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【なななにおまかせ☆】あばよ! 今年の汚れ

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10.教導団 グラウンド/餅つき会場


 杵の音が聞こえる頃には

「そぉーれ」
「はは。凄いな。湯気も餅も真っ白だ!」
 食堂から運んできたきた蒸篭から綺麗に蒸し上がったもち米を順番に石臼に移し変えられていく。
 灰色の臼の中で湯気を上げるそれを見て、臼も杵も、餅も小豆もお汁粉も――つまりは何もかもが初めてな
グラキエス・エンドロア(ぐらきえす・えんどろあ)は楽しそうに笑った。
 匂い立つような色香を放つ美貌は好奇心に彩られ、今は年相応いや、年よりも幼く見える。
 未知への興味にキラキラと輝く瞳はどこまでも無邪気だ。
 そんな彼を我が子のように見守る視線が二つ。
 パートナーのゴルガイス・アラバンディット(ごるがいす・あらばんでぃっと)ロア・キープセイク(ろあ・きーぷせいく)だ。
「あれだろ。ゴルガイスが前に話してくれた、よくのびる面白い食べ物だろ」
「我の話を覚えておったか。そうだ。白い餅もいいが混ぜ餅も美味だぞ」
 豪快に笑いながら、懐かしい記憶を辿るドラゴニュートの手には食堂で下拵えを頼んでいた豆と昆布がある。
「へぇ。……でもさ、この臼ってやつに入ってるのは伸びるようには見えないぞ?」
 言うが早いや、グラキエスは無造作にもち米に指を当てた。
「――あつ?!」
「蒸し立てですからね。火傷をしますよ。ほら――エンド」
 瞬時に引っ込めたため大事には至らなかった白い指をひんやりとしたロアの手が包み込み、熱を飛ばすように息を吹きかける。
「ん」
「――蒸したもち米に外力を加えることによって、粘りが出ます。だから、今はまだ伸びないのですよ」
 自分の中に残っていた記憶を引き出し説明する。と、グラキエスは不服そうにロアを睨む。
「ずるいぞ! 俺は今日が初めてなのに……知ってるなんて、ずるい」
「いや、ずるいと言われても……」
「はははは。グラキエス。貴公の両頬がまるで餅のように膨らんでおるぞ」
「――知るもんか――あ!」
 拗ねて横を向いたグラキエスの目の前で、今正に餅つきが始まろうとしていた。

  * * * 

「準備はいい〜? 陽子ちゃん」
 綺麗にならした丸太片手に緋柱 透乃(ひばしら・とうの)はパートナーを呼ぶ。
「ええ。いいですよ。透乃ちゃん」
 答える緋柱 陽子(ひばしら・ようこ)の目の前には廃棄寸前で借り受けてきた廃材――イコンの装甲修理に使う鉄鋼を洗って消毒したものがあり、
傍らには同じように洗われて乾かし終えたリンビグアーマーとレイス――陽子曰く“朧さん”――がお手伝い要員として控えている。
「返し手は私がやりますから。手水の注ぎ足しや、つき上がったお餅を運ぶのよろしくお願いしますね」
 ガシャガシャと返事の代わりに甲冑が揺れ、白いお化けがくるりと宙を旋廻した。
「よぉし――じゃあ、いくよ!」
「いつでもどうぞ」
 ブォォン――空気を震わせて、まるで棒切れのように巨大な丸太が旋廻する。
 ドゴォン――勢い良く叩きつけた衝撃に白いもち米がたわむ。
 傍にあるものを何でも得物として使う梟雄ならではの強力《自動車殴り》が炸裂した。
 よもや何の変哲もない丸太が杵と化すとはきっとお釈迦様でもご存知ない。
 丸太が離れた瞬間、白く細い腕が伸びて、大量のもち米を寄せ集めひっくり返す。
 こちらも見事な早業だ。《封印解凍》で力を上げているとは言え、細腕一本でやってのけるのだから恐れ入る。
 今度は《疾風搗き》だ。ちなみに誤字ではない。相手が餅なので、今回に限りにこれが正解だ。
「お餅つきなんて、お正月みたいだ」
 ねぇと笑いながら透乃は、目にも止まらぬ速さで再び丸太を振り下ろす。
「えぇ」
 陽子にとって今年の一大イベントは透乃と結婚したことだ。それは一生忘れない大事な記憶だ。だが――
(年のはじまりも餅つきでした……そして、年の締めくくりにも……)
 また、二人でこうやって餅をついている。いつも二人で何かをやっているのだが――いつも以上に感慨深い。
(……餅つきも印象に残ってしまいそうです)
 数を重ねるごとにキレを増すコンビネーションの前に蒸した餅米は生餅に変わっていく。
「せいやー!! ねぇ、陽子ちゃん!」
 契約者同士から人生の伴侶――名前を変えていく二人の絆。
「はい! なんですか? 透乃ちゃん」
「――楽しいね。また――ううん。ずっと、こうやって一緒にやっていこうね」
「――えぇ」
 それは深まり色鮮やかになることはあっても、色あせることはないだろう。


 有り得ないくらい豪快な梟雄とそのパートナーの阿吽の呼吸にグラキエスの目がキラキラと輝いた。
 膨らんでいた頬は元に戻り、やってみたいとゴルガイスとロアの手を引く。
「凄いな! ああやってつくるのか! でも、使ってる道具が違うのはどうしてだ?」
「どうしてかは知らないけど……あれはあの二人だからだと思うよ。お餅つくなら、ボクと一緒にやってみる?」
 そう言うと笹奈 紅鵡(ささな・こうむ)は杵を差し出してみせた。
「いいのか?」
「うん。餅つきは一人じゃできないからね」
「よし! やってみたかったんだ。餅つき」
 紅鵡と杵を交互に見やるグラキエスは、その言葉に笑顔で答えた。
「初めてなんだっけ。じゃあ、ボクに任せてよ。おばあちゃん直伝の餅つきのコツ教えてあげる」
 もち米の入った手近な臼に近付き、紅鵡は説明する。
 声を掛け合い、つき手と返し手の呼吸を合わせること。
 つき手なら、最初は外から真ん中に。次の時はその逆。時々、全体をひっくり返す。
 田舎の祖母の言葉を思い出しながら、紅鵡は臼の傍に膝をついた。
「最初はゆっくりね。振りかぶって――中央に杵を振り下ろしてみてよ」
 ――ぺったん
「じゃあ、そのまま持ち上げて――よいしょっ!」
 手水をつけた手で餅を手早く纏めてひっくり返す。
「えぇと……お兄さんが――」
「グラキエスだ」
「ボクは笹奈 紅鵡。グラキエスさんが杵を下ろして、上げる。その間にボクが餅を返す」
「…なるほど…」
「じゃあ、続けてみよう。ボクがせいって言ったら、杵を下ろしてね。行くよ――せいっ」
 ――ぺったん
「よいっしょ! せいっ」
 ――ぺったん
「よいしょっ!」
「せいっ! ――面白いな! あ。この餅に何かを混ぜることができるって聞いたぞ?」
「よいしょっ! 混ぜる物があればできるけど」
 ――ぺったん
「せいっ! あぁ。ゴルガイスが何か持ってた」
「よいしょっ! じゃあ、これが終わったら、混ぜようか」
 ――ぺったん ぺったん

 
 ――ぺったん ぺったん
「……見てみろ。あの顔を――無邪気なものだ」
「えぇ。楽しそうです」 
 楽しそうなパートナーの姿にゴルガイスとロアの顔にも自然と笑みが浮かぶ。
 弾む二人の掛け声と杵の音はまだまだ続く。
「せい!」
「よいしょっ! あ。凄いぞ。餅が杵について伸びるぞ」
「手水、増やさないと。せいっ」
 ――ぺったん ぺったん
(……里帰りした甲斐があったな。おばあちゃん、ありがとう)
「よいしょっ」
「せい! さあ、大掃除で疲れた人たちを美味しいお餅で労おうよ!」
 紅鵡の元気な声に答えるように、方々から餅つきの音が聞こえた。

 * * * 

「はい! ――えーと何丁あがりかもうわかんないや」
 と、透乃は餅とり粉を撒いた巨大な板場の上につきたての餅を置く。
 一仕事終えたいい笑顔である。
「じゃあ、私は餅を焼く準備をしてきます。朧さん、先に餅を丸めておいてください」
 陽子の言葉に頷くように白い体が揺れる。その隣では既に甲冑が餅を丸め始めている。
「透乃ちゃんはどうしますか?」
「あ。私はちょっとお汁粉みてくる。だって、ずっと餅つきでさ。どうなってるのか気になるしね」
 ジャンボ七輪を片手に問えば、透乃は悪戯っぽい笑顔で答えた。
「凄いな! ほんとに伸びるぞ」
 自分だけが知らないという疎外感はどこへやら。
 餅つきを終えたグラキエスは本当にどこまでも伸びて生きそうな生餅にご満悦だ。
「ふふふ。さ。遊んでいないで。丸めて。そうそう――終わったら、たくさん食べてくださいね」
「但し、汁粉は甘い。無理をして食うことはないぞ。そのための混ぜ餅だ」
 左右からかかる声にグラキエスは好奇心が満たされ、満足した笑顔を見せた。
 その隣では途中から餅つきに参加した歌菜と羽純が楽しそうに顔を見合わせている。
「自分でついたお餅でお汁粉なんていいですね」
「そうだな。しかし、餅つきはなかなか力がいる――少し驚いた」
「うふふ。カッコよかったですよ? ある程度丸めたら、竈の方に行って、配膳の支度をしましょう」
「あぁ。俺も茶の支度がしたい」
 甘いものにはお茶がつきもの。折を見てその準備をしようと思っていたのだ。
 参加者分のお茶ともなれば、そろそろ動いた方がよさそうである。
「ここはボクや、他の皆でやっておくよ」
「そうですね。これだけ人数がいますし、他の作業があるなら、そちらに行かれても大丈夫だと思います」
 隣で餅を丸めていた紅鵡が口を挟めば、七輪の炭を起こし終えた陽子も同意を示す。
「じゃあ、そうさせてもらうか。歌菜」
「はい。羽純くん――では、あとをお願いしますね」
 巨大の板場は食堂から移ってきたお汁粉担当の生徒たち、いち早く掃除を終えて、手伝いにやってきのだろう生徒たちで一杯になっていた。


 ドラム缶で作られた竈には鍋が一つ。弱火の上で甘い匂いを漂わせていた。
 見張り番のティーとイコナの姿はない。残りの鍋を取りに食堂に戻っているのだろう。
 誰もいない鍋の前に陣取って味見をしているの透乃の姿があった。
「どれどれ――んー。ちゃんとこし餡だ。みんなわかってるねー!」
 うんうんと満足気に頷くと透乃は懐から取り出したものを鍋に放り込んだ。
「隠し味には【妖精スイーツ】! これがいい甘さになるんだよね」
 小豆色に沈んだ妖精の菓子のせいなのか。鍋から上がる甘さが一段と強くなった。