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料理バトルは命がけ

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料理バトルは命がけ

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第二章 信じられないかもしれませんが、これが調理シーンなんです

 会場に設けられた調理スペース。現在このスペースではAブロックに分けられた調理者達が調理を進めていた。

 食材コーナーでは会場側が用意した肉類、魚介類、野菜といった一般的な物を始めとした様々な食材が並べられていた。
「さーて、どないしようか……」
 スペースで瀬山 裕輝(せやま・ひろき)が食材を物色している。
「まぁ折角なら美味しい物を食べてほしいですよねぇ」
 その隣でラムズ・シュリュズベリィ(らむず・しゅりゅずべりぃ)が物色しつつ呟く。
「この試合の場合美味しい、の意味がちゃうと思うんやけどなぁ……こういうのが美味しそうやけどな」
 そう言って裕輝が目をやった一角にあるのは、某協賛団体から提供されたガラス片や有刺鉄線といった口にするのも危険な代物である。
「ルールがルールじゃからな、ただ美味しい物じゃいかんのはわかるが……審査員に怪我をさせるのも気が引けるのぉ」
 シュリュズベリィ著 『手記』(しゅりゅずべりぃちょ・しゅき)が食材という名の危険物を見て少し考える仕草を見せる。
「……ふむ、こういうのはどうじゃ?」
 そして何か思いついたのか、『手記』はラムズに耳打ちする。
「んー……まぁ確かに、考えてみれば頭足類と余り変わらないかもしれませんね、やってみましょうか」
 そう言うとラムズが踵を返す。
「ん? 食材使わんの?」
「ええ、食材なら身近にいましたから」
 そう言って、薄く笑みを浮かべるとラムズは調理スペースへと戻っていった。
「ふーむ、こっちも何か探さんと……お?」
 その時、裕輝の目にとある食材が並ぶコーナーが入り込んだ。
「んー……こら美味しいかもしれんで。昔某さそり座の女がこんなんキャーキャー言いながら食っとったしな」
 そう言って裕輝はそのコーナーに置かれた――所謂ゲテモノ食材を物色し始めた。

「ねぇアキュート、何作ってるの?」
 ハル・ガードナー(はる・がーどなー)アキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)の手元を見て首を傾げる。
「ああ、山羊肉のポトフだ。こう見えても料理は多少はできるんでね」
 アキュートが手元を動かしつつ答える。
 玉葱・ニンジン・カブ・ブラウンマッシュルーム・セロリといった野菜と一緒に、山羊肉の塊を慣れた手さばきで下ごしらえしていた。
「これに秘伝のハーブを入れて……っと」
 数種類のハーブをブーケガルニにして他の食材と一緒に圧力鍋へと投入する。
「後は柔らかくなるまで煮込む必要があるな」
「……これ、大丈夫なの? 普通の料理だよ? この試合のルールだとダメじゃない?」
「ああ、これ自体は普通の料理だが……なぁに、策はあるさ。その為にはお前の協力が必要だ、ハル」
「ボクの?」
 首を傾げるハルに、アキュートが頷きつつ、元聖職者とは思えない邪悪な笑みを見せた。

「あの、ダン……」
「ああ、ちょっと待ってくれアメリ。今大事なところなんでな」
 不安げな表情で話しかけるアメリ・ジェンキンス(あめり・じぇんきんす)に、ダン・ブラックモア(だん・ぶらっくもあ)が優しげな笑みで返す。
 その手元にあるのは調理器具……というより調合器具。その中では何種類もの漢方薬、最新サプリ、薬草といった物が混ぜられている。パッと見ただけで三十以上の種類はあった。
「これだけ混ぜれば栄養満点間違いなしだ」
 手に持った薬学の本に目を落としつつ、ダンが何処か満足げに呟く。
「いえ、あのね……」
「ん? ああ、安心してくれ。ちゃんとアメリの分も用意しておくからな」
「いえそう言う事ではなくて……」
 そう言いつつちらちらとアメリが視線を向けるのは、ダンが身に着けているエプロン。
 サイズがダンの身体と比べ小さい上、うさちゃんの柄と色々と合っていない代物であった。それもそのはず。
(……あれ、私のエプロン)
「よし、出来た」
 アメリが『まぁいいか』と思うと、ダンが本を閉じる。
「……う゛」
 そして、器を見てアメリが顔を顰める。器の中にある物体の見た目はひどい物で、『誰かモザイク持って来い』『いやモザイクが来い』といったコメントがつけられそうであった。

「全く、とんでもない企画だな……食材はこんなことをするためにあるのではないというのに」
 アルクラント・ジェニアス(あるくらんと・じぇにあす)が嘆くように呟く。
「……それに関しては同意だけど……これは一体何?」
 シルフィア・レーン(しるふぃあ・れーん)が集められた物を見てアルクラントに問う。
 そこに集められたのは火薬や発火溶液、そしてガラス片。更には工業用廃油に雑巾なんて物もある。
「確か……ニャッフルホッフを作るんだよね?」
 シルフィアの言葉にアルクラントが頷く。ニャッフルホッフとはアルクラントの祖国の料理の名前だ。どこぞの這い寄る混沌と響きが似ているが注意だ。
「うむ、今回は一切食材を使わないニャッフルホッフを作ろうと思っているんだ」
「一切、食べ物を使わない?」
「そうだ、食材で遊ぶ愚か者達に戒めの意味を込めてな……そこで見た目『だけ』はまともな料理を作れるシルフィアの出番、というわけであるな」
 その言葉にむっとシルフィアが頬を膨らませる。
「むー! 見た目だけってのは余計! でも、食べ物で遊ぶ人は許せないっていう気持ちは一緒かな」
「そうだ、我らのニャッフルホッフで愚か者達に天誅を与えようではないか!」
「そう言う事ならワタシも気合入れるよ……そうだ、これ以外にニトログリセリンとか使わない? 甘い味だって聞いた事があるわ!」
「それはいい案だ」
 嬉々として危険物を調理しだすアルクラントとシルフィア。前言撤回。十分カオスだこれ。

「……今更引けない、か」
 九十九 昴(つくも・すばる)が諦めたように呟くと、大きなため息を吐いた。
 彼女は『バトル』という単語で、この試合をそのまんまの意味で捉えてしまいエントリーしたのだが、蓋を開けてみれば普通の料理バトルですらない物。
 今更引く事も出来ずに、大人しく材料を集めてきたのであった。
「こういうのはやりたくなかったんだけど……作るしかないのね……」
 そして再度溜息。過去、料理に関してまぁ色々とあったのだ。お菓子で半殺し事件とか。
「朋美……後で覚えておきなさい……」
 昴が恨めしそうに吉木 朋美(よしき・ともみ)を見る。元々唆したのは彼女である。『更なるカオスを投入してしまえ』という理由で。
 当の本人は素知らぬ顔でただ一人、別の料理を作っている。一応審査員のフォロー用に。
「……嘆いていても仕方ないし、普通に作りますか」
 そう言って手元にある材料を眺める。魚介類と鶏肉、サフランといったパエリアを作る材料が揃えられていた。
「よし……」
 昴は気を引き締めると、食材の調理へと取り掛かっていった。

「……な、何故だぁぁぁぁぁ!」
 シン・クーリッジ(しん・くーりっじ)が頭を抱え、がっくりと膝をつく。
 台に並べられているのはシンが作った料理である。
「うわ、こりゃまた見事な……」
「よくもまぁここまで立派に……」
 九条 ジェライザ・ローズ(くじょう・じぇらいざろーず)冬月 学人(ふゆつき・がくと)が苦笑する。
「……美味しそう」
 斑目 カンナ(まだらめ・かんな)が料理を見て呟く。
 並べられた料理は、どれもこれも見事なまでに美味しそうな代物であった。
「お、俺が作っていたのはダメージを与えるような物のはずだ! だというのに何でこんな事になっているんだぁぁぁぁぁぁ!」
 シンが叫ぶ。本人としてはルール通りの料理を作るはずが、料理人の性か出来上がる物は意志に反して美味しそうな物ばかり。
「はっ!? もしかして見た目に反して味は!?」
「「「うん、うまいうまい」」」
「うまいのかよぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
 シンがのけ反って絶叫する。
「けどこの状況は不味いね、どうしようか?」
「ふっふっふ、案ずるなかれ。秘策は既に我にありよ。ちょいとお耳を拝借」
 九条が不敵な笑みを浮かべ、学人に耳打ちする。
「……よし、それで行こうか」
「おっけ! さて、私達も準備するよ!」

「……で、どうしてこのような事になったのか説明してくださるかしら?」
 コメカミに青筋を立てながら、ソフィリア・ローレル(そふぃりあ・ろーれる)キルラス・ケイ(きるらす・けい)に問う。
 キルラスの手元にあるのは真っ黒になった炭のような物。元々はキッシュの生地になるはずであった物だ。
「オーブンで焼くのが面倒だったのでつい。けどこれはいい焼け具合になりましたぜ?」
「上手に焼き焦がしてどうするんですの! 全くキルラスに任せるんじゃなかったですわ……」
 ソフィリアが大きく溜息を吐く。
 今回キッシュを作ると決めたソフィリアは『料理をしたことが無い』というキルラスに『生地を作る程度なら混ぜて焼くだけだし……』と役割分担したのであったが、任せる相手を間違えた。
「で、でもキッシュは中身が命! 周りが焦げても中身で挽回すればいいのよ!」
 そう言って用意していたキノコやベーコン、ほうれん草といった具材を刻み、卵と混ぜる。そしてほぼ炭となった生地に綺麗に盛り付けていく。
「後は焼くだけね」
「よーし、仕上げに俺が焼くさぁ」
 そう言ってキルラスは身構える。そして、キッシュが【ヘルファイア】の炎に包まれた。
「何やってんのよこのもやし男ぉぉぉぉぉ!」
「ありゃま」
 黒い炎はキッシュを焼き、見事に炭にした。
「あーあ、真っ黒になっちゃったねぇ」
「……もう気力も失せましたわ」
 がっくりとソフィリアが肩を落とす。
「これ真っ黒になっちゃったから飾り付けていい?」
「もう知りませんわ! 後は勝手にやっちゃって!」
「あ、いいの? よーし、今度はカラフルにしてみよう!」
 一人張り切るキルラスに、ソフィリアは大きく溜息を吐いた。

「そっちはできそうか?」
 ガチャガチャとボールの中身をかきまぜつつ、柳玄 氷藍(りゅうげん・ひょうらん)真田 幸村(さなだ・ゆきむら)に問いかける。
「ええ、こんな物でしょう。後はこいつをクリームと混ぜればよろしいかと」
 幸村は手元のカカオ豆を砕きながら氷藍に微笑む。
 氷藍達が作っていたのはチョコレートケーキである。スポンジは市販の物であるが、クリームを氷藍、トッピングの盛り付け等を幸村と真田 大助(さなだ・たいすけ)が担当していた。
「こっちもそろそろかな……ちょっと茶色が足りないな」
 氷藍はそう言うと、ボールに納豆をぶち込んだ。ボールの中の茶色い液体に、粘り気のある納豆が混ざりあう。
 ちなみにこの液体は決してクリームなどではない。『茶色い物をぶち込んだらなんとかなるだろう』という氷藍の発想の下作られた代物である。
 内訳は茶色い絵の具、隠し味に味噌、そして今投与された納豆と、とりあえず茶色い物を揃えていた。
「でもチョコレートケーキなんて作るの初めてだけど、意外と何とかなるもんだな……おっと、固くなっちまった。水分水分」
 そう言うと氷藍は、ボールにお茶とガソリンを注ぎ込んだ。間違いなく何とかなってない。 
「んー、こんなもんでいいだろ。入れてくれー」
 氷藍が言うと、幸村は砕いたカカオ豆と、何故かおかかをボールにぶち込んだ。それを軽く混ぜると、スポンジへと塗りたくる。
 納豆みたいな固形物に砕かれた物と丸ごとの二種類のカカオ豆、そしておかかとバラエティに富んだクリームであっという間に市販のスポンジが禍々しい何かへと早変わりする。
「後はカカオ豆を飾り付けて……アラザン忘れたからこれで代用するか」
 幸村が更に丸ごとカカオ豆を飾り付けると、仕上げにと消臭ビーズをアラザン代わりに振りかける。
「むぅ……チョコソースも忘れた……まぁこれで代わりになるだろう」
 そして幸村はチョコソースの代わりにデスソースを塗し、更に苺ソースに見立てジュレにしたタバスコをかけた。
「ん? そいや大助は何か入れたか? 漢方料理学んできたとか言ってたけど」
「は、はい……一応材料は持ってきたんですけど」
 一人口直し用のジュースを作っていた大助が氷藍に歯切れ悪く返事する。
「持ってきたなら使っちゃえよ」
「いえ……でも母上……漢方ではチョコレートケーキには合わないかと……」
「なぁに細かいことは気にすんなって! 何とかなるもんだって!」
 氷藍が豪快に笑う。ケーキの事を言っているのなら間違いなく何とかなっていない。
「そ、そうですよね! 材料も勿体ないし! トリュフの代わりに置いておきます!」
 そう言うと大助はケーキの上に、丸い乾燥した物体を乗っけた。
「それは何だ?」
「ああ、これは『五霊脂』って言うんですよ」
「ふーん……よっし、これで完成! いやー、たまには親子で料理ってのも悪くないなー」
 氷藍が笑う。手元にある料理さえ見なければ、微笑ましい親子の触れ合いであった。手元にある料理と呼ぶのも悍ましい物さえ見なければ。

「ふ〜ふ〜ふ〜ふ〜ふ〜ん♪」
 ルーシェリア・クレセント(るーしぇりあ・くれせんと)が鼻歌交じりで鍋をかきまぜる。中は空……なんてことはなく、ちゃんと中身入りだ。
 中に入っているのはカレー。辛さは大辛のルゥに更にスパイスを加え、上を行く辛さになっている。
 しかし辛いとはいえ、使っている物は普通の物。作り方も普通の作り方をしている為、苦手な物はともかく辛党が喜んで食べるレベルの辛さである。
「仕上げに唐辛子を適当に〜♪」
 輪切りにした唐辛子を鍋に放り込む。量は『適量』ではなく『適当』。摘まんだのをそのままばらっと入れただけである。
 それでも使用したのは普通の唐辛子。辛さはそこまで大きく変わらない。
「さーて、そろそろ完成ですね〜」
 ニコニコと笑みを浮かべながらルーシェリアが嬉しそうに言う。
「……そうそう、これが一番大事ですぅ」
 そして、手元にあるとある食材を見て、笑みを浮かべた。
 ニコニコとした笑みの裏に、ゾクリとするような何かがあった。

「んーこんなもんかなー?」
 ネージュ・フロゥ(ねーじゅ・ふろう)が鍋の中身を一口味見し、呟く。
 彼女が作っているのはカレーであった。何度も裏ごししたブイヨンをベースとし、野菜や肉がとろけるまで煮込み、独自に調合したルゥとガラムマサラで中辛レベルに抑えてある。
 中に入っている物も、使用している物も普通のカレーであった。
「それじゃマイナ、お願い」
「はいなのですよー。スパイスの準備はできてますよー」
 舞衣奈・アリステル(まいな・ありすてる)が用意したのはスパイスのペーストである。これで辛さを調節するのであるが、ただのペーストであるわけがない。
「とうっ、なのですよー!」
 舞衣奈がペーストを鍋に投入。その量、約500グラム。
 ペーストが溶け、カレーに混じりだすと漂う香りが、一気に刺激臭へと変わる。鼻の粘膜を焼き、肺すらも焼き尽くしそうな臭いである。
「おぉー……これは危ない」
 比喩ではなく危険な香りに、ネージュの頬に冷たい物が伝う。
「よしよし、後はこのまま煮込めばおっけー。で、そっちは準備できたー?」
「ばっちし」
 ぐっ、とシンク・カルムキャッセ(しんく・かるむきゃっせ)がサムズアップ。
 その手元には、フライドポテトと棺の形をしたパイがあった。

「く……くくくくく……」
 オフィーリア・ペトレイアス(おふぃーりあ・ぺとれいあす)が怪しげに笑いを漏らしながら、ボールの中の液体をかき混ぜる。
 彼女が作っている物はプリン。液体は溶いた卵である。
「ここまで順調であるな。では、隠し味を入れるとしよう」
 そして、怪しげな薬品やらなんやら――魔法生物生成用の薬品とカナン産の怪奇植物のエキスを取出し、卵と混ぜる。隠し味、というか食品に入れるべきものではない。
 ちなみにいうとこの卵もコカトリスの卵を用いており、ついでに香料もタシガン原産の怪しい物である。
「俺様の新作、ファンタジアプリンの完成も間もなくといったところだ……全く、完成品を見るのが恐ろしいよ……俺様の才能を世間に知らしめてしまうではないか」
 恐ろしいのは危険物が世間に放たれることであると思う。

「……なにこれ」
 真名美・西園寺(まなみ・さいおんじ)佐々木 弥十郎(ささき・やじゅうろう)が作ったパンナコッタを一口味見すると、顔を顰めた。
「ん? パンナコッタだよぉ?」
 弥十郎が然も当然と答える。
「いやそれはわかるんだけど……何だろ……臭い、かな? 何ていうか、とても残念な後味というか……」
 真名美がげんなりとした表情をすると、満足そうに弥十郎が頷いた。
「うんうん、成功みたいだねぇ」
「え、これで成功なの? ってか、何使ったの?」
「これだよぉ」
 そう言って弥十郎が使った材料を並べる。
 粉ゼラチン、砂糖、水、牛乳、生クリーム、テキーラ、バニラエッセンス。
「ちょいまち。これおかしい」
 真名美が手に取ったのはテキーラ。ラム酒のような物で香りをつけるのが普通である。
「ああ、気付いた?」
「これが原因か……うん、これは何ていうか、合わない」
 頭に手を当て、真名美がげんなりと呟く。口に広がるミルクの甘い香りに、テキーラの香り。絶妙なハーモニーを奏でていた、悪い方向で。
「で、これを作らせたわけだね?」
 真名美が自分が作っていた苺のソースを見る。これをかければ、ぱっと見た限りでは普通のパンナコッタである。
「……で、これを入れるわけ?」
 真名美がある物を手に取る。それは弥十郎が調合した、特殊な効果を持つ漢方薬である。
「……酷くない?」
 その効果を知っている真名美が聞くと、
「そうだねぇ」
平然と弥十郎が答える。笑顔で。
 その顔を見て、真名美はそれ以上何も言えなくなった。

「……そろそろでしょうかね」
 藤原 優梨子(ふじわら・ゆりこ)が足元に転がるモヒカン達を見て呟く。
「も、もう飲めねぇ……げふ……」
 モヒカン達はべろんべろんに酔っていた。彼らの足元には空になった【超有名銘柄の日本酒】の瓶が転がっている。 
 彼らは優梨子が大荒野や空大で『料理バトルなんですが、良いお酒飲み放題ですよーあと例の小麦粉とか』とスカウトしてきた者達である。もちろん20歳以上なのでアルコール摂取は問題ない。
「ではお次はこちらをどうぞ」
 そう言ってモヒカンに【自称小麦粉】を渡す。フラフラになりながらも、モヒカンは小麦粉を摂取する。ただの小麦粉をどのように摂取するか、良い子は知らなくていい情報だ。
「……うへ……うへへへへへ……」
 摂取したモヒカンが虚ろな目で虚空を見つめ、笑いだす。完全にキマっている表情だ。今ならきっと空も飛べるはず。
「……あ゛ー……虫うぜぇ……こんなとこに馬の糞が……」
 一人、目を落とし鬱な表情をしてぶつぶつと何かつぶやいているモヒカンが居た。ちなみに虫も馬の糞もここには無い。
「あら、バッドトリップですかね……オーバードースは怖いですけど、もうちょっと小麦粉を追加しましょうか」
 優梨子が半ば強引に小麦粉を摂取させる。すると、そのモヒカンは体中から脂汗を流し、ガクガクと震えだしたかと思うとぐったりとしてしまった。目は白目を剥いており、舌がだらんとだらしなく口から出ていた。
「この方はもうダメですね」
 そう言ってぐったりとしたモヒカンをポリバケツにぶち込む。
「他の方々はいい塩梅ですね。これならいい食材になります」
 虚ろな表情で何が楽しいのか笑っているモヒカンたちを見て、嬉しそうに優梨子が言った。
 信じられないであろうが、これが彼女の調理シーンである。

「こんな感じでいーい?」
 アリス・セカンドカラー(ありす・せかんどからー)が床に描いた魔方陣と、同様の魔方陣が描かれた鍋を鳴神 裁(なるかみ・さい)に見せる。
「おっけおっけ♪ こっちも準備できたよ☆」
 それを見て裁が満足げに頷く。
『い〜とみ〜♪』
 裁の頭に乗っている蒼汁 いーとみー(あじゅーる・いーとみー)が何処か楽しげに鳴き声を上げる。
 そして裁の足元には魔獣の亡骸が転がっていた。いーとみーが【野生の蹂躙】で呼び出した物である。食材に使うらしい。
「準備完了でありますか?」
「ならば我らも手伝おうぞ」
 葛城 吹雪(かつらぎ・ふぶき)イングラハム・カニンガム(いんぐらはむ・かにんがむ)の言葉に裁が頷いた。
「よーっし、それじゃごにゃ〜ぽ☆なクッキング、はっじめーるよー♪」
 裁の言葉を合図に、各々が下準備に動き出す。下準備というのは、裁、アリス、いーとみー、吹雪、イングラハムによる魔獣の解体作業である。
「……なあ、これ料理だよな?」
「我に聞くな……」
 そんな悍ましい光景を目にした柊 恭也(ひいらぎ・きょうや)の言葉に、蜃気楼の怪異 蛤貝比売命(しんきろうのかいい・うむぎひめのみこと)が何処か諦めたような表情で答える。
「これもう料理って言っていいのかわかんないよ……」
 オデット・オディール(おでっと・おでぃーる)が呟く。彼女の言う通り、この光景は料理というより儀式に近い。サバトとかそういう黒い系統の。
「俺は料理と聞いてきたんだが、なんでこんなことに……」
「私もだよ……」
「それを言うなら俺達は何でいるのか理解ができねぇ……」
 恭也とオデットの横で猿渡 剛利(さわたり・たけとし)が額を押さえる様にして溜息を吐いた。
「なんでって、救助の為だよ」
「もう忘れたのですか」
 エメラダ・アンバーアイ(えめらだ・あんばーあい)騎士心公 エリゴール(きししんこう・えりごーる)の言葉に剛利が「いやいやいや」と首を横に振る。
「救助ってなんだよ、料理バトルに救助が必要か?」
「にっしっし、そうと決めつけるのはよくないぜ? こんな状況じゃ何が起こるかわかったもんじゃないだろ?」
 三船 甲斐(みふね・かい)が何処か愉しそうに笑う。
「何が起こるかわからないというのは同意するけどな……所で、さっきから何作ってるんだ?」
 恭也が蛤貝比売命の作業を見て言った。
「ん? ああこれか? シュークリームを作っているのだよ。何でもあった方がいいとか」
「あった方がいい? どういうことだ?」
 剛利が聞くと、蛤貝比売命が困ったように首を傾げる。
「さぁ……なんでも、裁が言うには『あった方が効果が高い』とか」
 それだけ言うと、恭也とオデットと剛利が黙る。嫌な予感がして。
「……死人が出ないことを祈ろう」
「そうだね……」
「ああ……そうだな……」
 そして、それだけ呟いた。