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春爛漫、花見盛りに桜酒

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春爛漫、花見盛りに桜酒
春爛漫、花見盛りに桜酒 春爛漫、花見盛りに桜酒

リアクション

 会場といっても、以前のお茶会会場のようにしっかりしたものではない。
 うっとりするほどの大量の桜がヴァイシャリーへ続く街道沿いに並べられ、桜並木の下に各々シートを敷き詰めたり、テーブルを並べたりと気ままに過ごしていた。春の貴公らしく、甘い香りが辺りを漂っていたが、それらは花の香りだけではなく、かぐわしい料理の香りも運んでいた。



 仲むつまじくお茶を飲み交わしていた、冬蔦 日奈々(ふゆつた・ひなな)冬蔦 千百合(ふゆつた・ちゆり)は、実行委員からメール報告を受けてすぐに紙ふぶきの準備をし始めた。さくら紙を丁寧に花びらの形に切りそろえてあるものだ。冬蔦 千百合がルーノ・アレエたちの見つけて合図を送ると、冬蔦 日奈々が紙ふぶきの入った籠をしっかりと抱きしめる。たしかに、懐かしい気配、声を感じる。そして、すぅ、と思いっきり息を吸い込んでかごの中の花びらを手のひらですくい、彼女たちめがけて振りまいた。

「ルーノさん! ニーフェさん!」
「おかえりなさいですぅ?」

 突然浴びせられた紙ふぶきに驚いた機晶姫姉妹は、懐かしい顔にすぐ頬をほころばせて駆け寄った。

「如月 日奈々、冬蔦 千百合!」
「ふふ、結婚したんだよ。あたしたち」
「だから、もう如月じゃないんですぅ」
「では、冬蔦日奈々、ですか? おめでとうございます!」
「ありがとう! そしてお帰り!」
「積もる話は、また後でお願いしますねぇ?……みんな、向こうで待ってますよ?」

 可愛らしい夫婦の笑顔にむかえられ、ルーノ・アレエとニーフェ・アレエは先を急いだ。リース・エンデルフィアは終始ニコニコしながら、二人に自分のことを話していく。そのほとんどが、パートナーであるマーガレット・アップルリングがいかにいい友人であるかということがメインだった。マーガレット・アップルリングは少し頬を赤らめていたが、リース・エンデルフィアがいかに素敵な少女であるかということを、教えてくれた。

「お姉様たちとも、お友達になりたいですねーv」
「もうお友達ですよ! よろしくお願いしますね、リースさん、マーガレットさん」
「うん、よろしくね! 噂の留学生と仲良くなれるなんて、すっごいよー」

 二人はさらに上機嫌にならんで歩いていると、おいしそうな香りが近くになってくる。
 視線を向けると、たくさんのテーブルがならぶ広場に出た。先ほどまでの穏やかな雰囲気とは異なり、明らかに大きな団体が主催している様子のお花見だった。
 その中心にいた金髪の女性が、ものすごい勢いでルーノ・アレエのところへと駆け込んできた。

「ルーノ! ニーフェ! もーほんっとに久しぶり!!!」

 たわわな胸に顔が埋まってしまって、ルーノ・アレエは一瞬驚いて身をすくめるが、すぐにその胸の持ち主が誰かわかった。

ルカルカ・ルー(るかるか・るー)?」
「やっと逢えたよー! 元気してた? 向こうではどうだった?」
「ルカさん、いきなり質問攻めではルーノさんも落ち着けませんよ」

 穏やかな笑みを湛えているロザリンド・セリナ(ろざりんど・せりな)は、百合園の生徒らしく優雅なお辞儀で挨拶を交わす。そして、ルカルカ・ルーごと、二人を抱きしめた。

「お元気そうで、何よりですっ!」
「ロザリンドさんも、お久しぶりです!」
「さぁ、みんな話したいんですから、まずはこちらへどうぞ]

 ラフな格好の御神楽 陽太(みかぐら・ようた)は、妻である御神楽 環菜(みかぐら・かんな)と共に集まりの中央にあるクッションを指差した。それほど大きくない桜の樹の根元だ。それを囲うように、大きなシートの上に絨毯を敷き詰め、それぞれが柔らかなクッションの上に腰掛けている。イスももちろん用意されているが、そこは地べたに座る形だ。
 その前に、とルーノ・アレエとニーフェ・アレエは二人の前で一礼する。

「改めてご結婚、おめでとうございます。御神楽 陽太」
「皆さんに私たちのことを教えてくださったんですか?」
「あはは。すみません。本当は内緒にするべきだと思っていたんですけれど、やっぱり帰ってくるならみんなに伝えないとと思いまして」
「地球に留学してたのを知ってるのは、私とこの人、それから桜井校長だけだったから……でも、帰ってくるときくらいは、ね」
「感謝します。御神楽 環菜」
「ほらほら、早く座って! みんながまってるんだからさ!」

 ため息混じりに如月 佑也(きさらぎ・ゆうや)がせかすと、二人は急いで靴を脱ぎ、ようやく敷物の上に置かれたクッションに腰を落ち着けた。周りには、懐かしい顔ばかり。
 そして【桜酒】が入った紙コップがまわされる。唐突にリース・エンデルフィアが立ち上がり、声を高らかに発した。

「おほん、それでは僭越ながら噂の留学生を連れてくる名誉を頂いたついでに、乾杯の音頭も取らせていただきます」

 はやくしろー、いいからてきとーで! という声が飛んでくるが、金髪の少女はにっこり笑ってコップを天に強く掲げた。

「ルーノお姉様、ニーフェちゃん、お帰りなさいの乾杯!」

「「「「「乾杯!!!!」」」」



 ルーノ・アレエとニーフェ・アレエは顔を見合わせて噴出した。

「二人とも、何がおかしいの?」

 ルカルカ・ルーが少し頬を膨らませると、二人の機晶姫はにこやかに答えた。

「私たちの帰還をこんなに祝っていただけるとは思いませんでした」
「おめでたいに決まってるじゃないか! さて、それじゃこれは私たちからだよ」

 緑色の瞳を優しく輝かせながら、五月葉 終夏(さつきば・おりが)が微笑んでセオドア・ファルメル(せおどあ・ふぁるめる)と視線を合わせて両手に持った花束を差し出した。

「「お帰りなさい!」」

 一瞬きょとん、としてしまったがルーノ・アレエは五月葉 終夏から、ニーフェ・アレエはセオドア・ファルメルから花束を受け取る。
 それぞれが、可愛らしい春の花で彩られていた花束だった。金のリボンと、銀のリボンが、それぞれあしらわれており二人の機晶姫はにっこりと笑った。

「ありがとうございます、終夏さん! それと……」
「こっちはセオだよ。二人と逢うのは初めてだったかな」
「初めまして、ルーノ君、ニーフェ君。守護天使のセオドア・ファルメルだ。良いことはみんなで過ごすとより楽しい。例え今日が初めてだとしても、僕たちは楽しい時間を過ごす友達。ということで、これからもよろしくね」

 軽くウィンクを飛ばすセオドア・ファルメルに、ルーノ・アレエはくすくすと笑って握手を交わした。
 そこへ、軽やかに駆け込んできたのは小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)だった。その両手には、大きな包みを持っている。後ろから息を切らせながらベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)がよろよろと駆け込んでくる。

「ルーたん、ニーたん! おっかえりーーー!!!」
「お、お帰りなさい……お二人とも」
「小鳥遊 美羽、ベアトリーチェ・アイブリンガー!」
「新しい制服、持ってないでしょ?」

 長いツインテールを揺らしながら小鳥遊 美羽に、ルーノ・アレエは答えるように抱きとめた。そんな彼女が差し出したのは、ラッピングされた新しい百合園女学院の制服。よく見れば、私服の中に混じってそれを身につけているものたちも多くいた。ルーノ・アレエはその袋を抱きしめながら、微笑んでお礼の言葉を口にする。

「私たちも、新しい制服なんですよ。スカートの丈に違いはありますけれど……」
「よく似合っています。二人とも。とても素敵なプレゼントで、嬉しいです」
「購買で買えると思うんだけど、せっかくだからプレゼントしたくって! あとで着替えて見せてね!」

 すると、背後の桜から、にゅっと腕が伸び、ルーノ・アレエとニーフェ・アレエの腰をつかんだ。あまりのことに声にならない悲鳴を上げていると、耳元に声が届いた。

「おかえり、二人とも」
 
 振り返ってみれば、眼鏡の奥で優しく微笑む毒島 大佐(ぶすじま・たいさ)だった。
 そして、その驚きの瞬間をデジカメに収めたのは、毒島 大佐のパートナーのプリムローズ・アレックス(ぷりむろーず・あれっくす)だった。
 樹をすり抜けて出てき技に目を丸くしながらも、ルーノ・アレエたちは抱きついて喜びを表した。

「さて、せっかくだから着替えさせてあげようか、ね」
「毒島 大佐?」

 問いかけも間もなく、二人を抱えて毒島 大佐とプリムローズ・アレックスは飛び上がってしまった。それから数秒の後、音もなく降り立った二人の腕の中に、着替えを終えたルーノ・アレエとニーフェ・アレエがいた。サイズは二人にぴったりで、スカートの丈もルーノ・アレエのほうが気持ち長くなっていた。

「凄い早業!」
「お似合いですよ、お二人とも」

 拍手と共に迎えられ、ルーノ・アレエとニーフェ・アレエは少し困ったような笑みを浮かべてもう一度腰を下ろした。
 旅支度の服は綺麗にたたまれ、小鳥遊 美羽の手でラッピング袋にしまわれた。

「新しい制服に、よく似合う物を用意したよ」

 ピンクのミニ薔薇ブーケを差し出したのは、赤髪の好青年、エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)だった。その後ろには、メシエ・ヒューヴェリアル(めしえ・ひゅーう゛ぇりある)も立っていた。

「二人にまた逢えて嬉しいよ。メシエも、心配してたんだよ。こう見えて」
「……何にしても、ルーノ達が不具合も無く…その…元気で良かった」

 元気、という言葉を聞いて、ルーノ・アレエはにっこりと笑った。機晶姫=道具でしかない彼がそう言葉にしてくれるのが、心底嬉しいかのようでもあった。

「言動不一致だな」

 メシエ・ヒューヴェリアルを揶揄したのは、ダリル・ガイザック(だりる・がいざっく)だった。だがその表情はどこか笑みを湛えており、それが嬉しいかのようにも見える。

「ふん。これだけ多くの人間に迷惑をかけているのだ。《元気》でいてもらわないとうるさいのが多すぎる」

 言い訳のようにも取れるが、わずかに頬を赤らめているメシエ・ヒューヴェリアルは今度はその元気という言葉に少しだけ力を込めた。ルーノ・アレエもわずかに頬を赤らめると、にこやかに微笑んだ。

「エース・ラグランツ、メシエ・ヒューヴェリアル、ありがとうございます。このブーケもとっても素敵ですね」
「桜と、同じ色をしていますね!」
「その話題は!」

 ニーフェ・アレエが嬉しそうに口にしたのを、メシエ・ヒューヴェリアルがはっとした顔で制止するも、とき既に遅し。
「桜は大きな分類ではこの薔薇の仲間なんだよ」と、エース・ラグランツはにっこり笑って語りだした。

「やだな、メシエ。花の蘊蓄は程々にするけど、でも、桜はこの時期にしか逢えない花だし、生命の象徴とも言われているものだから。特に桜は古木でも綺麗に花を咲かせるからね。百合園自慢の桜並木だと色々な種類の桜が楽しめそうだ。元々の品種も多い上に桜は突然変異も多くて、白?桃色の繊細な花色の変化に加えて、花弁も5枚の一重から百数枚の八重咲きと本当に色々な表情が見られるから毎年楽しみだね」
「……長い」
「え!? これでも凄く短くしたんだよ!?」

 メシエ・ヒューヴェリアルの突っ込みに、ショックを受けているエース・ラグランツの姿に、ルーノ・アレエは堪えきれず笑い出した。その様子に嬉しそうなため息を漏らしたメシエ・ヒューヴェリアルは、手にしていた上等な瓶を取り出し手掲げると、辺りのメンバーに声をかけた。

「こんな薀蓄よりも、ブランデーをもってきた。桜酒に少したらすといいらしい。みんなで使ってくれ」
「ああ、それじゃあとでブランデーティーも作るよ。とにかく今は、お茶を楽しまないとね。リーフパイとか、ブッセとか、色々作ってきたからみんなで食べてね」

 エース・ラグランツの言葉を皮切りに、まってましたといわんばかりにお菓子の山が到着する。
 ベアトリーチェ・アイブリンガーの手作り茶菓子から、色鮮やかな苺タルト、抹茶スコーンや桜クッキーなどなど、さまざまなものが並んでいた。
 それだけにとどまらず、お花見弁当として助六寿司も並び、集まりはより豪華なものへと代わっていった。
 ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)は、自分が作ったビスケットを差し出しながらにっこりと笑っていた。

「お帰り、ルーノおねーちゃん、ニーフェ! これ、わたしが作ったんだよ!」
「ノーンさん、ありがとうございます! それにすっごく豪華なお茶菓子ですね!」
「みんな、みんな協力して作ったの! ネージュさんとか、ソアさんとかケイさんとかエイボンさんとか!」
「私も作ったんだからね!」

 秋月 葵が苺タルトとマカロンを差し出しながら、ルーノ・アレエに訴える。くすくす、と笑いながらルーノ・アレエはマカロンを受け取り口に運んだ。

「凄くおいしい! エレンディラ・ノイマン、秋月 葵はお菓子の腕が上がりましたね」
「ええ、葵ちゃん、今日のためにすっごくがんばってたんですよ」
「エレンも褒めてくれるの!」
「俺たちのも食べてくれよ!」
「すっごく上手に焼けたんですよ?」

 緋桜 ケイと、ソア・ウェンボリスも塩クッキーと抹茶スコーンを手に二人のところへ腰掛ける。そして頬を上気させたソア・ウェンボリスが、ニーフェ・アレエにおもむろにハグをした。

「どうしたんですか? ソアさん!」
「だってだって?二人とも帰ってこなくって心配してたんですよ?! またあえて凄くうれしいです!」
「ああ、ソアの奴ちょっと、桜酒に酔ってるみたいなんだ……」
「酔ってません! あ、でも酔ったから二人に逢えたんですかねぇ」
「ふふふ、私たちは幻じゃありませんよ。ソア・ウェンボリス」

 幻。少し遠巻きに桜酒を楽しんでいた神楽坂 翡翠(かぐらざか・ひすい)はその言葉を聞いた瞬間に向かい側に立つ桜の木の下に、懐かしい少女の姿を見つけた。
 思い出が溢れて、桜吹雪に戯れる少女に向かって、言葉を投げかけた。

「桜が……好きでしたね」
『うん、桜は、好きだよ。だって、あの時、ものすごく楽しかったもの。無理しないでね? 限界来ているから、今度は、当分寝込む事になるよ、注意だからね』
「翡翠ちゃん?」

 その少女と同じ姿を持つ榊 花梨(さかき・かりん)に声をかけられて、われに返った。心配かけないようにと、口元に笑みを湛えながら、神楽坂 翡翠は「いいんですか? いかなくて」と言葉をかけた。

「もぅ、ニーフェのところに行ってくるから、写真お願いねって言ってるの、聞いてたの?」

 少しむくれた顔をしながらも、すぐに親友のところへと黒猫のリンを先行させていた。
 リンに気をとられたニーフェ・アレエはすぐさま押し倒される勢いで榊 花梨に突撃されていた。

「花梨さんっ!?」
「今日まで心配かけたぶん、思いっきり今日は引っ付いてやるんだからね!」

 楽しげな光景をカメラに収めながら、神楽坂 翡翠は小さく微笑んだ。願わくば、もう少しだけこの時間が続きますように、と。




「さて、それじゃあ一発目いきますか!」
「うんっ! お兄ちゃんから借りたヴァイオリンのデュオで、いっくよー!」

 五月葉 終夏と霧島 春美(きりしま・はるみ)が二人でヴァイオリンを弾きはじめた。最初は明るい曲で盛り上げると、ジャッカロープの獣人、ディオネア・マスキプラ(でぃおねあ・ますきぷら)が可愛らしくお辞儀をしながら、両手にクローバーの冠を掲げ、ルーノ・アレエとニーフェ・アレエの頭にかけていく。

「はい、あろは あう いあー おえー☆ 新しい制服、とっても似合ってるよ二人とも。それになんだか、表情が柔らかくなった?」
「でも、体つきは変わらないわね。さすが機晶姫」

 背後からさりげなくルーノ・アレエの身体に抱きついた崩城 亜璃珠(くずしろ・ありす)が、ルーノ・アレエの耳元で囁いた。さわさわと服の上から柔らかく愛撫をすると、ふくよかな胸、腰のくびれたラインはいつぞや触ったときのままだった。ルーノ・アレエは顔を赤くして振り向くと、ほっぺたに唇を押し当てられる。

「お帰りなさい。これは、私からのお祝い」
「く、崩城亜璃珠……あ、ありがとうございます」
「新しい制服も素敵だけど、ああそういえば、百合園にも流行みたいなものがあってね。例えば…ファッションの中にパワードスーツを取り入れてみる、とか。百合園生らしさ乙女らしさを維持しつつどれだけ装甲を厚くできるかを追求してみようと言う動きがあって……ほら、ここにもその最たる例がいるじゃない」
「もう、亜璃珠さんたら嘘を教えないで下さい!」

 指を指されたロザリンド・セリナが真っ赤になりながら否定すると、崩城 亜璃珠だけでなく、ルーノ・アレエやニーフェ・アレエ、ディオネア・アマスキプラもくすくすと笑う。いつの間にかディオネア・マスキプラも崩城 亜璃珠に抱きとめられてもふもふーと豊かな毛皮を撫で回されていた。

 祝いの席といえど、腕に覚えがあるものは有事の際のために、決して丸腰姿ではなかった。
 過去の経験がそうさせているのだろうか。二人の歓迎をしながらも、視線を配っていたのはロザリンド・セリナだけではなかった。
 緋山 政敏(ひやま・まさとし)のパートナー、カチェア・ニムロッド(かちぇあ・にむろっど)リーン・リリィーシア(りーん・りりぃーしあ)も、ささやかな贈り物を手に二人の機晶姫の傍へと歩み寄った。

「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」
「アルザスさんたちは一緒じゃなかったのね?」
「二人とも、お久しぶりです。緋山政敏はご一緒じゃないのですか?」
「ちょっとあっちで野暮用。こっちは変わらず政敏のお守りでたいへんだったわー。そっちは留学に行ってたんですって? 教えてくれたらよかったのに」
「そうです、水臭いですよ」
「私がわがままを行って、連れて行ってもらったんです。私たちはパートナーが要るわけじゃないから、二人一緒ならって、留学の許可が出たんです」
「まぁ、そういう話はまとめて聞いたほうがいいだろ。それより、アルザスはどうしたんだ?」

 遅れて姿を現した緋山政敏に、二人のパートナーは少しばかり不満を交えた表情を向けていた。
 その名前を聞いていたネージュ・フロゥと緋桜ケイが、は、として声を上げた。

「もしかして、イシュベルタさん?」
「あいつなら……たしか実行委員に手を貸して、このお茶の手配バンバンしてたぜ」
「イシュベルタさんなら?私たちにこの写真をくれた人ですねv」

 リース・エンデルフィアも上機嫌な様子で、以前の誕生日会で撮影した二人の写真を見せびらかしていた。マーガレット・アップルリングもニコニコとした様子で頷き、「妹思いのいいお兄さんだね」と言葉を添えた。それを聞いて緋山 政敏は残念そうに息を吐いた。

「いや、アレは妹思いを通り越してシスコンだ、それも重度のシスコンだ。上にも下にも」
「政敏! ルーノさんたちの前で彼の悪口はよくありません! 周りがみて過保護過ぎではと思う節はありますけれど、捻くれ、いえ。よい人です」
「カチュア……フォローしきれてない」

 カチュア・ニムロッドの言葉にリーン・リリィーシアが苦笑しながら制する。

「まぁ、でも想ってくれる人がいるのはいいことね。そうだ。携帯があるんだから、メールの一本、電話の一本くらいちょうだいね。もしかして、番号変わった?」
「いえ、大丈夫です。今後は、そうしますね。リーン・リリィーシア」
「あ、お姉様とアドレス交換したいですv」
「それなら、私もいい?」

 初めてルーノ・アレエに逢うものたちが、こぞって彼女との連絡先を交換した。それをみて、リーン・リリィーシアは小さく微笑むと、その輪の中から離れていく。カチュア・ニムロッドに「お願いね」と伝えると、イシュベルタ・アルザスの誤った宣伝をしている緋山 政敏の首根っこを引っつかんで桜並木を歩いていった。

 ヴァイオリンの曲が、メロディを変え、あるメロディラインへと変わっていく。
 ニーフェ・アレエが思わずハミングして、はっと気がつく。

「この曲って?」
「そう、あの曲をアレンジしてみたの。少し明るめにね」

 五月葉 終夏がそう口にしながら、弦を震わせ音色を紡いでいく。霧島 春美もその音色に花を添えていく。しばらく聞き入っていると、ディオネア・マスキプラと、ノーン・クリスタリアが立ち上がって軽く咳払いをすると、あの新しい歌詞を口にする。
 彼女たちの歌声は、もともとの歌詞を忘れさせてしまうほどの、穏やかで幸せな歌となっていた。

 ルーノ・アレエとニーフェ・アレエの拍手で終わりを告げると、ヴァイオリンの演奏もそこで終わった。奏者の二人に盛大な拍手が送られると、霧島春美が改めてルーノ・アレエたちに挨拶をするためトレードマークの一つである帽子を脱いだ。

「お久しぶりです。また、困ったことがあればいつでもマジカルホームズとアニマルワトソンを頼ってくださいね?」
「ええ。いつも頼りにしています。霧島春美」
「では、またのちほど! ディオ、お茶もらいにいこう!」
「うんっ! それじゃ、二人ともまたあとでねー」
「よーっし、ここからはアイドルライブに切り替えだよー!」
「私もー!」

 いつの間にかセットされていた音響機材を背に、アイドル衣装に身を包む小鳥遊 美羽と同じく衣装に身を包んだ秋月 葵がマイクを手に歌い始めた。宴会場は更なる盛り上がりを見せていた。
 そこへ、ドレスに身を包み、お気に入りの月長石のイヤリングをつけた女性が、極上の花束をルーノ・アレエとニーフェ・アレエに手渡した。

「久しぶりですね、二人とも!」
ルシェン・グライシス(るしぇん・ぐらいしす)? 素敵なドレスですね……花束ありがとうございます!」
「せっかくの再開だもの、おめかししナイトと思ってね。アイビスや、朝斗もおめかししたのよ」

 榊 朝斗(さかき・あさと)はネコミミメイド姿でお菓子を二人の前に並べながら、苦笑しつつ挨拶を返した。
 そして、ルシェン・グライシスと同じくドレスアップしたアイビス・エメラルド(あいびす・えめらるど)が以前とは違う少女らしい表情で二人にお辞儀をした。

「ずいぶんと、いろんなことがあって、何から話したらいいのか分かりませんけれど……今なら、あなたたちの気持ちが分かると思います」
「アイビスさん……」
「さ、榊朝斗も、に、似合っていますよ…?」

 ニーフェ・アレエとアイビス・エメラルドが感動の会話を交わしている横で、ルーノ・アレエは笑いを堪えながら榊朝斗の挙動を眺めていた。そこへ飛び込んできたのは、青い髪と緑の髪の機晶姫。
 ラグナ アイン(らぐな・あいん)と、ラグナ ツヴァイ(らぐな・つう゛ぁい)だった。二人は女の子らしい装いで、お土産のお菓子を差し出しながら近くに腰を落とした。

「アイン!」
「ツヴァイさん!」
「ルーノさん、お帰りなさい!」
「ニーフェは、少しは妹キャラとして修行つめました?」

 にこやかに挨拶を交わしてくれた機晶姫姉妹の笑顔は、以前の聖夜の宴と全く変わっていなかった。
 いや、それ以上に晴れやかにも感じられる。ラグナ アインは眩しそうにルーノ・アレエの顔を見つめ、そしてその胸元に大事に身につけられているガーネットに手を伸ばした。

「お守り、いつも身につけてくださっているんですね」
「はい。始めていただいたプレゼントです。勿論他の方からのプレゼントも大事にしていますが、これは特別です。初めての親友からの贈り物です」
「ルーノさん……私、ルーノさんたちがいない間のこと、たくさんお話したいんです! お母さんに会えたこととか、他にもたくさん! 私たちのほかの兄弟たちのこととかも!」
「ええ、アイン。お願いします」

 にっこりと笑ったルーノ・アレエの手をとり、ラグナ アインは順を追って、できる限り楽しくルーノ・アレエに聞かせようと身振り手振りでこれまでの、二人にあいた空白の時間を埋めるように話し始めていた。ラグナ ツヴァイはそれを眩しそうに眺めながら、ニーフェ・アレエに向き直り、小さく笑った。

「ニーフェは、何か変わりましたか?」
「変わった、ですか?」
「例えば、恋をしているとか……うちの兄者に後れを取ってはいけませんよ」
「こ、こいだなんて……私にはよく分かりません……兄さんや、姉さん達といられるときや、みんなと一緒にいるときの違いだって、よく分かっていないのに」
「兄弟はいいものです。私たちの兄弟には、出来の悪い弟がいるんですよ」
「そうなんですか? 是非聞かせてください!」

 小麦色の手を合わせながら、大はしゃぎで聞き入るニーフェ・アレエに、彼女と同じ髪の色をした機晶姫は今日は素直に自分のことを語り始めていた。




 二組の姉妹の会話がまとまりつつあった頃、新しい客人がルーノ・アレエとニーフェ・アレエの前に姿を見せた。
 白いロングウェーブの髪をたなびかせながら、道化師を伴って現れたのはイリス・クェイン(いりす・くぇいん)だった。その横で道化師の風貌のクラウン・フェイス(くらうん・ふぇいす)は、軽いアクロバティックをしながら、二人の目の前にステッキを差し出す。指を鳴らしたとたん、それが花束に変わり、二人の手の中に納まった。

「初めまして! 僕はクラウン・フェイスだよ! よろしくね」
「私はイリス・クェインです。見てのとおり、あなたと同じ学院のものですが、お初にお目にかかります。復学の噂を聞いて、参りました」
「よろしく、イリス・クェイン」

 親愛の証として握手を求めると、イリス・クェインは少し目を丸くしながらその手をとった。

「え、おかしいでしょうか?」
「いいえ。予想以上に礼儀正しいお方で驚いているんです。私が聞いていた噂では、謎の歌姫、という逸話までしか伺っていませんでしたから。どうして、金の機晶姫、銀の機晶姫と呼ばれているんですか?」
「二人の機晶石の色が、金色と銀色をしているからよ」

 第三者の声に、4人は振り向いた。そこにいたのは機晶姫の修理屋である朝野 未沙(あさの・みさ)と、その妹達朝野 未羅(あさの・みら)朝野 未那(あさの・みな)だった。

「朝野 未沙!」
「ルーノさん、お帰りなさい!」
「おかえりなの!」
「やっとぉ、ごあいさつできましたぁ?」

 手土産代わりのお菓子とお茶のお代わりを持った朝野 未羅と朝野 未那と違って、朝野 未沙は使い込まれた工具箱を片手にしていた。

「あとで、メンテナンスさせてね?」
「はい。お願いしますね」
「それなら、教導団にも定期診断に来てくれ。機晶医師として実績を積んだからな、二人のメンテナンスなら私にもできるはずだ」
「ダリルさんも、修理屋さんなんですか?」
「いや、教導団で医者をしている。俺の患者にも機晶姫はたくさんいるからな。定期健康診断のつもりで、いつでもうちのところも訪ねてきてくれ」
「そういいながら、ルーノさんの裸を見る気なのね?」
「えっちーなの!」
「い、医療行為であって決してそのような破廉恥なことはない」
「二人とも、私たちの身体を心配してくれてありがとう。こんなにたくさんの友人に心配されていたら、早々調子を崩すことはありませんね。宴が終わったら、二人に是非お願いします」

「「もちろん」」

 二人の技師と医師から返事を受け、ルーノ・アレエはとても嬉しそうに笑った。
 今日だけで、一体どれだけ笑顔にさせられたか分からないほどに・・・。

「ふふ。なんとなくだけど、わかった気がします」
「どうしたの? イリス」
「彼女たちが、とてもたくさんの友人がいて、彼女たちもとても素敵な機晶姫であるということが、分かったの」
「うん! 僕たちも仲良くさせてもらおう!」
「クラウンさん! さっきの手品、教えてもらえませんか?」

 ニーフェ・アレエが緑の瞳をきらきらさせながら、クラウン・フェイスのほうを見つめていた。少し頬を赤らめながら、クラウン・フェイスは笑った。

「えー、そんなに凝ったものじゃないんだよ?」

 イリス・クェインは、そんな二人の姿を眺めながら、桜酒に口をつけていた。

「桜舞い散る中、笑顔溢れるその中で、酒とお弁当とお菓子が並べられていく。人はそれを、花見という……」

 であった頃とはすっかり風貌が変わっていたエヴァルト・マルトリッツ(えう゛ぁると・まるとりっつ)を、ルーノ・アレエは人目で見つけて声をかけた。遠くに立っていたので、近くに呼んだのだ。

「お久しぶりです。エヴァルト・マルトリッツ。ずいぶんと装いが変わったのですね」
「よそおいというよりまぁ、だいぶ見た目が変わってしまったかな。相変わらずでよかった。心配していたんだ」
「急な話で申し訳ありませんでした」
「いいや。だが知らせがないのは元気な証拠、ともいう。無事で何よりだ」
「はい。また、こちらに戻ればたくさんご迷惑をおかけしてしまうと思ったのですけれど、それよりも、また皆さんに逢いたい気持ちのほうが強くて、帰れると決まったとき、急いで戻ってきたのです」

 ルーノ・アレエがかみ締めるような笑みを浮かべていると、エヴァルト・マルトリッツは小さく頷いた。

「こっちはこっちで大変だったな…ナラカ行って大暴れしたら死にかけてサイボーグになるし、ティル・ナ・ノーグで一週間ほどかけて再生・超進化人類したし。パラミティール・ネクサーは魔法少女認定されるし。いつの間にかシスコン設定強化されてるし。
まぁ、つもる話は後だ、存分に楽しんでくるといい」

 エヴァルト・マルトリッツは小さく笑うと、あ、と思い出したようにもう一言添えた。

「困ったことがあれば、いつでも頼ってきていいんだからな」
「はい。その時は是非お願いします」