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料理バトルは命がけ

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料理バトルは命がけ

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「次は私ですぅ」
 ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)が出した物はカレーであった。パッと見ると普通のカレーであったが、よく見ると輪切り唐辛子が散りばめられている。
 更に、よく見かけるライスとルーを半分に分ける盛り付け方ではなく、ライスの上からルーをかける盛り方になっていた。
「市販の物ですが、大辛のルーを使用しているのでちょっと辛いかもしれませんので気を付けてくださいですぅ」
 ルーシェリアが笑みを浮かべて審査員に言った。
「大辛か……それくらいならまだいけるかもしれん」
「カレーねぇ〜……」
「うーむ……大辛くらいなら耐えられますかね……」
 辛さに想う所があるのか、審査員がそれぞれ口にした。
 しかし使用しているのは市販の物。今まで出てきたように無茶苦茶な物は無いだろう。そう判断したのか、審査員達がカレーをスプーンに一口取り、泰輔は少し冷ましながら口に運んだ。
――瞬間、ルーシェリアの笑みに、何か別の感情が含まれた、気がした。
「「じぐぉッ!?」」
 そして泰輔とアザトースが噴出した。だが、原因は辛さではない。
「くっさ! 何やこれくっさぁ!?」
「こ、これなんですか……な、生臭さが半端ないんですが……!」
 気を失わなかったものの、口に広がる不快感に二人が悶える。
 カレーからした味は言う通り大辛ルーの辛さ、そして何故か感じる生臭さと酸味。それが良い具合に不快感を引き寄せるように絡み合い、泰輔とアザトースの口の中にしつこく残る。
「何ですかねこの酸味と生臭さは……うぉぇっ……」
「ま、まさか腐ったもん入れとらんよな……」
「そんなことしないですぅ……入れたのは、これですよぉ」
 そう言ってルーシェリアが出した物は、
「「……す、すじこ?」」
「ですぅ」
 それは、普通に店で売っているパックに入ったすじこであった。醤油に漬けるといった処理はまだ一切していない物である。
「これをただライスに乗せてルーをかけただけですぅ」
 上からルーをかける盛り方だった理由はそこだ。そうやってすじこの存在を隠していたのだ。
「その昔、カレーとすじこが好きな方が作ってみたはいいけどほとんど食べられず捨てる羽目になった、というレシピを忠実に再現してみたですぅ」
「……まぁ、これは捨てるわ」
「ですね……うぷ……」
 口の中に広がる不快感に、二人が口元を押さえる。
「ごちそうさま〜」
 その中で一人、アスカだけが皿を空にしていた。
「あら、食べられちゃったですぅ」
 ルーシェリアも少しばかり驚いた表情になる。
「ふっふっふ、確かに生臭かったり酸っぱかったりしましたが、珍味と思えば何とかなったわよ〜」
「いや、珍味とかいうレベルでないでこれ……」
「良く食べきりましたよ本当に……」
「カレーなら私は大丈夫よ〜。だって『カレーは飲み物』って言うじゃない〜? スープ系なら珍品だって飲み干すわよ私〜」
「はぁ、そうきたですかぁ……ちなみに、お二人は?」
「「ギブアップで」」
 泰輔もアザトースも早かった。

「それじゃ、火を点けるよ?」
「おっけおっけ、やっちゃって」
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)の言葉にシンク・カルムキャッセ(しんく・かるむきゃっせ)は頷くと、食用エタノールを用意した。そしてエタノールを皿の上に置かれた物体にかける。
 皿に乗っていたのは、井桁状に積まれたフライドポテト。そしてその上には棺の形をしたパイが載っていた。
 ポテトや棺にエタノールをある程度かけ終えると、合唱。そして点火。エタノールの効果で、全体的に火に包まれた。
 一瞬でアルコールが飛び、火は消えたがまるでその姿は火葬の様であった。
「……こうやって故人となられる皆さんを表現してみたよ」
 シンクがぽつりと呟く。火葬の様、ではなく本当に火葬を再現していたのであった。
「……ネーお姉ちゃん、どうかな?」
 舞衣奈・アリステル(まいな・ありすてる)が言うとネージュが棺の蓋をずらして様子を見る。
「……うん、このくらいで充分かな」
 ネージュが頷くと、舞衣奈、シンクで審査員達にポテトを盛ったまま皿を配る。
「完成ー! 『さいじょー級のカレー』召し上がれー!」
 ネージュに促され、審査員達が棺の蓋をずらす。中にはボコボコと沸騰する黒ずんだ赤銅色のどろどろのカレーが入っていた。
「……ん? パイの中には肉が入っているんですね?」
 パイを崩したアザトースが、中から顔を出した肉を見て呟く。
「安全なお肉ですよ。ルルイエファーム印の名伏難い古き種族の成型圧縮肉ですけど」
 シンクが言った。安全ってなんだろうか。
「ふむ、それくらいなら私は大丈夫ですが……」
 そう言いながら、アザトースがカレーを掬い一口、
「…………!?」
入れた瞬間全身が硬直し、そのまま後ろからぶっ倒れた。
 そのままパクパクと苦しそうに口を開閉するが、口内には留まらず、全身を灼熱、なんて言葉では足りない熱が襲う。
 言葉で例えるならば地獄の業火か、煉獄の炎か。
 やがて、耐え切れずにアザトースはがっくりと気を失った。
「ふっ……流石『斎場級のカレー』は伊達じゃないね……」
 ネージュの額に冷たい物が伝う。
 このカレーのベースはネージュが作った普通のカレーである。一般的な野菜や肉を丁寧に煮込んで作った物だ。
 その後、舞衣奈が辛さを作った。その時用いたスパイスというのがパラミタブートアップジョロキアとシャンバラハバネロ濃縮エキスと乾燥末、ティルナノーグ産ハイブラブリッキーヌ。それらをすり潰した調合ペーストを合計500グラム、基本となるカレーにぶち込んで煮込んだ。
 まさしく斎場へ直葬となる辛さであった。
「……よ、漸く冷めてきたで」
 カレーを冷ましていた泰輔が様子を見つつ、口へと運ぶ。
「…………」
が、辛さの灼熱は冷めることなく泰輔の全身を焼き尽くさんと襲い掛かる。
 生きながら高温の炉で焼かれる感覚を味わいながら、泰輔も意識を手放し後ろから倒れていった。
 それを見て、ぐっと舞衣奈がサムズアップ。
「ごちそうさま〜」
 だが、一人――アスカだけは完食しきった。
「う、うそ!? 耐えきった!?」
 ネージュが驚愕の表情を浮かべる。舞衣奈、シンクも同様の顔だ。
「カレーは飲み物、楽勝よ〜……と言いたいところだけど、中々辛かったわ〜……けど、その辛さの中に深いスパイスの絡み合いがあったわ〜」
 アスカが汗をぬぐいながら言う。彼女にとって、このカレーは『最上級のカレー』であったらしい。
 ちなみに泰輔とアザトースは辛うじて斎場直葬にならずに済んだようであった。

「さて、次はワタシ達だねぇ……用意した料理はこれさぁ。たくさん用意したからたくさん食べてねぇ」
 佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が出した物は、苺のソースがかかっているパンナコッタであった。各席に一つではなく、複数置かれている。
「そのソースは私が作ったよ」
 真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)がソースを指して言う。
 ソース、パンナコッタ共に異臭があるわけでもない。見た目もおかしなところは無い、普通のパンナコッタであった。
 だが、一口口にすると審査員達は顔を顰めた。
「不味いっていうわけではなく、むしろ味はいいんですが……」
「……え〜と〜……なんていうか〜……」
 アザトースとアスカが適する言葉に悩む。
「……なんつーか、残念な味やな」
 泰輔が呟くと、二人が「それだ」と合わせた。
 見た目も普通、香りも普通。口に入れても口当たりもいいし、味も普通に美味しい。
 しかし、口の中に広がる香りが全てを台無しにしていた。そのせいで後味が悪く、審査員達はげんなりとした表情になっていた。
「やっぱりテキーラは合わないようだねぇ」
 そのげんなりした表情を見て、弥十郎が呟く。その言葉に「ああ、それか……」と審査員達が更にげんなりとする。
 だが、そこでおかしなことが起こる。
 審査員達は後味の悪さにげんなりしつつ、次のパンナコッタに手を伸ばしていた。
「「「え?」」」
 審査員達の顔が驚いた物になる。
 それは全くの無意識のうちに行っていた行為であった。そんなにすぐ残りに手を付ける気は無かったというのに、即座に次のパンナコッタを手に取っていた。しかも全員が。
「あ、気付いたかなぁ?」
 審査員達の顔を見て、弥十郎が笑みを浮かべる。
「実はそのパンナコッタ、テキーラ以外にもワタシが調合した漢方薬が入っているんだよねぇ。効果はそのパンナコッタを身体が欲するように調整してあるんだよぉ」
 弥十郎の言う通り、体が欲しているせいか手に取るとすぐ口へと運んでしまう。だが、後味が悪いのは変わらない。残念な味に審査員達はげんなりした表情をしつつ、更に次のパンナコッタを手に取る。
「……やっぱこれ酷いコトしているよね?」
 その光景を見て、真名美が「可哀想に」と呟く。
「うん、してるねぇ」
 だが、弥十郎は平然と答えた。
――しかし、このパンナコッタは残念なのは香りだけ。それ以外はむしろ美味の部類に入る。
 実食が始まって暫く時間が経った。
「……っしゃ! 完食や!」
 泰輔が空き容器をテーブルに叩きつける。その横には今まで食べてきたパンナコッタの容器が山積みになっていた。
「……やっと食べきったわ〜」
「結構ありましたねぇ……」
 一歩遅れて、アスカとアザトースも一息吐く。やはり泰輔と同様に、パンナコッタの空き容器を山積みにしている。
 皆げんなりとした表情をしているが、全員完食しきったのであった。
「あらら、香りだけじゃ耐えられちゃったかねぇ」
「それでもよく食べたなぁ……」
 積み上げられた容器を見て真名美が呆れた様に呟いた。
「というか、よくこんなに食べさせようと思ったね」
「それも作戦だったんだけどねぇ」
 少し残念そうな顔を弥十郎がする。が、げんなりとした審査員達の表情を見て「まぁいいか」と呟いた。