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第3章 残された者達


 ――そして、ここはザンスカールの街。
 パートナーが人形にされてしまった、マリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)は情報収集の為にこの街に来ていた。
 街の周辺は森林に覆われており、この地に住むヴァルキリーの一族なら、【ネクタル】の情報を知っているかもしれないからだ。

「ネクタル……ネクタル?」

 一概にネクタルと言っても、地元での呼び名がそのまま伝わっているかはわからない。
 様々な呼び方で聞いてみた方がいいかもしれない。
 「聖水?」、「ネクター?」、マリカは聞き込みを開始した。

「う〜ん、知らないなぁ……。」「悪いけど、他をあたった方がいいよ。」

 情報は見つからない。
 だけど幼少の頃から、柔道三昧の日々を送り、根性と体力だけはあるつもりだ。
 走って、聞いて、走って、聞いてを繰り返す。
 まるで、時計の針のように同じ場所をウロウロと……。

「やっぱり、あたし一人じゃ……テレサがいないと……。」

 そんな時、テレサの顔が浮かんでくる。
 ……と同時にヒラメキも浮かんできた。

「そうだ、テレサはいないけど……、あたし一人じゃ駄目だけど、地元に住むバトラー(執事)達に相談すれば。」

 自分も執事だし、同じ執事同士なら……、互助会、もしくはネットワークでもあれば……。
 淡い期待を抱きつつ、彼女の瞳に光が戻ってくる。



 ☆     ☆     ☆



 同時刻、サー アグラヴェイン(さー・あぐらべいん)もザンスカールの街に到着すると、霊糸で編まれたマントを翻し、音を立てながら進む。
 彼もまた白鳥 麗(しらとり・れい)を連れ去られ、人形へと変えられてしまった一人である。

「お嬢様がビスクドールに変えられてしまいました……! お嬢様から目を離すとは……アグラヴェイン、一生の不覚!」

 イングリットより話を聞いた、アグラヴェインは拳を大地に叩きつけて悔やんだ。
 だが、今回は麗を救出する為に、イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)に付き従う事にしたのだ。
 イングリットと言えば、麗のライバル。
 少なくとも麗はそう思っており、主人がそうである以上、アグラヴェインもイングリットに手を貸すなど考えられない事だった。
 ……が、事情が事情だけに、そんな事を言ってられない。

「イングリット様……お嬢様救出のため、何とぞお力をお貸し頂きたく存じます。そのために私も、今回は粉骨砕身イングリット様にお仕えさせていただきます。」

 ……とイングリットに頭を下げる。

「そう……、じゃあ、セネシャル(家令)、サー アグラヴェインは、今回わたくしの忠実な僕となってくださるの?」
「いかにも……。」

 イングリットは、ピンク色の髪をサラリと掻き分けると、威厳に満ちた表情で言った。

「では、アグラヴェイン! どんな方法を使ってもいいから、ネクタルの情報を探してきなさい!! 終わったら、わたくしの元へ馳せ参じるのですよ!」

 隣でそのやり取りを聞いていた、ミア・マハ(みあ・まは)は思わず吹き出した。
 そんな丸投げでいいのかい……と。
 だが、アグラヴェインは、ゆるりと頭を傾げると真っ直ぐと主の顔を見上げるように言ったのだ。

「わかりました。必ずやネクタルを突き止めて参ります。では……。」

 そして、彼はザンスカールの街にやって来た。
 街に存在すると言われる地祇や精霊の情報を得て、即興ながらスキル【晩餐の準備】で最善のもてなしを行う。
 イングリットに主人の面影を覚え、麗を救い出す事を堅固に思う。

「さぁ、地祇よ。精霊よ。集え、私の名前はサー アグラヴェイン(さー・あぐらべいん)! イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)の使いとしてこの地に訪れた使者である!」



 ☆     ☆     ☆



「バサッ、バササッ……。」

 木や枝を掻き分けながら、二人乗りの機晶バイクが一台疾走していた。
 お世辞にも上手いとは思えないが、驚くべき感と絶妙のマシンコントロールで道なき道を進んでいく。

「遅れちゃった分を取り戻さなきゃね。しっかり捕まっててよ。ひーさん。」
「捕まるのはいいですが……。あまり感心できない運転ですね。」
「しょーがないでしょ! あたしら、イングリットさんとの合流に間に合わなかったんだし……。」

 機晶バイクはウィリーすると、木賊 練(とくさ・ねり)は暴れ馬の背に乗るように、両足を広げて飛び跳ねた。
 後ろで冷静に装う、彩里 秘色(あやさと・ひそく)は静かに語る。

「年頃の女子(おなご)がはしたないですよ。木賊殿。」
「しょーがないじゃん。これがあたしの主義だもん! って、ひーさん。身体を傾けて!」
「えっ……。」

 キキキキキィーーーッ!!
 練が後方ブレーキをかけると、まるでサッカーのスライディングをするように機晶バイクが地面を這う。
 目の前には倒れた大木があり、その下をギリギリの所ですり抜けていく。
 その途中で、バイクのエンジンを吹かすと、前輪に引っ張られるようにとんでもないカーブを曲がっていく。

「ドリフト! ドリフト!」
「危険な……。やはり感心できませんね……。」

 秘色は頭を抱えつつ呟く。
 イングリットより連絡を受けた練らは、囚われている生徒を助けるべくイングリットを合流しようと思ったが、間に合わなかったようだ。

「それよりも、この方角で合ってるんだよね?」

 練は後ろを向くと、秘色に尋ねた。
 秘色は一瞬、空を眺めると答える。

「前を向いて運転してください……。最初にダウジングした方角に向かってます。多少のズレがあっても、私が地形や茂み、獣道などをチェックしております。」
「そーだね。ねー、あとどれくらいで追いつくかな?」
「運転次第ですね。」
「だよね。あたしもそー思う。」

 練は後ろを向くと笑いながら言った。

「前を向いて運転しなされ!!」

 秘色は彼女を注意する。



 ☆     ☆     ☆



 それから時計の針が、2時間ぐらい進んだだろうか。
 森の中を駆け進む瀬島 壮太(せじま・そうた)は、木の袂に集められた動物の骨を見つけて、獣人の集落が近い事を察知した。

「……っと。そろそろだな。」

 だが、そんな安堵する壮太の髪を、上 公太郎(かみ・こうたろう)は引っ張る。

「壮太殿。気を抜くでない! 敵じゃ。それもとんでもない奴じゃ!」
「えっ?」

 直後、草陰から黒く大きな影が飛び出し、壮太の身体を弾き飛ばした。
 その身体がバラバラになりそうな衝撃に壮太は呻くと、思わず身体を仰け反らす。

「痛ってぇー! ……てめぇ、何しやがる!!」

 体勢を立て直し、敵の姿を捉えようとするが、目の前に差し出された剣に驚き、後ろに飛びのく。
 太陽を背に、逆光と保護色にも見える敵は、驚くべき速度で壮太を襲う。
 奇襲を受けた事もあり、動きに自信のある壮太が逃げ惑うのに精一杯である。
 さらに、敵の手にした剣は、まるで豆腐のように木を削りとっていく。

「…………大地に眠る冷気よ。我が災いを取り払え!!!」

 だが、次の瞬間、ミア・マハ(みあ・まは)のスキル【ブリザード】が、敵を襲った。
 大地の底より集めた冷気が、氷の嵐となって、敵の足を止める。

「リ、リザードマン!?」

 壮太は敵の姿を見て叫んだ。
 リザードマン。二足歩行するトカゲの化け物で、知恵を持ち、武器や防具も使う事ができる。
 彼らは、人間より遥かに優れた腕力を持ち、恐るべく戦闘能力を持つ。
 しかも、そこに立つリザードマンは、通常の奴の1.5倍は身体が大きく、顔に大きな刀傷を負っていた。

「グルルルルッ……。」

 敵は、かなり気が立っている様だ。
 ちょうど現場に追いついたオットー・ハーマン(おっとー・はーまん)も、その敵の姿を見て警戒態勢を取る。

「そなた、先に行った方が良い。わらわは探索より、こっち側の方が得意じゃからな。」

 ミアは壮太に呟くと【栄光の杖】を抜く。
 壮太は最初残ろうとしたが、時間がないと説得され、この場を戦闘組の二人に任せる事にした。
 上 公太郎(かみ・こうたろう)には、【ふんわりもっちりの食パンの誘惑】と言う作戦があるからだ。
 逃がさぬとばかりにリザードマンは飛びかかるが、立ちはだかるミアのスキル、【神の目】が敵の視界を奪う。

「わらわに逆らおうとは愚かな……。」

 ミアは紫色の帽子を被り直すと、次なるスキルの詠唱に入った。



 ☆     ☆     ☆



「おおこういちろうよ、のろわれてしまうとはなさけない。」

 オットー・ハーマン(おっとー・はーまん)は、南臣 光一郎(みなみおみ・こういちろう)が人形にされたと聞いて、そう呟いたらしい。
 殺そうとしても殺せないであろう、あの光一郎が、まさか人形にされてしまうとは……。
 あやつの事、おそらくとんでもなく情けない罠にかかったのであろう。
 「女か!? 女か!? はぁ……情けない、情けない。」オットーは頭を左右に振ると、己のパートナーの不注意を嘆いた。

「もういちどチャンスを与え……ではないが、元に戻さないことには殴り飛ばすこともできん!」

 理由は他にない。
 なんだかんだ言っても、オットーにとっては光一郎はライバルと認めた漢(おとこ)。
 そのライバルを人形に変えられて、笑っていられるほど、オットーは大人ではなかった。

【ドラゴンアーツ!!】

 オットーは、ミアに対峙するリザードマンの横っ面に、強烈な一撃を喰らわせる。
 一撃で岩や壁を打ち抜くことができる【ドラゴンアーツ】を、まともに受けて立てる奴など……。

「お、おう!?」

 だが、リザードマンは倒れることなく、オットーを睨みつける。
 そして、丸太のように太い腕で、オットーを弾き飛ばしたのだ。
 地面の上を転がるオットー。
 トレードマークの帽子が脱げてしまうほどの一撃だった。

「それがしの攻撃を……。これは強敵の予感!?」

 オットーは帽子を拾い、砂を払いつつ、驚いた表情で敵を眺める。

【天のいかづち!!!!】

 ミアは天空に雨雲を呼び寄せると、稲妻を叩きつけた。
 リザードマンはそれを飛びのいて避わすと、ミアの稲妻は敵を追う。
 実に高度な戦いが繰り広げられていた。

「ううむ、遊んでいる場合ではないな。アイテム【桃幻水】!」

 オットーはアイテム【桃幻水】を飲むと、両腕で顔を覆った。
 すると、ピンク色の光がオットーの身体を包み込み、オットーの胸が大きくなり、ウエストがくびれ、身体全体が丸みを帯びていく。
 【魔法少女浜名うなぎ】化した、オットーは再度、前方回転すると強烈なスピンのまま、リザードマンに突っ込んだ。

【ドドド、ドラゴンアーツーーーッ!!!!!】

 まるでバックスピンをかけられたゴルフボールのように、身体を振り下ろすとリザードマンに命中した。
 敵は下顎でも骨折したかのように、口から大量の血を出してのた打ち回る。
 そして、オットーはそのまま、左右の腕で大きな輪っかを作ると、口でドラゴンがブレスを吐くように吹き鳴らす。

【ヴォルテックファイアッ!!!】

 火炎放射器でも使ったかのように、激しい炎の渦が巻き起こり、敵を包み込んだ。
 リザードマンは、身体に纏わりついた炎を消す様に地面を転がり、さらなる闘争本能を呼び起こしながら襲いかかろうとする。

「なかなかの強敵であったぞ……。」

 だが、ミア・マハ(みあ・まは)は八重歯を光らせながら、敵の姿を捉えていた。
 次なる呪文の詠唱が終わっている。
 普段は緑の瞳の色が、朱に染まり、紅の魔眼が解放されていく。
 そして、次の瞬間、その周辺に大きな爆発音が起こったのだ。



 ☆     ☆     ☆



「やってるわね。」

 イルミンスールの森の上空で、この騒ぎをを聞いた冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)が言う。
 地上では、イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)らが周囲の探索を行っており、小夜子らは空中の担当していた。
 エノン・アイゼン(えのん・あいぜん)の持つ、空飛ぶ箒シュトラウスに二人で乗ってだ。

「それにしても……。」

 天空から覗いても、うんざりするような木、木、木……。
 遥か遠くに見える、世界樹イルミンスールまでびっしりと森に囲まれており、なんらかの情報なしには見つかりそうにない。
 小夜子は、箒の前に乗る、エノン・アイゼン(えのん・あいぜん)に何か声をかけると、重力を失ったかのように一気に急降下する。
 視界にグングンと地上が迫り、機首を持ち上げると、木々の間をもの凄い速度で抜けていく。

「小夜子さん。」
「んっ?」
「だいぶ、時間が経ちましたね。囚われた人達は大丈夫でしょうか?」
「どうかしらね。どちらにしても、持っている情報のピースが足りないわ。【トレジャーセンス】で見つかるのは、へんてこな宝物ばかりだし……。」

 スキル【トレジャーセンス】は使用してみたが、なかなかよい結果は出ない。
 様々な金銀財宝が眠るイルミンスールの森で、そのスキルでは自由度が広すぎるらしい。

(でも、私の第六感では、方角は間違ってないように思えるのに、何故見つからないのかしら?)

 その間にも、時間は刻一刻と過ぎていく。