イルミンスール魔法学校へ

シャンバラ教導団

校長室

百合園女学院へ

【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

リアクション公開中!

【神劇の旋律】其の音色、変ハ長調

リアクション

     ◆

 通信を終えたパフュームは、隣にいた真人とセルファに顔を向けた。
「ねえねえ」
「何でしょう?」
「どうしたの?」
「あのさ、この家の持ち主さんの事なんだけど……」
 どうやらパフューム。少しばかり標的の所持者について興味を持ったらしい。
「ウォウルさんとラナさんが、どうしました?」
「どういう人なの? その二人って」
「薄気味悪い! えげつない! 容赦ない! 根性がひねくれてる! がウォウルさん」
 セルファが即答した。
「え……」
「ははは……セルファ、間違ってはないですが、かなり主観的な見解ですよ、それ」
「だって事実! ほら、何かあってもへらへらしてるし、地獄耳だし、すぐ人の名前を間違えるし、何も考えてないとか思ったら実際は何やら変な事考えてるし……ほんと気味が悪い! まあ………悪い人じゃあ、ないんだろうけどさ」
「そうですよ。彼は彼で、それなりの物を持っているんでしょう。俺はそう思いますよ」
「へぇ……じゃあ、そこまで怖い感じの人じゃあ、ないのかなっ?」
「ええ。そうですね」
 パフュームの言葉に笑顔を向ける真人。
「じゃあその、“ラナ”って人は?」
「この家の持ち主です。随分と体が小さいんですけど、兎に角暴れると手が付けられなくて……」
 やっぱり苦笑を浮かべる真人。と、セルファは何か考えがあるのか、ふと、うーんと短く唸ってから天井を見上げて、言葉を選ぶ。
「でもさ、あの人地獄耳だけど、人当りは凄い良いよね。暴れたら確かに大変だけど、過去が過去みたいだし、まあ仕方ないと言えば仕方ないと思うの。私はね。で、結構素敵なお姉ちゃん、って感じかな」
「お姉ちゃん……へぇ」
「三人とも。また怪しい部屋があったで」
 先行していた祐輝が三人に向けて言葉を放った。どうやら気になる部屋を見つけたらしい。故に彼はその部屋の扉を開き、次いでパフューム、真人、セルファの三人が入る。
「これ、何の部屋なん?」
「さあ? 何でしょうね」
 辺りを見回しながら、しかし警戒したままの真人と祐輝が部屋の中央に向かって歩いて行く。
「って言うかさ。今更なんだけど、此処って本当に個人の家なの? こんな広い部屋ばっかり、さっきかああるんだけど。限界もめちゃくちゃ広いし、なんかホテルみたい」
 パフュームがまじまじと辺りを見やってからそう言うと、突然後ろから声がした。
「僕もそう思うよ」
 慌てて後ろを振り返る四人。と、向いた方には武器を手にしたままの託の姿があった。
「あんたまた!」
「ちょっとちょっと、誤解しないでよ。もう戦うつもりはないんだ。ほら、さっき対峙した時に『事情がどうとか』って話してたでしょ? それが気になってね、事と次第によっちゃあ、僕は君たちに味方しようかと思ってね」
「……また何故急に――」
 真人は別段警戒する事もなく、ため息交じりにそれを尋ねる。
「うーん、何故かって? 何故だろうね。でも、相手がウォウルさんたちだからじゃないかな」
「え、何。あなたもウォウルたちの事……」
「違う違う、僕は別にそう言う感情ないよ」
 セルファが思わず言った一言に、託はぼんやりした笑いを浮かべて否定した。
「これまで彼等と一緒に行動した事がある僕が出した見解としては、こうだよ。『何かがない限り、彼等はこんな事をしない』、『順当にやれば良い事も、彼の――少なくともウォウルさんの中では、紆余曲折をする。曲がり曲がって、最後は大円団を望んでる』ってね」
「……言われてみれば、そうですね」
「へぇ。そうなんだ?」
「うん……、確かにあの人、薄気味悪かったり気持ち悪いとこもあるけど、それでいて結局は『誰かの為』とかじゃないからね」
「そうそう。セルファさんの言う通りだよ。『誰かの為』だったらまだ良いんだけど、彼は『みんなの為』って感じで動くからね。だからもし、僕がその『みんなの為』の中に居て、立ち位置を変えたとしたら、彼はどうなるのか。それにちょっと興味があるんだ」
 手にするチャクラムを手首に掛けて回しながら、託は笑顔でそう言い切った。検証に近い、極めて冷めた状況理解。把握したうえでの興味本位。恐らく彼は、そう言ったプロセスを今回とるつもりだったらしい。初めから、そう――最初から。
「でも、武装してる相手がそんな事を言っても、はいそうですか。とは頷けないんじゃないかな? あたしはそう思うよ」
 パフュームがゆっくりと構えを取る中、「ま、そうだね」などと涼しげに言った託は、手にするチャクラムを地面に落とす。足が届かない位置。決して攻撃行動に移れない位置にそれを放り、両手を広げて笑顔になった。
「ほら、これで無防備。信用してくれも、いいと思うんだけど?」
「………はぁ。そうだね。わかった。信用するよ」
「ありがとう。その信用、嬉しいよ」
 両手をポケットに入れ、四人の元に歩いてくる託を見て、真人は一瞬だけ眉をしかめた。
「それで? これからどうするつもり? って言うか君たちは一体どういう感じの動きなのかな」
「陽動と探索かな」
 彼の質問に答えるセルファ。その言葉を聞いて託は「ああ」と頷き、成程ね、と言って足を止める。
「さて。じゃあ次の部屋に行こうよ」
 託に促され、一同は再びその足を進めるのだ。真人を除いては。
部屋を後にしていくパフューム、祐輝、セルファを見送り、最後に部屋を出て行こうとした託を呼び止める彼。
「託君」
「うん? 何かな」
「皆さん気付いてないですけど、落としたチャクラムをどうやって?」
 見ると、託の手にはチャクラムが握られている。落とした筈のチャクラム。が、彼がそれを拾う動作はしていない。
「ああ。これね。宴会用の手薬煉。結構見えないから便利でしょ」
「チャクラムに巻きつけて……?」
「そうだよ。武器の性質が“投擲”である以上、使用用途は限られるでしょ? ほら、僕の環境も色々と変わった事だし、そろそろ新しいステップに行くのも悪くないかな、ってね」
「……ふふ。どこまでも謙虚ですね」
 笑いながら、真人は託に近付いていく。
「ありがとう。でも僕の場合は謙虚なんてきれいな言葉じゃないんだよ。そんな謙虚じゃあ、ないんだ」
 たった一度だけ、真人目掛けて彼はそのチャクラムを放った。進めば数秒後には真人の首を刎ねる軌道のそれは、託が手を空にかざすと軌道を変えて急上昇する。
 身動きひとつとる事無く、真人はにやりと笑みを溢したまま、正面の託を片目で見やった。瞑ったままの左目。
「ふふ。僕もまだまだって事かな」
「あえて何も言いませんよ」
 左目だけを開けてる真人に左後ろから、投擲したチャクラムが弧を描いて託の元へと戻ってくる。
「勢いよく引っ張ったら、君の首はどうなるだろう」
「興味があるなら引いて御覧なさい」
 真人の余裕で、託は気付く。
「やっぱり君には勝てない、かもね」
「それはどうも」
 チャクラムに巻きつけられていた手薬煉が、切れていた。



     ◆
 
 一方一階にいる彼等は、そこで通信を終えて一つの部屋へと足を踏み入れていた。
「状況、って言っても……そんなに特質する様な事、ないと思うんだけどね」
 辺りを見回しているカッチン 和子(かっちん・かずこ)は、そんな事を言いながら、自らの肩に乗るボビン・セイ(ぼびん・せい)へと目を向ける。
「でもまあ、実際探す場所って限られてるくるよね。部屋を虱潰しに探す、って言うのも、あんまり頭が良い感じじゃないなぁ」
「それは確かに一理ありますわね」
 通信機をしまいながら、二人の後ろに控えているトレーネが苦笑をしながら和子の言葉に返事を返し、部屋の中を見回した後に踵を返す。
「次の部屋、行ってみましょう」
「って言うか本当にこの中からハープを探し出すの? しかも見つからない様にしながら、今晩中に……? 何かもっとヒントがあればねぇ――」
 腕を組みながら、レクイエムがうんざりした顔で部屋を見回すと、不意に、言葉を止める。
「ねえ、ちょっとゾディ……この音――」
「……どうしました? 私には聞こえないですけど……?」
「ぎゃははは! 人間は耳が悪いぎゃ! よくよく耳の穴をかっぽじって聞くぎゃ」
 レクイエムの言わんとしていた事がわかったのだろう。夜鷹は腕を組んだまま、詰まらなそうに顎だけで“その音”がする方を指した。その場にいた全員も声を殺し、辺りに意識をむける。

 ハープの音色。

「あらあら……誰かがハープを弾いている見たい、ですわね」
「トレーネ。これは罠じゃないのか?」
「そうだよね! 盗みに来てるって言うのにわざわざ在りかを教えるなんておかしいよ!」
 邦彦の言葉に相槌をいれながら和子が言っていると、彼女のボビンが飛び降りた。
「じゃあ俺が見てくるよ! ほら、あそこに通気口あるし、あそこから入って行ってもしかしたら音のする部屋に通じてるかもしれないからさ!」
 彼の申し出に一同は一瞬きょとんとした顔をするが、確かにそうだと気付き、頷く。
「よろしくお願いしますよ」
「うん! 任せて!」
「精々猫にでも食われない様に気をつけるぎゃ」
「なっ! 猫くらい、へっちゃらだよ! 俺を馬鹿にすんなって!」
 笑顔で言葉を掛けるアルティツァと、ゲラゲラと笑う夜鷹に返事を返すボビン。と、急に体が持ち上がり、慌てて辺りを見回す。
「ほら、あんなところおまえひとりじゃ登れないでしょ。手伝ってあげるからっ」
 彼を持ち上げたのは透乃。彼女は両手を揃えて優しく彼を持ち上げると、掌に乗せているボビンに笑顔を浮かべて言った。
「うおっ!? ちっせぇ! ってまあそれは言いや。兎に角頑張れよ!」
「もし何かあったら、その……この部屋まで頑張って帰ってきてください。私のアンデッドで守れるところまではしっかり守らせていただきます」
 透乃を挟む様にして泰宏と陽子がボビンに向かって言った。
「うん、もし何かあったらよろしくね!」
 背伸びをして通気口の前まで手を伸ばした彼女の手から通気口に飛び移ったボビンが手を振り、その中へと入って行く。
「さて。とりあえずあたしたちはどうすればいいかな」
「私とやっちゃんが此処に残って彼の帰りを待ってますので、皆さんは他の部屋を」
「え、待って待って! だったら私も残るし!」
「おいおい待てよ……どっちにしても私たち、残んのか? それは決定なのか?」
 陽子の言葉に反応した二人は、二人でそれぞれリアクション返した。
「じゃあこの部屋はお任せしますわ。わたくしたちは他の部屋を当たってみるとします」
「あまり無理はしない方がいい。何かあったらすぐさま私たちと合流するといい」
「誰に言ってんのかな? それ。私達はそんなへまをする様に見ないでよね」
 トレーネに続いて残ると決めた四人に向けて邦彦が言うと、透乃が笑いながら胸の前あたりで自らの拳と拳を打ちつけ合い、勝気な笑みを浮かべて返事を返した。
「邦彦。どうやら心配する相手、間違えてる見ただよ」
「その様だ」
「安心しんてお任せする事が出来そうでなによりです。いきましょうか、皆さん」
 ネルと邦彦のやり取りのあと、アルティツァが一同を促し、此処で彼等は一度、二手に分かれる事になる。
 その場に残ってボビンの帰りを待つ彼女等と、一つでも多くの情報を手に入れる為に進み続ける彼等と。
その二択はあながち、間違ってはいないのだろう。