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リアクション
第4章 アンティーク
魔女レイシアがイングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)と別れた時刻より、六時間という時間が流れていた。
この頃になると、屋敷の中に訪れた連中も、最初よりも幾ばくか寛(くつろ)ぎつつある。
レイシアはその間、アキラ・セイルーン(あきら・せいるーん)にゴーレムやガーゴイルを見学させていた。
ビスクドールの造りの合間であるが、ガラスケースの展示場内でだ。
すると、アキラは一体の銀色ゴーレムの前で立ち止まる。
「これはすげえ。材質は何で出来てるんだ?」
「くすっ、目が高いわね。このゴーレムはイルミンスール・パイロルース鉱石製よ。元々は灰色に近い色だけど、磨くと光り輝くのよ。美しい白銀色に……。」
確かにそのゴーレムは、美しく彫刻を施されており、芸術品のようだった。
「強いのか? 動かさないのか?」
「ふふっ、強い訳ないでしょ。護衛に造った物ならともかく、アタシの造る物は戦闘向きではないし、ケースの向こう側に置かれているから、綺麗だけど動かすと汚れてしまうでしょ。」
「そっか。じゃ、じゃあ、せくすぃーな女性型ゴーレムとかは造れるのか?」
レイシアはそれを聞くと笑った。
そして、アキラの顔を見つめると、ゾッとするような声で言う。
「もちろん、その気になれば造れるわよ。男性の心を虜にして、釘付けにする妖艶な人形でもね。試してみる?」
その瞬間、アキラの全身の毛が逆立った。
ゾクゾクとして、足元から官能的な何かが這い上がってくる感覚が湧き上がってくる。
全身を撫ぜ回す感触が信じられない。
思わず、声を漏らしそうになってしまう。
これが魂のない物に魂を注入する、魔女の瞳の力なのだろうか。
「……って、あまり邪(ヨコシマ)な事を考えてると、あそこにいる娘に怒られちゃうわよ。」
「えっ?」
アキラの視線の先には、ケースの端に両手をつけて覗き込むアリス・ドロワーズ(ありす・どろわーず)の姿があった。
彼女は怒りの表情で、アキラを睨んでいる。
「ちょうど、よかったわ。弟子が二人揃った事だし、ケースの手垢を拭いといてね。」
魔女はいたずらっぽい表情で笑う。
☆ ☆ ☆
それまで、表情豊かに話していた彼女も部屋に戻り、特注の眼鏡をかけると、人形に色をいれていく。
人間の肌に近づけるように、薄く、薄く、次第に濃く、色をいれ、出来上がったものをトレイに並べていく。
着色が終わると、焼くのだが、それは色が乾いて、表面に乗ってからだ。
白く滑らかな肌、時代の流れとともに、古の良さを残しながらも、人形に現代流を融合させるレイシア。
途中、何回か席を外すが、しばらくすると何事もなかったように席につき、無言で作業を続ける。
「さっきから、……何か用でもあるのかしら?」
レイシアは作業を止めると、部屋の隅に立っていたヴェルデ・グラント(う゛ぇるで・ぐらんと)に声をかけた。
「いや、別に……、用って用はないんだけどさ。気になることがあってね。」
ヴェルデは、レイシアに近づくと人形を覗き込む。
彼女の白い指は薄汚れ、その代償として、人形は光り輝いている。
その直向(ひたむき)さは、とても人質を取って、誰かを脅すようには見えない。
「人形にした百合園生はどうするんだ。売るのか? それとも玩具にするのか?」
「別に貴方に話す事でもないでしょ。赤モヒカンさん。」
「……赤モヒカン…………。確かにそうだが……、って、貴様にそんな事を言われる筋合いはねーんじゃ!! おう? 白状しろよ。解体してバラバラにすんのか? 何をするんだ!?」
「そんな事はしないわよ。それに貴方は興味ないんでしょ? パラ実の生徒が、他校の生徒の事を気にかけるなんておかしいわよ。」
「うるせーよ。俺は別に百合園生がどうなろーが興味ねーが、何に使うのかを知りたいんだよ。 謎が謎のままじゃ、目覚めがわりーだろ!!」
ヴェルデはレイシアに食って掛かる。
だが、レイシアは眼鏡を外すと、冷静に答え、席を外した。
「女の子にそんな事を聞いちゃ駄目よ。……ついてこないでね。」
また部屋を出て行く。
残されたヴェルデは、指を鳴らして口惜しがった。
「チッ……、やっぱり話はしねーか。仕方がねー。暇だし、人形化した百合園生から何個か型取りしとくか。何かの役に立つかもしれねーし……。」
そして、ヴェルデも部屋を出て行く。
☆ ☆ ☆
屋敷の中。
レイシアは、真っ赤な絨毯の敷かれた廊下を歩いていく。
仄かに照らす明かりは、蝋燭の炎。
レイシアが指を動かすと、それらがユラユラと令嬢が踊るが如く蠢く。
「…………。」
魔女は真剣な眼差しで、炎を見つめていた。
不規則な動き、力学的に言えばカオス理論。
予測できない複雑な動き、現象。
その予測できない動きを眺め、レイシアは何を思っているのだろうか。
「…………今度は誰?」
気づくのは遅れたが、レイシアは人の気配を感じたようだ。
彼女の背後。
その先には瀬山 裕輝(せやま・ひろき)が立っていた。
「……気づけばアンタの後ろにおる、どうも瀬山裕輝や。」
「…………。」
レイシアは鋭い眼差しで、裕輝を睨み付ける。
気配を感じるのが遅れた。
ヘラヘラとした薄ら笑いの下、なかなかの腕を持っている。
ただ注意して見ると、敵意はまるで感じない。
「ここで、何をしてるの? もしかして、人形を取り戻しに来たのぉ?」
「別に何もする気もあらへんし、何も果たす気もあらへん。──ただそこにおるだけや。っつーわけで気にせんでええで。」
次々と現れる新しい生徒。
なるほど、なかなかの面子が揃っている。
これでは、ラズィーヤ・ヴァイシャリー(らずぃーや・う゛ぁいしゃりー)も大変だろうな……と、レイシアは苦笑した。
「何もする気がないのなら、邪魔しないでくださる。アタシは仕事で忙しいのよ。」
裕輝は笑顔で手を振った。
レイシアはまた廊下を歩いていく。
突き当たりに、地下への階段があった。
彼女は、そのまま地下室へと降りていく。
「フッ……。」
扉を開き、光の精霊を呼び出し、息を吹きかけると部屋中がパアと明るくなる。
その地下室にはガラスケースが並んでいた。
中の棚には、新しくビスクドールになった者達が並んでいる。
「この人形、ぎゃうさんあるなぁ……落書きしてもええの?」
「!!!?」
レイシアは驚いて、思わずケースを倒しそうになった。
なんと、先ほど別れたはずの、裕輝が立っていたのだ。
裕輝はケースの前に座り込むと、繁々と人形を眺める。
「それにしても、これはこれは新しい人形やなぁ〜。外に並んでいるのとは大違いや。売れば金になるで。」
……と、レイシアに話しかける。
レイシアは、泉 美緒(いずみ・みお)のビスクドールを取り出すと、その美しいピンク色の髪を愛でる様に撫ぜながら言った。
「売らないわよ。この人形は……。……と、外でも聞いてるわね。入ってきなさい。」
レイシアは階段の途中に控えていた佐野 和輝(さの・かずき)ら、ヴェルデ・グラント(う゛ぇるで・ぐらんと)にも声をかける。
すると、和輝らは姿を現した。
中でも和輝のパートナーであるアニス・パラス(あにす・ぱらす)の持つビスクドールに興味を持ったようだ。
「【式神】ね。見せてごらんなさい。」
レイシアは人形に手を伸ばす。
アニスはドールをしっかりと胸に抱えると、和輝の後ろに隠れた。
彼女はレイシアの言うとおり、陳列されたビスクドールに【式神の術】をかけていた。
すると、一体のビスクドールが、生き物のように動き、彼女にまとわりついたのだ。
「にひひ〜っ、和輝ぃ。式神の術、使っちゃったよ。」
「おいおい、勘弁してくれよ。相手は恐ろしい魔女だぞ。」
「あら、あの魔女は久秀より強いの?」
「……お前らなぁ。」
松永 久秀(まつなが・ひさひで)とアニスに囲まれ、和輝はとても困ったらしい。
だが、和輝の後ろに隠れたアニスを見ると、レイシアは手を引っ込めて笑う。
「そこの娘には、ゴーレム造りの才能があるかもね。」
「クスクス、やはり久秀の才能を見抜かれたようね。」
久秀は鼻高々になると、「ちゃうちゃう」と瀬山 裕輝(せやま・ひろき)がツッコミを入れる。
「あんた誰よ。」
久秀は裕輝に食って掛かった。
しかし、レイシアが両手を広げて、二人の間に入る。
「ここで騒ぎを起こすと、ビスクドール達が壊れちゃうわよ。それにアタシは今、忙しいの! 人形を壊したくなかったら消えなさい!」
「…………。」
さすがに、百合園生たちのビスクド−ルを粉々に砕くのはまずいと思った生徒らは、地下室より退散していく。
☆ ☆ ☆
場所は戻って、イルミンスールの森。
時間が刻一刻と過ぎ、ついには日も翳ってくる。
暖を与えてくれた太陽も西に傾き、急激な寒さが体力を奪い、考えが上手くまとまらない。
だが、その時だった。
状況を激変させる一報が、イングリット・ネルソン(いんぐりっと・ねるそん)の携帯に入ってきたのは……。
『イングリット様……、ネクタルの場所がわかりましたぞ。どうやら、深い森に隠されており、上空からでは見えぬようです。』
そしてその間にも、御神楽 陽太(みかぐら・ようた)、瀬島 壮太(せじま・そうた)、マリカ・ヘーシンク(まりか・へーしんく)等から連絡が入る。
電話を受けたルカルカ・ルー(るかるか・るー)は、丁重にお礼を言っていた。
ザンスカール出身の地祇、イルミンスールの精霊、地元の執事、獣人……。
様々な協力者の助けを受け、バラバラだった一本一本の情報の糸が、大きな道へと変化していく。
「わかった!!」
イングリットは、生徒らと情報を整理し、一つの答えを導き出す。
方角、考え方は間違ってなかったのだが、その場所は上空からではわからない深い森に囲まれた場所にあった。
光は二、三筋しか通さない森林の奥。
その光の光輪が静かに照らす場所に、聖なる水は湧き出していた。
☆ ☆ ☆
「ピチャピチャ……。」
【聖水ネクタル】。
イルミンスールの森で湧き出る霊水である。
名前は、ギリシア神話における神々が常食とする滋養のある飲み物からきているらしい。
一説には、世界樹イルミンスールの力を得ていると言う。
その味はただの水なのだが、後味は、まるで甘美な果物のように甘く、動物達の疲れを癒す。
だから、周囲には様々な動物が姿を現し、咽の渇きを潤していく。
ただザンスカールの精霊の話では、泉には主(ヌシ)と呼ばれる守り神がいるので、余程の事がない限り近づかない方が良いという事だ。
しかし、今回は【余程の事】である。
「どんな障害があっても行くわよ。わたくしはいかなる強者の挑戦も受けますわ! ここにいるあなた達はどうなの!!」
イングリットは周りを見渡した。
ルカルカ・ルー(るかるか・るー)ら、冬山 小夜子(ふゆやま・さよこ)ら、綾原 さゆみ(あやはら・さゆみ)は力強く頷くと、イングリットの手の上に手を乗せる。
「ちょっと古風な団結の方法だけど、いいわよね。ノーン・クリスタリア(のーん・くりすたりあ)の連絡によると、残り時間は後4時間!! 泉までは30分。もはや、退路はないわよ!!」
ルカの掛け声で、その場にいた皆は一斉に声をあげた。
そして、泉に間に合いそうにない生徒らは、魔女の屋敷に向かうように連絡し、イングリットらはネクタルの泉に急行する。
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