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5/立ち上がるとき


 たった今、彩夜の前にあるたのは銃口ではなく、真っ赤な薔薇だった。害意でなく善意を象徴して、それはそこにある。
「全部、皆が言った通りだ。力を合わせたらきっと大丈夫だよ、可愛いお嬢さん。だから、手助けする事を許してもらえるかな」
 エース・ラグランツ(えーす・らぐらんつ)が膝を曲げ、恭しくその薔薇を差し出している。
 さ、受け取って。仕草で促され、恐る恐る彩夜は薔薇へと指先を伸ばす。
 手助け、という彼の言葉を心の中で繰り返してみる。
 そうだ。ここにいる皆は、他の誰かのために、その誰かを助けようとしている。彼ら、彼女らにとっての『誰か』の中には、彩夜だって、含まれている。
 だから、ここまで助けられてきた。叱責され、いたわられ。守られ続けてきた。不甲斐ないわたしを、そうやって救ってくれていた。
 それを、自分たちがやれるから。やれることから、彼ら彼女らははじめている。
 やれること──そうだ。彩夜にだって、まだやれることはあるはずだ。
 進むことも下がることも、どっちだって今まで、できたはずだった。なのに、やってこなかった。それで勝手に悩んで、苦しんでいた。
「加夜、せんぱい」
 両脇を抱きとめるふたり。そして、治療を続けてくれていた先輩に、視線を送る。そして、軋む両膝を堪えながら、少しずつ立ち上がっていく。
 進まなくては。わたしも、動かなくっちゃ。少しでも動けるのなら──それでできることを、探さなきゃ。
 分け合うことは、助けられるだけではない。
 もらったぶんは、返さなくちゃいけない。弱くたって。覚悟が、足りなくたって。
 できることがあるのなら、やらなくてはならない。それが、誰かからもらったものをまた誰かに、返すということだから。
 ともに分かち合い、なにかをする。協力するとは──そういうこと。
「あれ、彩夜? ……そっか。これ、いらないみたいだね。あーあ、せっかく一緒に応援、しようと思ったんだけどなぁ」
 戦っている皆を応援していた、ラブ・リトル(らぶ・りとる)が手にしたぽんぽんを引っ込める。彼女の分ではなく、彩夜のために用意されたそれは、彩夜の髪と同じ淡い空色をしていた。
 少し残念そうに言うラブに、彩夜は小さく頭を下げる。
 ごめんなさい。でも、今は。
 彼女のように、自分にできることをやる。そのために立ち上がり、行かねばならない。
 応援が、彼女のすべきことならば。
 無力だっていい。かまわない。彩夜にとって今、他の皆へと返すことのできること。すべきことは明確だった。
 大きく、彩夜は息を吸い込む。そして声を吐き出す。
 弱い自分の前に立ち、巨大なキメラたちと戦う仲間たちに向かって。
「背中です! 背骨のところに、その合成獣たちの細胞安定装置が埋め込まれているはずですっ! それを破壊できれば!」
 自身の知る、怪物たちの弱点。戦い続ける者たちに、それを伝え届ける。
 また、彩夜のその言葉を仲間たちも──待ち望んでいた。
 ふらつく身体を支えながら、声を嗄らし発せられた、彼女の叫びを受け取った。
「おお……その言葉! 立ち上がるのを、待っていた! よォし……はァっ! ぬうううんっ!」
 合成獣の尻尾と格闘を繰り広げていた鋼の巨人……コアが、快哉を上げる。
 コアの押さえつけたキメラの背中へと、相棒の馬 超(ば・ちょう)が炎をまとった斬撃を浴びせかけ、更には刃を突き立てる。
 なるほど、確かに背骨の部分。その周囲に一部、他より脆くなっている部位がある。そこを、ピンポイントで狙うことができれば。
 馬 超は突き立てた刃をそこに残したまま、合成獣の背より跳び退く。
 彼の置いた目印めがけ、十分に狙いを定めた真人が雷を命中させる。
「……よし!」
 メンテナンスが、崩れ落ちる合成獣の姿に思わず、拳を握った。
 彩夜の、言うとおりだ。たしかにあそこを突くことができれば格段に容易に、奴らの相手ができる。
「ん、ナイスや嬢ちゃん! この弱点、イケるで!」
 大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)のガッツポーズ。彩夜たちへと振り向きざま、彼は戦いのさなかに親指を立ててみせる。
「そや、これでいい! 上出来や! 得手不得手は誰にでもある、こーやって補い合ってけばええんやから!」
 背後より迫るもう一体を、彼はひらりとかわす。更にもう一体。エオリア・リュケイオン(えおりあ・りゅけいおん)がその気を引き、トーマが逆方向に走るとともに攪乱をする。
 注意を逸らす者。態勢を崩させる者。ダメージを与え、とどめを刺す者。それぞれが自身にできる得意なことで、共通の敵に立ち向かう。
 それらはまさに、見事な連携だった。
「泰輔! 後ろです!」
「OK!」
「レイチェルは一歩、下がって!」
 フランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)が全体を見渡し、パートナーたちに警鐘を鳴らす。後方よりの敵を泰輔は一瞥だにすることなく、その声だけで的確に避ける。むしろ、逆にその背後を取り。弱点を、狙い撃つ。
 すごい──淀みない。こんなことまでできるんだ。彩夜はその光景に、思わず息を呑んだ。
「泰輔も言ったでしょう? それぞれが、力を発揮する。やれることをやるだけで、こうなるんです」
 僕もけっして、前衛向きではないですしね。フランツは言う。
 前方では、彼と泰輔のパートナーたちが、皆とともに戦っている。
 レイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)の幻影が攪乱をし、その隙に本体であるレイチェル自身が弱点を攻撃する。
 的確に穿たれた短剣が、キメラを石化させてゆく。
 石と化した身体がひび割れていく。そうして脆くなった五体を、讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)の刃が切り刻む。
「そして──まだ、君にはできることがあるはずだ。違いますか?」
「まだ……できること?」
「そういうことだ。先に行っているよ、後輩。……変身」
 姿かたちを銀色の戦士へと変化させながら、巽が戦場へと飛び込んでいく。
「よーし、じゃあ私たちもいこっか、彩夜」
「小鳥遊先輩」
「美羽でいいってば。何度もいっつも言ってるじゃない」
「えっと……じゃあ、美羽先輩?」
 小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)が、こちらを振り返り手を差し伸べていた。
 自分たちが、これから行くべきところ。それがどこかわからないほど、彩夜だって間抜けてはいない。
 そんなもの、ひとつしかないではないか。
「一緒に彼らを、倒しましょう?」
 弓に矢を番えながら、ベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)も言う。
 倒すべき者たちを、倒しましょう。眼鏡の奥で、彼女の瞳が彩夜の虹彩にそう、アイコンタクトをする。
 そうして彩夜と美羽へと、こくりと頷く。
「頑張って」
「香菜、さん」
 いや、彼女たちだけではない。
 加夜も、美鈴も、ミアリーも。詩穂や陽一だって。
 次の彩夜の行動を待って、微笑している。
「ほら! はやく来いよ! でないと、お前の役目、とっちまうぞ!」
 空中に身を投げ出したシリウスが、手を振りながらこちらに向かい、叫んだ。その身は、彼女の戦装束──魔法少女のコスチュームに、包まれている。
 彩夜は彼女を見上げ、そして皆へと振り返る。そして、深々と一礼し、頭を下げる。
「行きましょう、彩夜ちゃん」
「行こう、彩夜」
 美羽と加夜の誘いが、そこにはある。
「──はいっ!」
 迷いなく、彩夜は頷いた。
 手首に巻いた、代々伝わる腕輪が輝きを放つ。
 戦おう。──戦うんだ。
 ひとりだとちっぽけで、なにもできないくらい弱くても。皆と一緒ならきっと、わたしにもやれるから。
 きっと、頑張れる。
「頑張ります」
 身に纏っていた着衣が光となって溶けていく。その感覚に包まれながら、彩夜の中にはその意識が生まれていた。
 詩壇の家に伝わる戦装束を全身へと練り上げて、彩夜はそれに身を任せようと思う。
 キメラたちへと、流星が降り注ぐ。的確に、その弱点である背中へと。
 振り向けば、詩穂がしてやったりという表情で笑う。お膳立ては先輩魔法少女の仕事、とでも言わんばかりに。
 そうだ──この人たちのようであろう。
「『魔法少女』として、頑張って、みせます」
 もう少し、頑張ってみようと思えた自分。
 自分を支えようとしてくれた人たち。
 それらを、信じることが今の彩夜にはできた。だから、踏み出せた。
 嫌で仕方なくて、怖かったはずの戦場へと進む勇気が持てたのだ。
 今なら、行ける。戦える。