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リアクション
第3章「瘴気」
広場の端、外周を大きく回る形で歩く集団がいた。
その先頭を歩くのは双葉 みもり(ふたば・みもり)。彼女は聖域であった戦いの報告から、瘴気の原因となる柱が地下にもあるはずだと予測し、その対処の為に動いていた。
「中々見つかりませんね……八重咲様、そちらはいかがですか?」
「う〜ん、こっちも同じやねぇ。それより幻獣に目ぇつけられないかが怖いわぁ。ウチ、こう見えても弱いんよ? 種モミ剣士やからなぁ」
みもりの上を小型飛空艇で飛んでいる八重咲 桃花(やえざき・とうか)が左右をチラチラ確認しながら答える。そんな彼女に、同じく小型飛空艇に乗った皇城 刃大郎(おうじょう・じんたろう)が近づいてきた。
「大丈夫だ、桃花。俺が二人を護るし、皆もいる。それから……一応クロコもな」
「そやねぇ。何かあったら刃太郎はんかホクロはんの所に逃げ込ませてもらうわぁ」
「そういう訳だ、クロコ。しっかりと……おい、言ってるそばからサボろうとするな」
二人の視線はみもりのそばを軍用バイクに乗りながらタラタラとついて来ている鴉真 黒子(からすま・くろす)に向いていた。刃太郎の声に、黒子はいかにも面倒くさそうに返事をする。
「それ以前に俺はクロコじゃねーし。ホクロでもねーし」
「クロズさんですよね」
「ちげーよ。クロスだっての。ってかみもり、お前はずっと近所に住んでたんだから呼びなきゃダメだっての。色々ダメだろ、ダメだよな?」
「まぁいい。ともかく俺とて地上と空、両方を同時に見ていられる訳では無い。くれぐれもサボるなよ、クロコ」
「駄目だこいつら……ただでさえ幻獣がどうとかネトゲの世界で十分だってのに……早く帰りてぇ」
ガックリと項垂れる黒子。私生活はニート一直線と駄目駄目なのに、この場だけで見たら一番常識人に感じるから不思議だ。
「はっはっは♪ 中々楽しい方々ですね」
四人の会話に豪快な笑いで入って来たのはルイ・フリード(るい・ふりーど)だった。彼は瘴気の調査に向かうみもり達の護衛を買って出た一人だ。
「どうなのかしら……もう少し真面目にやった方が良い気もするけど」
「まぁいいんじゃないかな。戦いは僕達の役目だろうしねぇ」
同じく護衛役のアイリス・レイ(あいりす・れい)と永井 託(ながい・たく)もみもり達に対して思い思いの反応を返す。そんな彼らにみもりがぺこりとお辞儀をした。
「皆様、有り難うございます。私達にお付き合い頂きまして」
「はっはっは、お気になさらず。高位の幻獣が大勢いますからね。あなた方だけという訳には行かないでしょう。ご安心ください、私もセラも精一杯やらせて頂きますよ!」
暑苦しいほどのスマイルを見せるルイ。噂をすればというべきか、飛行して辺りを確認していたシュリュズベリィ著・セラエノ断章(しゅりゅずべりぃちょ・せらえのだんしょう)がこちらへ戻って来た。
「ルイー、あっちに聖域にあった柱みたいなのがあるよー」
セラエノ断章の案内に従って先を進むと、遥か上の天井から下の方まで、長く延びた柱が壁に張り付く形で存在していた。
「確かにあれは聖域の東側で見た柱に似てるねぇ。けど……問題はその手前かな?」
「結構な数の幻獣がいるわね……どうする、託?」
「そうだねぇ。ま、手は決まってるけど」
「?」
疑問の表情を浮かべるアイリス。その疑問に答えたのはルイだった。
「簡単な事です。私達の目的はあの柱への対処。全て倒せと言うならばともかく、誘き寄せて時間を稼ぐだけでしたらやってやれない事はありません! という訳で、参りますよセラ!」
「へ? セラも!? セラは頭脳労働がメインなんだけど」
「大丈夫です! 今の私は何故か勇気に満ち溢れているのです。たとえ威圧感のある高位の幻獣が大勢いたとしても、怖気づく事はありませんよ!」
「いや、それって勇気というより無ぼぉぉぉぉぉぉぉ!?」
セラエノ断章の手を掴み、神速の勢いで敵陣へと突っ込んで行くルイ。その身体には赤いオーラが渦巻いていた。正確にはクリスタルの光なのだが。
「仕方無いねぇ。僕も行ってきますか。それじゃ、サポートはよろしく、アイリス、行人」
「はいはい。後始末はやっておくから、好きにしてらっしゃい」
「俺も頑張るぜ、託にーちゃん!」
アイリスと那由他 行人(なゆた・ゆきと)に見送られ、託が駆け出す。その頃には既に、ルイ達の戦いが始まろうとしていた。
「私の拳、耐える事が出来ますか!?」
突撃の勢いを殺さないまま、ルイの突きが熊の幻獣を襲った。勢いだけでなく、この世界とクリスタルの力によって強化された一撃は肉体自慢の彼の攻撃をより重いものとしていた。
倒れこんだ幻獣から離れ、次の相手を探す。ルイが選んだのは聖域にいた個体よりも小柄だが、紛れもなくサイに似た、ベヒーモスと呼ばれる幻獣だった。
「さぁ、次はあなたです! より大きな相手と戦った私は、そう簡単には負けませんよ!」
聖域の時と同じく、真正面からぶつかり合うルイ。その間、セラエノ断章はひたすら空中から使い魔のカラスを放ち、他の幻獣がルイを囲みこまないように奮闘していた。
「あ〜もうっ、いっつも尻拭いはセラの役目なんだから……覚えてろよ」
自身とカラスが飛び、注意を出来る限り引き付ける。だが、戦闘力がある訳では無いのでこのままでは捌ききれないという問題も抱えていた。
――そこに、一筋の流星が駆け抜けた。
「はい、お待たせっと」
両手にチャクラムを携えた託がルイへと向かおうとしていた幻獣へと投げつけ、動きを止める。かと思いきや、幻獣が託を狙った瞬間に透明な翼を広げ、空中へと逃げ出した。
「ん〜、いい感じで注目してくれてるねぇ。さてナナシ、ここからどうしようか」
「見た所、力自慢の幻獣が集まっているようだな。だが、あの男が相手しているのを除けば防御に優れている奴はおらぬ」
「なるほど、ナナシは積極的に出た方がいいと」
「それをするだけの材料は揃っているのだろう? 貴様にも先ほど手にした結晶があるはずだが」
「そうだねぇ。それじゃあ……やってみますか」
魔鎧の無銘 ナナシ(むめい・ななし)から助言を受け、託が再び高度を落とす。同時に懐のクリスタルから黄色い光が放たれ、託の機動力をこれまで以上に引き上げた。
「さぁ、もっと僕を狙っておいで。そうすれば皆が楽になるから」
地上に降りたと同時に加速する。先ほど以上の速度で動き回る託に翻弄され始める幻獣。そこに目掛け、託はもう一度チャクラムを放った。
「託も派手にやってるわね。行くわよ、行人」
「おう!」
託自身、そして戦場を舞う二つの戦輪。さらにその間を駆けるセラエノ断章とその使い魔。彼らによってかき回された場にアイリスと行人が援護を行った。
「簡単に目を醒ましてくれるかは分からないけど……このくらいはやってもいいわよね」
歌を口ずさみながら一匹の幻獣に近づくアイリス。チャクラムに気を取られている相手の後頭部に向けて、思い切りエネルギー弾を撃ち出した。
勢い良く前へと飛び出す幻獣。そこに待っていたのは避けようとしていたチャクラムと、そして行人による追撃だった。
「あの時のヒーローみたいに……俺も、みんなを護るんだ!」
かつて出会ったヒーローから譲り受けた刀、ブレイブハートによる胴への攻撃。それを見て託が微笑を浮かべた。
「へぇ、やるもんだねぇ」
「そうだな。筋は上々か。もっとも、我を纏うに相応しいかという点ではまだ未熟だな」
「手厳しいねぇ、ナナシは」
そんな声など聞こえる事も無く、行人は刀を構えながらアイリスを護るように前に出る。
「さぁ来い! このブレイブハートの力……見せてやる!」
「みもり、今のうちだ。こっちへ」
ルイや託が戦っている隙を突き、刃太郎達が柱の下へとやって来た。
「これが瘴気を地上に送ってた柱なんやねぇ。あの微かに光ってるとこを壊せばえぇんかなぁ?」
「恐らくそうでしょう。皆様の為にも早く何とかして差し上げましょう」
「あぁ、では俺と桃花は下の光を、みもりとクロコは銃であの上の光を頼む」
「だからクロコじゃねぇっつーの。ったく面倒くせぇ……」
しぶしぶながらも銃を取り出し、上の方にある光へと向ける黒子。合わせてみもりを銃をそちらへと向ける。
「どうか瘴気が消え、この世界が平和になりますように……」
放たれる二発の弾丸。そして刃太郎と桃花による打撃で上下両方の柱から光が失せた。
「さて、これでどうなる……?」
振り返り、周囲の状況を確かめる刃太郎。1分、2分。しばらく待つが、状況に変化は見られない。
「これは……外れという事か?」
「そんな、聖域ではこうして瘴気が収まったとお聞きしたのですが……」
「でも幻獣が正気に戻る気配が無さそうやねぇ。困ったわぁ」
予測が外れた事に対して表情を曇らせるみもり、刃太郎、桃花の三人。そんな中、ただ一人聖域での調査には参加していなかった黒子が口を挟んだ。
「あのよ、結局今の光ってなんな訳? 光っつーか、柱?」
「それはだな――」
聖域での調査内容を刃太郎が伝える。柱が瘴気を地下から噴き出していた事、その柱を破壊する事で瘴気の拡散が収まった事。それを聞き、黒子は面倒くさそうに頭をかきながら答えた。
「それってつまり、柱がストローの役割だったんだろ? だったら今さらストローの下の方ブッ壊した所でコップの底は水に浸かったままじゃねぇの?」
『あっ』
三人の声がハモる。そう、瘴気がこの広場から柱を伝って地上に噴き出していたという事は、ここで柱の根元を破壊した所で変わりは無いのだ。
「うかつだった……この俺とした事が、不覚だ」
「んで? これからどうするんだ?」
「仕方ない。一度退くとしよう。皆にも説明をしなければならんからな」
「そうですね……これで幻獣の皆様も救われると思ったのですが……」
若干気を落としながら来た道を引き返す。幸い、ルイや託達はみもり達の行動を肯定的に受け止めてくれた。
「何、考えられる可能性を当たってみて、それが違うと分かったのです。それは前進であって、決して無駄な事ではありませんよ。さぁ! こういう時こそスマイルですよ、スマイル!」
壮絶なやり取りの末、力比べに勝ったベヒーモスの上で豪快に笑うルイ。周囲にも伝染するほど何事にも常にポジティブ、それが彼の持ち味だった。
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