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リアクション
序 章 人形の屋敷
それは、ヴァイシャリー湖の湖畔には珍しく、深い木々に覆われた場所であった。
周囲は湿気の多い湿地帯で、木の枝と枝の間を蔓(つる)植物が覆っており、日が出てもあまり光が差し込む事はない。
その為、石造りの古びた洋館も苔に覆われ、全体の温度を幾度か下げているように見えた。
「カァカァ……カァカァ……バサバサバサバサッ……。」
静寂を破るように、カラスの鳴声が響き渡った。
どうやら、館の主が出てきたらしい。
小脇に抱えたザルに刻んだ果物を入れ、漆黒のローブを身に纏った小柄な主は、屋敷の隅に敷き詰められた敷石の上にソレらをばら撒いた。
すると、カラスは当然の如く飛んできて、主からもたらされる食事にありつく。
「美味しい? ふふ……。」
漆黒のローブがはだけると、褐色の肌にふわふわっと綿菓子のような金髪が姿を現した。
外見は16、7歳くらいに見える彼女は、この屋敷の主で魔女のレイシアである。
定期的に餌を与えているらしく、あれだけ警戒心の高いカラス達が彼女を警戒していない。
まるで友達と一緒にいるかのように、餌をばら撒く彼女の後を付いていく。
だが、何かの気配を察したように、突然カラスは四散した。
「……あらぁ。誰かしらぁ?」
レイシアは笑みを浮かべて、気配の感じる長い道先を見つめた。
薄光の差し込む、通りの上を一隊の小隊が近づいてくる。
人数は5人……いや6か。
男女の比率は半々と言った所だろうが、その行く手は全身を石で造られた、翼のない巨大な蝙蝠の姿をした二体の魔物によって阻まれる。
「こ、こいつは……すげぇ!!?」
小隊の先頭に立ったアキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)は、魔物を見つけると驚きの声をあげた。
長い八重歯を剥き出しにした魔物らは、荒い呼吸を繰り返していた。
見た目は精巧に作られた石の彫像でありながら、生き物のように自由に動く二体のガーゴイル。
幾多かの冒険をこなしてきたアキラらも、これほどの出来の良いガーゴイルは見たことは無かった。
「やっぱり、陰陽術の式神に似てるよね……基本的には一緒なのかな?」
佐野 和輝(さの・かずき)の背中に隠れつつも、アニス・パラス(あにす・ぱらす)は呟いた。
和輝は、別に戦いに来たのではないのだが……と思いつつも、【曙光銃エルドリッジ】に手をかける。
ガーゴイルはゆっくりとこちらに迫ってきており、一瞬即発の惨事が起こっても不思議はない。
……が、魔女の一声で状況は一変した。
「退きなさい。せっかく遊びに来てくれたのに悪いでしょ。」
ガーゴイルが道を開いた。
その先で、魔女が手招きをする。
まるで誘われるように、光と闇が対なす道を一行は歩いていく。
☆ ☆ ☆
屋敷の中は、外観とは裏腹にしっかりとし、整頓された造りとなっていた。
広い部屋の壁には、いくつものガラスケースが作られており、様々な姿をしたビスクドール達がびっしりと並んでいる。
人形らもガーゴイル等と同じ様に、生き物のように精巧に造られており、夜間はここに居たくないと思わせた。
中央には、長いテーブルと椅子が備え付けられており、レイシアはそこに腰掛けて声をかける。
「座ったら?」
「警戒しなくてもいいのかよ。敵意がないように見せかけて、実はあんたの首を狙っているのかも知れないぜ?」
ヴェルデ・グラント(う゛ぇるで・ぐらんと)は、あまりにもあっさりした対面に憎まれ口を叩く。
しかし、彼女はそうは思わないからとやんわりと答えた。
(まぁ、間違ってはないけど……、どえらい事が出来る魔女にしては隙だらけだな。嘗められてるのかねぇ。)
ヴェルテは指で後頭部を掻きながら、ドカッと音を立てて椅子に座り、真っ赤なモヒカンを揺らした。
松永 久秀(まつなが・ひさひで)は後ろ手を組むと、周りに並ぶ人形を観察している。
すると部屋に、エプロンをしたゴーレムが入ってきて、テーブルの上に紅茶を並べていく。
複雑な命令をこなす事が出来ると思えないゴーレムの、そのテキパキとした動きは驚くものがある。
この時点では、とてもタイムリミットが迫っているようには見えなかった。
「……それで、何の用件なのかしらぁ?」
レイシアは紅茶を口に含むと言った。
「おい、魔女! 俺を弟子にしてくれ!」
「アキラが弟子なら、ワタシも!!」
アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)とそのパートナーのアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)は、唐突な申し出をする。
珍しいゴーレム職人に興味があったアキラは、その技術をモノにしてみたかった。
だからこそ、この地にやってきたのだが、その技術を目の前にいてもたってもいられなくなったようだ。
しかし、魔女は笑いながら口を開く。
「唐突ねぇ。でも、アタシは魔女って名前じゃなく、レイシアって名前があるのよ。それに、本格的なゴーレム作成は、2、30年くらい修行が必要かもしれないけど、それでもいいのぉ?」
「う……うぅ……。」
アキラはたじろいだ。
多少の事なら我慢するつもりでいたが、30年は長すぎる……が、粘った。
せっかくここまで来たのだし、少しだけでも教えて欲しいと言った感じでだ。
すると、レイシアは微笑みをながら言った。
「まぁ、デザインタイプのゴーレムを造るって言うのなら、修行させてあげるわよ。」
「デザインタイプ?」
「観賞用のゴーレムよ。」
「えぇ!?」
「嫌ならいいわよ。どちらにしても、アタシは厳しいしねぇ。」
アリスはアキラの髪を引っ張り、ちょっと考えるように諭すが、アキラは聞く様子が無い。
他のメンバーは弟子になるのが目的でなく、別の思惑があるらしく、会話には加わってこないようだ。
中でも久秀は、壁の隅に置かれた人形を拾い上げると、笑みを浮かべながら、挑戦的に言い放った。
「この人形達、綺麗だけど少しつまらないわねぇ。自我を持った人間を傀儡のように躾る方が久秀は好きよ。」
「あらぁ、ワタシに喧嘩を売りに来たのかしらぁ? アンタも人形になるぅ?」
久秀の売り言葉に、レイシアは買い言葉で返す。
部屋の中に一瞬触発の空気が流れるが、その空気を佐野 和輝(さの・かずき)が制した。
「まぁ、待て待て、俺たちは別に喧嘩をしにきた訳じゃない。せっかく招待されたのに、手土産すら渡してないしな。」
「手土産?」
「そう、こんな人里離れたところに住んでいるレイシアに、新しい知識をね。」
和輝は不満そうに見つめる久秀を押しのけるように、椅子に座ると話しを始めた。
彼は数多くの冒険をこなしており、そこからもたらされる知識は実に様々だ。
そして暫しの間、和輝の冒険譚が始まる。
特にレイシアは、自分の知らない世界の事に興味津々で、ふわふわっと綿菓子のような金髪を揺り動かしながら聞き入った。
そんな中、ヴェルデは横目で数体の人形を見つめていた。
(イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)の情報によると、この中に人形にされた百合園生がいるらしいけど……。何が目的なんかねぇ。やっぱ商品として売るのか、玩具として使うのか。まぁ、俺には関係ねーけどね。)
ヴェルデは左耳についたピアスを弄ると、斜め前に座る魔女を見つめた。
人を誘拐し、ビクスドールに変えてしまうと言う【ヴァイシャリーの魔女】。
その深い闇の姿は、今の彼女からは感じられない。
だが、今月の初めに起こった出来事は、魔女の仕業と呼ぶに相応しい出来事であった――。
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