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水晶の花に願いをこめて……

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水晶の花に願いをこめて……
水晶の花に願いをこめて…… 水晶の花に願いをこめて……

リアクション

 
〜 三日目・午後17時 〜
 
 
昼間の最大の来訪者数の賑わいとは一転し、夕方の森は昨日以上に穏やかな静けさに満ちていた
特に雅羅達が何か規制をかけた……というわけではなく、口コミで広げた者同士の取り決めだったらしい

願いというものでとりわけ切実なのは【乙女の縁結び】ではあるが
もうひとつもっと人が大切にすることがある……それは命につながる願いである
難病に立ち向かうべく戦っている人や、事故などによる身体的損傷からリハビリに向き合っている人達
そういう者を身近に持っている人や、当の本人がこういう場所に祈りをこめて足を運ぶことは実際多い

学園のローカルネットで【何を願う?】というこの森についての話題が上がった時
自然そういう話にもなったらしく、陽も落ち着く最後の時間はそういう人達が足を運びやすいようにしてあげようと
規定の時間を作り、お互いに呼び掛けていたらしい
思えば、昼間のかつてない盛況ぶりも、この時間を見越した上での行動が理由だったのかもしれない

そんなわけで、ゆっくりとこの場所で時間を過ごせるように
明日の準備も兼ねて警護役も雅羅を残して一度それぞれが戻り、準備組もお開きにさせてもらってある
どこぞの影騒ぎの主犯もいないので、怪しげな空気もなく、穏やかなひぐらしの音に包まれる森の中を
ひと組の男女がゆっくり移動していた

とはいえ、そのシルエットは二人が仲良く立ち並んではいない
車椅子に座った少女を、若さが熟し始める年齢にさしかかった風貌の男がゆくりと押していく
ひぐらしと木々の微かなざわめきに心地よさそうに耳を傾け、膝の上の指を軽やかに躍らせている
車椅子の少女アメリ・ジェンキンス(あめり・じぇんきんす)に後ろのダン・ブラックモア(だん・ぶらっくもあ)は声をかけた

 「ルビンシュタインの【天使の夢】か?」
 「あたり、なんか思い出しちゃって……でもよくわかったわね、ダン」
 「この前弾いていただろう?指の動きでわかる」
 「ふふふ、よく見ているのね。そこまでわかるならあなたもやってみたら?ピアノ」
 「馬鹿言うな、わかるのは指の動きだけだ、音がどれとかはさっぱりだ、俺はあんたのピアノを弾く姿を見るのでいい」
 「私なんかので満足するなんて、無欲もすぎるわよ、この先私より上手な人と出会うことだって……」
 「上手い下手で聞いてるんじゃない」

ぶっきらぼうな横槍で言葉を中断させるダンの声に、無言で微笑むアメリ
彼なりのさりげなさを装った賞賛の言葉に、つくづく自分に対するお節介の様な優しさを感じるが
時折わずらわしく感じることもあるそれも、今は逆に心地よいのは、この散歩のせいだろう

願いが叶う水晶の噂とともに、ここに散歩に来ようと提案したのはダンの方だった
自分の見込みのない病の回復を願うつもりか……と、一瞬拒否の返事をしようと思ったアメリだが
そういう奇跡に自分以上にリアルな彼が、神頼みなどするわけもない事に気が付き考えた後、誘いに乗った
最も、リアリストと無信心は似ているようで違うし、自分ほど刹那的でいる事がリアリストというわけではない

こうしている今も、自分の回復を願って出来る事を彼なりに考えてくれているのだ
恐らく彼も自分が水晶の話を信じるなどとは思ってないだろう
写真で見せてもらった水晶の印象だと
多分に単に綺麗なものを見て、心を随分癒してもらいたいという単純なものだったに違いない

そんな曖昧なポジティブさではない、誠実な彼の行いが、最近は心の支えになっているのも本当の事で
それと共に、自分がいなくなった後の彼を考えずにはいられない……そんな思考の上での先程の会話だった
大切に思えばこそ、喪失の事を考えずにはいられないのは、どんな人間も一緒なのだ

……そんな思考を続けていたアメリだが、ふと気がつくとどうにも車椅子の進みが遅いことに気がついた
時に逡巡したように限りなく止まるに等しい速度に、最初は自分への言葉を探しているのかとも思ったが
程無くしてその理由に思い当たり、彼らしくない理由を面白そうに尋ねてみる

 「もしかして……迷った」
 「………………………………帰り道は問題ない」

イエス・ノーではない彼なりの不安を招かないような言い訳に、思わずくすくすと笑ってしまうアメリ
きっと振り向けば冷や汗と共に赤面しているであろうが、さすがに可哀想なのでやめる事にする
一方のダンもそんな彼女の心情は百も承知なので、ますますぶっきらぼうな顔が赤面するのであった

 「……あそこの彼に聞いてみるか」

気を取り直して、道の前に佇む少年の姿を見つけ、ダンは車椅子をゆっくりと進めた
道端の資材の上に座り、ぼーっと木々を眺めている
あまり子供(特に男子)とは相性が悪い自覚があるダンだが、その少年の顔が端正だった事もあり声をかけた

 「すまない、道を……」
 「声をかけるのであればまず名乗るのが礼儀だろう?立場をわきまえろ」

言葉を言い終わらないうちに少年から放たれた外見にそぐわない言葉に、ダンもアメリも目を丸くする
正面を向いた少年の眼差しはうって変わって不敵な意思にあふれ、二人を一瞥し、フンと鼻を鳴らすやいなや
立ち上がって資材の一番高い場所にまで見下ろすと、胸を張って見下ろした

 「……とはいえ、今は唯我の地に訪れた様だし、こちらも気分がいいのだ
  百歩譲ってこちらから名乗ってやろう、我のは法 正、字は考直という、言いやすいから【考直】で良いぞ」
 「…………そうか、俺はダ」
 「ああよいよい、束の間の出会いに態々記憶を働かせるのもアレだ
  それに聞きたい事はわかってる、この森の噂の花を見たいんだろう?人の往来を見て承知しておる
  何なら考直が案内してやろう、わざわざ時間を割くんだ有り難く思え」

ビキリ……とダンの額に何かがひきつる音がするのが聞こえた
最初彼と同様にあまりの事にあっけにとられてしまったが、背後からのその音で我に帰ったアメリは
そっと肩越しにダンの手に触れ、落ち着かせながらにこやかに少年に話しかける

 「ありがとう、助かるわ」

その笑みに一瞬顔を赤面させながら、少年はたたんと資材を飛び降り二人の前に降り立った

 「では案内する、遅れずについてこい!」

そう言ってずんずんと歩き始める……一瞬、止まっていたダンが思い出したように息をつくのを感じてアメリが訪ねた

 「どうかしたの?」
 「いや、どこかで聞いたことがある名だと思ったら……蜀の……」
 「あぁ、三国時代の人なのね…で、誰?」
 「蜀のの智将の名だ……という事は、英霊の類か」

人の話を聞いてなかった態度が一転し、ちゃんと聞いていたらしくその言葉に自慢げにくるりと振り向き
少年……もとい英霊・法 正(ほう・せい)は胸を張ってその言葉に【少年らしく】返答した

 「いかにも!蜀郡太守、そして諸葛亮とともに劉備の策謀を務めた智将とはこの考直の事よ!」



それからの道中は、自分の出自を当てられたことで機嫌を良くした法正の自慢話になってしまった
【定軍山の戦い】やら【尚書令・護軍将軍】に任じられた話など出てきたが、正直ダンもそこまで詳しいわけでもなく
逆に話し半分で流しながらも、よくもまぁこんなに自分の話が続くものだと苛立ちを通り越して呆れていた
これでもう少し歴史に恥じぬ礼節があれば、それなりに英霊としての敬意をしまいたいところだが
見たところ【体は子供・頭脳は大人】程バランスがいいわけでもなく、魂の有り様は完全に子供らしい

まぁつまるところ、ダンにとっては【ただのクソガキ】でしかないわけなのだが
どうしてかアメリは不快感もなく、少年の不遜な物言いをニコニコしながら聞いているようだ

そうして案内通り、祭壇の前まで到着した三人である
興味深げに祭壇を覗く法正の姿に、アメリは疑問を投げかける

 「もしかして、見るのははじめてだったの?」
 「考直に願うものなどないからな、そんなものは力で手に入れるものだ
  安っぽく願いを人に委ねる市井の連中とはわけが違う!」
 「……そのナリでどんな力があるのやら」

ぼそっと呟いたダンをひと睨みし、少年は祭壇の上の花を指でつつきながら言葉を続ける

 「だが、ここに来たという事は貴様達には何か願いがあるんだろう?遠慮なく言ったらいい
  まぁそんな神頼みよか、こっちと契約した方がいいけどな……そうだ、考直と契約する権利をやろう!」

いい加減げんなりしたダンが拳ででも物を言わすべきか……と悩んだとき
それより先にアメリが法正に話しかけた

 「ありがとう、でもお願いはないのよ……必要ないから」
 「そ、そうか……ならいずれ必要な時のために契約を……」
 「やめときなさい、悲しむことになるから」

今までのやんわりした口調から一転したキッパリとした意志の強さに、少年は戸惑い絶句する
そこでようやく関心が他人に向いたのか、初めてしっかりと法正は彼女に問いかけた

 「か、悲しむって……いったいどうしてなんだ?」

その問いに答えず、静かに彼を見つめるアメリ
彼女の視線が『見てわからない?』と述べているようで、初めて少年は彼女の【車椅子】という姿に気がついた
その様子を見て、ようやく彼女が口を開く

 「立って歩くのも難しい病気なの、治療は今のところ効果はない
  正直な話……そう遠くない時に死ぬ可能性が高って言われ……」
 「死なない」

彼女の言葉を否定する意思を込め、ダンの遮った言った言葉に目をつぶるアメリ

 「……そうね、でも可能性の話よ
  パートナーロストの影響を受ける確率は他の地球人より高い、この人はそれを承知で契約してくれてるの
  あなたにその覚悟はある?」

言葉とは裏腹に、静かな笑顔で話しかけるアメリ……その眼は覚悟を決めた眼差しで満ちている
自分の言葉に何も波風も立たずに、ただ静かに受け止めていた彼女の態度を不思議に感じていた法正は
そこでようやくその意味を悟ると同時に、その覚悟の瞳に懐かしさを感じていた
今更【死】に向き合う事に心を動かすほど短い人生は送ってない、だが【死】に覚悟をもって向かう【有り様】は
悠久の記憶の中で見つめてきたものだ

歴史の中の数々のそれに匹敵するアメリの眼差しに、しばらく圧倒されたあと
少年は目をつぶって、再び彼女に話しかけた

 「なら……その覚悟の価値があるかどうか、見てみたい、それまでは契約の話はしない」
 「……いいわ、なら帰りの道案内もよろしくね」

法正の顔がぱぁっと明るくなる
彼女の言葉に驚いたダンが、背後から覗き込んで訪ねた

 「いいのか、あんな子供」
 「いじゃない?いろいろ面白そうだし、生真面目なあなただけだと大変でしょ?」

むぅ、と唸って黙ってしまうダンにくすりと笑って返答すると、ふと思いついたように彼女は言葉を続ける

 「……そうだ、折角だからお願い、していこうかな?」

思ってもない言葉にダンの眼が見開かれる
そんな彼に車椅子を祭壇の近くまで移動してもらい、アメリは水晶をすくい上げて願いを口にした


 「ダンと、今日であった法正との縁がずっと続きますように」


願いと共に、水晶の花を再び水面に浮かべる
どうしてかその刹那、何かを求めるような切ない胸の締め付けと温かさを感じた気がした
久しく感じていなかったその切ない温かさに、一人まぶしい笑みを浮かべ
アメリは一人、来てよかったなと初めて心の底から感じるのだった