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リアクション
【三章】
「――ふむ。だいぶ派手なことになってきましたね」
巨大な蜘蛛とそれに立ち向かう生徒たちを、エッツェル・アザトース(えっつぇる・あざとーす)は遠目から見つめていた。
彼も毒蜘蛛に捕まった生徒のひとりだ。
しかし、持ち前の強い毒耐性により、毒蜘蛛の幻覚に惑わされることなく、早々に蜘蛛の糸からも逃げ出している。
現在は、必死に抗っている生徒たちを、遠くから見守る傍観者となっていた。
「しかし、観客としてはもう少し、強烈な展開が見たいところですね」
そう言いながらエッツェルは、ニヤリと怪しげな笑みを浮かべた。いっそ自分もあの乱戦に混じろうかなどという考えも浮かぶ。
しかし、すぐにやめようという結論に至った。
「焦ることはないでしょう。まだ幻惑に捕らえられている者は多い。気長に待たせていただきましょう」
そう言いながら、エッツェルはフフフっとふたたび怪しげに笑った。
「さてさて、……どうなることやら」
■■■
「……うーむ。やはり妙じゃのぉ」
ピコンと頭に生えた狐耳を動かしながら、十六夜 白夜(いざよい・はくや)は顔をしかめた。
「何が妙なの、ハク?」
そんな白夜に、イリス・クェイン(いりす・くぇいん)が声をかけた。イリスのほうを向き、白夜は真剣な表情で告げる。
「この館、初老の男が一人で住むにはちと広すぎるとは思わんか? この準備のよさといい、話ができすぎている気がするのじゃ」
「うん……確かに、言われてみればそうね」
白夜の違和感にイリスも頷く。彼女も白夜と似たような違和感は抱いていたのだ。
「それに今、『超感覚』で館内を調べてみたのじゃが、どうにもはっきりせん。なにやら、まやかしのような気配を感じるのじゃ」
「ふぅん……ま、ここで考えていてもしょうがないわよね」
「ん? どうするつもりじゃ?」
「決まってるじゃない。本人に直接、真相を聞くのよ」
そう言って不敵に笑うと、イリスは真っ直ぐに歩き出した。その先には、この館の主である初老の紳士がいた。
「おや? いかがなさいましたかな、クェイン様?」
「いえ、少しお話を聞きたいことがあるんです」
「ほう? それはなんでしょうか?」
そう紳士が尋ね返してくる。瞬間、妙な感覚がイリスを襲った。何も疑問などないという考えに、無理やり自分の意思が捻じ曲がっていく感覚。
だが、イリスはそれを強い意思ではじき返した。
「――っ、あなた一体何者? 正体を現しなさい!」
ブンッと杖を振り下ろし、紳士へと攻撃する。しかし、紳士はそれを後ろに跳んでかわした。
すぐに追撃しようとイリスは杖を構える。
しかし、その一瞬で、紳士の姿はその場からすっかり消えてしまっていた。
「……ちっ、逃がしたわね」
舌打ちすると、イリスは逃がさないと小さく呟き、白夜のもとへと戻っていった。
「――忍よ。おまえ、私たちがどのようにしてこの館に来たか覚えておるか?」
突然、相棒の織田 信長(おだ・のぶなが)からそんな質問をされ、桜葉 忍(さくらば・しのぶ)は「えっ?」と声を漏らした。
「どうしたんだ、突然?」
「うむ。なにやら先ほどから、嫌な胸騒ぎがしていてな」
そう真剣な顔で信長は呟く。その気迫に圧され、忍は改めて館へどうやってきたかを思い出そうとした。だが、
「えーっと、確か……歩いてきた、んだっけ?」
自分でそういいながら、忍は何か違和感を抱いた。自分の記憶に確信が持てない。『歩いてきたような気がする』程度の感覚だ。
「あ、あれ? なんか、はっきりしないな」
「ふむ、やはりか。……よし! 忍、一緒にこの館を調べるぞ。どうやら、この館には、何かあるらしい」
そう信長は確信を持って告げる。忍も異議なしと頷いた。
「うん。それじゃあ、とりあえず、今俺たちのおかれた状況を確認しよう。ええっと、今は何時……あれ?」
忍が携帯を取り出し、時間を確認しようとしたときだった。あることに気づいた。
「……時計が止まってる」
携帯のディスプレイに表示されている時間が変わらない。ずっと同じ時間で止まっていた。
「これってもしかして……」
「うむ。どうやら、この世界自体がなにやらおかしいようじゃな」
謎の核心に迫り、二人は互いの顔を見つめて頷きあった。
多くの生徒たちが、紳士からの歓迎を受け入れ、パーティーを楽しんでいる。そんな中、喧騒から離れた一角で、イーオン・アルカヌム(いーおん・あるかぬむ)はひとり思考していた。
(……おかしい。なんだ、この世界は?)
イーオンはひと目でこの館の異常性に気がついていた。だが、これと言って確証があるわけではない。あくまで勘だ。
そこで、彼は注意深く、他の生徒たちと会話する件の紳士を観察していた。
(俺たちを騙している……それは確かだ。だが何故?)
紳士が何かしらの秘密を持ち、そのために自分たちを騙していると、イーオンは感じていた。だが、あの初老の紳士が自分たちを騙す理由がわからなかった。
(時間稼ぎにしては、余裕がありすぎる。必死に俺たちを足止めしているような感じもしないな)
イーオンは一歩も動くことなく、思考をまとめていく。そんなイーオンを遠目から見つめ、フィーネ・クラヴィス(ふぃーね・くらびす)は呑気に紅茶をすすっていた。
「……まったく、ホント律儀なヤツなんだから」
少しぐらいパーティーを楽しんでもいいのにと、フィーネは心の中で生真面目なイーオンに呆れていた。
「まぁ、この様子なら、すぐ何とかしてくれそうね」
そんなことをひとりボソッと呟き、安堵の笑みを浮かべた。口でこそ、ひねくれたことを言っているが、彼女はイーオンのことを信頼している。だからこそ、自分はのんびりとしているのだ。
そうこうしているうちに、イーオンが顔を上げた。
(まあ、幻覚と考えるのが妥当か)
そう結論付けると、イーオンは自分の手のひらを見つめた。
この世界が幻覚ならば、一番手っ取り早く戻る方法がある。それを思いつき、イーオンはハァーっと深くため息をついた。
「……我ながら情けない」
そう呟き、イーオンは渾身のサンダーブラストを放つ――自身の頭部にめがけて。
一瞬で雷撃がイーオンの頭蓋を蒸発させ、イーオンはこの世界から消滅した。
ラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)は、分厚い日記を片手に困り果てていた。
後天的解離性健忘をわずらう彼は、一日ごとに記憶が白紙に戻る。そんな彼は、自分の記憶の代わりに、日記という外部記憶に頼っていた。
しかし今、彼のいる館について、日記には何も書かれていなかった。
おかげで、何故自分がここにいるのかなど、さっぱりわからない状態でどうしたものかと、立ち往生している。
「……お! いたいた! おい、シュリュズベリィ!」
そうしていると、声がかかり、ラムズは声のしたほうを向く。そこにはシュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)が立っていた。ボロ切れを着た普通の手足を持つ少女――そんな手記を見て、ラムズは違和感を抱いた。
「……? 手記、か?」
「何じゃ、我のことまで忘れたのか?」
不満げに手記は、頬を膨らませる。
だが、ラムズの違和感は消えなかった。何かおかしい。
「手記……これは現実ですか?」
「はぁ? 何を呆けた事を。現実に決まっておるじゃろうが。そんな事よ……」
そんなことよりと続こうとした手記の言葉は、砕ける花瓶の破砕音でかき消された。
手記の頭をかち割ったラムズは、ふむと妙に納得した表情で平然としている。
「パートナーロストの兆候もなし……となると、やはり夢ですか」
そう呟くと、ラムズは歩き出した。
「さて、……そろそろ起きましょうか? ラムズ・シュリュズベリィ」
そう呟く彼の足は、自然と館の屋上へと向かっていた。
榊 朝斗(さかき・あさと)が目を開くと、そこはひたすらに真っ白な世界だった。
(……あれ? なんだここ?)
朝斗は軽く混乱し、周囲を見回す。周りには何もなく、ただ真っ白な世界が広がっていた。
(僕、どうしてこんなところに?)
『――おいおい、しっかりしろよ、朝斗』
突然、どこからかそんな声が聞こえた。何だと朝斗は顔を上げる。
すると、朝斗の視線の先に、金色の瞳に白銀の髪をした朝斗と瓜二つの顔を持つ人物が立っていた。
『ボクが誰だかわかるか?』
「え、もしかして……もうひとりの『ボク』?」
『ああ、そうだ。ボクはもうひとりのお前だよ。お前がくだらない幻覚なんてのにかかってるから、せっかくだし具現化してやったんぜ』
どうだカッコいいだろと、もうひとりの朝斗は告げる。だが目と髪の色以外、何も違わない朝斗としては、なんとも言えなかった。
それに、それよりも、もっと気になる言葉を、もうひとりの朝斗が口にしたのに気づいた。
「幻覚? 幻覚って何のこと?」
『……今、お前は馬鹿でかい毒蜘蛛に捕まってる。この世界はその毒蜘蛛の毒による幻覚が見せてる世界なんだよ』
もうひとりの朝斗の口から告げられた言葉に、朝斗は驚く。改めて、自分の置かれた危険な状況を知った。
『いい加減、目覚めろよ。じゃないと、お前の連れごと、仲良く毒蜘蛛の餌になるぞ』
そう言われて、朝斗は一緒にいたルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)のことを思い出した。彼女のことだ。どうせ、朝斗を女装させる幻覚でも見ていて、目覚めていないだろう。そう直感的に、朝斗は察した。
『ボクも手を貸してやる。早く、現実世界に戻って、蜘蛛を退治しろ』
「うん……ありがとう、『ボク』」
『やめろって。気持ち悪い』
そう言って、もうひとりの朝斗は照れていた。そんな彼に笑いかけながら、朝斗は現実世界へと意識を戻していった。
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