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【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

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【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

リアクション

「あれ、聞いてなかったんですか? 僕たちはドゥングさんからこの情報を頂いたんですよ? ねぇ、ドゥングさん」
 静かに事の次第を見つめていた真人が口を開く。
「はっ!? おいおいおい待てよ兄ちゃん、俺は何にも言ってねぇぞ?」
「……おい猫」
 握っていた銃をドゥングの下あごに押しつけたのは、ラナロック。
「何してるんですかねぇ? このクソ黒猫は」
「……はあ。待てよラナ。落ち着けよ」
「黙れクソ猫」
 状況が分からないのか、祐輝とパフュームがその光景を見つめている、と、託が二人に向かって小さな声で言葉を掛ける。
「あの二人はねぇ、凄く仲が悪いみたいでね? 真人くん、それを利用しようと思ってるみたいなんだ」
 成る程、と納得した二人は再び前方で起こってる仲間割れに目を向けた。
「待てよ。俺が彼等に情報をくれてやったっていう証拠がねぇだろ。そんくら考えろよ」
「証拠なんて要らないの。そんなのはどうでも良いのよ。事実であろうがなかろうが、疑わしければば殺してしまえばいいんだから。だからクソ猫、今此処で私に撃ち殺されればそれでいいのよ」
「ねえ真人……」
「何です?」
 これまた小さな声で、セルファが真人に声を掛ける。
「ラナさん、前からこんな感じだったっけ?」
「……ちょっと不思議な御嬢さんでしたからね」
「ウォウルさんに言われたのは、『盗人さんたちを殺さずに捕まえろ』ですわよねぇ? だからこの場合は、今目の前にいる真人さん、セルファさん、託さん、それにあの嬢ちゃんとお兄さんを殺さなければいい。お前は対象外で、人間じゃねぇからやっぱり対象外なんですよねぇ? ふふふふ」

「はいはいはい。そこまでにしてくださいよ」

 ラナロックの言葉を強引に切り、パフュームたちの前に現れたのは、ラナロックとドゥングの後ろに控えていたイリス・クェイン(いりす・くぇいん)。隣に追従しているのは彼女のパートナーのクラウン・フェイス(くらうん・ふぇいす)だ。
呆れた様な表情で二人を見たイリスはため息をついてから二人に言う。
「仲間割れしてる暇があったら、二人とも泥棒を捕まえなさいよ……全く。馬鹿馬鹿しい」
 暫くの沈黙の後、ラナロックは渋々銃を下ろす。どうやら彼女の言いには了承した様だ。
「悪ぃな嬢ちゃん。助かったぜ」
「貴方の為じゃないですからね。黒猫さん」
「猫じゃねぇって……」
「そんな些細な事は此処では置いておくとして。さてそれではどうすればいいかしら、ねぇ? パフュームさん」
 隣に立つドゥングの言葉には見向きもせず、イリスは不敵な笑みを浮かべながらにパフュームへと近づく。
「僕たちが居る事も忘れないで欲しいけどね。一応、こうやって協力している以上は彼女たちを守るつもりでいるし、現に今も君たちが何かしないよう、身構えてるんだからさ」
 託が武器を構えてイリスの前に立ちはだかると、彼女は一瞬だけ託を見て、その次にパフュームの周りにいる面々をみてから足を止めた。
「確かに意気込むのは良い事かもしれないけれど、それでもね? わからないかしら。こちらの方が多勢に無勢。有利不利で考えれば、圧倒的に有利なのは、やっぱり何をどう取ってもこちら側。そうでしょう?」
「人数など要らないですよ。全力で相手をねじ伏せればそれでいい。それさえあれば、こんな茶番はもう終わる」
 イリスの言葉に反応し、武器を手にしている樹月 刀真(きづき・とうま)がラナロックの脇をすり抜けてイリス、パフュームたちの元へと向かって歩み出した。
「マスター……あの男が出たら不味いと思う。だから先に僕が――」
「あ、ゼクス!」
 ゆっくりではあるが歩みを進め、確実に敵対者を殺害しようという意志が刀真にはあり、そしてそれがわかっているからこそ、ラグナ ゼクス(らぐな・ぜくす)漆髪 月夜(うるしがみ・つくよ)の静止も聞かず、慌てて走り出すとパフュームの前に立ちはだかる。
「考えなしてはくれないのかな。此処でこのまま戦う事は、きっとお互いに良くない事だと思うんだ。だから、諦めてくれると助かる」
「そんな言葉であきらめがつくなら、初めから盗みになんて来ないの!」
 突然視界を塞ぐだけの存在に驚いたのか、パフュームが攻撃動作に移る。が、そこで不意に、彼女の武器が後方へとはじけ飛んだ。無論、その勢いにより彼女の武器は、その小さな手から離れて後方数メートルへと飛んで行く。
「ほら……! いきなり動くから!」
 ゼクスが後ろを振り向くと、銃を構えている月夜の姿があった。その銃はどうやら光条兵器らしく、透過する対象を選べるらしい。故に弾丸はゼクスをすり抜け、パフュームの武器に飲み着弾した。
「二人ともどけ。そこに居たら巻き添えを食うぞ」
 驚きの表情を浮かべていたパフュームと、ゼクスが、その声に反応して身構える。銃を構える月夜の脇をすり抜け、パフュームの前で立ちふさがるゼクスの背後に佇む刀真の手には、既に武器が握られていた。
「退かない……僕が此処をどいたら、お前はきっと――」
「それもまた、こうなった以上は仕方のない話。それになゼクス。お前が言いだしたんだろう。ラナロックを手伝いたい、と」
「そうは言った。言ったけど、彼女たちを殺したところでどうにもならないじゃないか……!」
「まだそんな甘い考えを……ふぅ。まあ、確かにわかってくれ、とは言っていないが、それでも正論や綺麗事だけを並べて、全てが収まる通りは生憎、この世にはないんだよ」
 やり取りをしているその後ろ。リカイン・フェルマータ(りかいん・ふぇるまーた)中原 鞆絵(なかはら・ともえ)アストライト・グロリアフル(あすとらいと・ぐろりあふる)が静かに事の様子を静観していた。
「全く以て――。統率もへったくれもないわね。って言うかさ、これって結局どうなれば言い訳?」
 誰にともなく尋ねるリカインの言葉に、ラナロックが返事を返す。
「ウォウルさんの話によれば、相手を押し退ければそれでおしまい。だそうですよ。今夜押し退け、退かせればそれで、我々の勝ちだ、と。そう仰ってましたわ」
「へぇ。でもさ、それってあんたに言っても出来ない相談なんじゃない? ほら、前の一件もあるし」
「前の一件?」
 アズライトがリカイン、ラナロックの顔を交互に見て首を傾げた。
「あ、前に言ったでしょ? 暴走した機正気が……って話。それ、彼女よ」
 リカインがラナロックの頭に手を置き、ラナロックは若干顔を赤らめながらにアズライトの方を向く。苦笑――。
「ああ。そういう事かい。だから此処に来るまでにそんな様な話をしてたって、そう言う訳な」
「本来ならばあたしはパフュームたちの助力をしたかったんですよ……でも、リカちゃんが『こっちに味方をしないと、もしかしたらその三姉妹が大変な事になってしまうかも』と言うので……」
 鞆絵が渋々にそう言うと、それを聞いたアズライトは「へぇ」と詰まらなそうに、何処か何か含みを持って相槌を打ち、再び前で起こっている事態へと目を向けるのだ。
「ラナロックとかってお姉ちゃんよ」
「はい? なんでしょう」
「これは俺の質問何だが、どう思う? あの三姉妹。何を目的に、こんな事をやっているのか」
「さあ?」
 彼の問いに肩を竦め、ラナロックは手にする銃で手遊びを始めた。
「私にはわかりませんし、わかろうとも思いません。確かウォウルさんは……『重要な何かがある』と仰ってましたし、『恐らくそれは質量的なものであって、だけどそれだけではない何か別の因子が含まれている可能性が高いね』と。私もウォウルさんも、あの御嬢さんたちとの直接的な面識はありませんから、その辺りを断定するのは」
「だとしても、そしたらウォウル君。侮れないわね」
 リカインが苦笑しながら呟いた。
「兎に角じゃあ、私たちは彼女たちの侵攻を阻止すれば勝ち、って訳でオッケーなのね」
「はい」
 リカインの再確認に頷いたラナロックがそこで、手遊びをやめる。銃を握り直したかと思うと、それをホルスターにしまった。
「すみませんが誰か、屋敷内で見回っている他の方と連絡が取れる方はいらっしゃいませんか? 多分……と言うか恐らくは、あの方たち、今から逃走します」
「可能性は大きいな」
「黙れ猫」
「…………」
 などとまあ、そんなやり取りをしながら、各自が連絡の取れる人間へと連絡を始めた。
 その頃、距離を詰めていた刀真はゼクスを半ば強引に押し退け、パフュームたち目掛けて攻撃行動をとっている。手にする白き刃を振るい、敵を無力化すべく、攻撃を敢行する。
「ちょこまかと! 大人しくしていろ!」
 この時の彼の攻撃は切り払いを主とし、故にそれは広域である範囲を有している。
各自が廊下を散開する形を取っているが為、そして刀真自身が一人を狙っていないが為に、攻撃は広範囲であり、そのどれかしらに誰かが当たればそれで済む。パフュームたちは暫く回避行動に専念しているが、それもどうやら無意味と取ったか、託と真人が刀真の前に立ちはだかる。
「とりあえず此処は一度、退いた方がよさそうですよ。何より、相手の人数とこちらの人数ではあまりに分がない……悔しいですがね」
「真人! 私も一緒に戦うわ」
 パフュームの隣にいたセルファが真人に近付き、武器を構えた。
「とりあえずじゃあ、僕たち三人が殿をすればいいんだよねぇ?」
 託も立ち止まって武器を構え、たった今脅威を自分たちに向けている刀真を見据えた。
「ほう。それもよかろう。どうせ時間は十人分にある。お前たちを一人づつ減らして行けば、その手足を失った本体を倒すのも容易になる。相手をしようか」
 一度攻撃の手を緩めた刀真が、白き剣を左手に持ち替え、ワイヤークローを取り出した。
「人数が限定されればそれだけ戦いやすくなる。ラナロック! 奴らを追え。俺たちは此処でこいつらの相手をする」
「言われなくともそのつもり、ですわよ。ふふふ」
 随分と距離があったはずの、ラナロック。その彼女の声が、刀真に到達する頃には、彼女は刀真の脇をすり抜けていた。
「ラナさん、幾らあなたとはいえ、此処は通さないわよ」
「セルファ!」
 ラナロックの前に立ちはだかったセルファはしかし、真人に突き飛ばされて地面に倒れ込む。
「ちょ! 何すんのよ!」
 いきなりの行動に意味が分からず、真人に怒りの言葉を投げかけようとした彼女はそこで言葉を呑む。自分を突き飛ばした真人の腕に、切り傷が一閃。
「相手が居るにもかかわず油断すれば、俺は躊躇わずに切り捨てるぞ?」
「……くっ」
 セルファが立ち上がる頃には、そこにもうラナロックたちの姿はなく、残っているのは自分たちと、そして敵対している真人、月夜、ゼクス。そして何故か、ドゥング。
「おいおい赤毛の兄ちゃんよ。俺は男に口説かれんのは趣味じゃあねぇんだが?」
「そんなつれない事言わないでさぁ、ドゥングさんもこっちに来て助けてよ」
「……は? 俺が?」
 この行為には思わず、刀真たちも停止する。
「そうですよ。今のままラナさんたちのところに居ても、貴方が疑われて終わるだけですよ。ならば僕たちと共に、ハープ奪取に協力してくれると嬉しんですけどね。僕たちは、貴方の力が必要なんです」
 畳み掛ける様にして、真人が真剣な面持ちでドゥングへと言葉を放った。
「いや……そんなこと言われたってよぉ……まずったなぁ、こういうの慣れてねぇんだが」
「おい。ドゥング……お前敵をはき違えるなよ?」
「ドゥングさん、駄目よ。犯罪の片棒を担ぐのは行けない事だわ」
 ぐらぐら揺れるは人心。それを止める為、刀真と月夜も言葉を投げる。
「おお……なんだよなんだよ、真面目に困ったぜこれ……」
「ウォウルさん、本当にハープを守る気があるんですか? 貴方はウォウルさんの友人と聞きましたよ? その観点から見て。僕たちの知らない彼の一面を鑑みて、本当にこの行為に意味は、あるんですか?」
 どうやら真人のその一言が、決定的な物となったらしい。
「……そう言われりゃ……そうだなぁ」
「おい!」
「ドゥングさん!?」
「悪ぃな。どうにも俺ぁ考えるのが苦手でよ。犯罪とかどうとかってのもあるんだろうが、困ってるやつを放っておくのは俺の流儀に反するし、それはウォウルのやつも判ってると思うんだ。つーか、多分俺がこうなる事も、この坊ちゃんたちにそう言われんのも、あいつの中じゃあ織り込み済みの可能性もある。だからしょうがねぇだろ。ははは」
 拳を握り固める彼は、刀真目掛けてそれを放った。
寸前のところで回避行動をとったが為に、ドゥングの拳は刀真が立っていた場所に突き立っただけで、それ以外の結末を齎す事はない。
「ちっ……寝返ったか」
「そう言うんじゃねぇ筈なんだけどよ」
「ありがとうね、ドゥングさん」
「助かります」
「……いや、信じて言いのかな。これ」
 託、真人、セルファがそれぞれ呟きながらも、それを聞いたドゥングが笑った。
「信じる信じないは好きにしろよ。ただし此処は、俺がいただくぜ。ちっと遊ぼうか。お兄ちゃんたち」
 身構えていた三人の前に立ちはだかり、ドゥングが刀真たちに笑顔を向ける。
「面白い。どうせなら一度、お前を倒したかったところだ」
「ほう? お眼鏡に適えて光栄だねぇ」
 ワイヤークローをドゥング目掛けて放つがしかし、それを彼は拳で払いのけた。
すぐさま月夜が彼の腹部に弾丸を浴びせるが、彼はそれを受けて体をのけぞらせ、地面に膝を着く。
「三体一。まあ悪くねぇな。どうせ負けちまうだろうから、お前さんらは早くこっから離れろよ」
「いやいや、僕たちも残るよ」
「馬鹿言えよ。そしたらあのちっこい嬢ちゃんは誰が守んだ? ラナはつえーだろ?」
「確かにそれは認めますが」
「気にすんなって。んじゃ、またな」
「え――」
 セルファがただただなんとなく構えていた剣を握り、立ち上がったドゥングが挨拶を交わすと、それをあろう事か自分の背後目掛けて投げつけた。剣事投げ飛ばされたセルファに当たった託と真人は、その勢いに押されて背後まで吹き飛ぶ。
「出鱈目だって!」
「言ってろよ」
 託のツッコミに笑いながら、ドゥングは三人に手を振った。
「さて。これで俺とお前さんらの四人だけだな。どうせやられ役はお役御免を頂くんだ。とっとと先に進めよ。まあ、出張った手前、あがきはするがな」
「面白い。そのやられ役、どこまで出来るか楽しみだ」
「刀真。油断は駄目だからね」
 月夜の言葉に頷いた刀真は、手にするワイヤ―クローを廊下の壁に数か所めり込ませ、ワイヤーを張り巡らせる。
「こういう戦い方も出来なくはないんだぜ?」
 全てが自重を支えられるか確認した彼は、そこで姿を晦ませる。
「へぇ! 空中戦か! 俺ぁそういう戦い方が苦手なんでよ。どっしり構えて行くぜ」
 廊下を恐ろしい速度で以て飛び交う刀真を目で追う彼はしかし、棒立ちも棒立ちの状態である。やや離れた地点で見れば、月夜から見れば、それは絶好のタイミングになる訳だ。
「まあね。メインアタッカーが刀真だって思ってる段階で、貴方はお人好しなのかもしれないわね。ドゥングさん」
 数発の炸裂音がこだまし、かくしてこの場の戦闘は開始された。