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【●】光降る町で(前編)

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【●】光降る町で(前編)

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【交錯する街角 2】



 一方の別の街角。
 大通りから一歩はずれた、本来のアーケード通りの下を歩く一行は、その光の無さに妙な落ち着きのなさを感じて、きょろきょろと視線をさまよわせていた。
「何というか、陰気ね……」
 皆の共通の感想を、口にしたのはルカルカ・ルー(るかるか・るー)だ。
「前に来たときは、こんな感じじゃなかった気がするけど」
「純粋に光量の違いだろう。大通りの天井まで、塞がってしまっているからな」
 指摘したのはパートナーのダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だ。だが、ルカルカは納得いかないように首を捻る。
「そうだけど、そうじゃなくて、もっと、何と言うか……」
 どうも、その感覚を表現するうまい言葉が見つからないようだ。
「まるで、朝のはずなのに、ドアをあけたら何故か外は夜になってる、みたいな?」
「そうそう、そんな感じ! ……で、す」
 共感を得られた、ということにうっかり声を上げたルカルカは、その声の主を振り返って、慌てて敬語を付け足した。くすくすとその様子を笑う声の主、氏無春臣大尉はひらひらと手を振って「そんなに硬くなりなさんな」とのんびり言った。
「気楽にしてくれて構わないよ。その方が彼も緊張しないだろうし」
 今は制服じゃあないしね、という言葉の通り、教導団の制服を脱いだ氏無は、紺色の着物を着流しにしている。片手にランタン、口には煙管、と一見すると、ただの物見遊山のオッサンである。
 先日、ストーンサークルの封印を解いてしまった少年――ディバイス・ハートについて歩く、そんな彼の回りでディバイスを観察しているマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)達も、私服で固めているため、彼ら全員の統一感のなさっぷりは、観光客と言うよりは何かのイベントの一行かのようだが、それはそれで軍人には見えないので、マリーたち三人の服装係蘆屋 道満(あしや・どうまん)は結果よければ全て良し、という結論に落ち着いた。
「ねえねえ、うじー」
 そんな中、カナリー・スポルコフ(かなりー・すぽるこふ)は、「教導団女子生徒プロファイル」なるものを氏無にちら見せしながら首を傾げた。
「この中にクローディスさんが載ってなかったんだけど、何でかな〜?」
「ああ、彼女は教導団の生徒さんじゃなかったからねえ」
 載ってないのは当然だよ、と続ける氏無に、興味をそそられたらしいカナリーは、じゃあ、と続ける。
「やけにスカーレッド大尉と仲良しさんみたいだけど、何でなのかな」
 教えてくれたら見せてあげてもいいよ、とばかりにちらちらとファイルを垣間見せたりしたが、女好きであるはずの氏無は何故か興味を示さない。おかしな、とカナリーが首を傾げていると、「ふふふ、甘いなあ」と、ちちち、と指を振って氏無はにまっと自信たっぷりに笑った。
「教導団の女性でボクが知らない子がいると思うかい?」
 まるで威張れないことを得意げに口にする氏無に、残念ながらツッコミは不在で、その代わりにカナリーはじゃあ、と挑戦的な目をきらりと光らすと、ぱらぱらと適当にめくったページをびしっと指差した。
「こっちのこの子のプロフィールをどうぞっ」
「バスト86、ウエスト56、ヒップ82。ちなみにお姉さんは地球でキャビンアテンダントやってる美人さんさ」
 さらっと披露される余計な知識も含め、大正解であるが、当然誰からも拍手は無い。当人は別にそれで問題はないようだったが。
「ぬぬ、やるな…!」
 二人のやり取りを、斜め一歩半ほど離れた辺りで、皆がなまあったかな目で見守っていたが、ひとりくすくすと笑う声があった。
「おもしろいおじちゃん達だね」
 最初は緊張に身を硬くしていたディバイスだったが、そんなマリーたちのどたばたや、ルカルカと同行していた夏侯 淵(かこう・えん)が、丁度同じくらいの身長であることから、少し親近感は抱けたようで、幾分か子供らしさを取り戻しつつあった。
「それはそれで、複雑ではあるがな」
 身長のことはそこそこ気にしている部分であるために素直に喜べないようだ。
「いいじゃないか、おかげで話もしやすい」
 ダリルの言葉は一応フォローのつもりだろうが、意図的にそれを無視して淵は「しかし」とディバイスへと話しかけた。
「ランタンを運ぶのは大丈夫、というのは何故なのであろうな」
「ぼくにも、よくわからないんです」
 ディバイスの声は自信なさげだ。
「それに、ランタンだったら、じゃないんです。光を入れていないランタンだったら、なんです」
 その言葉に、ルカルカ達は思わず顔を見合わせた。光を入れる儀式を阻害する、というのと何か関係があるのだろうか、と疑問のままに二人に近づいたルカルカは、ディバイスからランタンを一つ借り受けて、しげしげと眺めた。
 デザインは古いが、年季が入った物にしては、骨董品の類のような、錆や修理痕跡のようなものはなく、それに金属を使っているとは思えないほど軽い。
「けど、別段特別っぽいところは無いみたいだけど……」
 更に疑問を深めたルカルカに、見かねたようにディヴァイスが「あの」と声をかけた。
「ひっくり返してみてください」
「こう?」 
 言葉の通り、ルカルカがランタンを逆さにすると、その土台の中央には、古い文字が刻まれているのが見えた。良く見ればそれは、並びこそ違うものの、ストーンサークルに刻まれていた文字と、形が非常に良く似ている。
「これは……」



「一体、どういう意味なんですか?」

 丁度同じ頃、同じようにランタンの底を眺めた一条 アリーセ(いちじょう・ありーせ)が首を傾げていた。
「中央は数字、星の配置を示しております。それを囲んでいるのは、ランタンの光を地上へ降ろす呪文なのでございますよ」
 丁寧な口調でそう説明したのは、この町一番の術士だという老人で、祭りに使われるランタンは全てこの術士が光を入れているのだそうだ。アリーセの、術を教えて欲しい、と言うのこそ断ったものの、術を見ることは快く許可してくれた術士は、アリーセからランタンを受け取ると、自分の周りに円を描くように置いていく。
「地上へ降ろす、というのは?」
 興味津々、といった様子のアリーセをちらりと見ながら、術士は少し考えるようにして「歌にもあるのですが」と説明を始めた。
「明かりを灯せ、大地が上、星のごとく。忌むべき槍の、届かぬよう……つまり、大地の上に星を輝かせるわけでございますが……これは、見ていただいたほうが早いでしょう」
 祭りの本番になれば、意味がわかりますよ、と続いた言葉に、アリーセは思いを馳せると、「楽しみです」と素直に漏らしながら、術の始まるのを今か今かと待ち構えた。好奇心旺盛な様子に、術士も微笑ましいと思ったのか小さく笑みを浮かべると、手にした杖をすいっと振ってランタンの上を一周させると、こつんと足元を杖の端で叩き、独特な発音の呪文を小さく唱え始めた。
「わあ……」
 すると、術士の足元に近いランタンから、渦を巻くようにしてひとつひとつ、ぽつぽつと明かりが灯っていった。まだ日が高いためもあって、薄暗がり程度の中ではぼんやりとした光だが、それでもその青白い光が、アンティークなランタンの中で輝いている光景は、幻想的でとても美しい。
「凄い……これが全部飾られたら、さぞ美しいでしょうね」
 思わずアリーセが見蕩れていると、不意に賑やかな音が近づいてきた。何事かと思って振り返ると、町の子供たちだろうか、ディバイス少年と同じか少し年上といったぐらいの少年たちがぞろぞろと集まってきていた。
「ジュツシさま、お手伝いにきました!」
「きました〜」
「邪魔をする」
 子供たちと一緒になって入ってきたのはヴァルだ。子供たちの声に混ざって聞こえた低い声にアリーセが驚いてついまじまじ見ていると「手伝いに来たのだ」とヴァルは胸を張った。
「ふあー、キレイッスねえ」
 続いて入ってきたシグノー イグゼーベン(しぐのー・いぐぜーべん)が漏らす。床を光らせているいくつものランタンの光は、それだけで幻想的だ。見入っているシグノーを他所に、ヴァルはランタンをじっと見下ろした。
「これを運ぶのか?」
「そうだよ!」
 子供たちは答えると、身長の半分はありそうなほどの大きさのランタンに手を伸ばした。
「そんな大きいランタン、大丈夫なのか?」
 ヴァルがややが不安げにしたが、老人は止る様子は無い。そうしている内に、ひょい、と一人がランタンを抱きかかえるようにして手を回した。
「わあ、ちょ、危ないッスよ!」
 シグノーが慌てたが、子供たちの方はきょとんとしている。
「熱く……ないのか?」
 ヴァルの問いには、子供たちは強がっている風もなく「ぜんぜん」と元気だ。老人がどうぞ、と勧めるのを見て、アリーセたち三人も光の入ったランタンを手に取ってみたが、ほんのり熱はあるものの、まるで熱くない。
「光術のようなものでございますから。ランタンはその光を留めておくための器なのですよ」
 光を封印する装置、とも言えますかね、と老人が言うのに「へええ」とシグノーも感心したように声を漏らした。
 そんな中、ヴァルは子供たちが一人一個がやっと、というランタンを幾つも一気に手にして持ち上げた。
「わあ!」
「すごーい」
 その力に声を上げて驚く子供たちに、ヴァルはこの程度、と胸を張った。
「帝王にとって、造作も無いことだ」
 だがそうやって一気に持ち上げられたのに、ああ、と困ったような声を漏らしたのはアリーセだ。
「あの、それ、配置の番号があるんですよ……っ」
 一気に運ぶと、判らなくなってしまうのではないか、と言う思いから、控えめにアリーセが言うと、老人は苦笑してアリーセたちに点と数値が記された紙を手渡した。どうやらそれは、ランタンの配置図のようなものらしい。
「お持ちください。この地図の記号と、裏の記号を比べれば、大丈夫でございますよ」
「ありがとうございます」
 三人は頭を下げ、ヴァルとイグノーは子供たちと共にランタンを運び出したのだった。