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【●】光降る町で(後編)

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【●】光降る町で(後編)

リアクション

 その頃、長老の家では、主のいない館の書庫が、随分と賑やかなものになっていた。


「あとはこっちの洗い直しも頼めるか?」
「ええい、次から次へと。私は本だぞ。余り酷使するでない」
 佐野 和輝(さの・かずき)が積み上げた本に、禁書 『ダンタリオンの書』(きしょ・だんたりおんのしょ)が悲鳴をあげた。もう何時間こうしているのだか、ずっと長いこと本の山と格闘を続けているのだから、文句の一つも言いたいところだろう。長老の家に集められた膨大な資料を洗いにきた神崎 優(かんざき・ゆう)のパートナー陰陽の書 刹那(いんようのしょ・せつな)も、同じ魔道書として尽力してはいるが、なかなかはかどらないのが現状だ。
「封じられているものが、大地に影響している、のだとは思うのですが」
 それらしき記述が中々見つかりませんね、とため息を吐き出したのは神崎 零(かんざき・れい)だ。その横で資料を漁っている
神代 聖夜(かみしろ・せいや)も難しい顔である。
「調べられるところは大体調べたからな」
 今更新しい記述は出てこないだろう、と息をつく。そんな聖夜に、優は首を振った。
「無理に新しい記述にこだわる必要も無いよ」
「どういうこと?」
 首を傾げる零に、優は続ける。
「女王を倒したことで、新しい情報も入っていますから」
「そうだな」
 優の言葉には、ダンタリオンが納得したように頷いた。
「既に目を通したものでも、記述の意味が変わってくるかもしれん」
 何しろ文献自体がかなりの古さなのだ。見方が変われば、それだけ解釈も変わってくるだろう。優は頷いたが、刹那はまだ余り浮かない顔をしている。再び洗いなおすには、この資料の量はあまりに多すぎるのだ。思わずため息を付き添うになるのに「全部ひっくり返す必要は無いよ」とトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)がぽん、と分厚い表紙を叩きながら言った。
「要点を絞っていけばいいのさ」
 既にどの書物にどんな内容があるかは判っているのだから、必要なところだけを選んで洗い直せばいい、という意見に、皆も頷くと、それぞれ書物を読み解く、静かで地道な作業へと戻った。
 そのトマスは何を調べているのか、というと。
「カモフラージュの方法としても、あんな危険なものを、殺さずに封印していた理由があると思うんだけど……」
「女王の封印に関しては、町の初期の資料が詳しかろう」
 その辺の資料だの、とダンドリオンの指先が示す書物をめくってみたが、五千年をはるかに越えた古さのものともなれば、文章一つとっても古文書レベルである。思わずため息を付き添うになるのを堪えつつ読み進め、同時、箒に乗って上空からの様子を確認しに行っている魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)からの情報も併せて、当時の資料に類似性を求めては見たが、文明のレベルと言うより習慣の問題なのか、絵にして残す、ということは行われていなかったようで、地輝星祭を描いたと言われる絵以外の、視覚的な資料は殆ど見当たらなかった。
「あえて記録されてなかったんじゃないか、って疑いたくなるね」
 パンフレットにもストーンサークルの写真はあったが、町の様子は地図であって絵ではない。町の人々が、それを封印と認識していなかったところから考えて、認識させないようにしていたのがその理由のように思える。
「その可能性は強いだろうな」
 優は頷いて、飾ってあった絵を複製したポストカードを見やった。
「この絵にしても、一人一人の星座の人物が持っている数が、ランタンを灯す順番を示しているみたいだし」
 祭の伝承の手段であって、封印そのものを示すものは残さないようにされている、としか思えない徹底ぶりだ。それほどまでして、隠しておきたかったものなのだろう、と優は続ける。
「あの女王をカモフラージュに使うぐらいだ。”天に連なる者”とやらに見つからないように、他の全てからも隠したのかもな」
「随分な徹底ぶりだよ」
 ため息をついたトマスだったが、何か見つけたらしいダンドリオンが口を開いた。
「もしかしたら、これではないか?」
 その言葉に思わずにじり寄ったトマスに一瞬戸惑いつつも、ダンドリオンが書物の一文を示した。
「ここじゃ。『碑を写し、移す』とあろう」
「うつす……?」
 鸚鵡返しに問うトマスに、ああ、と和輝が気がついて二人に近づいた。
「亀裂の中の調査で、ストーンサークルの碑文と同じものが見つかったんだ」
 しかも、年代からいうと、亀裂の中にあるものの方が古い、という。ならばこの一文は「碑文を写し、ストーンサークルに移した、という意味になるはずである。が。
「ちょっと、待った。写し、写す……じゃなくて、移す?」
 引っかかるニュアンスに、思わずと言った様子でトマスがその文章をなぞる。確かに、意味合いは写す、ではなく移すとなっている、
「……どう思います?」
 意見を求めると、『そうですね』と子敬も難しい声色だ。
『移す、というのは碑文そのものを移した、と考えた方が良いように思いますね』
「封印を、移した……?」
 呟く声に、皆が「まさか」という思いで沈黙した。
「……封印自体を、動かせるとはとても、思えないが」
 かろうじて何とかそう口に出した優に、いいえ、と刹那が眉を寄せた。
「封印を動かしたのではなく、封印の認識を、移したのかもしれません……」
「認識?」
 皆が首を傾げるのに、刹那は重い声で続ける。
「女王はカモフラージュでした。でもそれは、祭を続けさせるため、だけではなかったんだと思います」
 恐らく、本当の目的は地下の封印が”きちんと封印された状態を保っている”と見せかけるためだったのではないか。つまり、女王は、この町に封じられている”何か”の状況そのもののカモフラージュではないかというのだ。それは、逆を返せば。
「……まさか、地下の封印はそもそも破られてる、とでも言うのか」
 優が険しい表情で言うのに、和輝は「まさか」と首を振る。
「あの声だって”鍵はあと一つ”って言ってたんだ」
 本当に解けているなら、そんな言い方はしないだろ、と否定するが、その声には僅かに不安が混じっている。
「破られないまでも、緩んでおったのかもしれん」
「じゃあ」
 ダンタリオンの指摘に、和輝は更に難しい顔で唸った。
「その緩みを感知させない様に、封印を地上に”移し”てカモフラージュしていた可能性がある、ってことか」



 一方。
 緊迫する部屋の入り口で、身を隠しつつ覗き込む影ひとつ。
「うー……知らない人がいっぱい……」
 サンドイッチやコーヒーが載ったトレイを抱えたまま、途方に暮れたようにアニス・パラス(あにす・ぱらす)は呟いた。
 書類を読んだりするのが手伝えない分、別の手伝いをしよう、と軽食を作って来たはいいものの、その人見知りの激しさ故に、部屋の中に入れないで居るのだ。
「こうなったら……」
 サイコキネシスで届けちゃえ、とアニスが思いついたところで、そのトレイをひょい、と持ち上げる手があった。調べ物のために長老の資料を借りに来た呼雪だ。
「手伝いますよ」
 そう言ってにっこり笑いかけたのだが、アニスはびくんと体を硬くしてしまった。首を傾げる呼雪が、どうかしたのかと心配げに手を伸ばそうとしたのには、す、と和輝が体を滑り込ませるようにして間に入り、頭を下げる。
「すまん、人見知りするんで……」
 簡単な説明だが、すぐに納得して苦笑した。
「それはすいませんでした」
 呼雪が頭を下げるのに、アニスはふるふると首をすると、和輝の体に隠れながらではあるが、一応頭を下げた。

 そうしてなごんだところで、ヘルと共に書庫へ入ると、皆が差し入れに一息つくのと後退に、文献を洗い始めた。こちらの目的は、封印の要と、その代用になる可能性のものが、どこかにないかどうかの調査と、ディバイスの父親についての情報である。
「伝承を途絶えさせる必要があったかどうか、か……」
 サンドイッチを頬張りながら、トマスが首を捻る。
「継続を必要とする祭で、それを途切れさせる危険性をわざわざ作るとも思えないけど」
「可能性があるとすれば……」
 子敬が思索しながら話を継いだ。
「伝承の中に何か、封印解除を留めさせる何かがあった、ということでしょうな」
 その意味を尋ねる皆の視線に、子敬は続ける。
「封印を解く準備が既に終わろうとしており、一刻も早く封印を解きたい者にとっては、引き伸ばされてしまう可能性は排除しておきたかった」
「そのために消された……って?」
 ヘルが嫌な顔をするのに「あくまで可能性ですよ」と子敬は冷静に言う。
「伝承に関する辺りは、前町長の手記が詳しいかと思います」
 とはいえ、殆ど記述としては残っていないようですが、と続けつつ、刹那が差し出した資料を受け取り、呼雪はその文字に目を走らせ始めた。