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リアクション
6
セレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)とセレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)は、建物の構造全てを把握していたため、ほとんど使われていない部屋やボイラー室、倉庫の類まで全て鍵を開けて見て行った。
「あたしが受刑者で脱獄するつもりなら、このチャンスを逃さないわ」
「同感ね。少しでも賢い奴なら、追っ手がかかると考えるわ」
「時間を惜しんでさっさと逃げるってこともあるんじゃない?」
「セレンなら?」
「あたし? ――そうね、追っ手が来たらギタギタに熨してやるわ」
「じゃ、当然、行き先は一つね」
二人は頷き合い、廊下を駆け出した。煙が流れてくる方向とは逆――つまり、受刑者がいるはずのない場所、武器庫へ。
案の定、男たちが四〜五人、鍵を開けようと扉を叩いていた。どうやらセキュリティシステムは無事らしく、彼らの前に門を開くことはなかった。
「こら、あんたたち!」
セレンが怒鳴ると、受刑者たちは一斉に振り返った。セレアナはこめかみを揉みながら嘆息した。声などかけずに後ろから一人か二人気絶させれば、楽なものを。
「ちょうどいいや。おい、この輪っかとドア、開けろや」
男の一人が顎を上げ、緊箍を指差した。
「そんなことできるわけないでしょ。とにかく、火事なんだからとっとと逃げなさいよね!」
「こっちは燃えてねーだろ。大体所長がせっかく『逃げてくださいね〜』って言ってくれてるんだから、こりゃ土産の一つでも持ってかねーとな」
「開けられねーなら、お前らの武器、寄越しな」
男たちは鉄パイプを手にしている。どこかの部屋で引き千切ったのだろう。それを見たセレンは、顔をしかめた。
「何てことするのよ。修理代が余計にかかるじゃない!」
「セレン、そんなこと言ってる場合じゃ――」
男が鉄パイプを振り上げた。セレンは瞬き一つせず、その軌道を見切った。――つもりだった。
パイプの先端がチャックに引っ掛かり、勢い余って制服が破れる。普段は水着姿のため、布一枚分、距離を見誤ったらしい。
「何すんのよ!」
「へっ、こりゃいいもんを拝ませてもらったぜ」
「どうせなら、その下着も脱いだらどうだい、お嬢ちゃん?」
「言ったわね! これは下着じゃないわ、水着よ!!」
そこじゃない、そこじゃないだろうとセレアナはツッコミたかったが、その暇はなかった。
更に襲ってくる男たちに、セレンの【ミラージュ】が発動。男たちの目に、半裸のセレンが幾人も映る。鉄パイプが床を力いっぱい叩き、勢いで跳ね返った。
その瞬間、セレアナの【チェインスマイト】が炸裂した。鳩尾を突かれた二人が吹っ飛ぶ。
「このアマ!」
更に二人が襲い掛かってくる。セレンは【女王の加護】で防御力を上げ、二人の間に飛び込んだ。両腕を広げ、【サイコキネシス】を二人の顎に突き付ける。ドンッ、という衝撃と共に男たちは壁に叩きつけられた。
残る一人がセレンの頭目掛けて鉄パイプを振り下ろした。セレアナの【バニッシュ】が男を襲う。
「うぉう!」
倒れた男の背中を踏みつけ、セレンは言った。
「……で? 何か言うことは?」
「な、何も……助けて……」
「よろしい」
今日は何も壊さなかったことにホッとしているセレアナであった。
ブルタ・バルチャは、ガッシャガッシャと音を立てながら走っていた――傍からは左右に揺れているように見えたが。
彼の掴んでいる情報では、火元は特別房と懲罰房、そして独房ということだったが、独房には別の人間が行っているはずだった。それを信じて特別房へ向かった。
おそらくこれは、アイザックとウィリアムを脱獄させる何者かの仕業だろう。面会人が何かしたのだろうか? しかし、高峰 結和が嘘をついているとは思えなかった。もっとも、彼女自身は何も知らず、利用されている可能性はある。
「待って待って!」
女子房の方から、柳玄 氷藍が飛び出してきた。
「なぜ、こんなところに?」
この時間、女子房には誰もいないはずだった。全員、何かしらの作業で出ている予定だ。
「先生を探していたんだ」
「ボク?」
氷藍はブルタにぴたりと寄り添った。
「???」
「……俺、大したことはしてないんだ。本当だよ。ここにぶち込まれるなんて、おかしいよ。間違ってる」
「そんなこと言われても」
「先生はジャスティシアなんだろ? 正しい判決してくれよ……ね、お・ね・が・い」
氷藍は片手でボタンを外し、ズボンを下ろした。
「え!?」
「もし聞いてくれたら、俺、何でもしてあげるから……」
「カアッツ!」
氷藍の頭上から、衝撃が降ってきた。べちゃり、と蛙のように潰れて動かなくなる。
「あ、危なかった……」
危うく、誘惑に負けるところだった。ブルタは額の汗を拭おうとし、そんなものは流れないことを思い出した。
「仕方がないな……」
特別房のことは気になるが、気絶した氷藍を置いていくわけにはいかない。ブルタは氷藍の小さな体をひょいと担ぎ、建物の外へ向かって再び体を揺らし始めた。
建物から出た受刑者たちは、正門へと殺到した。この新棟の構造上最大の欠点は、出入り口が一ヶ所しかないことだ。
「そこをどくのだ!!」
屋良 黎明華が叫んだ。はかなげな外見も、こういう時には役に立たない。誰も動こうとしないので、隣の受刑者を蹴飛ばした。
「譲ってくれたら、黄金色の菓子を後でやるぞ!」
フィーア・四条が怒鳴った。この言葉も効果はなかったが、フィーアの下半身を見て何人かが凍りついた隙に、さっと前へ進み出た。
それを見た他の受刑者も、我先にと走り出し、さながら砂糖に群がる蟻のようであった。
「落ち着きなさい!!」
ガートルード・ハーレックの声が【警告】として鳴り響いた。
「一人ずつ出れば大丈夫ですわ」
八塚 くららの言葉に、クソガキ、と誰かが言った。
「早くしねえと火が来たらどうすんだ!」
「アタイら殺す気!?」
「そうだ! 外に出るには橋を渡るしかないんだぞ!」
「それもそうですわね」
くららは頷き、「ちょっと失礼」と言うなり、受刑者の間を縫って、一人正門から外へ出た。体の小さなくららだからこそ、出来る技だ。ずりぃぞ! と怒声が響く。
くららはそれを無視し、跳ね橋の上から【氷術】を使った。
たちまち、堀の上に氷が張られていく。くららはひょいと飛び移り、ぴょんぴょんとその上で跳ね上がった。
「ここも通れますわ。安心して、ゆっくり外へ出てください」
受刑者たちは顔を見合わせていたが、やがて雪崩を打って正門から飛び出していった。
他の受刑者たちが正門へ向かっている中、高崎 悠司は建物の裏にいた。塀を見上げていると、
「やめておけ。感電死するかもしれんぞ」
と頭上から声がした。
「……もういないと思ったのにな」
「おまえのような不埒な輩がおるのでな。どうせ出るなら、きっちり務めを果たして正門から出るのがよかろう」
夏侯 淵(かこう・えん)が、監視塔の上でにやりと笑う。
「あー、了解了解。降参降参」
悠司は両手を上げて、反抗の意思がないことを示した。
淵が監視塔から飛び降り、レーザーナギナタを突き付けた。
「物分かりがいいな。何か企んでおるのか?」
「まさかー。あんた少し、疑い深いんじゃないか? 職業病?」
「かもしれん。まあ、潔い奴は嫌いではない」
すっとナギナタを下ろした瞬間、悠司の足が大きく動いた。ナギナタの石突を足の裏で蹴る。まだ地面についていなかったナギナタはくるりと大きく回転し、体の小さな淵は制御しきれずに転んでしまった。
その隙に塀に走り出した悠司だったが、背後に恐ろしげな唸り声と地響きを聞いて、恐る恐る振り返った。
汚れた顎を手の甲で擦りながら、淵が睨んでいる。そしてその両側に、ウェンディゴとフェニックスの姿があった。
「おいおい、火事の真っ最中に、フェニックスなんか召喚するかあ?」
「黙れ小僧! 俺をちみっ子だと思って侮ったな!」
「言ってない言ってない」
「かくなる上は、魔石に封印してくれるわ!!」
フェニックスに負けないほどに燃えた両目を見て、こりゃ駄目だと悠司は思った。大人しく封じられる方が楽かもしれない。
その時、スピーカーから世 羅儀の声が響いた。
『連絡する! 空京爆破犯、アイザック・ストーンとウィリアム・ニコルソンが脱獄した! 繰り返す! 空京爆破犯――』
「何だと!?」
驚いた淵は、スピーカーを見上げた。――その瞬間だった。
後頭部に鈍い衝撃を感じた。体中の力が抜け、自分の視線がどんどん下がっていくのを他人事のように感じていた。スピーカーから塀の上、悠司の頭、そして彼の足元――ブラックアウト。
「高崎悠司!?」
召喚獣の叫び声を聞いて駆け付けた叶 白竜が、愕然となる。
「なぜここに!?」
「助けが来たんでね」
特別房でアイザックとウィリアムを逃がしたゲドー・ジャドウは、ついでに懲罰房にいた悠司の扉を開けてくれた。更についでに、緊箍も外してくれたのだった。
緊箍さえなければ、スキルが使える。フラワシを呼び出し、そして。
「悪いな、白竜!」
白竜の目の前に、幾人もの悠司が現れる。【ミラージュ】だ。その幻影が消えた時、【隠れ身】を使った本物の高崎悠司も、このシャンバラ刑務所・新棟から姿を消していた。
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