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第二章


前座を経て、メインステージで始まった耐久BON−DANCE『夜になっても踊り続けろ!』。
 その名が示す通り、終了時刻は明け方になるまで。オールナイトの盆踊り大会だ。
 そんな過酷なイベントに、好んで出場する奇特な方たち。
「お祖母ちゃん直伝のBON−DNCEを見せてあげるよ!」
 意気込むレキ・フォートアウフ(れき・ふぉーとあうふ)。浴衣姿にポニーテールが良く映える。
「元気じゃのぅ」
 自身の体力と根性でBON−DANCEを踊り切ろうとするレキに、ブルーハワイ味のカキ氷を満喫しながら ミア・マハ(みあ・まは)は呟く。
「ミアは参加しないの?」
「わらわは見ているだけで十分じゃ。そなた程、体力はないからのぅ」
「それならミアの分も頑張るよ!」
 レキは百合園生らしく、優雅さと慎ましやかさを出して大和撫子を指先まで表現。それに加え、内に溢れる快活さ、逞しさが観客を魅了する。
 それに負けじと、周りも気合の篭った踊りを披露。
「皆、意外と本気なのね……私も負けていられないわ」
 それほどまでに人気の和尚さんからの豪華賞品。雅羅もうかうかしていられない。空気に触発され、目一杯舞う。
 その傍で。
「横文字の盆踊り、しかも耐久とは初めて聞きましたが、これが空京流の盆踊りということでしょうか」
 地域独特の伝統がある盆踊り。これもそうなのかと思い込む御茶ノ水 千代(おちゃのみず・ちよ)は、
「まぁ、郷に入りては郷に従え、楽しませていただきましょう。それに、私も若い頃はオールナイトで連日連夜踊りまくったクチなので、決して遅れはとりませんわ」
 そう言って踊り始める。
 但し、のっけから飛ばす周囲に対して、じっくりとマイペースで。そのしなやかな動きが浴衣と相俟って妖艶さを引き立たせる。
「始めから飛ばしていては到底もちませんからね。それに、夏の風情、風物詩を満喫したいですし」
 踊りながら、辺りに視線を向ける千代。
 やぐらの上では太鼓と笛の祭囃子が演奏されていた。
「もっと変わったものかと思いましたが、案外地球と同じなのですね」
 それもそのはず、この寺は日本から移築されたもの。
 その行事となれば、日本らしさが存分に出ていても不思議ではない。
 ただ、今大会の仕切りは困窮した美夜が執り行っている。つまりは借金返済のため、
千代の言うような色々な詰め込み企画も存在している。
 その一端が今、垣間見える。
「ペト・ペトオンステージ開幕なのですよー!」
 目を凝らしてみないとわからない、手のひらサイズのペト・ペト(ぺと・ぺと)がステージへと上がったのだ。

――――

 数刻前のやぐら下。
「アキュート! 夏フェスです! アーティストに応募したです! 世界制覇の第一歩なのですよ!」
「いや、これは夏フェスと違う。盆踊りだ」
 盛り上がっているペトに冷静なツッコミを返すアキュート・クリッパー(あきゅーと・くりっぱー)
「規模が小さいと言っていたが、そりゃそうだわ」
 集まるのは地域の人間が多数。つまりは町おこし規模である。
「そんなの関係ないのです! 千年の森も雑草から! ここからペトのワールドツアーが始まるのです!」
「『千里の道も一歩から』って言いたいんだな、よく分かった」
「そしてツアーを締めくくるのはロンドンなのです!」
「…………」
 ここはそんなビックチャンスを掴める場所ではない。
 脳内飛躍を続けるペト。
 それも契約の時、「もっと世界を見たいです」と言ったからなのだろう、アキュートはそう予測して、
「まあいいさ、存分に楽しんで来い」
「歌っちゃうのです!」
 ペトを送り出す。
 その背後から、
「ふっふっふ、良い禿頭を見つけたわ!」
「何っ!? ちょっ、まっ!?」
 何者かがアキュートを連れ去った。

――――

「さあ! ペトの歌を聴いてくださいです!」
 号令一喝、手に持ったギターを掻き鳴らす。


 あっつなっつ〜 ひとなっつ〜
 気合を入れ過ぎ ノックダゥーン
 どっきわっく〜 ひとなっつ〜
 見慣れぬうなじに フォーリンラーブ

「えっ、ちょっと!? これって盆踊りの曲なの!?」
 変わった曲調に困惑する雅羅。混乱したのは雅羅だけでなく、他の参加者達も同様。


 暑さでボヤけた頭にー
 氷が沁みこむキンキキーン
 彼女が笑って気付いたー
 油断と色気のかんけいせーい

「えっ、あっ、うわ!」
「いてっ、何でこんな近距離で踊るんだよ!」
「右足、左足、左あ……あぁぁ!?」
 転倒に接触事故。
「転倒された方、周りに危害を加えた方、失格とさせていただきます!」
 審判の声も響く。早くも数名の脱落者が出てきた。


 あっつなっつ〜 ひとなっつ〜
 気合を入れ過ぎ ノックダゥーン
 どっきわっく〜 ひとなっつ〜
 見慣れぬうなじに フォーリンラーブ
 思い出ーだけじゃ お・わ・ら・な・いぃ!

「お、おっと!? でも、まだまだだよ! まだ合わせられるよ!」
「レキ、そなたのお祖母ちゃんとやらは凄いのじゃな……」
「フォークソングですか。多少盆踊りからは外れますが、まだまだ踊れます」
 何とか立て直すレキと千代。
「みんなー、声援ありがとーです! それじゃ次の曲、行きますです!」
 ペトの歌と共に、BON−DANCEはまだまだ続く。


 メインステージから少し離れたサブステージ。
 そこにアキュートは連れてこられていた。
「さあ、やってまいりました!」
 ノリノリで司会を始める美夜。
「夏と言えばミスコン! 始めて行きましょう!」
 垂れ幕が落ち、隠れていたコンテスト名が浮き彫りになる。
『すべてがH(ハゲ)になる』
「ミスと言っても女性じゃない! ミスターだって略せばミス! そして、今回は舞台がお寺ということで、美ハゲのコンテストなのよ!」
 美夜のテンションとは裏腹に、会場に集まった観客はざわつきこそすれ、歓声を出さない。
 それもまあ、仕方ない。何しろ、観客がほとんどおじいさんおばあさんなのだから。
 その中に混ざり、テンションをあげる夕夜 御影(ゆうや・みかげ)
「ご主人、行かせてくださいにゃ!」
「行くって、どこへなのです?」
 オルフェリア・アリス(おるふぇりあ・ありす)は尋ねる。
「もちろん、ステージの上にゃ!」
「行ってどうするのです?」
「重要な使命を果たさないといけないにゃ!」壇上を見やり、「待ってるにゃ……今、頭の上に馳せ参じるにゃ!」
 御影は叫ぶと【超感覚】を使い、黒猫へ変化を遂げる。その姿のまま、つるつるの頭の上へ。その相手は椅子に括り付けられているアキュートだった。
「なっ……!?」
 突然のことに驚き、振り払おうとするアキュートだが、美夜によって縛られていて手が動かせない。強引に頭を振ると、
「うにゃ!? 落ちるにゃ!?」
「い、いてぇ……」
 鉤爪が頭皮を刺激する。これはもう放置するしかなかった。
「御影ちゃん……それが目的だったのですね」
「これは毛玉としての存在意義だにゃ! 寒そうなら暖めてあげなきゃいけないにゃ!」
「えっと……確かに寒そうですけど……間違った対応では……な、い?」
 困惑が隠せないオルフェリア。しかし、頭の上、ドヤ顔で居座る御影を見て、
「えっと……御影ちゃんがそれでいいなら……いい、のでしょうか?」
 無理矢理自分を納得させた。
「ちょ、ちょっと!」
 しかし、当たり前だがそれに抗議するものがいる。
「あなた、ヅラで隠しているんじゃないわよ!」
 司会者の美夜だ。
「いや、俺は別に隠しているつもりはないのだが……」
「上に乗っている毛玉は何っ?」
 キッと視線を送ると、
「地毛ですっ!」
「髪の毛は喋らないわよ!」
 それでも御影はヅラ面を通す。
「そもそも、ハゲをヅラで隠すなんて言語道断よ!」美夜は語る。「ハゲにはハゲの美しさがあるのよ。それを隠そうだなんて、みんなわかっていないわ!」
 それに対し、御影も反発。
「ヅラはハゲの心の友にゃ! それ一つでハゲの世界が変わる、マジックアイテムなのにゃ!」
「あまりハゲハゲ言うなよ……」
 アキュートのささやかな突っ込みは完全に無視され、ああだ、こうだと言い合う二人。ステージでは舌戦が繰り広げらる。
 それに熱中し過ぎたのか、いつの間にか御影はアキュートの頭から降りていた。
「あの……」
「ん?」
 後ろからばれないようアキュートに近づいたオルフェリアは、
「御影ちゃんがごめんなさいなのです。これ、外しておきますね」
 縛っていたロープの結び目を解く。
「すまないな」
「いいえ、なのですよ」オルフェリアはにっこり笑うと、「一つ、聞いても良いですか?」
「何だ?」
 初めて見た時から気になっていたこと。
「どうして頭に刺青をしているのです?」
 落ちる数秒の沈黙。
 そして、
「ハゲを隠してるんだよっ!」
 涙を拭い、全速力でその場を去るアキュート。
「あ! 参加者が逃げたわ!」
「待つんだにゃ! 御影の使命はまだ果たせてないにゃ!」
 それを追う美夜と御影。
 残されたオルフェリアは、
「もしかして、オルフェは変なことを聞いたのですか……?」
 はてな顔でそれを見送る。
 こうして司会者不在の美ハゲ大会は、一時中断することとなった。


 ステージの騒ぎとは別に、繁盛しているカレー屋台。
「ありがとうございます!」
 自身の『盆カレー』が好評でネージュの顔は綻んでいた。
「おはわひ!」
 その屋台横から空になったお皿を突き出すデメテール。
「……ごくん。次はBOZUでお願いだよ!」
 プーン片手に『盆カレー〜BOZU』を催促するのだが、
「美味しく食べてもらえて凄く嬉しいんだけど、そろそろお代を払って欲しいな。もう、五杯目なんだよ」
 少し困り顔のネージュ。
「あれれ、そだっけ?」忘れていたとデメテールは、「マスター、お金だって。変わりに払っておいてね」
 連れのハデスへと声を掛けるが、返って来る言葉はなく、
「……まったく、迷子になっちゃって」
「もしかして、お金持ってないの?」
「あはは、そうとも言うね」
 ネージュはその物言いにため息をつくしかなかった。
 そこへ助け舟か、どこからともなくモヒカンたちが現れる。
「まあまあ嬢ちゃん。お代は俺らが払うから許してやってくれや」
「え?」
 突然のことに驚きを隠せないネージュ。
「アニキ、いいんですかい?」
「いいんだよ。こういうのは多いい方がいいからな。ほんじゃこれ、お代な」
 とお金を渡すアニキと呼ばれたモヒカン。どうやら彼がグループを纏めているらしい。
 その彼からお金を受け取ると、ネージュはどうしても尋ねずにはいられなかった。
「ホントにいいの?」
 だってそうだろ。後ろには数人のモヒカンが待機。風貌は人助けをするように見えず、「そんな人たちがどうして?」と気になっても仕方ない。
 しかし、回答を聞くよりも先、
「すいませーん!」
 新たな客が『盆カレー』を求めて来客する。
「あ、今行きますよー!」
 事情が気になるものの、他のお客様を待たせるわけにはいかない。
「とりあえず、お買い上げありがとね!」
 一礼して慌しく接客へ向かうネージュを見送り、アニキはカレーを頬張り続けるデメテールへ向き直る。
「おひはん、ありはほう」
 行儀悪くもお礼を言うデメテールに対し、アニキは目的の交渉を持ちかけた。
「見たところ、あんた契約者だろ? それを見込んで頼みがあるんだ」
「はのみ?」
 こっそりと耳打ちし、ニヤリと笑うアニキ。
「礼はたっぷりはずむぜ?」
 彼の後ろには屋台の食べ物やグッズをたくさん持ったモヒカンたち。
 焼きそば、たこ焼き、唐揚げ。
 屋台と言えばこれ! と言うものが揃っている。
「はむ! ふぁふぁへほいへ!」食べていたカレーを飲み込み、「食べ物をくれるいい人には、全力で味方するよっ!」
 頬にご飯粒をつけ宣言。なんとも安い契約だが、デメテールには何よりも嬉しい報酬だった。
 その時、スピーカーから流れる放送。
『迷子のお知らせをします。デメテール・テクモポリスちゃん。デメテール・テクモポリスちゃん。お連れ様の高天――』
『悪の天才科学者、ドクター・ハデスである!』
『ドクター・ハデスさんがお待ちです。居られましたら、本堂までいらしてください』
 しかし、当のデメテールの神経は耳よりも舌に集中。ハデスの迷子放送は空しく虚空に消えた。