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漂うカフェ

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漂うカフェ

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 厨房では、ヘルプで入った『黒川 大』が、手際よくフルーツの下ごしらえを着々と片付けていた。りんごを手早く剥いてくし形に切り、レモン水につける。桃はいささかも形を潰すことも、たっぷりした果汁を無駄にこぼすこともなく、切って皮を取り、グレープフルーツは丁寧に白い筋を取って、袋の中から宝石のようにきらきらした粒が房になった実を取り出していく。
 だが……何か釈然としないものが、料理人・黒川を名乗って厨房に立つ佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)の胸にあった。何か、何か根本的なものが食い違っている気がする。フルーツの下ごしらえは、完璧だ。パフェにしても、たとえパイにしてもケーキにしてもワッフルに添えても、恥ずかしくない見栄えだ。だが、そういう点ではない何か、不安があった。
 パートナーの真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)が、弥十郎の下ごしらえしたチェリーと桃を、コンポートの鍋に入れて、火をかける。
「ねえ、弥十郎」
「何?」
「さっきメニュー見たけど、何か、パイとかワッフルとかそんなの書いてなかったよ」
「……だよね」
「ここ、本当に『Cafe De Mary Oige』ってお店?」
「『カフェ・マヨヒガ』って、書いてあったから、表記が違うだけかと思ったんだけど……」
「……違うよね。多分。機晶姫の人がお店やってるなんて、紹介状には書いてなかったでしょ」
「やっぱり……そうなんだろうねぇ」
「確実に、間違えたよね」
 真名美は溜息をついた。
「どうしようの。今さら、お店の人に本当のこと言ったら、失礼かな。でも、紹介状のお店にもいかないと……」
「取り敢えず、この下ごしらえだけ終わらせて、それからそっちいこ?」
「そうだね。じゃあ、生クリームも作っておくかな」
「コンポート使うメニュー、この店、あるのかな……」
 料理人仲間からヘルプを頼まれた店を間違えて、内心二人が焦っている、ということに、周囲は全く気が付かなかった。
 並んで手際よく下ごしらえをしていく二人が、慌てている様子は全く見せず、むしろのんびりと楽しそうにすら見えたからだ。

「――はい、ちょうどいただきます。ありがとうございましたぁ」
 レジで、会計を担当しているミスティ・シューティス(みすてぃ・しゅーてぃす)にちょうど二人分の飲食代を払い、皐月は、待っていたレイナを振り返った。
「お待たせ。あー、今日は、その、なんというか」
「今日、ありがとう」
「え?」
 何と言おうか口ごもっている間に、ほとんど聞こえないくらいの小さな声でレイナの唇からこぼれたその呟きを、言葉を厳選することに意識を持っていかれていた皐月は聞き逃してしまった。
「今、何か言ったか?」
「何でもないわ」
 誤魔化しながら、レイナは何となく目を逸らした。口の中に、パフェに入っていた甘い木苺の味が微かに残っている気がした。