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【●】光降る町で(後編)

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【●】光降る町で(後編)

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 第三章:究明調査



 同時刻、地上。
 地下で調査の進められている中、同じように地上でも、それぞれがそれぞれの調査を開始していた。



「星座の点灯の順を辿れば、八芒星……ランタンは、これを描くためのものでしょうね」
 天井から地上へ落ちた光を眺めながら、御凪 真人(みなぎ・まこと)が呟くように言った。その横顔を見ながら、セルファ・オルドリン(せるふぁ・おるどりん)は複雑な顔で息を吐き出した。そうやって真剣に思索に耽る姿は決して嫌いではないが、こうなるとムードもなにもあったものではないのだ。
(しょうがないから、私も付き合ってあげるわよ)
 内心でそんなことを呟いて気を切り替えると、セルファはいつものようにその思索をサポートするべく口を開いた。
「でもこの八芒星って、何のためにあるものかしら」
 その問いに、真人が首を捻る。それを見て、セルファは続ける。
「この祭が本当は鎮めじゃない、っていうのは判ったけど」
 封印を強めるのでもない、でも解除するでもない。それなのに年に二回も必要だ、というのだ。回数が必要なものなのかしら、と、言いながら首を捻ったセルファに、そうですね、と真人も考えるように言う。
「ディバイス君の口を借りた声は”時は来た”と言っていました。そこから考えると、この八芒星で何かを成そうとし……成し終えたのでしょうね」
 とすれば、あの声の主はこの祭を作った側、当時の土地の持ち主や賢者側にあたる存在だろう。
「それって、もしかして……記述に残っていないって言う、最後の一人なんじゃないの?」
 セルファがはっと顔色を変える。
「こんな大掛かりなものを作っておきながら、最後の一人の思惑が判らないままだったわね」
 となると、この状況こそが、その人物の望みだったのではないか、というセルファの推測に、真人も難しい顔で頷いた。
「そうですね……なら彼の言う「鍵を開く」ということが、賢者の「約束を果たす」ということに当たりそうです」
 しかし、その結果どうなるのか、についてはまだ明らかになっておらず、約束を果たす役目を持ったはずの、賢者の役割を持った存在もまだ、見つかっていないのだ。
「他にも気になることがありますし、もう少し情報を集めましょうか」
「うん……っ」



「問題は、町が荒廃した状態に戻ってしまうかも……ってことなんだよね」
 難しい声で言うのは清泉 北都(いずみ・ほくと)だ。
 記述によれば、元々この土地は荒廃しており、最初のフライシェイドの事件以降、より厳密に言えば、封印が行われ、祭が始まってから豊かになったのだという。女王をカモフラージュに使ってまで守られてきたその封印が、その豊かさと密接に関わっていることは間違いない。
「そう考えたら、封印を解くべきじゃない、と思うんだけど……」
 北都は呟いたが、それを受けて「ですが、いずれにしても現在の豊かさは維持できないと思いますよ」と、クナイ・アヤシ(くない・あやし)が口を開いた。
「今現在、封印が解けかかっているのは確かです。これを止める為には、強化する方法を見つけなければなりません。が……」
 そこで、言い辛そうに口ごもったクナイの言葉を継いで、呼雪が頷く。
「封印の強化の度合いを調整する、と言うわけには行かないからな」
 祭を続けて、尚且つ封印を破れないように、等という複雑で都合の良い術が、存在するとはとても思えない。封じるか、解除するか、二者択一だ。
「どちらにしろ、今のような恩恵は受けられなくなるだろう。なら、確認しておかなければならないのは、どちらの方がリスクが低いか……だな」
 うん、と北都たちも頷く。そんな中「あとは」とヘルが付け加えるように口を開いた。
「ディバイス君のお父さんの死因も気になるしねえ」
「そうねぇ」
 ヘルの言葉に、ニキータも同意する。ディバイスの口を借りた声が、父親の存在を仄めかしていたこともある。亡くなったのは事故だ、ディバイスは言っていたが、天災もないような町で、祭に関わっていた重要な人物が失われたのは、本当に事故だったのだろうか、とヘルが肩を竦める。その意見には、天音もまた頷いた。
「そうだね。この祭りはどうも……完成していないような気がするし」
「と言うと?」
 呼雪が首を傾げるのに、もしかして、とクナイが口を挟んだ。
「八芒星の最後の一本のことですか?」
「……欠けた星」
 天音が答えるより早く、ぼそりと小さな声で口を挟んだのはタマーラだ。どうやら、皆、八芒星が未完成であることが気にかかっているようだった。
「星座ごとの点灯だから、最後に戻るひとつを表現できなかった、と言う可能性もあるけど」
 言いながらもその戦は薄いだろう、とその顔は言っている。
「代替の何か、があると思うんだよね」
「もしかして、それがディバイス君の父親の役目……?」
 呼雪の言葉に、タマーラと北都も頷いた。
「……糸の端」
「そう……ディバイス君がお父さんから受け継いでる名前の意味が”糸の端を掴む者”だからね。最初と最後を繋ぐ役割があるのかもしれない」
「成る程ね。”父親の役目”っていうのは、それだったのかしら」
 そして、その役目を先代の父親の死によって、失われてしまったのかもしれない。
「……ってことは、この祭は完成してない、ってこと?」
 ニキータが首を傾げる。「そこなんだよね」と天音も難しい顔だ。
「完成していない、というのなら、この状況の説明がつかないからね。
 真人が指摘したように、ディバイスの声を借りた主が、この状況を望んで作り上げたのだというなら、求めるのは曖昧な力添えではなく、最後の一本を繋げるための何かであるはずだ。疑問に皆が頭をひねっている中「いや……」と呻く声があった。
「いや……もしかしたら、最後の線は繋がっているやもしれんであります」
 何かを思い出したようにマリー・ランカスター(まりー・らんかすたー)が呟くのに、皆が一斉に視線を向けた。
「少年の居た位置が問題なのであります。あの声の主が、最後に消えた時にいた場所……」
 その言葉に、全員が一本のストーンサークルの柱に視線を向けた。それに軽く触れながら、ニキータが目を細める。
「……この柱ね」
 頷くマリーが、ディバイスを見下ろす。その目線に、不安げな顔が「でも」と漏らした。
「ぼくは、何もしてないよ……?」
 だがマリーは首を振って、その辮髪を揺らした。
「触れることが、恐らく重要なのであります」
 以前、ストーンサークルが、あっさりと倒れたように、この柱に対して、ディバイスには強い影響力があるのだ。
「で、ありながら当人は父親の役目……本来の完遂の方法を知らないであります。となれば……」
 臭いですな、とマリーは低く唸る。
「ディバイスくんのことで……もうひとつ、気になってることがあるんだけど」
 そんな中、永倉 八重(ながくら・やえ)が、ぽつり、と口を開いた。らしくなく言葉に力がないのに、ブラック ゴースト(ぶらっく・ごーすと)が僅かに心配げに「どうした」と問いかけると「嫌な予感がするの」と八重は言った。
「あの声に、洞窟に現れたって言う黒い手……なんだか、嫌な予感がするのよ」
「嫌な予感?」
 鸚鵡返しに問うブラックに、八重は眉根を寄せて、酷く言い辛そうに続ける。
「もし、ディバイス君のお父さんが伝承しようとしていたのが、防御の方法、とかだったら、あの子、依り代になってしまうんじゃないか……って、そんな気がして」
 その言葉に、一瞬しん、と周囲が押し黙った。ディバイスの父親が伝承していたのが、儀式の間で依り代にされてしまうのを防ぐための方法なのだしたら、先ほど口を借りられたように、今度はその体ごと借りられてしまう、あるいは最悪、乗っ取られてしまう可能性は、確かにゼロではない。ぎゅうと自分の体を抱くようにして身を縮めたディバイスを痛ましげに見やってその頭を軽くわしゃ、と撫でながらも、敢えて言葉を選ばず、率直に口を開いた。
「となれば、伝承を断った狙いは、ディバイス君という依り代でありますか?」
「これは、本格的に調べてみた方が良さそうだねぇ」
 ヘルが嫌そうな顔で呟いた。もしかしたら、何らかの目的で”伝承を途絶えさせた”可能性があるのだ。
「それも併せて、少し調べてきます。情報がありそうなところに、心当たりもありますし」
「よろしく頼むよ」
 ディバイスの警護を務めるマリーや、別の用件で残る天音達を残すと、北都や呼雪たちはそれぞれの調査のためにその場を後にした。