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【メルメルがんばる!】ヴァイシャリーに迫る危機!?

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【メルメルがんばる!】ヴァイシャリーに迫る危機!?

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★第一章「メルメルがんばるの」★


 地面が揺れている。はるか遠方に立ち登るは土煙。続いて聞こえる轟音は、必死に駆ける足音。
 鳴き声を上げることすら忘れた生き物たちの行進。それは歴戦の契約者をも震わせる自然の猛威。誰かがその迫力につばを飲み込んだ。
 一歩間違えれば、契約者といえどただでは済まない。下手をうてば死すらありえた。
 しかし逃げようとはしない。このままではヴァイシャリーで今もなお普通に生活している人々のすべてが奪われる。
 そんなことは決してさせぬと、彼らは武器を手にその群れへと向かって行った。


 という騒動をまだ知らず、ナン・アルグラード(なん・あるぐらーど)は仲間と共に動物たちの散歩をしていた。
(修練場に発生した動物の散歩の手伝いを募ったら結構人が集まったな。若干不安なのもいるが、ありがたい話だ)
 ナンは周囲を見回して頷いた。
 手伝いを申し出た1人、五百蔵 東雲(いよろい・しののめ)は偶然通りかかってアルバイトに参加したのだが、愛らしい動物たちに囲まれて幸せそうだった。
(もふもふと散歩できるなんてっ)
 とはいえ、彼はリードなどを持っていない。依頼対象の動物たちはかなり力が強いので、パートナーの上杉 三郎景虎(うえすぎ・さぶろうかげとら)に止められたのだ。彼曰く「このままだと東雲が引きずられる」ということらしい。
 少々過保護すぎないか。
 そう東雲も思わないでもないが、動物たちを逃がしてしまっても大変。それに何より、腕の中に忍野 ポチの助(おしの・ぽちのすけ)がいるため、東雲は大満足だった。ああ、もふもふ。あなたはどうしてもふもふなの。
「ポチ君、ありがとう〜♪」
「ふ、フン! 仕方なくなのですよ!(少し顔色が悪いですね)」
 ツンツンした口調で鼻をならしながら、ポチは密かに東雲の体調を確認していた。ツンデレですね。ありがとうございます。
(あいっかわらず我がエージェントは浮気性である!)
 満足そうな東雲と腕の中のポチを見て、ぐぬぬとうめくのはンガイ・ウッド(んがい・うっど)。猫の姿をしているポータラカ人だ。通称シロ。エージェントとは東雲のことだ。
「もふもふならば此処にいるというのに……キイイイイ!」
 あまりにもいらだったのか。ぐっとしゃがんだかと思えば、ひょいと身軽にジャンプして東雲の頭に乗る。東雲が若干重そうにしたが、ポチを見下ろしてふふんと笑う。
(忍犬とかいう豆芝(=ポチの助)にも、これで我の方が上位であることが分かったであろう。まあそもそも土俵が違う。勝負にもならんがな)
(む。なんなんですか、このネコは、東雲が顔色悪いというのに)
 さて。そもそもなぜポチがここ(東雲の腕の中)にいるかというと、飼い主であるフレンディス・ティラ(ふれんでぃす・てぃら)
「えぇと……この度シオンさんのペットお散歩のお手伝いをと……本日はポチの散歩がまだでしたし、お友達が沢山で丁度良いかと思いまして、その、マスターもご一緒致しますか?」
 そうマスターと呼び慕う相手、ベルク・ウェルナート(べるく・うぇるなーと)を誘ったのが最初だ。ベルクとしても断る理由はなく、請け負ったのだ。
「まあバイトの手伝いは構わねぇが、いくらなんでも動物多すぎだろ……ナンの奴、どんだけ飼ってんだっつの」
 首を回せば予想以上の動物たちがいる。視界一面もふもふだらけ。それでも犬(ポチの助)は東雲のところに行っているし、惚れた相手フレンディスと一緒にいられるから嬉しい……はずなのに
「ああ、そうだな。忍びとは――」
「やはり景虎さんもそう思われますかっ」
 愛しの相手は景虎との会話で盛り上がっている。面白いはずはない。
 景虎はそんなベルクと、フレンディスを見て、ふむと頷く。
(あの忍犬が危惧しているのは、この2人の仲が進展する事だろうが……もう手遅れのようだな)
 好き合っているのであれば、そっとしておいてやりたいのが彼の本音だが、頼まれた身としては仕方がないかとフレンディスと会話しつつ、騒いでいるンガイへ手を伸ばす。
「うむ……そこの物の怪、あまり騒がしいと投げるぞ」
「む、ネガティブ侍よ。その手はなんっ」
 猫が宙を飛んで行き、その猫に向かって「フフン」と鼻を鳴らすワンコがいたりしたが、まあそれはさておき。フレンディスがあらと別の方向へ目をやった。
「それにしても賑やかで……あら樹さんたちもいらしたのですか」
「ん? おお。葦原の忍び娘も来ていたのか」
 別の動物たちを引き連れてやってきたのは林田 樹(はやしだ・いつき)たち。その後ろにはハイコド・ジーバルス(はいこど・じーばるす)もいる。
「ふぅっ。この子たち力強いし、結構大変だね」
「うむ。いい訓練だな」
 各々話し合いながら、穏やかな時間を過ごしている……隅の方で、赤い髪という目立つはずの髪を持ちながら、なぜか目立たないシオン・グラード(しおん・ぐらーど)がときおりもふもふしつつ散歩をしていた。そしてちょっと不安そうにつぶやく。
「朧の衣を着てきたからと言ってまさか周りから見失われがちとかそんなことはないよ……な」
 ないない、大丈夫。……たぶん。
「あ、なぁなぁ。虎見かけなかったか?」
 そんなシオンへと話しかけてきたのは猪川 勇平(いがわ・ゆうへい)。勇平は散歩ではなく、ペット探しの依頼を受けてヴァイシャリー付近を歩き回っていたのだ。
 シオンが「いや見ていないが」と答えようとした時、動物たちが突如おびえ出した。
 同時にポチも顔をあげて、どこかを睨んでいる。
「ポチくん? どうしたの?」
「音がします……こっちにくる!」

 果たしてポチが言うのと、その土煙が見えたのはどちらが早かったろう。
 動物たちの大群。
 今までの平穏な空気は霧散し、誰もが厳しい目を浮かべた。
「ん? あそこにいるのは」
 そんな動物の群れと並走している人物を発見する。事情を聴くため、動物たちの世話を東雲たちに任せて各自その人物へと向かって行った。

「みんな止まってぇ」
 小型飛空艇オイレに乗って、メルメルは必死に呼びかけているが動物たちもまた生きるために必死に駆けているため、中々止まってはくれない。
 それでも、軍人モードになれずとも、メルメルは自分にできることを考える。それは――知識。
「また可愛らしいぬいぐるみを大切そうにしてはるなぁ」
「え、あ、ありがとう」
 そんなメルメルを見かけ、手伝いを申し出た1人。大久保 泰輔(おおくぼ・たいすけ)は、飛空艇に乗ったまま大事に抱えているぬいぐるみに気づき、目を周囲に走らせる。
「お、あそこに旧友のトマっちがおるわ。今般の任務の邪魔にならんように、あいつに大事に保管の役を頼もか。傷モンになったら、大尉も気落ちしはるやろし」
 非常事態ではあるが、だからこその気遣い。パートナーのレイチェル・ロートランド(れいちぇる・ろーとらんと)が、ムッとした顔をした。
「謎の女性って、メルヴィア大尉っ? 少女趣味って聞いてたけど……(むかっ、ちょっと私よりも可愛い)」
 動物たちに詳しいのはメルメルであり、彼女が猛獣使いだったと知っているレイチェルはその指示に従うことにも異議はないのだが、泰輔がメルメルばかり気遣うのを見て冷静ではいられない。複雑な乙女心というやつだ。
(にしても泰輔さんとなんだか親しげなのは……こう、胸がもやもやしますわ!)
「はぁぁ」
(レイチェルがなんだか怒ってる。って、ああ泰輔がメルヴィア大尉を気遣っているからか)
 もやもやを抱えているのはレイチェルだけではない。レイチェルを見つめているフランツ・シューベルト(ふらんつ・しゅーべると)も、複雑な気持ちを抱えてため息をつく。彼はレイチェルの目が泰輔へ向いているのを知っているのだ。
 が、途中でため息が止まる。
(は。
 もしかしたら、泰輔が大尉とくっついて、レイチェルが泰輔を諦めたら、僕にも目が回ってくるっ?)
 やる気を取り戻すフランツ。戦いにかこつけて、大尉と泰輔の間をもっと接近させようっと密かに決意を固める。
「ふむ。何やら、不思議な雰囲気じゃの。
 いつもであれば、仲間で心を一つにして敵にあたるものだが」
 普段とは違う空気に首をかしげたのは讃岐院 顕仁(さぬきいん・あきひと)。しばし仲間たちを眺めた後、空気の原因に気づく。すなわち複雑な恋模様に。
 顕仁も泰輔の恋人を名乗っている身なので、無関係ではないのだが……にやりと笑っている姿はなんとも楽しげだ。
 動物たちの誘導にも力を注ぎつつ、「ふむ。大尉と仲良くさせればよいのだな?」などとフランツを炊きつけるのも忘れない。視界の隅では、レイチェルがレイチェルで何やらやる気満々になっていた。すべての怒りを動物たちへ向けることにしたらしい。
 そんな駆け引き? 騒動? が起きているとは気付いていない泰輔は、知り合いの顔を見つけて近寄る。
「トマっち!」
「ん、君は……泰輔君? どうしてここに」
 トマっちことトマス・ファーニナル(とます・ふぁーになる)が首をかしげた。トマスは動物たちの暴走の話を聞きつけ、かけつけたのだ。
「ほら大尉さんがぬいぐるみもってはるやろ。大事そうやし、騒動終わるまで保管しとったってくれへんかな?
 僕らは、魔獣が町になだれ込まんよぉにせなあかんからな」
「ぬいぐるみ……ん? え、大尉? もしかしてメルヴィア大尉なのか」
 トマスは驚いたように目を見張る。たしかにどこか似ているとは思っていたが、他人の空似かと思っていた。
「分かった。猛獣たちの扱いは自分達よりも大尉に本来の力を発揮してもらう方が確実に効率よくできるはずだし」
 頷き、トマスはメルメルへと近寄っていく。
「大尉殿は、大尉殿にしかできない役目をお果たしください。
 不肖、ファーニナル中尉、パートナー達と全力をもって、このクマさんを戦いの渦から守りぬきます!
 後顧の憂いは心配なきように……但し、小官も死にたくはありませんので、大尉殿におかれましてはちゃっちゃと魔獣たちの群れを片付けていただければ幸いです!」
「あ、ありがとぉ」
 並走したままの状態からなんとかぬいぐるみを受け取ったトマスは、パートナーたちを振り返る。ここは動物たちの群れの真ん中。抜け出るのも大変だ。
「ええ、わかりました。むやみに我々が魔獣達と戦って、無駄に命を散らしたり街を破壊するよりはずっといいでしょう。メルヴィア大尉の心配事をお預かりいたします!」
「任せてください、大尉」
 魯粛 子敬(ろしゅく・しけい)が力強くうなづき、テノーリオ・メイベア(てのーりお・めいべあ)が丈夫なダンボールへとぬいぐるみを入れた後、それを非物質化する。あとはここから無事に脱出するだけだ。
 もっとも、それが一番難しいのだが。
 すでに全力のスピードを出しているので前から抜け出るのは不可能であり、無謀。
 子敬が左右、後ろ、上。それぞれを眺めた後に最も安全なルートを見抜き、撤退していく。
「こちらです! ゾウの動きにお気をつけて」
「……できるならあまり傷つけずに収まると良いんだが」
 先導していく子敬の後をついていきながら、テノーリオはそんな心配をする。動物や魔獣たちを傷つけたくないがためにメルメルのぬいぐるみを預かったわけだが……心配ではある。
「そこは大尉を信じよう」
 メルメルもメルメルでトマスたちの様子を最初こそ心配げに見ていたが、遠くから手を振るトマスたちの姿が見えたので安心して前を向いた。
「ありがとぉ。メルはメルにできることをがんばるね」
「ご武運をお祈りいたします!」
 トマスは指揮に戻っていったメルメルへ敬礼を送った。

 決意を新たにしたメルの元へ、先ほど街で出会ったと、三月も駆け寄って来る。偶然見かけ、手伝いに来てくれたのだ。
 いや、2人だけではなく大勢が駆けつけていた。
「え。もしかしてメルメルってたい」
「困っている女の子は放っておけない! ね、メルメル。どうしたらいいの?」
「……うん! ありがとぉ。えっとね」
 騎沙良 詩穂(きさら・しほ)がメルメルの正体に気づいている横で、小鳥遊 美羽(たかなし・みわ)はまったく気付かず、声を張り上げた。動物たちの足音による轟音で会話するのも困難なのだ。
「これだけ数が多いと落ち着かせるのは大変だから、もう少しいつくかのグループに分けた方がいいと思うの。火とかあれば怖がって避けてくれるはずだよぉ」
 メルメルも声を張り上げる。スピードを落とさせるにせよ、進路を変えさせるにせよ。大群のままでは難しい。
「速度も落とさないとこけちゃう子も出て来るだろうし、あと前の子たちからスピード落とさせたりすると後ろの子たちに引かれて怪我しちゃうの。あと横に動くのが苦手な子たちも多いから、進路を変えるときは少しずつ……」
 などなど、注意事項やしてほしいことについて説明する。
「じゃあまずはグループに分けないとね! ベアトリーチェ」
「はいっ! 分かりました」
 美羽の言葉に頷いたベアトリーチェ・アイブリンガー(べあとりーちぇ・あいぶりんがー)。美羽と同時に、進路方向へとファイアーストームを撃ち込む。
「まだまだ多いですね。でも、これで」
 動物たちはその火を避けていく。ベアトリーチェがさらに先へとまた撃ち込み、動物たちはまたそれらを避けていく。炎の威力を調節して美羽と2人で動物たちをいくつもの群れに分けていく。
 大群を相手するのは骨が折れるが、小分けにしてしまえば大分楽になる。
「なるほど。これだけなら……いけそう。さすがメルメル!」
 詩穂はそのうちの1グループへ近寄り、指示通り後方からしびれ粉を使って動きを鈍くさせていく。だがまだまだ速度は落ち切っていない。メルメルが声を張り上げた。
「でもさっきより大分気持ちが落ち着いてるの。たぶん今なら声が届くはずだよぉ」

 その声を無線で聞いたセレンフィリティ・シャーレット(せれんふぃりてぃ・しゃーれっと)は、セレアナ・ミアキス(せれあな・みあきす)を振り返って無言で頷いた。
 相も変わらずビキニとレオタードの上にロングコートといういでたちの2人だが、その目は真剣そのもの。
 咳払いしたセレアナがマイクを片手に歌い始める。
「――(これ以上進んでは駄目よ)」
 どこかおどろおどろしいその歌は、これ以上前に進むことへの恐れを動物たちへと与える。先ほどよりもさらに速度が落ちたのを見たセレアナは、悲しみあふれる歌へと切り替える……暴走していた動物たちが次第に落ち着きはじめる。
 進路を変えても問題ない速度になったところで、今度はセレンフィリティの出番だ。
「さあっあっちに行きなさい!」
 設置しておいた機晶爆弾を爆発させる。もちろん動物たちが傷つかないように距離や威力を考えて、だ。予想通り爆発にびっくりした動物たちが進路を大きく変えた。
「そうそう、あっちに行くのよー!」
 セレンフィリティが促す先には湖。セレアナもまた、今度は幸せの歌へと切り替えてそちらへ進むのが正解だと動物たちに思わせる。
 セレアナの歌が効きにくい大型の魔獣などにはその身を蝕む妄執やヒプノシスをかけてフォローする。
 そうして湖へと突進していいった動物たちは、大きな水しぶきをあげてそのまま着水。冷たい水を浴びたことで興奮もすっかりさせた様子だ。
「まっててね。今助けるから」
 溺れかけている動物も中にはいたが、コハク・ソーロッド(こはく・そーろっど)が優しく声をかけながら救出していく。
「……ふぅ。まだまだたくさんいるわね」
「まだまだ行くわよー」
「はぁ……いつもこうだといいのだけれど」
 真面目に動物たちの誘導を続けているセレンヘィリティを見て、少しセレアナはぼやいた。しかしすぐにまた歌い始める。動物たちを傷つけずにすませるために。
 動物たちを誘導するため、セレンフィリティの機晶爆弾がどかんどかんと破裂する。
「あっちだよー」
「曲がってくださいー」
 美羽とベアトリーチェも、炎を使って速度の落ちた一群をコハクが待つ湖へと誘導していく。
「もう大丈夫だよ。怪我してない?」

 もうこの一群は問題なさそうだった。