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リアクション
「……どんな願いもすぐに叶える存在になるには、ですか。哲学的ですわね。もし叶えるにしても人の願いは千差万別、全て同じ方法で叶えるなど神様でも無理でしょう。ホシカさんも言っていましたわ、人の願いを叶える石は人が作るには手に余るものだと」
リーブラは日奈々から聞いたホシカの言葉を口にした。
「何でも願いが簡単に叶いまくるようだと自動的に燃料を与えられて動く機械のようで人間らしく生きられなくなるんじゃないかなぁ。そんなのつまらないと思うけど」
弾は想像しながらつまらなさそうに言った。
「では私には何も出来る事は無いと。不必要だと。やっぱり、私は完成されたものではないから」
青年は弾の言葉に打撃を受けたらしく沈み込んだ。
「ん〜、そうじゃねぇよ。何でそんな極端な考えになるんだ」
叶う力がいらないから自分は不必要と短絡的な考えにシリウスはまいったなと困ったように青年を見た。
「人が自分で叶えるなら叶えてくれる存在はいらないという事ではないか、それは私が不必要だという事で完成していないから」
青年はシリウスの言葉にますます声が深く沈む。
「……叶える存在は不必要かもしれませんが、あなたは必要な存在ですわ。なぜならあなたは叶えるのを手伝う事が出来るでしょう」
リーブラがシリウスのフォローをする。叶える力があるのなら叶えるための手伝いも出来るはずだから。
「……叶えるのを手伝う?」
意味が分からない青年はすがるように答えを求めた。
「そうです。相手の事を考えて思いやって一緒にどうすればいいのか考える事です」
リーブラが優しく答えを教えた。
「……そうだとしても私は」
青年はつぶやいた。自分が叶える存在になる事が職人の願いを叶える事であって叶えるのを手伝う存在は違うのではないかと考えているのだ。
「……“願いを叶えてくれる石”じゃなくて“願いを叶える努力を応援してくれる石”が必要でキミはそういう存在にもなれるって事だよ。それはキミを作った職人の願いを叶える事に繋がると思うよ。それよりも“願いを叶えようとする意志”が一番大事だと思うけど」
弾は青年の考えている事が分かり、手助けをしようと言葉をかけた。
「……あなたは、未完成ではありませんよ。こうして亡くなった職人の願いを叶えてあげようとしているんですから」
舞花は最後の石について情報を得ていた。最後の石にもやはり消えた石と同じ素材が入っていて配合率は今までの失敗作よりもずっと上手いものだったという。青年が店を飛び出した事によって魔術師の手を逃れたのだろう。
「……」
青年は口を閉じ、考えている。職人の願いを叶えるために自分は何をすべきなのか、どのような存在となるべきか。願いを叶える事を考えている時点で確かに未完成ではない。
「ところであなたの叶えて欲しい願いは何ですか。良ければ、教えてくれませんか?」
舞花がグィネヴィアに願いを聞いた。石に頼ってまで叶えたい願いというものに興味を持ったのだ。
「そうだ。何か切迫した願いがあるんだろ? でなきゃ、石を買いに来たりこいつについて行ったりもしねぇ。誰も馬鹿にしたりしないし、もしそんな奴がいたらオレが相手になってやる。だから、話してくれ」
シリウスが舞花に続いて願いを訊ねた。
「わたくしの願い、ですか」
グィネヴィアは自分を捜しに来た人達を見回しながら話すべきかを考えた。
考えた末、話す事にした。
「……多くの地球人と出会って親しくなりたかったんです」
小さな声でぽつりと。
「……それがお前の願い。そうか」
グィネヴィアの願いを聞いたシリウスは思わず笑った。
「……あの、わたくしのお願いはいけないものでしょうか」
グィネヴィアは笑うシリウスを不安そうに見ていた。もう世界を滅ぼすほどの願いだとでも思っている表情。
「いや、そうじゃない」
シリウスは笑うのをやめた。シリウスが考えている事はこの場にいる誰もが抱いている事だった。
「私達がどうしてここにいるのかみんなが言っていたと思うけど」
ローザマリアが皆を代表してグィネヴィアに問うた。
「……?」
答えに辿り着けないグィネヴィアは首を傾げ、答えを求めた。
「グィネヴィアの事が心配でここにいるんだよ。大切な仲間だと思ってるから」
ローザマリアが分かりやすく言葉を変えてもう一度言った。
「……あぁ」
ようやく気付いたグィネヴィアは言葉を飲み込み、捜索者達を見回した。
まさか、叶っているとは思ってもいなかった。とても難しい願いだと思っていたから。
「そういう事ですわ。それに石なんか買いに行かなくても百合園に来た時からもう仲間ですわ」
「……そうだよ、グィネヴィアちゃん」
グィネヴィアと同じ学院である麗と日奈々が笑顔で言った。
難しい願いだと思っているのはグィネヴィアだけで本当はずっと前に叶っていたのだ。本人が気付いていないだけで。
「……ありがとうございます。本当に申し訳ありません」
グィネヴィアは立ち上がり、深々と頭を下げた。礼を言う言葉は震えていた。自分の周りにこんなにも気遣ってくれる誰かがいるなんて。それに気付かなかった事が申し訳なくて謝った。
「さ、グィネヴィアさま、そろそろ戻りましょう。他の皆様にも無事な姿を見せなければなりませんわ」
話が終わったところで麗は本来の目的であるグィネヴィアを連れて帰るを果たそうとした。
「……はい」
グィネヴィアはゆっくりと立ち上がり、そのまま部屋を出て行くのかと思いきや自分を連れ去った青年の方に顔を向けた。
「あの、ありがとうございました。あなた様のおかげでわたくしの願いは叶いましたわ」
グィネヴィアは深々と青年に頭を下げた。ここに連れて来られなければみんなに会う事も自分の願いがずっと前に叶えられている事も知らないままだったから。
「私のおかげ?」
予想外の言葉に思わず聞き返す青年。
「そうですわ」
グィネヴィアはにっこりと笑顔でうなずいた。
「……まぁ、考え方を変えるとそうなるよ」
ローザマリアはぼうっとしている青年に言った。
「それであなたはこれからどうするんですか?」
青年の身を心配して訊ねる加夜。
「……」
答えなどあるはずも無い青年は黙ったまま。行く場所も帰る場所もここだけ。
「……どんな願いもすぐに叶える石、グィネヴィアちゃんの言葉で叶った事にはならない、かなぁ」
日奈々がグィネヴィアだけではなく青年の目的も果たされた事にはならないかと訊ねてみた。
「……分からない」
青年は、ぼそりと答えた。もう願いを叶えるという事が分からなくなっている。どうやったら元の石の姿に戻れるのかも。
「……どんな、だから叶える願いの数も規模も決められていないんだよね」
と弾。何とも抽象的な職人の最期の置き土産に困ってしまう。
「……かもしれない」
曖昧な事しか言えない。
「存在になるっつーことなら。お前がなったと叶えたと納得しなけりゃ無理なのかもしれないな。お前は願いを叶える石なんだろ」
シリウスが今までの会話を思い出しながら何とか青年を助ける道を考える。
「……それならホシカさんに会ってはどうですか? これからの事を決める糸口が見つかるかもしれませんわ」
リーブラがここで頼りになるかもしれない人の名前を出した。それは青年が最初に頼ろうと思っていた人物。
「……」
迷う事無く青年はこくりとうなずいた。
グィネヴィアは何かに巻き込まれないようにするため宵一のスレイプニルに乗る事になった。
「……乗るのですか」
グィネヴィアは不安そうに宵一のスレイプニルを見る。乗るのが不安なのだ。
「……これ以上、騙されたり巻き込まれたらいけないからね」
ローザマリアは皆の気持ちを代表して言った。空ならば、何かに巻き込まれる危険はそれほど無いはずだから。
「……心配は無用だ。無事に店まで送り届ける」
先にスレイプニルに乗っている宵一は、グィネヴィアに手を差し出した。
「大丈夫ですわ。百合園に戻りましたらゆっくりと皆でお茶でも致しましょう」
麗はそう言って宵一と協力してグィネヴィアをスレイプニルに乗せた。
「……落ちないように気を付けろ」
「……はい」
宵一とグィネヴィアを乗せたスレイプニルは一直線にホシカの店に向かった。
捜索時の宵一の発言通り、王子様役を見事にこなしていた。
「……これで、安心だねぇ」
日奈々は無事に店に戻れるだろうとほっと一安心した。
「さぁ、皆様戻りますわよ」
麗は皆に声をかけ、歩き始めた。他の者達もそれに続いた。黙って何事かを考え込んでいる青年を気遣いながら。
舞花と加夜は残って魔術師の痕跡を探す事にした。