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惑う幻影の蜘蛛館

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惑う幻影の蜘蛛館

リアクション

 □□□

 うっそうと木の茂る森の中。
 蜘蛛の糸からやっとのことで脱出した夜月 鴉(やづき・からす)は、頭を悩ましていた。
「……さて、どうするか?」
 視線を上に向ける。その視線の先には、彼のパートナー、魏延 文長(ぎえん・ぶんちょう)がいた。未だ幻覚から目覚めてはおらず、蜘蛛の糸に縛られたまま、『えへへ〜、甘酒ぇー、甘酒がいっぱぃ〜』と寝言を呟いている。
 問題なのは、そんな彼女の目の前に、件の巨大蜘蛛が迫ってきていることだった。
 このままでは、彼女は間違いなく、毒蜘蛛に食われてしまう。
 パートナーの身に迫る危機。
 その時、鴉は、
「――さよなら、魏延。お前の事は忘れないよ、魏延。ありがとう、魏延」
 あっさりと見捨てた。
「むにゃむにゃ……ん? なんかネバネバしたものが……って、うぎゃあああっ!!」
 その時、ちょうど魏延は目を覚ました。目の前に迫る毒蜘蛛の巨大な口に、悲鳴を上げる。
「ちょ、く、蜘蛛っ! か、鴉! 助けて!」
「……南無南無」
「いやいやいや! 手を合わせてないで、助けてよ! ああ、逃げるな、コラーッ! ってか、だ、誰か、助け……ぎゃあああっ!」
 今まさに魏延が喰われそうになる。
 その時だ。強烈なサンダーブラストが蜘蛛に直撃した。
「……どうだ、化け物。俺の一撃は痛いだろ?」
「ふふっ……流石、自分で体感すると、言うことにも迫力が出るわね」
 雷撃を放ったイーオンを、フィーネはひねくれた口調でからかった。
「白夜! あの喰われそうになってる子を助けるわよ」
「まったく、面倒じゃのう」
 イリスからの指示を受け、白夜は面倒くさそうに身体を動かし、魏延のもとへと駆けていった。
「信長、俺たちは他の捕まった生徒たちを」
「承知した! 任せるがよい!」
 忍の言葉に応じ、信長は周囲で蜘蛛の糸に捕まっている生徒たちの救助へと向かった。
「……手記。何を怒っているのですか?」
「怒って当然じゃろうが! いきなり、人の頭を花瓶で叩き割りおって!」
 同じく周囲の生徒たちの救助をしていたラムズに、手記が怒鳴り声を上げて先ほどのラムズの奇行を責めていた。
 そこへ蜘蛛が接近する。
 だが、蜘蛛の攻撃がラムズたちへ向かうより先に、爆炎をまとったチャクラムが、蜘蛛の動きを止めた。
「こっちだ、化け物! 『僕等』が相手になってやる!」
 武器を構え、朝斗が蜘蛛に叫んでいた。そんな朝斗の足元では、
「……え、えへっ、……えへへっ…………似合う……すっごい似合うわよ、朝斗ぉ……そのメイド服、最高に似合ってるわ〜」
 未だ幻覚から目覚めずに、朝斗にメイド服を着せる妄想にふけるルシェンがいた。

 ■■■

 佐野 和輝(さの・かずき)は最初からこの館に奇妙な違和感を抱いていた。
(なんだ、この感覚? ここに着た記憶がないのに、そのことに俺自身が疑問抱いていない)
 説明できない感覚に、和輝は歯がゆい思いをする。そんな和輝の裾を、アニス・パラス(あにす・ぱらす)がちょんちょんと引っ張った。
「か、和輝ぃー……」
「ん? どうかしたか?」
「なんかここ、変だよ? こんなにいっぱい人がいるのに、誰からも気配を感じないよ?」
 そう言って、アニスは怯えながら和輝の手をとってくる。安心させるため、和輝が手を握り返すと、「えへへっ」とアニスは笑みを浮かべた。
「確かに妙な感覚じゃな、この館は」
「うんうん。変な感じですぅ」
 そんなアニスの意見に禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)ルナ・クリスタリア(るな・くりすたりあ)も頷く。二人も何かしらを感じているらしかった。
「ん……少し、調べてみるか」
 そう告げると、和輝は他の三人を連れて動き出した。すると、近くにいたメイドや執事たちが近づいてきた。
 厄介だなと、内心で和輝は舌打ちする。
「……佐野様? いかがなさいましたか?」
「いえ、すみません。ちょっとこいつらを、トイレに行かせたいので」
 とっさに和輝は嘘をついた。外見が子供の仲間たちを利用する。
「ちょ、コラ、和輝! 私を子ども扱いするでない! これでも私は……って、脇に抱えるんじゃな……むぐむぐっ!」
 抗議の声を上げるダンタリオンを抱え上げ、そそくさと和輝はその場を後にする。他の者たちに話しかけられる前に、適当な部屋の中へともぐりこんだ。
「ここは……書庫か?」
 部屋には本がずらりと並んでいた。和輝はその本を手に取り、中に目を通す。すると、あることに気づいた。
「? どれも見たことがあるものばかりだ」
 そこに並んでいる本は、どれも和輝が知っている本だった。まるで和輝の記憶から作り出したように。
 流石に話ができ過ぎている。和輝はこれが現実ではないと、察した。
「夢……ではないな。感覚がある。ということは、幻覚か何かの類か?」
「あ! お、思い出したですぅ!」
 その時、ルナが突然、慌てた声を上げた。何だと和輝はルナのほうを向く。
「確か、捕まえた獲物に、こんな感じの幻覚を見せる毒を与えて、後でゆっくり食べる大きな蜘蛛のモンスターがいるですぅー!」
「そ、それじゃ、私たちは、蜘蛛の餌になるのか?」
「ええーっ! か、和輝ぃ!」
 ルナの説明を聞き、ダンタリオンとアニスが不安がる。和輝は努めて冷静に振舞った。
「ルナ。幻覚から覚める方法とかわかるか?」
「えーっと、現実の世界を強く意識できれば、幻覚から目覚められるはずですぅ」
 それを聞いて良しと、和輝は口元に笑みを浮かべた。、
「いつまでも、のんびりしてはいられない。さっさと起きるぞ、皆」


「んー♪ このお饅頭おいしいねぇ。ピカもニンジンおいしいのだ?」
 和菓子の置かれたテーブルの前で、天禰 薫(あまね・かおる)は幸せそうに饅頭を頬張っていた。そんな薫の肩の上では、ペットのわたげうさぎ『ピカ』が美味しそうにニンジンをかじっていた。
「又兵衛も一緒にお饅頭食べようよぉ」
「……いらない」
 薫の呼びかけに、後藤 又兵衛(ごとう・またべえ)は暗い声でそう答え、薫から距離をとった。又兵衛は、この館の妙な違和感に気づいていた。まるで作り物のハリボテを見せられているような気がして、食事も何も手がつかないでいる。
「どうしたの又兵衛? なんか変だよぉ?」
 何の疑惑も抱かず、薫はピカと共に首をかしげている。だが、又兵衛からしてみれば、変なのは薫のほうだった。
(こんなものが現実? こんな甘ったるい世界が現実なわけないだろ)
 現実の辛さを誰よりも知っている又兵衛だからこそ、この世界の異常に気づけた。
 気づけば又兵衛は、苛立ちに任せて手にした槍を振り回していた。ガシャンと音を立てて、会場にある高価なツボなどの飾りを破壊していく。
「ちょ、ま、又兵衛っ! だめ、会場壊しちゃだめなのだっ!」
「――チッ! あんたもあんただ。さっさと目を覚ませ、天禰。こんな場所、現実でもなんでもない」
「え? そ、そんなこと……」
 未だに薫はここが現実だと思っている。ならばと、又兵衛は薫の頭を掴んで、無理やり自分のほうを向かせた。
「何だ? そんなに信じられねえってんなら……これでも見て、目を覚ませ、ぴきゅうども」
 そう告げると、――ニコリ。又兵衛は薫に向かい、爽やかな笑顔を浮かべた。
 瞬間、薫とピカの背筋に悪寒が走る。
「ま、又兵衛が……笑った?」
 血の気が引いた顔で薫は呟く。よほど衝撃的だったのか、そのおかげで薫はこの世界が偽物だと気づくことができた。