イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

魔法少女をやめたくて

リアクション公開中!

魔法少女をやめたくて

リアクション



4/ 戦わなくて、いいんだよ

「戦いたくなかったんですよね。でも、一生懸命だった。折れそうだったのを必死に支えてきた。彩夜ちゃんが今泣いてるその涙は、そういうことなんですよ」
「ああ。泣けるってことは、頑張ってきた証拠だよ。頑張ってきた、必死だったから、辛くて悔しいんだ」
 愛剣を肩に載せた牛皮消 アルコリア(いけま・あるこりあ)は、隣に立つシリウス・バイナリスタ(しりうす・ばいなりすた)の打った相槌に頷き返す。
 ともに、背後には傷ついた魔法少女、やめてしまいたい魔法少女を護りながらだ。
 涙する彼女へと、交互に声をかけていく。
「いいんだよ。やりたい事が決まってるならやめちまっても。かわりなんざいくらでもいる。無理せず下がんな」
 シリウスの、口調は荒くも真摯な言葉。
「今まで、頑張ったんだろ? 頑張ろうとしてたんだろ? いやだな、とか。もう無理って思うなら、あとは任せとけって」
「ね。平和な暮らしがしたいなら、それでいいんだと思います。私たちみたいな人種が戦えば、それでいい。貴女は、日常に帰っていいんです」
 彼女たちの背後を飛び越え、みっつの影がキメラへと挑み、飛びかかっていく。
「貴女が戦わなくていい、その証」
「今から、見せてやるよ」
 それは、アルコリアのパートナー。ナコト・オールドワン(なこと・おーるどわん)に、シーマ・スプレイグ(しーま・すぷれいぐ)。そして、ラズン・カプリッチオ(らずん・かぷりっちお)。三人を追うように、シリウスとアルコリアもキメラに立ち向かっていく。
「義務感などで、戦うな。平和の中で夢見れるならば、それが一番なのだから……っ」
 シーマたち三人は連携をし、強大な天の炎をキメラへと浴びせかける。そこに、シリウスとアルコリアが接近戦を挑んでいく。
「燃え上がれ……天の炎よっ!」
「リーブラ!」
「はい! たああぁっ!」
 対星剣──オルタナティヴ7を手に、シリウスの相棒、リーブラ・オルタナティヴ(りーぶら・おるたなてぃぶ)が続く。
「もう、あの子に言いたいことは言いましたの!?」
「おう! あとは……やってみせるだけだっ! 安心して任せられる力がうちらに、あるってなぁっ!」
 装甲の薄くなった関節部を狙い、リーブラは剣を振るい、シリウスが密着射撃を撃ちっ放す。
 彼女たちは彩夜とは違う。合成獣と、互角にやりあっている。
「そうですよ。彼女たちの言う通りです。なにも一人で抱えて、一人で解決する必要なんてない」
 また、ひとり。ふたり。
 御凪 真人(みなぎ・まこと)が、トーマ・サイオン(とーま・さいおん)が前に出る。
「他にやれる人がいる。もっと自分にやりたいことがある。なら、人に譲るのだって立派な選択肢の一つなんですから。責任を分け合っちゃいけないなんてことは、なにもないんです」
「責任を……分け、あう……? 人に……譲る……」
 ただね。真人が微笑をほんの少し、真顔に戻す。
 彼の切れ長の眼尻が、彩夜を見下ろしている。
「やる前から出来ないと決め付けて、それで諦めて。ほんとうに後悔しませんか? それであなたは、いいんですか?」
 あと、もう少しだけ。ほんのちょっと頑張ってみたらもしかしたら、なにかが変わるかもしれませんよ?
 それは立ち向かえない自分の弱さによって、自分自身のせいで傷ついた彩夜にとって、心に深く突き刺さる言葉だった。
 覚悟を決めるでもなく、退くでもなく。どっちつかずでしかなかったその心。厳然とつきつけられ、抉られていくようなそんな感覚が、彩夜を愕然とさせる。
「ま、ぐじぐじ悩んでてもしょうがないじゃん。何でもやってみないとわかんねえから、とりあえず出来る事すれば良いんじゃねえ?」
 後ろ頭で両腕を組んで、からりとした笑顔をトーマが彩夜へと向ける。
 さ、いこーぜ。ええ。真人とそんなやりとりの後、両者は拳を打ち合わせ戦場へ向かい走り出す。キメラへと弾幕を張り、前衛たちへの援護をやりながら。
「やはり、戦うのは嫌か? ……怖いか?」
「!」
 その後姿を、見送る。目を奪われている最中に、不意に髪をくしゃくしゃと撫でる硬い感触に気付く。
 機械の身体の、三メートル近くはある巨人。コア・ハーティオン(こあ・はーてぃおん)の鋼の掌が、彩夜の淡く蒼い髪をぽんぽんと軽く叩いていた。
「そうか……怖いか。なら、いい。ここはじっとして、下がっているんだ。危険に巻き込まれぬように。ああ、その」
 別に、アヤのことが必要ないとか、いらないとかそういうことじゃあなくてだな。
 鋼の巨人は頬と思しきあたりを指先で掻きながら、うまい言い回しを見つけ損ねているようだった。だが少なくとも、彩夜のことを気遣ってくれている。そのことは、彩夜自身にも他の面々にも様相から伝わってくる。
「ええと、だな。友人でも、家族でも、恋人でも、あるいは知らない人でも……そう、君が守りたいと、戦うべきだと感じた時が君の戦うべき時だ。そして、今辛いのは、助けや守る者を必要としているのは、君だろう?」
 力瘤でも見せるかのように、ぐっとコアは右腕を彩夜たちの前に持ち上げて、掲げてみせる。
「君が辛いのなら。困っているなら、今は私たちが戦おう。誰かが困った時に君が人を助けてきたこれまでの様に。だから、」

 ──だから今、無理をしなくてもいい。辛い気持ちを押し込めてまで、戦わなくていい。

「……っ」
 コアは、掲げた腕をぐるぐるまわしながら、よし、と気合いを入れた。
「まあ、見ていてくれ。なぁに、鏖殺寺院の合成獣など何するものぞ! 蹴散らしてくれるわ! さぁ、アヤは下がっているんだ」
 ずしずしと音を立てて、コアもまた真人たちに続く。
 彼もまた、彩夜のやろうとしていたことを──いや、「やらなければならないと凝り固まっていた」ことをともに分かち合おうとしてくれている。
 戦いに対して、彩夜は忌避する感情しか持てなかった。もっとただ、平和にいれたらいいのにと思っていたというのに、彼らは自ら進んでそうしてくれている。
 忌避するなら忌避するで、はっきりすべきだった自分を。
 戦いへと前向きになることもなく、明確に拒絶もできなかった自分が情けなく、卑怯な存在に彩夜は思える。
 いつしか、流れ続けていた血は、固まり始めていた。
 加夜の治療のおかげだ。ただ、まだ完全に塞がりきってはいない。しかし言われるがまま言葉を反芻するだけだった朦朧とした意識は、まだ視界の中に光の粒を明滅させながらも少しずつ、鮮明さを取り戻し始めていた。
「わた、し……なん、にも」
 意識が、思考がはっきりしはじめたからこそ余計に、自分の不甲斐なさが冷然とした事実として認識される。
 やろう、やらないじゃない。自分には戦場に立つ最低条件の資格すら、なかったのではないか。
 分け合ってくれようとしている皆に、こうして甘えるばかりじゃあないか。
「なんにもできてない。そう思うかい?」
 その男は、ゆっくりこちらに歩いてくる。
「でも、きみは立ち向かってたんだろ? ずっと。心の根っこも大事だが、きみはそうすることができていたんだ」
 風森 巽(かぜもり・たつみ)は彩夜に、そういって頷く。
「だったら、それでいいんだ。使命や義務に縛られるのが嫌なら、知らん振りして見なかった事にすればいい、逃げ出したっていい。だけど、それでも君は誰かを護ろうとしたんじゃないのかい? 少なくとも今までのきみはそうしてどこかの誰かを、救い続けてきたのだから」
 彼は言いながら、彩夜自身の血で真っ赤に染まってしまった左手の包帯を指し示す。
「誰かのために傷ついてきたこと。彩夜ちゃんのその包帯も、肩の傷も。全部、あなたが自分の意志で護ろうとした証」
「あ……っ」
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)が、屈み込んで彩夜の左手を胸に抱く。
 この包帯が──わたしの、意志の証?
「だからもう恐れないで、一緒に戦おうよ。大丈夫、ひとりじゃないよ。彩夜ちゃんひとりでもう、背負うことなんてないんだから」
 傷つくのも、みんなで分け合えばいい。
 背負うのも、みんなで分け合おう。
 おんぶにだっこなんて、思わないで。頼ってばかりだなんて、考えなくていいから。
「他のだれかと一緒だからこそ、魔法少女は頑張れるんだよ、きっと」
 みんなと一緒に。みんなの夢と希望を、守るために。
 一番間近にある、加夜の顔を彩夜は見た。先輩である彼女はこくりと頷いて。それから彩夜は詩穂を見返す。
 分け合ってくれる、みんながいる。自分はほんとうに、分け合えるだろうか? 一方的な押しつけでなく、分担がやれるのだろうか。
「まずは、治さないとね」
 不意に、加夜が治療を続ける右肩のぬくもりが増した。
「女の子なんだし。傷残ったりしたらダメだもんね」
 見ると、右肩に添えられた加夜の掌にもうひとつ、掌が重ねられている。それはリカバリを施す、ティア・ユースティ(てぃあ・ゆーすてぃ)の右手。
「やり方がどうにもうまくいかなくって凹んじゃうなんて、誰にだってあるんだから。ね?」
 そのために自分を犠牲にする必要なんてない。分担、すればいいんだ。
 できるできないじゃない。あなたが守ったどこかの誰かのぶん、別のどこかの誰かがきっと、そうしてくれるから。
「それに、この騒ぎ。キミが頑張ってくれたから、爆弾も四つで済んでるのかもしれないんだよ」
「──え?」
 わたしが、頑張ったから?
 まだなんにも、やれていないのに?
「その通りだ、彩夜さん。昨夜、きみが見つけて止めようとした不審者──奴がどうやら、この騒ぎの主犯格だったらしい」
 まだいくつか、奴は爆弾を抱えていたようだ。
 香菜とともに現れた酒杜 陽一(さかもり・よういち)の手には、彼女とそれぞれひとつずつ、あわせてふたつ、一抱えほどはあろうかという爆弾があった。
「それらが設置されていたら、とてもこの人員では解除も処理も間に合わなかったろう。彩夜さんが傷つきながら、警備の連中の到着までの時間、奴を足止めしてくれていたからこそ、どうにかなったんだ」
 陽一は、香菜の手からもう一方の爆弾を受け取る。
 かちかちと、爆発のカウントダウンを刻む音を響かせながら、彼は無造作に空へと舞う。
「彩夜さんが本気で自分の宿命から逃れたいと望んでたなら、とうに逃げ出していた筈だ。それは、彩夜さんの中に逃げられぬ理由があるからだろう?」
 高く、高く。陽一は上空を目指し飛翔する。
 そして地上からは豆粒ほどの大きさになったその瞬間、更に上へとふたつの爆弾を放り投げる。
 重力を切り裂いて、それらは陽一の頭上へと舞って。
 彼は意図的に、飛翔を「やめた」。自由落下をはじめた爆弾に、追いつかれぬように。
 やがて、時限装置がゼロとなるその瞬間が訪れる。
「これは──きみのもたらした、『結果』だ!」
 彩夜たちと、陽一たちの頭上。遥か遥か高い空にふたつの、爆発の花が咲いた。
 一切の犠牲も被害も、地上へと及ぼすことなく。
 空をただ、彩った。