対応は極力ソフトに行い、何とか危うい目に合うのを避けられていた。 そのソフトさの演出のために、若冲が最大限用いたのがカイである。 「は? 何、ナンパとかチョーウザイんですけど!!」 と、水着女子に渋られた若冲は、直ぐ様傍のカイをこれみよがしに見せつけていた。 「カイー、君はどう思う? この子、可愛いよねー?」 「(む、な、なぜそこで私に話を振る!?)」 若冲に突如話を振られたカイが困惑するも……。 「あ、犬ーー!!」 極稀に犬嫌いや犬アレルギーな女子もいるが、そもそも純白の北海道犬であるカイに食いつく女子は多かった。「女の子は可愛いものやもふもふ大好きですからね」とした若冲の読みは当たっていた。 「もふもふもふ……可愛いーー!! この子、貴方の犬?」 もふもふされている間、衿栖の言いつけ通りキチンと大人しく固まるカイ。 「知り合いの犬を預かってるんです。ですが……」 若冲が途端に暗い顔をして、女子が不思議がる。 「その知り合い……実は難病に倒れていまして」 「まぁ……」 若冲が苦笑する。 「もう命短いその子の願いが、是非若冲の描く水着姿の女子の絵が見たいわ……というものなんです。だけど、ただの水着を着た子じゃ、画家としてオレのプライドが許さない! ミスコンに出て、優勝し、煌めく一瞬を描く!! 画家とは、物体を描く者じゃない! 時間を切り取る者でなければならないんですよ!!!」 「そう……何か、壮大なお話ね」 黒縁のお洒落眼鏡を一旦外し、目元を拭う若冲。 「ええ。ですから……是非オレの……」 「じゃあ、あたしがこの犬引きとってあげるわ!!」 「え? ……えーと、じゃあこの犬、カイさんをあげますから、オレの絵のモデルに!!」 合法的に水着女子とお近づきになれるカイが羨ましい、と若冲がジェラシーを燃やす。 「やだ」 「……」 至近距離で行われる自分の身売り話を聞かされたカイが、うんざりした顔で若冲を見上げていた。 「ところで、先刻の話だが衿栖はいつ病気になったのだ? 今朝も普通に食事していたし、長い朝風呂の後も念入りに髪をといていたぞ?」 カイが聞くと、若冲が慌てる。 「そ、それが病気なのです!!」 「む? そ、そうなのか?」 「うわ若き女子が身だしなみに気を使い始める症状……それは病なのです」 心の中で「恋の」と呟く若冲。 「……衿栖……そうか。では明日にでも私が病院へ運んでやらねばな」 未だ生き別れになった妻と息子、娘を探しているのもあるためか、責任感のある顔でカイが言う。 カイは翌日の朝一番、今日の疲れで半眠りな衿栖を本気で病院に連れていこうとして朱里が止める羽目になった。尚、衿栖が朝から気合を入れていた理由は、まもなく判明する。 話はミスコン会場に戻る。 最後に壇上にあがったミスコンの候補者、エントリーナンバー7は、落ち着いた紺色の浴衣と象牙の櫛で妖艶な大和撫子風味にコーディネートされた妙齢の女性であった。 「友美さん。貴女はそのひたむきな頑張り屋であるところが最大の武器です。いいですか? それは他の人より優れた貴女の長所なんです。何が起ころうともそれは忘れないで下さい」 女は握り拳を作り、先程まで彼女の傍で着付けやアドバイスを行なってくれた者のそんな言葉を思い出す。 「(私、やるわ……見ていて頂戴、ささら! そして……)」 と、瞳を客席に落とす。 そこには、女を見つめる変熊仮面の姿があった。 「エントリーナンバー7は、天御柱学院の教師であり、トモミンの愛称を持つ小谷友美先生です!!」 大人の色香を前面に押し出した友美の浴衣に、ミナギがハッとする。 「(あの浴衣、どこかで……そ、そうだわ!! ささら。これはささらの仕業ね。あたしのコーディネートを断ったくせにぃ〜〜〜!!)」 歯ぎしりするミナギ。玲は相変わらず、何かを咀嚼している。 「さぁ、この中に21点の壁を超える候補者は果たしているのでしょうか!!」 ジークフリートが叫び、コンテストはいよいよ最終章を迎える。 「30台に足をかけた女子に興味はない」との言葉を残し、会場のトイレに向かったのはシンであった。この暑さのためか、既に3本のペットボトルを飲み干していた彼の体は急速にその排出を訴えたのだ。 「太陽など、家の窓枠つき以外じゃ久しく見ていなかったからな……ん?」 海水浴場特有の簡素なトイレの表では、壁を背にしたトーガ姿の男が、金髪を後ろで束ねた女に何やら迫られているのが見える。 「(男装の麗人みたいな女だな。……だが、俺の趣味ではない)」 トイレへと進むシンが、今出てきたナガンとすれ違う。 「(? アイツ……女が何故、男子トイレに?)」 性別が女になった事に今一馴染んでないナガンは、その立ち振る舞いは未だ微妙に男を残している。 「暑いなぁ…‥ったく」 と、胸の晒をたくし上げポリポリと掻く。 「(ブッ……)」 シンがそれを見てしまい、慌てて顔を背ける。 「んー?……あ……」 シンの視線を追ったナガンにできる、微妙な間。 「ウェル―!! 早くーー!! 泳ぐんでしょーー?」 遠くで呼ぶ梓の声にナガンが晒を直しながら駆けていく。 「(くっ……一般人如きに何を見とれていたんだ。俺は!! それより早くトイレに……)」 さしたる意味はなく、トイレに急ぐシンであった。 「セルシウスさん。本当に責任を取らないおつもりなんですか?」 「ささらと言ったな、貴公……責任とは一体?」 「忘れてしまったんですか? この間、酒場で酔った勢いでワタシを押し倒した事を!」 と、ささらがセルシウスの胸に顔を埋める。 「なっ……何ィィ!!!」 ささらが目にこっそり目薬を入れつつ、セルシウスに向き直る。 「でも、誘ったワタシにも責任はあります。だからワタシのお願い、聞いて貰えます? 大した事じゃありません。コンテストに一つ、項目を加えて欲しいだけなのです」 「くっ……一体、記憶を無くす前の私という者はどういう人物だったのだ!?」 苦悩するセルシウスは、ささらの囁いた提案に渋々頷く。 ささらが去った後、セルシウスは呆然と太陽を見つめていた。 トイレから出てきたシンが声をかける。 「よう。久しぶりだな、セルシウス?」 「貴公!! そうだ、私は貴公やその隣にいた巨漢の男に、見覚えがあるのだ!」 「ん?」 ガシリとシンの肩を掴んだセルシウスが必死の表情を見せる。 「教えてくれ!! 私は一体何者なのだ?」 「セルシウス……お前はお前だ」 「それでは、答えに……」 なってない、と言おうとした彼に、シンがビシリと指を突きつける。 「それよりも!! お前にはまずなすべき事があるんじゃないか? ミスコンの審査員として……そして、アイドルと名のつく少女達を片っ端から応援するっていうな!!」 「!!」 その時、ミスコン会場から、主に男性を中心とする野太い歓声が上がる。 「何だ?」 シンが会場を見つめる中、セルシウスが頭を抱える。 「貴公のお陰で決心がついた。過去の私と……戦いに行かねばな……」 「過去だと?」 「ああ、私はランジェリーラボというとんでもないシロモノをかつて設計したらしい」 その頃。客足がやや減った海の家では、レイスが『本日、売り切れ』という札を、働き続けた戦友であるかき氷機にペタリと貼っていた。 「さすがに、昼間の忙しさが嘘のようですねえ……今度は、ゆっくりできると良いですねぇ」 そう呟いたのは、海の家の奥で美鈴に冷たいタオルを額に載せられ横になる翡翠である。 「あれほど言いましたのに……心配かけすぎですわ」 翡翠を介抱する美鈴が呟く。 「本当。最後の片付けの時に倒れるなんて、情けないです」 申し訳なさそうな表情を浮かべる翡翠に、美鈴が微笑む。 「ふふ。マスターは優しいですから、自分より皆の事優先したのですよね? きっと」 「まったくだ」 翡翠に代わり、片付けをしていたレイスが不満気に言う。氷売り切れと同時にいきなり倒れた翡翠を受け止めたのは彼である。 「せっかくの海なのに、遊べる時間なかったしな〜。こいつは真面目だから、たまには息抜きしても良いと思うんだがな」 溜息をつくレイス。 「でも、そこがマスターの良いところだ、とも思っていますでしょう?」 美鈴にそう言われて「ふん……」とそっぽを向くレイス。 「さて……もう大丈夫ですよ。だいぶ楽になりましたから」 微笑んだ翡翠が起き上がろうとするのを、レイスが慌てて止める。 「寝てろ」 「え? でも、片付けが……」 「いいから! 俺がやるって言ってるんだぜ? たまには人の好意に甘えるって事をしろよな」 レイスと翡翠の問答を、微笑ましく見守っていた美鈴がふと空を見上げる。 「今日もあっという間に終わっていった気がしますね……」 空の青色に橙色が滲んでいく様子を、美鈴は名残惜しそうに見つめるのであった。