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第2章 お茶はのどかに

「いらっしゃいませー」

 昼近くなった。店は今のところ、順調である。
「卵サンド、大丈夫かな?」
 朝から開店して提供したモーニングセットが当たって、店はかなり賑わっていた。だが、おかげで足りない食パンがさらに早く消費されている。察したかのように、買い出し組の三人が一度、買いこんだ卵と食パンを届けに戻ってきてくれたのだが、一軒の店で買えるだけ買った食パンでは、昼時のサンドイッチを賄えるかどうか心許ないし、乳製品はまだ全然足りない。再び、違うパン屋を目指して彼らは出かけていった。自分が留守にしている間の店内業務のことが萱月は気になっていたようだが、立ち寄った時に忙しくも順調に立ち働いている面々を見て安心したらしく、「皆さんありがとうございます」と深々と頭を下げてから、二度目の買い出しに出ていったものだった。
 とにもかくにもそういうわけで、特に食パンの消費が早い。オーダーを取ってきたカレンデュラ・シュタイン(かれんでゅら・しゅたいん)も、それを知っていたので、一応確認のために厨房に声をかける。
「大丈夫ですよ。パンはトーストしますか、焼かずにお召し上がりですか?」
 鈴里の落ち着いた返事があった。
「あ、焼かないでいいそうだ」
「分かりましたー」

「いらっしゃいませ、どうぞこちらの席へ」
 北都に奥の席に通されたのは、レイナ・ミルトリア(れいな・みるとりあ)日比谷皐月(ひびや・さつき)
「コーヒー二つ、あとフルーツパフェ一つ。サラダは?」
「ありますが、フルーツパフェの方は、少々お時間がかかりますが、大丈夫でしょうか」
 言われて、皐月はレイナの方をちらりと見やった。
「……らしいけど、いい……よな?」
 皐月の視線を受けて、レイナは婉然と微笑する。
「そちらが急いで帰りたいのでなければ、構わないわよ」
 その言葉に、一瞬眼を大きくした皐月だったが、すぐに北都に向き直って、
「構わねえよ。先にコーヒー持ってきてくれ」
「かしこまりました」
 北都がメニューを持って去ると、レイナが声をかけてくる。
「どうしたの? 何だか疲れた目をしてるみたいだけど」
「……別に」
 努めて平静を装って声を返す皐月を、見つめるレイナの瞳は気遣わしげな風ではない。むしろ、面白がっている。
(もう気付いているわね)
 自分が、誘った相手ではないということに。レイナは平然と笑って、困惑を隠し切れていないデートの相手を見つめている。
 その通り、皐月は何となく察知していた。目の前にいるのが「レイナ」ではないことに。見た目は間違いなく本人なのだが……雰囲気、所作が彼女とは違いすぎている。
 そしてその「彼女でない彼女」は、隠す様子もないがすべてを打ち明ける気もないらしく、皐月の戸惑いを楽しむように冷たく見ている。
 やがて、コーヒーが運ばれてきた。
「この店って、いつこの場所から消えるか分からない、漂流しているみたいなカフェらしいわね」
 突然、レイナが口を開く。
「え? あぁ、そうらしいな」
「へーぇ……」
「なんだよ」
「いつ消えてなくなるか分からないような店に誘ってくれて、ありがと、ってことよ」
 上品だが確実にトゲのある言い方だった。微かにイラッとしたが、まぁこれくらいでいちいち反応するのは……と流すことにして、皐月は一口コーヒーを飲む。

「なんか、変な感じだよな」
 カレンデュラの言葉に、客が帰った後の皿を下げていたリアトリスが「どうしたの?」と尋ねた。
「いや、なんかお客さんがみんな、妙に会話が盛り上がってて……それはいいんだが、変に、入ってきた時と雰囲気が変わってることが多いっていうか」
「そういえば……僕も、そんな気がしてた」
 この店で飲食すると、何故かほっと心が緩んで、普段は口にしないような言葉、心の奥底にしまってあるような本音の一言が、口をついて出てしまっているのだ。そんな一言は、客たちの雰囲気を一瞬で良くも悪くも変える。それが奇妙に客のテーブルを“活性化”していることに、二人は雰囲気だけは気付いていたが、接客だけに専念しているので飲食の作用にまでは理解できていない。
「そうみたい…ですね…」
 ほわんと湯気が浮かぶような声がして、二人が見ると、隣に白雪 椿(しらゆき・つばき)が立っていた。
「きっと、お客さんも、この店の雰囲気に、ほっとして…安心して、いろんなお喋りをしたくなるんだと…思います…」
「……なるほど……」
 この店の雰囲気に負けず劣らずふんわりと緩やかな口調でそう言われると、確かにそんな気もしてくる。
「まぁ、何によお客さんが気持ちよく過ごしてるんなら、それに越したことはないよな」
「いいことだよねっ」
「素敵なこと…ですね…」