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コンちゃんと私

リアクション

 

「ぐおぉおおおお!! は、腹がぁ!」
 瀬山裕輝が、地面にうずくまって名状し難い叫び声を上げていた。両手で押さえた腹の辺りからも、ゴロゴロと名状し難い異音が響いている。
「く、クソが! 生何ぞ食わせよって、アイツら絶っ対しばく! しばいたる!」
「裕輝……君にも、確か普通にたこ焼きとかを焼けた筈なんだよ。しかし、君はそうしなかった」
 裕輝の狂態を足元に見下ろしながら、月読之 尊(つくよみの・みこと)は穏やかに言った。
 そしてまた歌うように、誰にともなく語った。
「裕輝はね、何事もまず何もせずに食す人間だ。醤油や塩等、付け加えると美味しいモノでもとりあえずはそのまま食らう……そういう奴だ……あ」
「具の搬入、OKキターー!」
 伝令に飛び出して来た美夜が、ふと足を止めて振り返った。ぼんやりと美夜を見ている月読を見て、聞く。
「えーっと……今、何か踏んだような気が……」
「さあ……そういうことも、あるかもしれませんねぇ」
「……?」
「どうなさったの、搬入開始ですか?」
 念願の巨大な固形物を嬉々として切り刻んでいたセシル・フォークナーの声に、美夜は慌てて走り出した。
 その後ろ姿を見送ってから、月読はふっと微笑んで、足元で悶絶している裕輝を見下ろした。
「あ、ごめんなさい! 具の搬入、OK、お願いしまーす!」
「もうっ、待ちくたびれましたわぁ」
 そう愚痴をこぼすセシルの周囲には、一口大ほどのサイズになったイカの落とし子ようなものがみっしりと地面を覆い、うねうねとその小さな触手を蠢かせている。
「細切れにしすぎて、この体たらくですわ! 一部はホタルイカ焼きになっても文句は仰らないで下さいね」
「ホタルイカ、美味いじゃないか! じゃんじゃん作ろう」
 そう言って、ケヴィン・フォークナーがミニたいむちゃんタワーからビームを放つ。まだ比較的形を保っていた塊を、レーザーが五センチばかりの賽の目状に切り刻む。
 ぼとぼと、と地面に落ちた破片がホタルイカに変わる前に、ざっと何かで掬い取られる。
「さあ、具をよこせ! 俺様が全部持って行く!」
 巨大な棺桶を引きずったカルキが叫んだ。手当り次第にその辺のイカの落とし子をつかみ取りし、ぽいぽいと棺桶の中に放り投げる。本来マシンガンが入っている筈の棺桶には、既に山盛りに得体の知れない食材が詰み上がっている。放り投げられたイカっぽいものはさらにその上に積み上がり、一部は乗り切らずに転げ落ちた。
「よーし、まずはこんなもんだな。残りはまた集めに来る!」
「よろしくなー」
 ケヴィンがそう手をふる横で、セシルがちょっと首を傾げた。
 ……なんか、違うものを放り込んでた気がするけど。

「裕輝……そして、君にも食べられてしまうときが来たのかな」
 月読は何もない足元の地面と、カルキの後ろ姿を交互に見て、穏やかに微笑んだ。
「塩くらい、かけてもらえると……いいね」

「人間は駄目だよう」
「喰いたい。こいつ、旨そうだ」
 棺桶から救出された瀬山裕輝(失神中)を前に、カルキがルカルカにしかられていた。
「食べちゃダメ」
「じゃ、こっちならいいか」
「……うーん?」
 この時カルキの手の中で伸びていたいーとみーは、この後、奇跡的に救出された。


 ソースの樽をかき混ぜながら「ここはぜひ勇ましいBGMが欲しい」とフランツが思ったとき、突然ファクトリーのスピーカーから音楽が流れ出した。
「……「たこ焼き大阪」じゃないのか」
 ちょっと期待したのだが、流れてきたのは、似ても似つかない物悲しいメロディーだ。
「あの曲、テンションあがるんだよねー。大阪人のせわしなさも表現的に織り込まれていて、グレイトだけどなー」
 ザ・不満、といった面持ちでぶつぶつ呟いていたが、消え入りそうなそのメロディーに僅かに聞き覚えがある気がして、言葉を切った。
 次の瞬間、この場に持って来いな勇ましい音楽が流れ出した。激しいティンパニと管楽器が紡ぐ、行進曲風のリズム。そのタイトルに気づいて、フランツは軽く脱力した。
「どうした?」
 泰輔が不思議そうな顔でフランツを見る。
「この曲、わかりますよね?」
「えーーーっと、あれだ、ショスタコーヴィチの……5番?」
「ええ、つまり……タコ5」
 泰輔が激しくずっこけた。
「ないわ! 親父ギャグやろ、それは!」
「デスヨネ……」

 二人の脱力とは裏腹に、曲のテンションは一気に作業の士気を高めていた。
「よーし、焼け、焼きまくれー!」
「ソース準備完了、いつでもどうぞ」
「かつぶし、青のり、スタンバイオッケー、こちらもいつで……も……はっくしょん!」
 ぶわっ、とレーンの一角で削り節が舞い上がる。
 鉄板と言う鉄板にオリーブオイルが敷かれ、その上に撹拌機を通したタネが流れ込む。焼き時間は魔術によって短縮し、その間に、「具」が勢い良く放り込まれてゆく。
 その具がかつて「何」だったかは、誰も深くは追究しない。
 それが何であれ、皆の共同認識として、全員がコレをたこ焼きと確信し、その確信を持って焼き上げ、調理する。
 それが、今やるべきことだ。というか、ぶっちゃけ誰もあまり考えたくなかった。
 ファクトリーの大部分を占める自動マシンでは鉄板が微細動を繰り返し、一気に並べられた具を包み込むように、自然にタネが休憩に成形されてゆく。
 また一方の半手動型を無駄にする余裕もなく、こちらでは各々が持ちやすい串状のものを手に、たこ焼きを転がしていた。二槍流で槍をピックに、器用にたこ焼きを操る者までいる。
「あああ、やばい、歪んできた……」
 雅羅が竹串を握りしめて狼狽えていた。
「そーゆーときは、こうや」
 ひょいと顔を出した泰輔が串の先でちょいちょぃと突き、歪んだ部分を押し込みながらくるっと下に巻き込む。
「これでちょい待てばオッケーや」
「わあ、すごい」
「すごかないわ、大阪人の嗜みや。あ、そっち、手を止めたらあかん」
「イキイキしてますねぇ……」